短編 落乱
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【イヤガラセ】土井半助
「きょ、今日のランチ…全てに竹輪の磯辺揚げ…?」
食堂の入口に、背の高い男がメニュー表を前に固まる姿があった。
ふっふっふ… 困ってる困ってる…
名前はその姿を見てほくそ笑みながら、横を通り抜ける。
「食堂のおばちゃーん!リクエスト聞いてくれたんですね~。ありがとうございます!Bランチお願いしまーす。」
そう。この竹輪の磯辺揚げは、先日名前が食堂のおばちゃんに頼んだメニューなのだ。
精々泣きながら食べるんだな、土井半助!
心の中で嘲笑いながら、名前が入口の半助を一瞥すると、視線に気がついたのか半助は物凄く恨みがましい顔を名前へ向けてきた。
「またですか、苗字先生~!!!」
名前はそれを鼻で笑い、おばちゃんからBランチを受け取ると、そこから少し離れた壁際の席に着く。
しばらくして、土井はA定食を持って名前の隣の席に掛けた。
ああ、またか…と思う。
この男は名前がどんな嫌がらせをしても「同じ火薬委員会顧問なんですから…」と笑って寄ってくるのだ。
「練り物関連のイタズラはやめてくださいって何度も言ってるじゃないですか…」
「その言葉に了承の返事をしたことはないじゃないですか。」
半助の問いかけに、名前はにべもなく答え、食事を続ける。
半助は苦笑しながらも話しかけ続け、名前はそれにそっけなく返事をした。
いつもの光景だ。
ちくわの磯辺揚げの乗った皿は、半助の盆の上から外され、全く手をつけられていない。
半助は無言のままその皿を名前の方へ押しやってきた。皿を触るのも嫌なのか、箸を使って皿を動かしている。
「土井先生…お残しはいけませんよ。あと、お箸でお皿を動かさないでください。お行儀が悪い。」
名前がそう言って皿を半助の方へ戻すと、半助は「うっ…」と言って黙ってしまった。
そうして名前がランチを食べ終えた頃、1人の少年が近づいてきた。
「土井先生、苗字先生。今日の放課後は空いていらっしゃいますか?火薬委員会のことで確認したいことがありまして…。」
「兵助くん。ご苦労様、大丈夫よ。今日の放課後は何も予定がないから、私が行くわ。」
「おつかれ、兵助。苗字先生ありがとう。今日は一年は組の追試を作らなければならなかったから、助かるよ。」
半助が胃を抑える動きをした。
名前はその半助の様子に、「まあ!お辛そうですねぇ!」とワザとらしく気の毒そうなそぶりをしてみせると、ハッと思い出したかのようにニッコリと告げた。
「あ。そういえば…、この間保健委員会が医務室の薬棚の整理をしていたので、胃炎のお薬を一番上の段…右から二番目に変えておくように言っておきました。」
「じゃ、兵助くん。また放課後にね。」と兵助に向き直り名前は席を立つ。
「土井先生、今のはどう言う意味ですか?」
「医務室に行った時に新野先生や保健委員の生徒が1人もいない事があるんだが、その時は棚から自分で薬をいただくんだよ…」
「お腹が痛くても背筋を伸ばさなきゃ届かないって事ですね。」
半助と兵助は顔を見合わせ苦笑した。
*
「苗字先生は何故、土井先生に嫌がらせのような事ばかりするんですか?」
放課後の火薬委員会の活動を終えた後、兵助の突然の質問に名前は驚いた。
「唐突ね。」
「前から気になってはいたのですが…」
名前は、その問いにすぐに答えることができず、一度口ごもる。
「…女っていうのは、土井先生みたいな腑抜けた男にはイタズラを仕掛けたくなるもんなの。」
「くの一教室の女の子で、身に沁みてるんじゃない?」と笑いながら言うと、兵助はくの一教室にされた数々の仕打ちを思い出したのか頬を引きつらせながら「そ、そうですね…」と引き気味に返した。
名前は、忍術学園くの一教室を卒業し、1年と少しの期間だけだが城勤めの忍者として働いた。父親の介護のために退職したものの、その甲斐虚しく父は半年後に他界。
再就職先を求めている最中、ふと思い立って母校を訪ねたところを火薬の知識と研究意欲を買われた名前は学園に教師として就職した。
くの一教室の生徒は人数が少ないため、委員会にはあまり参加しない。
名前もその多分に漏れず、委員会には所属していなかったのだが、くの一教室に特別講義に来た当時火薬委員会顧問の先生の授業に魅了され、その頃から火薬研究に力を入れていた。
就職先も火薬研究をさせてもらえる城を選び、くノ一と研究者の二足の草鞋を履いていたが、時間や費用の都合で思うように研究を進めることができなかった。
その反動からか、教師となってからはより一層火薬研究に熱を注いだ。
在籍中にお世話になった先生方に囲まれ、大好きな火薬の研究も思う存分に進められる。
学生時代に戻ったように楽しかった。
火薬委員会顧問として積極的に委員会活動に参加し、忍たまに火薬調合のレクチャーをしたり、自身の火薬研究に時間を費やした。
おかげで『火薬オタク』やら『忍術学園一火薬を愛する女』なんていう、いらんあだ名までつけられてしまったのだが。
とにかくその時の名前には、火薬は自分と忍術学園をつなぐ大切なものだった。
名前が忍術学園に勤め始めて2年経った頃に半助が忍術学園にやって来た。
半助はその兵法と火薬に関する豊富な知識によって学園の教師として迎えられ、たちまち忍たまにも人気の先生になった。
名前は正直、火薬委員会顧問は自分1人で十分だと考えていたし、半助が「同じ火薬委員会顧問としてよろしく。」と頭を下げてきた時、いい気分はしなかったのだが、仲良くしないわけにもいかない。
今まで先任から引き継いで1人で火薬委員会顧問を務めてきた名前にとって、半助は邪魔者だった。
突然学園に来て、名前の取り柄であった『火薬』という分野に入り込み名前の立場を危うくする存在。
自分の居場所を脅かす存在への恐怖は嫌悪感になり、名前は半ば逆恨みのような気持ちで、半助にワナを仕掛けるようになったのだ。
しかし会話を重ねるうちに、他の先生方が言うように半助の知識は眼を見張るものがあると気がついた。
ただ普通に話していても、自然と兵法の一節を持ち出してくる。
火薬オタクとも呼ばれる名前の火薬談義について来た時には、とても驚いた。
上級生には火器について詳しい者もいたが、彼らはそれに通づる分野の火薬にしか興味がない。それまで名前と火薬について話をできるような人間など忍術学園にはほとんど居なかったのだ。
それどころか半助は名前に的確なアドバイスまでくれ、その時作っていた新作焙烙火矢の成功に一役買った。
自分と5つも違わないこの男は、どこでどうやってこれだけの知識を学んだのだろう。
名前がやっと半助を興味の対象として見るようになったのは、半助が着任して半年ほど経ってからだ。
しかし、嫌がらせ紛いな事をする自分にも気兼ねなく話しかけてくる半助が偽善者のように見えて、名前は素直に受け入れることができなかった。
兵助には、「女ってそういうものなの。」と嘯いてしまったが、結局のところ名前が子どもなだけなのだ。
自分のおもちゃをとられそうだから、嫌い。
そもそもおもちゃを取る気なんて相手にはないはずなのに、だ。そこまでわかっていてそれでも半助を受け入れられない。
その自覚があるだけに、嫌がらせをやめられずにいる自分に対して名前はどうしても罪悪感が拭えなかった。
どうして半助は、こんな私にああも親しげに話しかけてくるのだろう。
名前は、モヤモヤした気持ちをずっと抱えていた。
*
「何故土井先生は、私の行いを本気で怒ったりしないんですか?」
火薬委員会の活動は、顧問同士で一応共有しておいた方が良いだろうと考え、名前は私室で仕事をしている半助を訪ねていた。
敢えて平仮名ばかりで書いた地味に読みづらい報告書を半助に渡す。
書面の文字に一瞬戸惑いながらも、ゆっくりと読み進める半助の姿を見て、名前は昼間の思考を思い出しつい聞いてしまった。
「唐突だね。」
「前から気になってたんです。」
先ほど似たような会話をしたな、と考えながら名前は半助の顔を見れずに、開いたままになっている戸から何となく外を見やる。
「んー…?良い子なんだろうなと思って。」
昼間の名前のように口ごもることはなく、報告書に目を向けたまま答えた半助に、名前は思わず「は?」と聞き返してしまった。
名前の返しに、半助は報告書から顔を上げ名前に体を向けると、笑いながら話し始める。
「いやぁ…苗字先生って『土井半助のことが心底嫌いです!』って顔に書いておきながら、どんな話にもちゃんと返事をしてくれるじゃないですか。」
確かにどんなに下らないと思った話でも、敬意を持って返事をするようにしている。でもこれは父の教えで、ほとんど癖のようなものだった。
なんだか自分と同時に父のことも褒められたようで、誇らしく同時に恥ずかしくなる。
「くの一教室の子達もよくやる下剤入りのお菓子は、授業に支障が出ないように休日の前に渡してくるし。」
それは、先生が授業に出られなくなって困るのは、山田先生と生徒たちだからだ。
私のせいで授業を遅らせるわけにはいかないし、山田先生の負担を増やしたい訳ではない。
「あと、どんなイタズラも絶対に怪我をすることはしない。」
「え…?」
「長屋の前にあった落とし穴には落ち葉がしっかり敷いてあったし。上から何かが落ちてくる仕掛けも、重たかったり硬かったりするものは使わないだろ。」
まさかそんなところを見られているとは…というより、言われるまで自分でも気がついていなかった。
半助に感じる罪悪感から、無意識にそうしていたのだろうか。自分はなんて生ぬるいことをしていたのか…
ポカンとする名前を見て笑いながら、半助はさらに続ける。
「火薬に関しては、自分が知らないことやわからない事があったら、素直にアドバイスを求めてくる。嫌な奴だと思っている人間に教えを請う事が出来るのは、とても素敵だと思うよ。」
それは研究のために新しい見解を得たいだけで、そのためには、半助のようにある程度の火薬に関する知識がないといけない訳で…
それにしても、よくもまあスラスラと話せるものだ。段々と顔に熱が集まってきたのがわかる。
「胃薬も高い位置に移したってだけで、隠したりはしないし、ちゃんと場所も教えてくれたし…」
「も、もうやめてください!」
言い訳ばかり考えていた脳みそが、パンクしそうだった。
「もうわかりました!ありがとうございます!質問は!以上です!」
興奮して思わず大きな声で、区切って話してしまった。
微笑ましいものを見る目を向けてくる半助に名前の恥ずかしさが増していく。
完全に動揺がバレている。
「今は苗字先生から話しかけてくれることはないけど、そのうち仲良くなれるかなーっと思って、気長に話し掛け続けますよ。」
「………」
まさか、こんな風に言い負かされることになるとは思わなかった。
半助にとって自分は、忍たまと何ら変わらない子どもだったという訳だ。
自覚があったとはいえ、それが相手にも知られていて微笑ましく見守られていたなんて、情けないにもほどがある。
おまけに実際、名前は半助にほだされ始めている。
自分から半助に委員会の報告をしようなどと以前までの名前なら考えなかったはずだ。
そこまで考えて名前はもう自分の子どものような嫉妬心が薄らいでいることに気がついた。
自分を正当化させても罪悪感に潰されそうになっていた名前だが、これ以上足掻いたところで意味はない。
「土井先生。私、もうイヤガラセはやめます。今まで申し訳ございませんでした。」
名前が突然に素直になったことに、半助はきょとんとした。
下げた頭を上げて半助の間抜けな顔を見た名前は、なんだかおかしくなりクスクスと笑ってしまった。
名前のその反応に半助もやっと名前の発言を理解したのか、ホッとしたように笑い出す。
たかが5歳、されど5歳。
この歳の差は超えられないようだ。
自分は彼の前では子どものままでいても良いのかもしれない。
そう思うと名前の気持ちは軽くなったのだった。
*
「きょ、今日のランチ…全てに竹輪とほうれん草の和え物…?」
食堂の入口で半助がメニュー表を前に固まる姿があった。
「食堂のおばちゃーん!今日は私、Aランチください。和え物、楽しみにしてたんです!」
「ありがと。名前ちゃんはリクエストいっぱいくれるし、全部美味しそうに食べてくれるから作り甲斐があるわぁ」
「おばちゃんの料理、忍術学園を卒業してからも忘れられなくって…」
「苗字先生!もうイタズラはやめるって言ってくれたじゃないですか!!!」
「こんにちは、土井先生。私は『イヤガラセ』はやめるって言ったんですよ。これからはくの一らしく『イタズラ』に専念します!」
「きょ、今日のランチ…全てに竹輪の磯辺揚げ…?」
食堂の入口に、背の高い男がメニュー表を前に固まる姿があった。
ふっふっふ… 困ってる困ってる…
名前はその姿を見てほくそ笑みながら、横を通り抜ける。
「食堂のおばちゃーん!リクエスト聞いてくれたんですね~。ありがとうございます!Bランチお願いしまーす。」
そう。この竹輪の磯辺揚げは、先日名前が食堂のおばちゃんに頼んだメニューなのだ。
精々泣きながら食べるんだな、土井半助!
心の中で嘲笑いながら、名前が入口の半助を一瞥すると、視線に気がついたのか半助は物凄く恨みがましい顔を名前へ向けてきた。
「またですか、苗字先生~!!!」
名前はそれを鼻で笑い、おばちゃんからBランチを受け取ると、そこから少し離れた壁際の席に着く。
しばらくして、土井はA定食を持って名前の隣の席に掛けた。
ああ、またか…と思う。
この男は名前がどんな嫌がらせをしても「同じ火薬委員会顧問なんですから…」と笑って寄ってくるのだ。
「練り物関連のイタズラはやめてくださいって何度も言ってるじゃないですか…」
「その言葉に了承の返事をしたことはないじゃないですか。」
半助の問いかけに、名前はにべもなく答え、食事を続ける。
半助は苦笑しながらも話しかけ続け、名前はそれにそっけなく返事をした。
いつもの光景だ。
ちくわの磯辺揚げの乗った皿は、半助の盆の上から外され、全く手をつけられていない。
半助は無言のままその皿を名前の方へ押しやってきた。皿を触るのも嫌なのか、箸を使って皿を動かしている。
「土井先生…お残しはいけませんよ。あと、お箸でお皿を動かさないでください。お行儀が悪い。」
名前がそう言って皿を半助の方へ戻すと、半助は「うっ…」と言って黙ってしまった。
そうして名前がランチを食べ終えた頃、1人の少年が近づいてきた。
「土井先生、苗字先生。今日の放課後は空いていらっしゃいますか?火薬委員会のことで確認したいことがありまして…。」
「兵助くん。ご苦労様、大丈夫よ。今日の放課後は何も予定がないから、私が行くわ。」
「おつかれ、兵助。苗字先生ありがとう。今日は一年は組の追試を作らなければならなかったから、助かるよ。」
半助が胃を抑える動きをした。
名前はその半助の様子に、「まあ!お辛そうですねぇ!」とワザとらしく気の毒そうなそぶりをしてみせると、ハッと思い出したかのようにニッコリと告げた。
「あ。そういえば…、この間保健委員会が医務室の薬棚の整理をしていたので、胃炎のお薬を一番上の段…右から二番目に変えておくように言っておきました。」
「じゃ、兵助くん。また放課後にね。」と兵助に向き直り名前は席を立つ。
「土井先生、今のはどう言う意味ですか?」
「医務室に行った時に新野先生や保健委員の生徒が1人もいない事があるんだが、その時は棚から自分で薬をいただくんだよ…」
「お腹が痛くても背筋を伸ばさなきゃ届かないって事ですね。」
半助と兵助は顔を見合わせ苦笑した。
*
「苗字先生は何故、土井先生に嫌がらせのような事ばかりするんですか?」
放課後の火薬委員会の活動を終えた後、兵助の突然の質問に名前は驚いた。
「唐突ね。」
「前から気になってはいたのですが…」
名前は、その問いにすぐに答えることができず、一度口ごもる。
「…女っていうのは、土井先生みたいな腑抜けた男にはイタズラを仕掛けたくなるもんなの。」
「くの一教室の女の子で、身に沁みてるんじゃない?」と笑いながら言うと、兵助はくの一教室にされた数々の仕打ちを思い出したのか頬を引きつらせながら「そ、そうですね…」と引き気味に返した。
名前は、忍術学園くの一教室を卒業し、1年と少しの期間だけだが城勤めの忍者として働いた。父親の介護のために退職したものの、その甲斐虚しく父は半年後に他界。
再就職先を求めている最中、ふと思い立って母校を訪ねたところを火薬の知識と研究意欲を買われた名前は学園に教師として就職した。
くの一教室の生徒は人数が少ないため、委員会にはあまり参加しない。
名前もその多分に漏れず、委員会には所属していなかったのだが、くの一教室に特別講義に来た当時火薬委員会顧問の先生の授業に魅了され、その頃から火薬研究に力を入れていた。
就職先も火薬研究をさせてもらえる城を選び、くノ一と研究者の二足の草鞋を履いていたが、時間や費用の都合で思うように研究を進めることができなかった。
その反動からか、教師となってからはより一層火薬研究に熱を注いだ。
在籍中にお世話になった先生方に囲まれ、大好きな火薬の研究も思う存分に進められる。
学生時代に戻ったように楽しかった。
火薬委員会顧問として積極的に委員会活動に参加し、忍たまに火薬調合のレクチャーをしたり、自身の火薬研究に時間を費やした。
おかげで『火薬オタク』やら『忍術学園一火薬を愛する女』なんていう、いらんあだ名までつけられてしまったのだが。
とにかくその時の名前には、火薬は自分と忍術学園をつなぐ大切なものだった。
名前が忍術学園に勤め始めて2年経った頃に半助が忍術学園にやって来た。
半助はその兵法と火薬に関する豊富な知識によって学園の教師として迎えられ、たちまち忍たまにも人気の先生になった。
名前は正直、火薬委員会顧問は自分1人で十分だと考えていたし、半助が「同じ火薬委員会顧問としてよろしく。」と頭を下げてきた時、いい気分はしなかったのだが、仲良くしないわけにもいかない。
今まで先任から引き継いで1人で火薬委員会顧問を務めてきた名前にとって、半助は邪魔者だった。
突然学園に来て、名前の取り柄であった『火薬』という分野に入り込み名前の立場を危うくする存在。
自分の居場所を脅かす存在への恐怖は嫌悪感になり、名前は半ば逆恨みのような気持ちで、半助にワナを仕掛けるようになったのだ。
しかし会話を重ねるうちに、他の先生方が言うように半助の知識は眼を見張るものがあると気がついた。
ただ普通に話していても、自然と兵法の一節を持ち出してくる。
火薬オタクとも呼ばれる名前の火薬談義について来た時には、とても驚いた。
上級生には火器について詳しい者もいたが、彼らはそれに通づる分野の火薬にしか興味がない。それまで名前と火薬について話をできるような人間など忍術学園にはほとんど居なかったのだ。
それどころか半助は名前に的確なアドバイスまでくれ、その時作っていた新作焙烙火矢の成功に一役買った。
自分と5つも違わないこの男は、どこでどうやってこれだけの知識を学んだのだろう。
名前がやっと半助を興味の対象として見るようになったのは、半助が着任して半年ほど経ってからだ。
しかし、嫌がらせ紛いな事をする自分にも気兼ねなく話しかけてくる半助が偽善者のように見えて、名前は素直に受け入れることができなかった。
兵助には、「女ってそういうものなの。」と嘯いてしまったが、結局のところ名前が子どもなだけなのだ。
自分のおもちゃをとられそうだから、嫌い。
そもそもおもちゃを取る気なんて相手にはないはずなのに、だ。そこまでわかっていてそれでも半助を受け入れられない。
その自覚があるだけに、嫌がらせをやめられずにいる自分に対して名前はどうしても罪悪感が拭えなかった。
どうして半助は、こんな私にああも親しげに話しかけてくるのだろう。
名前は、モヤモヤした気持ちをずっと抱えていた。
*
「何故土井先生は、私の行いを本気で怒ったりしないんですか?」
火薬委員会の活動は、顧問同士で一応共有しておいた方が良いだろうと考え、名前は私室で仕事をしている半助を訪ねていた。
敢えて平仮名ばかりで書いた地味に読みづらい報告書を半助に渡す。
書面の文字に一瞬戸惑いながらも、ゆっくりと読み進める半助の姿を見て、名前は昼間の思考を思い出しつい聞いてしまった。
「唐突だね。」
「前から気になってたんです。」
先ほど似たような会話をしたな、と考えながら名前は半助の顔を見れずに、開いたままになっている戸から何となく外を見やる。
「んー…?良い子なんだろうなと思って。」
昼間の名前のように口ごもることはなく、報告書に目を向けたまま答えた半助に、名前は思わず「は?」と聞き返してしまった。
名前の返しに、半助は報告書から顔を上げ名前に体を向けると、笑いながら話し始める。
「いやぁ…苗字先生って『土井半助のことが心底嫌いです!』って顔に書いておきながら、どんな話にもちゃんと返事をしてくれるじゃないですか。」
確かにどんなに下らないと思った話でも、敬意を持って返事をするようにしている。でもこれは父の教えで、ほとんど癖のようなものだった。
なんだか自分と同時に父のことも褒められたようで、誇らしく同時に恥ずかしくなる。
「くの一教室の子達もよくやる下剤入りのお菓子は、授業に支障が出ないように休日の前に渡してくるし。」
それは、先生が授業に出られなくなって困るのは、山田先生と生徒たちだからだ。
私のせいで授業を遅らせるわけにはいかないし、山田先生の負担を増やしたい訳ではない。
「あと、どんなイタズラも絶対に怪我をすることはしない。」
「え…?」
「長屋の前にあった落とし穴には落ち葉がしっかり敷いてあったし。上から何かが落ちてくる仕掛けも、重たかったり硬かったりするものは使わないだろ。」
まさかそんなところを見られているとは…というより、言われるまで自分でも気がついていなかった。
半助に感じる罪悪感から、無意識にそうしていたのだろうか。自分はなんて生ぬるいことをしていたのか…
ポカンとする名前を見て笑いながら、半助はさらに続ける。
「火薬に関しては、自分が知らないことやわからない事があったら、素直にアドバイスを求めてくる。嫌な奴だと思っている人間に教えを請う事が出来るのは、とても素敵だと思うよ。」
それは研究のために新しい見解を得たいだけで、そのためには、半助のようにある程度の火薬に関する知識がないといけない訳で…
それにしても、よくもまあスラスラと話せるものだ。段々と顔に熱が集まってきたのがわかる。
「胃薬も高い位置に移したってだけで、隠したりはしないし、ちゃんと場所も教えてくれたし…」
「も、もうやめてください!」
言い訳ばかり考えていた脳みそが、パンクしそうだった。
「もうわかりました!ありがとうございます!質問は!以上です!」
興奮して思わず大きな声で、区切って話してしまった。
微笑ましいものを見る目を向けてくる半助に名前の恥ずかしさが増していく。
完全に動揺がバレている。
「今は苗字先生から話しかけてくれることはないけど、そのうち仲良くなれるかなーっと思って、気長に話し掛け続けますよ。」
「………」
まさか、こんな風に言い負かされることになるとは思わなかった。
半助にとって自分は、忍たまと何ら変わらない子どもだったという訳だ。
自覚があったとはいえ、それが相手にも知られていて微笑ましく見守られていたなんて、情けないにもほどがある。
おまけに実際、名前は半助にほだされ始めている。
自分から半助に委員会の報告をしようなどと以前までの名前なら考えなかったはずだ。
そこまで考えて名前はもう自分の子どものような嫉妬心が薄らいでいることに気がついた。
自分を正当化させても罪悪感に潰されそうになっていた名前だが、これ以上足掻いたところで意味はない。
「土井先生。私、もうイヤガラセはやめます。今まで申し訳ございませんでした。」
名前が突然に素直になったことに、半助はきょとんとした。
下げた頭を上げて半助の間抜けな顔を見た名前は、なんだかおかしくなりクスクスと笑ってしまった。
名前のその反応に半助もやっと名前の発言を理解したのか、ホッとしたように笑い出す。
たかが5歳、されど5歳。
この歳の差は超えられないようだ。
自分は彼の前では子どものままでいても良いのかもしれない。
そう思うと名前の気持ちは軽くなったのだった。
*
「きょ、今日のランチ…全てに竹輪とほうれん草の和え物…?」
食堂の入口で半助がメニュー表を前に固まる姿があった。
「食堂のおばちゃーん!今日は私、Aランチください。和え物、楽しみにしてたんです!」
「ありがと。名前ちゃんはリクエストいっぱいくれるし、全部美味しそうに食べてくれるから作り甲斐があるわぁ」
「おばちゃんの料理、忍術学園を卒業してからも忘れられなくって…」
「苗字先生!もうイタズラはやめるって言ってくれたじゃないですか!!!」
「こんにちは、土井先生。私は『イヤガラセ』はやめるって言ったんですよ。これからはくの一らしく『イタズラ』に専念します!」
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