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ドロイド・ハート

「アイラ、起動!」

緊張しつつも溌剌とした声が無機質な部屋に響く。その声は視線の先、小柄な少女に向けられていた。椅子に座らせられたその少女はその声に応じるようにゆっくりと目を開く。
椅子に座ったアイラと呼ばれた少女は人間ではない。現代ではさして珍しくないアンドロイド、おまけに生まれたての個体だった。しかしながら、アンドロイドはあまりにも人間じみた動きで2回ぱち、ぱちと瞬きをする。

「あなたが、私の所有者なのね?」
「そ、そう! そうよ! あたしトラットリアって言うの!」

呼ばれた女性は慌てて返事を返す。目を開いたアンドロイドがあまりにも、そうあまりにも可愛らしい顔立ちをしているものだからつい目を奪われてしまったのだ。アイラと呼ばれたアンドロイドはブルーアンバーのように複雑な光が込められている瞳を持ち、その瞳がおっとりと瞬きを繰り返している。肌も人工物とは思えないほど滑らかでしっとりとしていた。何より、髪の毛はトラットリアが分け与えたものであるため、更にアイラの人間然とした雰囲気を強くしている。
トラットリアが慌てているのも気にせずにアイラは黙ってその瞳を見据えていた。言葉の続きを促すように、初めての指令を待つように。

「今日からあんたはあたしの妹だからね!」

トラットリアはアイラの視線に耐えきれず、叫ぶように言葉を放った。言葉の主はきゃー、言っちゃった、と1人で勝手にはしゃいでいるが、アイラはぽかんと口を軽く開いている。アンドロイドとしての性質や、人間社会で生きていくための知識は全て記憶回路に設定されているので、そこは問題ない。言葉の意味もわかる。でも、人間の女が言った言葉の真意がわからない。

「どういう意味ですか? もう少し、起動したばかりのアンドロイドに理解しやすく説明して頂けると助かるのですが」
「おお……アンドロイドっぽい……」

だめ。この人間、見た目は大人の女性なのに精神面が幼すぎる、とアイラがアンドロイドらしくなく溜息を吐きたくなっていると、トラットリアが言葉の続きを投げた。

「あたしね、小さい頃にダディもマミィも、兄ちゃんも亡くしてるんだよね。今まではなんとか1人でやっていけていたけど、それでも久しぶりに兄弟って言うものが欲しくなっちゃって。人間の兄弟はあまりにも難しいからアンドロイドの君を造ったんだ」

あっけらかんと人間から伝えられた言葉はアイラの予測よりも随分と重く、回路の処理が0.2秒ほど遅れた。まだ起動したばかりだからきちんと動作が行えていない。アイラは自分の性能に軽く舌打ちをしたい気持ちになった。
それでもトラットリアにはアイラがきちんと重々しい顔に変わったように見えたらしい。カラカラと満足げに笑い出した人間をアンドロイドは信じられないと言った顔で見やる。その表情の変化はほんの僅かではあったが。

「気にしてくれてるの、本当嬉しいよ! でもね、あたしもう吹っ切れてるからそこは大丈夫! アイラはあたしの可愛い妹でいてくれればいいからね!」
「確かに貴女の過去には人とは異なる点があるようですが……妹は嫌です。せめてマスターとお呼びさせてください」
「そんなあ! せめてトルティお姉ちゃんって呼んで!」

駆け寄ってくるトラットリア、もといトルティを軽くあしらいながらアイラは人間そっくりの仕草でやれやれと顔を逸らした。とんでもないマスターに選ばれてしまったわね、と。
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