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パロディの章

私の雇い主はお医者様だ。
繁華街にほど近い場所に建つ小さな病院で、昼夜問わず患者を診ている。
仏頂面だが優しいと、この周辺では評判のいいお医者様で通っているが、実はこの人には裏の顔があることを私は知っている。

17時に診療終了の札を扉にかけ、院内の片づけを始める。
「この薬品を後ろの戸棚にしまっておいてくれ」
「はーい」
「それから、この後の予定はどうなっていたかね?」
私は理由あってこのお医者様に拾われた身だ。そしてそのまま助手の立場におさまっている。先生のスケジュールを書き込んだ手帳を開いて今夜の予定を確認する。
「今夜の予約はなし。19時からいつもの会合です」
「む、そうか。では支度をせねばならんな」
「今夜は飛び込みがないといいですね」
「会合日にその心配はないと思うが、そこは北原君たちに任せればいいだろう」

"北原君"というのは彼の部下もとい舎弟である。そう、舎弟。このお医者様の裏の顔というのは、「昴組」と呼ばれる裏組織の長であった。そこまで大きくはない組織ではあるものの、"森鴎外"という名を聞けば、界隈で知らぬ者はいないらしい。"いつもの会合"とは周辺の他の組との定例会議のこと。"飛び込み"とはいわゆるそちらの筋の荒くれ者たちが転がり込んでくることである。

「準備はいいな?では、行くとしよう」
北原さんたちが到着するのを待って、夜の姿に身なりを変えた先生と私は病院を出た。
病院の裏手から細い路地に入り、地下に繋がる小さな入口から階段を降りていく。会合場所は、繁華街の地下に存在した。

「お待ちしておりました。こちらへどうぞ」
「うむ。これは大事なうちの者だ。丁重に扱うように」
「かしこまりました」
会合場所に着くと、黒いスーツに身を包んだいかめしい男たちに迎えられ、先生が部屋に通される。私は廊下に控える形になった。

「姐さん、こちらにどうぞお座りくだせぇ。冷たい飲み物もどうぞ」
「え、あぁ、ありがとうございます」
いかつい男たちの中に女一人放り出されているのだ。視線が集まるのは自然の理である。どこぞの組の若い者が椅子を差し出してくれた。飲み物も渡されたが何が入っているかわからないのでこれは飲まないでおく。「この会合の場で事を起こすこと罷りならぬ」とお達しが出ているので、襲われることはないであろうが、念のためだ。椅子はありがたく座らせてもらった。ヒールのまま立ちっぱなしはなかなかにキツイ。

「君も毎度気の毒だね」
「あなたは尾崎組の」
徳田秋声と言ったか。大人しそうに見えるが、尾崎紅葉率いる尾崎組に名を連ねる強者である。
「こちら側の人間でもないだろうに」
「まあ…慣れましたよ」
憐憫の目を向けてくる秋声に苦笑いで返していると、部屋の中から紅葉の声が聞こえてきた。
「何を言うか!我の方が彼奴を愛しておる!」

「……、始まった…」
秋声が額に手を当てため息をつく。この会合、毎度途中から嫁自慢大会が始まるのである。今回はいつにも増して白熱しているらしい。誰がどれだけ愛しているかとヒートアップしていく声が部屋の外に漏れてくる。次第に内容が「うちの子可愛い」「うちの者が一番」だのといったものに変わってきたところで、先生の声が凛と響き渡った。

「だが、一番はうちの助手だろう。俺の無理難題にも応える健気さ、そして普段は眼鏡に三つ編み姿の少女のようであるのに、夜は艶やかな女とくる。このギャップは他では味わえんだろうよ」

廊下に控える男たちの視線が一斉に私に集中する。私は顔を覆ってうずくまった。やめてほしい。本当にやめてほしい。別に恋仲でもなんでもない、ただの助手なのに。ただの助手だからこの場にもついてきているだけなのに。この格好だってそれ相応の格好をしろと着せ替え人形になっただけなのに。恥ずかしすぎて穴に埋まりたい。
「本当に気の毒だね…毎回こんなの聞かされてよく耐えていられるよ」
「ぜんっぜん耐えられませんよ…」
「君も苦労するね…」
先生と私の関係性を知っている数少ない一人の秋声に同情され、羞恥心で顔を真っ赤にした私は、いつの間にか会合を終え部屋から出てきた先生の顔を恨めしそうに見上げる。
「なんだね、その顔は?」
「いつもやめてくださいって言ってるじゃないですか」
「思ったままを述べているだけだが」
「それを!やめてくださいって!言ってるんです!勘違いされるじゃないですか!」
「それでは君の魅力を伝えられんだろう」
「~~~っ!!!」
軽くあしらわれ余裕がない自分に逆に腹が立つ。スタスタとロビーを出ていく先生を追いかけながら、あとで高村君に言いつけてやろうと決めた。


「あれは完全に遊んでいるな」
「毎度飽きないものだねぇ」
「あの娘もかわいそうに」
去っていく鴎外と助手の娘を眺めながら、同じく会合に出席していた各組の長である幸田露伴、坪内逍遥、尾崎紅葉の三人は口々に言う。
「なら、止めてあげたらどうなんですか」
秋声が呆れ声で言うと、
「「「嫌だ(です)」」」
と声を揃えたのであった。


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