短編 落乱
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
【友だちのお兄さん】小松田優作
近所にある忍術塾に仲の良い友だちが通うというので、名前も両親にお願いして通わせてもらうことにした。
忍術塾に行くと言っても、当時の名前には忍者についての知識も興味も大してなく、算盤に行くのと同じ感覚で友達に会うために行っていたようなものだ。
毎日楽しく忍術の勉強や手裏剣打ちの練習、走ったり跳んだりを繰り返していると、その中でも一際危なっかしい男の子がいるのが気になった。
町で有名な扇子店小松田屋の次男坊。名前は秀作。
名前には弟妹がたくさんいて、根っからのお姉ちゃん気質だったので、その子から目が離せなくなったのはしょうがないと思う。
友人が辞めた後も、結局名前は忍術塾に通い続けていた。
塾が終わった時間も河原で遊んだりして、名前と秀作が一緒に過ごす時間が増えたある日。
「名前ちゃん、今度うちに遊びに来ない?お母さんに名前ちゃんの話をしたら、今度連れておいでって。」
ニコニコと笑う秀作に、名前は二つ返事で了承し、初めて秀作の家にお邪魔したのだった。
秀作のお父さんとお母さんに挨拶をして、作業場を見学をさせてもらう。
「いらっしゃい。よく来たね。」
ニコニコと笑う顔が秀作とそっくりな3つ年上のお兄さん。秀作が「優作にいちゃん」と呼ぶのに倣って名前もそう呼ぶことにした。
秀作が名前の手を引いて店のことを紹介する間、優作は安全のためかずっと後ろについており、さらに店中のことを懇切丁寧に解説してくれた。
扇子屋の作業場を見る機会なんて、子どもの名前にはそうそうない。
その日は周り全てがキラキラと輝いて見えたのを覚えている。
何度か小松田屋に通ううちに、名前は雑用を任されるようになった。
最初はお店と作業場間の伝言を伝えることから、扇子紙を運ぶのを手伝ったり、秀作と一緒に優作が原料の買い付けに行くのにお伴をしたり。
原料の買い付けに関しては、帰り道にコッソリお団子屋さんに寄って、余ったお金でおやつを食べていいと言われていたので、本当に楽しかった。
最終的に周りに言われるがまま、名前は秀作と並んで見習いのような体で扇子作りの勉強をさせてもらうことになった。
*
秀作は、兄の優作が小松田屋を継ぐことが決まってから、忍者になることを本気で考え出したようで、忍術塾の忍術三級を取ろうと必死に頑張っていた。
ついに秀作が忍術三級に合格して、「就職活動頑張るぞー!」と意気込んでいたのと同時期に名前の扇子作りの腕もだいぶ上達していたことから、名前は小松田屋に就職した。
名前の気分は完全に秀作の保護者で、就職活動に苦戦する秀作を優作と一緒に一喜一憂しながら応援していた。
「忍術学園に就職が決まったよ!」と報告を受けた時は、二人で飛び上がって喜んだのは記憶に新しい。
「実は事務員としての採用なんだけどぉ…」
と付け加えられて、2人でずっこけてしまったのは、お約束というべきか。
それでも秀作は忍者になる夢を諦めずに「もっと勉強頑張るぞ〜!」と息巻いていたので、名前たちはその前向きさに感動し、彼の背を押すことにしたのだった。
こうやって並んで扇子作りをするのも、しばらくできなくなっちゃうんだな…と名前は感慨深く思いながら、秀作と優作に並んで扇子を作っていると、秀作がワクワクした様子で切り出した。
「そういえば、二人はいつ祝言を挙げるの?」
「その時は僕、はりきってお祝いしちゃうんだからぁ!」と無邪気に笑う秀作に、名前は目をパチクリとする。
隣で優作がピシリと音が聞こえるほどに固まったのが視界に入った。
「僕楽しみだなぁ、二人の赤ちゃんを抱っこするの。」
返事をできずにいる2人に気づかずに秀作は続ける。
「秀作おじちゃんでちゅよ〜」とまだ見ぬ赤子をあやす動きをして楽しそうにする秀作に、名前は「自分たちは付き合ってない」ととてもじゃないが言えず、から笑いを返しながら、少しだけ優作の方を向いた。
先程から扇子を作る腕を止めて微動だにしていなかったらしい優作が、名前の視線に気がつきハッとして目線を上げる。
一瞬目が合って急に恥ずかしくなり、2人はとっさに目線を外してしまった。
なぜ、あの時目線を外してしまったのか。
その日、名前と優作は一向に互いのことを見ることができないまま、1人楽しそうに鼻歌を歌う秀作を気まずく思いつつ、3人で作業を続けた。
思えば今までの私は、秀作に振り回されるようにだけど、ずっと優作にいちゃんと一緒にいた気がする。
肩を並べて秀作のことを応援していた私たちは、周りからそういう関係に見えていたに違いない。
長女である私が就職するにあたって、両親が特に大きな反対をしなかったのも、もしかするとそれに関係するのかも…
名前は帰宅して1人、頭を抱えた。
むしろ何故今まで気がつかなかったのか。自分のことを客観視するのは難しいとはいえ、今までの自分の無自覚な行動に少し恥ずかしくなる。
改めて、自分は優作との関係をどうしたいのかを考える。
優作は名前の事をどう考えているのだろう。
この間の固まって動かなかった様子ならば、もしかすると優作も名前と同様にあまり互いの関係について考えていなかったのかもしれない。
明日からどのような態度で優作に接すればいいのか。
優作はどんな風に話しかけてくれるのだろう…むしろ話しかけてくれるのか。
話しかけてくれなかったり、今日のことをなかったようにされてしまったら寂しいなあ…
1人悶々とした気持ちを抱えながら、名前はゆっくりと眠りに落ちたのだった。
*
秀作が学園へと去ってから、名前も優作もなんとなくお互いを意識してギクシャクしてしまっていた。
店の人たちや常連さんに「喧嘩でもした?」と心配されるほど、不自然に目を合わせない日が続く。
そんなある日の夕方、名前が作業場の後片付けをしていると、店舗の閉店作業を終えた優作が静かに作業場に入ってきた。
作業場に座って1人、扇子紙の整理をしている名前を確認した優作は、一度外をキョロキョロと見渡してから、後ろ手に戸を閉めた。
最初に「お疲れ様」と言葉を交わした後、沈黙する。
一体何を言われるのだろうかと名前が身構えていると、戸を背にしたままの優作が口を開いた。
「あの!…そろそろ…もし、良かったら、なんだけど!“優作にいちゃん”じゃなくって、名前で呼んでくれないか…な?…わ、私も、君のこと、呼び捨てで…」
裏返った声で緊張で体を強張らせながら言う優作にいちゃんに、やっぱりこの兄弟はソックリだなと頭の片隅で冷静に考える。
「ゼ、ゼヒ…」
そう返した声は思っていたよりも小さくて、震えていて名前は可笑しくなってしまった。
名前の緊張具合も優作といい勝負かもしれない。
大きく息を吸い込んで、勇気を出す。
「ゆ、優作さん…」
それでも尻すぼみな名前の声に、とてもうれしそうに笑う優作。
やっと戸から背を離して、名前の向かい側に膝をついた優作に合わせ、名前も改めて姿勢を正す。
「名前。これからも、その…よろしく、お願いします。」
「こちらこそ。これからも、よろしくお願いします…優作さん。」
改まった挨拶をして、2人して体を固くしながら深く頭を下げる。
秀作に「祝言はいつ?」と、聞かれてしまったけれど、今はこれだけで精一杯だし、これだけで幸せだなあと2人で笑ったのだった。
近所にある忍術塾に仲の良い友だちが通うというので、名前も両親にお願いして通わせてもらうことにした。
忍術塾に行くと言っても、当時の名前には忍者についての知識も興味も大してなく、算盤に行くのと同じ感覚で友達に会うために行っていたようなものだ。
毎日楽しく忍術の勉強や手裏剣打ちの練習、走ったり跳んだりを繰り返していると、その中でも一際危なっかしい男の子がいるのが気になった。
町で有名な扇子店小松田屋の次男坊。名前は秀作。
名前には弟妹がたくさんいて、根っからのお姉ちゃん気質だったので、その子から目が離せなくなったのはしょうがないと思う。
友人が辞めた後も、結局名前は忍術塾に通い続けていた。
塾が終わった時間も河原で遊んだりして、名前と秀作が一緒に過ごす時間が増えたある日。
「名前ちゃん、今度うちに遊びに来ない?お母さんに名前ちゃんの話をしたら、今度連れておいでって。」
ニコニコと笑う秀作に、名前は二つ返事で了承し、初めて秀作の家にお邪魔したのだった。
秀作のお父さんとお母さんに挨拶をして、作業場を見学をさせてもらう。
「いらっしゃい。よく来たね。」
ニコニコと笑う顔が秀作とそっくりな3つ年上のお兄さん。秀作が「優作にいちゃん」と呼ぶのに倣って名前もそう呼ぶことにした。
秀作が名前の手を引いて店のことを紹介する間、優作は安全のためかずっと後ろについており、さらに店中のことを懇切丁寧に解説してくれた。
扇子屋の作業場を見る機会なんて、子どもの名前にはそうそうない。
その日は周り全てがキラキラと輝いて見えたのを覚えている。
何度か小松田屋に通ううちに、名前は雑用を任されるようになった。
最初はお店と作業場間の伝言を伝えることから、扇子紙を運ぶのを手伝ったり、秀作と一緒に優作が原料の買い付けに行くのにお伴をしたり。
原料の買い付けに関しては、帰り道にコッソリお団子屋さんに寄って、余ったお金でおやつを食べていいと言われていたので、本当に楽しかった。
最終的に周りに言われるがまま、名前は秀作と並んで見習いのような体で扇子作りの勉強をさせてもらうことになった。
*
秀作は、兄の優作が小松田屋を継ぐことが決まってから、忍者になることを本気で考え出したようで、忍術塾の忍術三級を取ろうと必死に頑張っていた。
ついに秀作が忍術三級に合格して、「就職活動頑張るぞー!」と意気込んでいたのと同時期に名前の扇子作りの腕もだいぶ上達していたことから、名前は小松田屋に就職した。
名前の気分は完全に秀作の保護者で、就職活動に苦戦する秀作を優作と一緒に一喜一憂しながら応援していた。
「忍術学園に就職が決まったよ!」と報告を受けた時は、二人で飛び上がって喜んだのは記憶に新しい。
「実は事務員としての採用なんだけどぉ…」
と付け加えられて、2人でずっこけてしまったのは、お約束というべきか。
それでも秀作は忍者になる夢を諦めずに「もっと勉強頑張るぞ〜!」と息巻いていたので、名前たちはその前向きさに感動し、彼の背を押すことにしたのだった。
こうやって並んで扇子作りをするのも、しばらくできなくなっちゃうんだな…と名前は感慨深く思いながら、秀作と優作に並んで扇子を作っていると、秀作がワクワクした様子で切り出した。
「そういえば、二人はいつ祝言を挙げるの?」
「その時は僕、はりきってお祝いしちゃうんだからぁ!」と無邪気に笑う秀作に、名前は目をパチクリとする。
隣で優作がピシリと音が聞こえるほどに固まったのが視界に入った。
「僕楽しみだなぁ、二人の赤ちゃんを抱っこするの。」
返事をできずにいる2人に気づかずに秀作は続ける。
「秀作おじちゃんでちゅよ〜」とまだ見ぬ赤子をあやす動きをして楽しそうにする秀作に、名前は「自分たちは付き合ってない」ととてもじゃないが言えず、から笑いを返しながら、少しだけ優作の方を向いた。
先程から扇子を作る腕を止めて微動だにしていなかったらしい優作が、名前の視線に気がつきハッとして目線を上げる。
一瞬目が合って急に恥ずかしくなり、2人はとっさに目線を外してしまった。
なぜ、あの時目線を外してしまったのか。
その日、名前と優作は一向に互いのことを見ることができないまま、1人楽しそうに鼻歌を歌う秀作を気まずく思いつつ、3人で作業を続けた。
思えば今までの私は、秀作に振り回されるようにだけど、ずっと優作にいちゃんと一緒にいた気がする。
肩を並べて秀作のことを応援していた私たちは、周りからそういう関係に見えていたに違いない。
長女である私が就職するにあたって、両親が特に大きな反対をしなかったのも、もしかするとそれに関係するのかも…
名前は帰宅して1人、頭を抱えた。
むしろ何故今まで気がつかなかったのか。自分のことを客観視するのは難しいとはいえ、今までの自分の無自覚な行動に少し恥ずかしくなる。
改めて、自分は優作との関係をどうしたいのかを考える。
優作は名前の事をどう考えているのだろう。
この間の固まって動かなかった様子ならば、もしかすると優作も名前と同様にあまり互いの関係について考えていなかったのかもしれない。
明日からどのような態度で優作に接すればいいのか。
優作はどんな風に話しかけてくれるのだろう…むしろ話しかけてくれるのか。
話しかけてくれなかったり、今日のことをなかったようにされてしまったら寂しいなあ…
1人悶々とした気持ちを抱えながら、名前はゆっくりと眠りに落ちたのだった。
*
秀作が学園へと去ってから、名前も優作もなんとなくお互いを意識してギクシャクしてしまっていた。
店の人たちや常連さんに「喧嘩でもした?」と心配されるほど、不自然に目を合わせない日が続く。
そんなある日の夕方、名前が作業場の後片付けをしていると、店舗の閉店作業を終えた優作が静かに作業場に入ってきた。
作業場に座って1人、扇子紙の整理をしている名前を確認した優作は、一度外をキョロキョロと見渡してから、後ろ手に戸を閉めた。
最初に「お疲れ様」と言葉を交わした後、沈黙する。
一体何を言われるのだろうかと名前が身構えていると、戸を背にしたままの優作が口を開いた。
「あの!…そろそろ…もし、良かったら、なんだけど!“優作にいちゃん”じゃなくって、名前で呼んでくれないか…な?…わ、私も、君のこと、呼び捨てで…」
裏返った声で緊張で体を強張らせながら言う優作にいちゃんに、やっぱりこの兄弟はソックリだなと頭の片隅で冷静に考える。
「ゼ、ゼヒ…」
そう返した声は思っていたよりも小さくて、震えていて名前は可笑しくなってしまった。
名前の緊張具合も優作といい勝負かもしれない。
大きく息を吸い込んで、勇気を出す。
「ゆ、優作さん…」
それでも尻すぼみな名前の声に、とてもうれしそうに笑う優作。
やっと戸から背を離して、名前の向かい側に膝をついた優作に合わせ、名前も改めて姿勢を正す。
「名前。これからも、その…よろしく、お願いします。」
「こちらこそ。これからも、よろしくお願いします…優作さん。」
改まった挨拶をして、2人して体を固くしながら深く頭を下げる。
秀作に「祝言はいつ?」と、聞かれてしまったけれど、今はこれだけで精一杯だし、これだけで幸せだなあと2人で笑ったのだった。
4/11ページ