短編 落乱
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【弟のお友だち】小松田優作
忍術塾の帰りに、名前はいつも通り秀作にくっ付いて小松田屋へ遊びに行く。
後ろの高い位置で結んでいた髪が少し垂れてきているのが気になったが、名前はまだ自分で髪を結えなかったので、そのままにしていた。
店先で2人を出迎えた優作は、やはりというか名前の顔を見てすぐに乱れた髪が気になったらしく、声を掛けてきた。
「髪、崩れてるじゃないか。」
「うん。でもまだ自分じゃ結えないから。」
「なるほど」とつぶやいた後、優作は続ける。
「女の子の可愛らしい髪型は難しいけど、後ろで結ぶだけなら私にもできるよ。紐貸してごらん?」
優作は床に胡座をかいて座り込み、「ここに座って。」と自分の膝を指した。
名前が大人しく膝の間に収まると、優作はその髪を素早く結い上げる。手鏡を見た名前が喜んでいると、それを側でじっと見ていた秀作が「兄ちゃん、僕も!」と言って優作の肩を揺らした。
秀作は乱れてもいない髪紐をわざわざ外して、名前をドンと押して退かし、優作の膝に座り込む。転けた名前は「痛い!」と声をあげ、負けじと秀作をどつき返した。
その後はもう名前と秀作で、優作の膝争奪戦。
「私が優作にいちゃんに髪結ってもらってたの!」
「でももう終わってたでしょ!」
「でも優作にいちゃんが膝に座っていいよって言ったのは私にだもん!」
「優作にいちゃんは僕の兄ちゃんなんだよ!」
「秀ちゃんはいつでも優作にいちゃんに会えるでしょ!ずるい!」
「まあまあまあ…」
宥める優作をそっちのけで取っ組み合いの喧嘩を始める。
喧嘩を止めることを諦め諦めた優作が、おやつのアイスキャンデーを早めに持ってきたことでその場は終結したが、せっかく結ってもらった名前の髪はグチャグチャ。秀作も最初に自分で紐を解いてしまったので、髪は結ばれていない。
腕には子供の喧嘩特有の引っかき傷や握った爪の後が少し残っていた。
涙の跡の残る顔で、大人しくアイスキャンデーを舐める2人に優作は「2人とも、ごめんなさいは?」と優しく言う。
ハッと顔を上げ、アイスキャンデーから口を離してモジモジとする2人の背中を優作は優しく叩いてやった。
「…名前ちゃん、叩いてごめんなさい。」
「私こそ、引っ掻いてごめんなさい。」
仲直りを終えて、もそもそとアイスキャンデーを食べ始めた2人を見て、優作は満足げに胡座をかきなおし、「順番こな?」と言ってまた膝の上を指差した。
明るくなった2人の表情に優作はホッと一安心する。
しかし名前も優作もまた喧嘩をするのは嫌で、どちらが先に優作の膝に座るか…と、互いを見やりながら再びモジモジとし始めた。
その様子に優作は軽く笑う。
「アイスキャンデーを先に食べ終わった方からな。」
優作の一言で、2人は急いでキャンデーを口の中に納め始める。その様子を見て、優作は可愛いなぁと目を細めた。
髪を結い直してもらった名前と秀作はすっかり調子を取り戻し、優作の両側の膝に座って、今日忍術塾であったあれこれを楽しげに話し続けた。
*
朝、名前が髪を結っていると、自分の身支度を終えた優作がふと思い出したように名前を呼んだ。
「なぁ、ここ。」
ニコニコと笑いながら胡座をかいた自分の膝の上を指している。名前はその仕草の意味がわからず、袴の膝に穴でも空いていて繕って欲しいのかしら?と、急いで髪を結って優作に近づいた。
今日は店頭には出ずに作業場で仕事をするつもりだったので、髪は高い位置に結い上げている。
しかし優作は「違う違う」と口を尖らせて、近づいてきた名前の髪紐を解いた。
「ほら、ここ座って。」
名前は肩を掴まれ、優作の膝の間に座らされる。名前が大人しくそれに従って前を向いていると、優作は一度黙って名前の背中を眺めた後「大きくなったなあ」と笑った。
「一体いつからの話をしてるんですか。」
名前が呆れると、優作は「確かに。」と笑う。
「結構長い付き合いになるか。」
そう呟きながら、優作は名前の髪を指で梳いた。
あの頃は、妹のように可愛がっている名前と結婚するだなんて考えてもいなかった。
いつも自分の後ろをついて回り、やる事なす事に興味を持って真似をしてくる名前を兄の気持ちで見守っているつもりだったが、年相応にオシャレや男の子に興味を持ち始めた彼女に自分はモヤモヤとした形にならない気持ちを抱いた。
名前は12・13になる頃にはだいぶ愛らしい女の子になっていて、両親に「いい娘を捕まえたな」とか「これで小松田屋も安心だわ」と言われて満更でもなかった。
そんな関係じゃない。
そもそも名前は、弟の秀作がうちに連れてきた友だちで、彼らは年は同じだったがまるで姉弟のように仲が良かった。「彼女は私よりも秀作といい仲になるだろう」と否定してはいたものの、彼女の方では私はどう見えているのだろうかと気になって仕方がなかった。
正直、屈託の無い笑顔を向けてくれる名前と本当に結婚できたらどんなに良いかと何度か考えていた。
名前を小松田屋に就職させるにあたり、名前のご両親が「娘をよろしく」と頭を下げに来た時には、いよいよ覚悟を決めて彼女に自分の気持ちを打ち明けなければならないかと腹に力を入れたのだが、なかなかどうして勇気が出ない。
極め付けは、秀作の「祝言はいつ?」という無邪気な一言だった訳だ。
あからさまに緊張で固まってしまった私に対し、名前はただただぎこちなく笑っていた。
それまでの様子を考えても、名前はきっと秀作のあの一言まで私のことを意識したことはなかったのだろう。
それからタイミングを掴めないまま数日過ぎてしまったが、なんとなく2人の気持ちは同じところに向かっているらしいと互いに確認しあったのが、一年近く前になる。つい先日のことのように思える。
最近やっと名前は正式に小松田屋に嫁ぎ、優作と共に暮らしている。
「もぅ!やっとかぁ。優作にいちゃんたら、実はヘタレだよねぇ」
「私も優作さんも、自分の気持ちに鈍感だったからぁ…」
当の本人は照れたように両頬を覆って否定していたが、今回の場合は優作の方が正しかったりする。名前の前で図星を指されて少し焦った。
バレていなくてよかった。…のか?
秀作は昔から的外れなことを言ったり、したりする少しヘッポコと言われるような所があった。
兄バカかもしれないが、今では小松田屋を出て忍術学園で立派に事務員の職務を全うしているようだし、案外昔よりもしっかりしてきているのかもしれない。
日頃の修行で、忍者としての観察眼が養われているのかも。
優作は自分の目の高さにある肩に鼻を乗せて、名前の顔を見上げた。名前は不思議そうに優作を見つめ返す。
一度、名前を膝の上からどかして、優作は名前の背後で膝立ちになる。
名前の髪を先ほどと同じ高い位置で結い直しながら、また「大きくなったなぁ」としみじみと言う優作に「変なの。」と名前は笑った。
「私の中の『優作にいちゃん』はずっと大きいままですけどね。」
「『優作さん』も。」と小さな声で付け加えるように言われた言葉に、優作は小さく微笑んだのだった。
忍術塾の帰りに、名前はいつも通り秀作にくっ付いて小松田屋へ遊びに行く。
後ろの高い位置で結んでいた髪が少し垂れてきているのが気になったが、名前はまだ自分で髪を結えなかったので、そのままにしていた。
店先で2人を出迎えた優作は、やはりというか名前の顔を見てすぐに乱れた髪が気になったらしく、声を掛けてきた。
「髪、崩れてるじゃないか。」
「うん。でもまだ自分じゃ結えないから。」
「なるほど」とつぶやいた後、優作は続ける。
「女の子の可愛らしい髪型は難しいけど、後ろで結ぶだけなら私にもできるよ。紐貸してごらん?」
優作は床に胡座をかいて座り込み、「ここに座って。」と自分の膝を指した。
名前が大人しく膝の間に収まると、優作はその髪を素早く結い上げる。手鏡を見た名前が喜んでいると、それを側でじっと見ていた秀作が「兄ちゃん、僕も!」と言って優作の肩を揺らした。
秀作は乱れてもいない髪紐をわざわざ外して、名前をドンと押して退かし、優作の膝に座り込む。転けた名前は「痛い!」と声をあげ、負けじと秀作をどつき返した。
その後はもう名前と秀作で、優作の膝争奪戦。
「私が優作にいちゃんに髪結ってもらってたの!」
「でももう終わってたでしょ!」
「でも優作にいちゃんが膝に座っていいよって言ったのは私にだもん!」
「優作にいちゃんは僕の兄ちゃんなんだよ!」
「秀ちゃんはいつでも優作にいちゃんに会えるでしょ!ずるい!」
「まあまあまあ…」
宥める優作をそっちのけで取っ組み合いの喧嘩を始める。
喧嘩を止めることを諦め諦めた優作が、おやつのアイスキャンデーを早めに持ってきたことでその場は終結したが、せっかく結ってもらった名前の髪はグチャグチャ。秀作も最初に自分で紐を解いてしまったので、髪は結ばれていない。
腕には子供の喧嘩特有の引っかき傷や握った爪の後が少し残っていた。
涙の跡の残る顔で、大人しくアイスキャンデーを舐める2人に優作は「2人とも、ごめんなさいは?」と優しく言う。
ハッと顔を上げ、アイスキャンデーから口を離してモジモジとする2人の背中を優作は優しく叩いてやった。
「…名前ちゃん、叩いてごめんなさい。」
「私こそ、引っ掻いてごめんなさい。」
仲直りを終えて、もそもそとアイスキャンデーを食べ始めた2人を見て、優作は満足げに胡座をかきなおし、「順番こな?」と言ってまた膝の上を指差した。
明るくなった2人の表情に優作はホッと一安心する。
しかし名前も優作もまた喧嘩をするのは嫌で、どちらが先に優作の膝に座るか…と、互いを見やりながら再びモジモジとし始めた。
その様子に優作は軽く笑う。
「アイスキャンデーを先に食べ終わった方からな。」
優作の一言で、2人は急いでキャンデーを口の中に納め始める。その様子を見て、優作は可愛いなぁと目を細めた。
髪を結い直してもらった名前と秀作はすっかり調子を取り戻し、優作の両側の膝に座って、今日忍術塾であったあれこれを楽しげに話し続けた。
*
朝、名前が髪を結っていると、自分の身支度を終えた優作がふと思い出したように名前を呼んだ。
「なぁ、ここ。」
ニコニコと笑いながら胡座をかいた自分の膝の上を指している。名前はその仕草の意味がわからず、袴の膝に穴でも空いていて繕って欲しいのかしら?と、急いで髪を結って優作に近づいた。
今日は店頭には出ずに作業場で仕事をするつもりだったので、髪は高い位置に結い上げている。
しかし優作は「違う違う」と口を尖らせて、近づいてきた名前の髪紐を解いた。
「ほら、ここ座って。」
名前は肩を掴まれ、優作の膝の間に座らされる。名前が大人しくそれに従って前を向いていると、優作は一度黙って名前の背中を眺めた後「大きくなったなあ」と笑った。
「一体いつからの話をしてるんですか。」
名前が呆れると、優作は「確かに。」と笑う。
「結構長い付き合いになるか。」
そう呟きながら、優作は名前の髪を指で梳いた。
あの頃は、妹のように可愛がっている名前と結婚するだなんて考えてもいなかった。
いつも自分の後ろをついて回り、やる事なす事に興味を持って真似をしてくる名前を兄の気持ちで見守っているつもりだったが、年相応にオシャレや男の子に興味を持ち始めた彼女に自分はモヤモヤとした形にならない気持ちを抱いた。
名前は12・13になる頃にはだいぶ愛らしい女の子になっていて、両親に「いい娘を捕まえたな」とか「これで小松田屋も安心だわ」と言われて満更でもなかった。
そんな関係じゃない。
そもそも名前は、弟の秀作がうちに連れてきた友だちで、彼らは年は同じだったがまるで姉弟のように仲が良かった。「彼女は私よりも秀作といい仲になるだろう」と否定してはいたものの、彼女の方では私はどう見えているのだろうかと気になって仕方がなかった。
正直、屈託の無い笑顔を向けてくれる名前と本当に結婚できたらどんなに良いかと何度か考えていた。
名前を小松田屋に就職させるにあたり、名前のご両親が「娘をよろしく」と頭を下げに来た時には、いよいよ覚悟を決めて彼女に自分の気持ちを打ち明けなければならないかと腹に力を入れたのだが、なかなかどうして勇気が出ない。
極め付けは、秀作の「祝言はいつ?」という無邪気な一言だった訳だ。
あからさまに緊張で固まってしまった私に対し、名前はただただぎこちなく笑っていた。
それまでの様子を考えても、名前はきっと秀作のあの一言まで私のことを意識したことはなかったのだろう。
それからタイミングを掴めないまま数日過ぎてしまったが、なんとなく2人の気持ちは同じところに向かっているらしいと互いに確認しあったのが、一年近く前になる。つい先日のことのように思える。
最近やっと名前は正式に小松田屋に嫁ぎ、優作と共に暮らしている。
「もぅ!やっとかぁ。優作にいちゃんたら、実はヘタレだよねぇ」
「私も優作さんも、自分の気持ちに鈍感だったからぁ…」
当の本人は照れたように両頬を覆って否定していたが、今回の場合は優作の方が正しかったりする。名前の前で図星を指されて少し焦った。
バレていなくてよかった。…のか?
秀作は昔から的外れなことを言ったり、したりする少しヘッポコと言われるような所があった。
兄バカかもしれないが、今では小松田屋を出て忍術学園で立派に事務員の職務を全うしているようだし、案外昔よりもしっかりしてきているのかもしれない。
日頃の修行で、忍者としての観察眼が養われているのかも。
優作は自分の目の高さにある肩に鼻を乗せて、名前の顔を見上げた。名前は不思議そうに優作を見つめ返す。
一度、名前を膝の上からどかして、優作は名前の背後で膝立ちになる。
名前の髪を先ほどと同じ高い位置で結い直しながら、また「大きくなったなぁ」としみじみと言う優作に「変なの。」と名前は笑った。
「私の中の『優作にいちゃん』はずっと大きいままですけどね。」
「『優作さん』も。」と小さな声で付け加えるように言われた言葉に、優作は小さく微笑んだのだった。
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