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石畳と木製建具が印象的な室内には、酒を含み声の大きくなった人々の話し声や笑い声で溢れている。
前を歩く若い店員さんに連れられて少し薄暗い廊下を進んでいくと、小上がりになった個室の前で立ち止まった。店員さんがトントンとノックをし扉を開くと、そこには見慣れた3人の幼馴染の姿があった。
「あ、オリヴィア」
「おっせーよ」
「ひさしぶりだね、オリヴィア」
ミカサ、エレン、アルミンの3人だ。ミカサとは何度か2人であっているが、彼ら全員と会うのは約一ヶ月ぶりだ。久しぶりのような、だけど何も変わらない彼らの姿を見てホッと心地が良くなるのを感じた。
「おつかれー。やった、掘り炬燵じゃん。ラッキー」
駅から少し離れたこの場所に来るまでに疲労を感じていた足が、ヒールから解放されて喜んでいる。
「はぁー楽ちん楽ちん」
「オリヴィアお前鈍りすぎだろ、この現代人め」
「何言ってんのエレン、ヒールは現代の立体機動よ。めっちゃ疲れるんだからね!」
「何だよそれ」
エレンは笑うが大真面目だ。ヒールの疲労度は普通の靴の10倍は固い。走れないしすぐ疲れるしで非実用的だが、現代女性にとっては走る速さよりも美しさこそが強さなのだ。これこそ現代女性の美しき武装。
「ねーミカサは分かってくれるでしょ」
「…疲れる?この距離で?」
「だめだ、聞く相手間違えた。ミカサならヒールでフルマラソンだって涼しい顔で走り切りそうだわ」
「長距離はあまり得意じゃないけれど」
聞いた相手が悪かった。彼女は生まれ変わっても私のような普通の人間ではないのだ。本当に一ミリも思い当たる節が無いようだ。
「駅から少し距離あるし、人も多いからね。足が疲れた時はここのツボを押すと疲れが緩和するよ」
「んもーさっすがアルミン、愛してるっ」
同い年の彼らもまた大学を卒業しこの春からそれぞれの道を歩みだした。今日はそれから1ヶ月経ち、初めての大型連休の初日だ。久しぶりの面々との食事はこのゴールデンな週末の幕開けにふさわしいイベントだろう。
といってもこの3人、なんと一緒に住んでいるのだ。
ファミリー向けのマンションを3人で借りているので家賃も割安らしい。私も声をかけられたが、流石に遠慮した。
というわけで彼らにとっては普段の生活とそこまで変わらないだろう、しかし私にとっては1ヶ月ぶりの友人達との会話に花を咲かせようとしていたまさにその時、コンコンと個室の扉がノックされた。ビクッとエレンとアルミンが身を固くしたのが目の端で捉えた時、店員さんの「失礼します」という言葉とともに個室の扉が開かれた。
その向こうには、私を案内してくれた時と同じ店員さん。そしてその後ろには、この1ヶ月で随分と見慣れた姿があった。
「あ、おつかれさまでー…」
「「ご無沙汰しております、兵長!!!」」
私の気楽な挨拶の言葉は、エレンとアルミンの気合のこもった雄たけびのような声にかき消された。いや声でかいわ。
大声を出すだけでは飽き足らずいつの間にか2人とも立ち上がっているし。というか、心臓を捧げてる。やめて、まじでやめて。
「ちょっと、やめなよ」
2人はもちろんリヴァイ課長に向かって心臓を捧げたつもりだろうが、その彼の前には小柄で若い店員さんがいるのだ。可哀想に涙目になっている。
それもそうだろう。扉を開けた瞬間にものすごい勢いで急に立ち上がりよく分からない言葉を叫んだ男二人が怖くないわけがない。
「オリヴィアのいう通り。エレンもアルミンもそんなことする必要はない。」
オリヴィアに続きミカサが二人をたしなめようと声をかけるが、二人は心臓を捧げたまま動かない。いやいや、怖すぎる。なんの宗教かと思われるわ。
困った私は店員さんの後ろに立つ彼に目配せをして助けを求めた。もはやこれを収められるのはこの人しかいない。
「お前らやめろ、迷惑だろ」
心臓を捧げられたリヴァイがたしなめると、ようやく2人は拳を下した。リヴァイは店員さんに、すみませんアイツらいつまで経っても体育会系が抜けなくて、と一声謝罪して個室に入ってきた。店員さんはちょっと戸惑いつつも大丈夫ですと言いながら戻っていった。
「ここは演習場じゃねぇんだぞ、馬鹿みたいにでかい声出すな」
「はいっ!!!」
「お前…エレン…死んでもバカは治らなかったようだな」
注意されたそばから変わらず大きな声で答えるエレンにため息をつきながら、リヴァイはオリヴィアの隣に腰を下ろした。お前らも座れと言うリヴァイの声でエレンとアルミンもようやく座るが、先ほどまでの砕けた姿勢ではなく正座でピンと背筋を伸ばして窮屈そうだ。しかし、そんなことよりもすぐ隣にピタリと座った彼にジロリと目を向けた。
「ちょっと、なんで私の隣なんですか」
「あ?どうみてもここしか空いてねぇだろ」
「…もう少しそっち寄ってもらえます?」
「本当は嬉しいんだろうが」
「いや、それはないですけど」
いつものように軽口を叩いていれば正面に座る3人からの視線を感じてオリヴィアがそちらを振り向くと、三者三様の表情でこちらを凝視していた。
アルミンは眉を下げた真っ青な顔。ミカサは目をまん丸にして驚いた顔。そしてエレンは大きな吊り目をさらに吊り上げて怒ったような、それでいて恐怖しているような複雑そうな顔だ。
「ちょっとオリヴィア…」
「お、お前、リヴァイ兵長に向かってなんて口の利き方してんだ!」
しまった、なんと説明しようかと思案していると、リヴァイの手が目の前に現れた。そして何ともないというような顔で爆弾を落としたのだ。
「構わん。こいつは俺の女だからな」
「「「「!?!?!?」」」」
その落とされた爆弾に今度は3人だけではなくオリヴィアもまた、目を大きく見開いた。
「な、なにを言って!!」
「はぁ!?!?!?オリヴィアが兵長と!?!?」
「オリヴィアどういうこと?そんな話は聞いていない」
「なんだって?!一体どうしてそんなことに?!」
「ちがっ」
「なんでそんなことになってんだ!?」
「どうして今まで黙ってたの」
「そんな事ありえるのか?いや、おかしい、そんなことありえない」
「ちょ、待って、ちがうって!!」
オリヴィアは必死に否定するがすべて正面の3人の勢いに飲まれてかき消されてしまう。3人とも身を乗り出しているあまりの熱量に恐怖すら覚えてきた頃、またもやリヴァイの手が伸びた。
しかし今度のそれはアタフタとするオリヴィアの方に伸びてきて、その細い腰を我が物顔で抱いたのだった。強い力で引き寄せられたオリヴィアの背中がリヴァイの胸に触れた。
「お前ら、あまりイジメるな」
声を失うとは、まさにこの事だ。
リヴァイの一連の言動で、騒がしかった彼らは一瞬にして言葉が出なくなり、驚愕の瞳を今度はリヴァイに向けた。
オリヴィアもまた驚きで一瞬身を固くした。しかしすぐに我に返って背中にいるリヴァイの方にぐるりと首を向ける。
彼の方を振り向けば、ふわりと彼の香りが漂うほどそばに彼の顔がある。その端正な顔には涼しい表情の裏に面白くてたまらないという感情が漏れ出ていた。オリヴィアの顔が怒りに赤く染まる。
「〜〜〜っ!!!」
その美しいラインを描く頬を打とうと繰り出した渾身の平手をいとも簡単に捕まえたリヴァイは、とうとう耐えきれずにははっと声を出して笑った。
「ありえない嘘つかないでくださいっ!!」
「ありえないことはないだろ?もうすぐ嘘じゃなくなる」
「なりません!!」
「いいや、絶対になる」
「絶対に!な・り・ま・せ・ん!!」
ギャーギャーと二人で言い合っていると、こちらの顔色をうかがいながらアルミンが声をかけてきた。
「ええっと、ごめんオリヴィア。つまり、2人は……付き合って……?」
「ない!!ないからね!!」
「今はまだな。だが将来的には俺の女になる」
未だに言い続けるリヴァイをキッと睨むも、素知らぬ顔で流される。そして抱いていたオリヴィアの腰をようやく離すと、氷の溶けかけているお冷に口をつけた。
「まぁ、これで緊張がほぐれただろう。もう上司と部下じゃねぇんだ、そんなに固くなる必要はねぇよ。ほら、注文はすんだのか?」
まるで気を遣ってあえてこの話題を出したかのようなその態度は少し釈だったが、しかし、確かに3人(いや、2人)の緊張は解けたようだった。
そう、今日はいつの日か約束していた、3人とリヴァイとを会わせるための食事なのだ。いつまでも緊張して馬鹿でかい声で軍人のような返事しかしないのであれば、せっかくの機会が台無しだ。
そう思うと先程のやり取りも多少は………いや、やっぱり許せない。この会を開くって話をした時も、こう言う話題はしないでくれってお願いしていたのに。開口一番でその話題を出すだなんて。
しかしそんなオリヴィアの煮え切らない思いとは裏腹に、そこからは途切れることなく会話が弾んだ。
今までの各々の暮らしの話から始まった会話が今の暮らしの話になる頃にはみんな随分リラックスした様子で、笑い声を上げて姿勢も崩れていた。
私の知る限りの前世では3人は共に巨人を倒し共に生きていた。しかし今世では私生活では共に過ごしているものの、選んだ進路は三者三様で全く違うものだった。
エレンは有名商社に入社して営業マンとして働いている。こんなに自分を偽れない本音しか言えない男が営業マンとしてやっていけるのか心配だったのだが、存外可愛がられているようだし本人もやりがいがあって楽しそうだ。
アルミンは大学院に進み日々研究している。将来は医薬品開発の研究者になりたいそうだ。きっと難病を治すようなすんごい薬を沢山開発してくれるだろう。この国の未来は安泰だ。
そしてなんとというかさすがというか、ミカサはプロの陸上選手として企業と契約した。次のオリンピックでメダルを期待されるほどの実力がある上に、この美貌。今でもよくインタビューされたりニュース番組に特集されたりしているが、近いうちにCMとかに出るかもしれない。
とはいえ各々ジャンルは違うもののみな高いレベルにいるという点では流石の一言だ。
そして何杯ものグラスが空になりお酒がかなり回ってきた頃、顔を真っ赤にしたエレンが新たな話題を口にした。
「いやー、それにしてもオリヴィアってほんっと男を見る目がないんですよ!」
「ほう、それは今日一番興味深い話だな」
かなり飲んでいるはずなのに涼しい表情を崩さずにいたリヴァイがすぐさまそれに食いついた。
「ちょっと、やめてよ。別にそんな事ないし」
「オリヴィア、残念だけどエレンの言う通り」
「うぅーん、確かに否定はできないかもしれないなぁ」
「えぇっ!?」
味方だと思っていた2人にも否定されてしまった。ていうか、そんなふうに思われていただなんて初耳なんですが。そんなに言うほどじゃないと思うんだけど。
「どんなクソ男だ?」
「確か初めて付き合った男は、高3の時のアイツだろ?ずーっと好きだって言い寄ってきてたのに、いざ付き合いだしたら3日で別れを切り出してきたやつ。」
「毎日教室にきてアプローチしてきていたのにね。」
「別れたあとは顔を見るたびに逃げてたよね、確か。」
「あんなに必死に言い寄ってたのに付き合った途端にハイサヨナラなんてクソだろ」
「ハイハイほんとクソ。終わり!ね!ハイ終わり!!」
「……投げ飛ばされたのがトラウマになったのかも」
「ちょ、ミカサ…」
「投げ飛ばされた?なんだそりゃ」
「キスを迫られたオリヴィアがつい投げ飛ばしたの」
「ギャハハ!なんだそりゃ!!そんな真相だったのかよ!!どっちもどっちじゃねぇか!!」
「ちょっと、やめてくれない?」
甘酸っぱい…いやただただ酸っぱいばかりの青春の思い出を暴露されて当のオリヴィアは頭を抱える。ただでさえ思い出したくないのに、よりによってリヴァイの前でそんな話をしなくてもいいのに…
頭を抱えてそちらは見えないが、隣から視線を感じる様な気がする…
「でも次の奴はホントにクズだったろ!なんせ5股だ」
「違うエレン、6股」
「それも違うよ、7股だ」
「ウィークデーかよ。」
「もーやめて!私ちょっとトイレ行くからね!!もうまじでやめてよね!!」
そうは言ったが、当人であるオリヴィアがいなくなっても私の過去の恋バナでしばらくは変わらず盛り上がっているであろう。まぁ勝手にしてくれたらいいわよ別に。
人の話で盛り上がってばかりで、あんたら3人こそその辺一体どうなってるのかって話だけど。それは今度ミカサと2人で会った時にでもじっくり聞こうかな。
少し薄暗く細い廊下を進み店の奥にある御手洗いで用を済ませ、軽く化粧を直していた。パウダーを叩き、薄くなった口紅を塗りながらフゥと息を吐く。
今日はみんなに会えてよかったな。いや、所々不本意な話題も出ているが、盛り上がって話も弾んでいる。
前世で早々に死んだ私とは違って彼らは最後まで生き残ったと聞いている。今の世と比べると地獄の様に過酷だったあの時代を共に生き延びたのだ、その絆はきっと私が思うよりもずっと深いのだろう。
それは彼らの表情を見ればよくわかった。3人はもちろん、リヴァイ課長も普段よりも表情が柔らかかったから。
パタンと鏡を閉じてポーチに仕舞い込み、扉を開けて外に出たその瞬間、強い力で手首を掴まれた。
「っ!?」
強引な手はそのまま通路を行き、個室と個室の間の人通りの少ない奥まった通路にまでオリヴィアを連れ出し壁際に追いやった。強引に連れ出した割には、壁に頭をぶつけない様にオリヴィアの頭の後ろに手を挟み込んで。もちろん驚いたが、その人物が誰か分かるとオリヴィアは呆れた様に問いかけた。
「なんなんですか、急に?」
「別に、少し酔っただけだ」
「いや、リヴァイ課長酔わないでしょ」
オリヴィアがため息をつきながら目の前の彼にそういうと、彼もまたため息をつきオリヴィアの顔のすぐ横の壁に肘をトンとついた。
「ちょっと、近いんですけど…」
「………お前の最悪な過去を聞いて俺も最悪の気分だ…。慰めてもらおうかと思ってな」
「はぁ?何を言って…っ、」
普段通りに茶化した言葉だが真っ直ぐにオリヴィアを見つめるそのブルーグレーの瞳には、普段は見せない熱が籠っていてオリヴィアは息を詰まらせた。いつものようにそっけなくやめてと言えばいいのに、どうしても出来なくなってしまった。
「お前の初めても、その後も、今も…。その相手がどうして俺じゃないんだと、腑が煮えくりそうだ」
「そ、んなこと…言われても……」
「………あぁ、そうだな、その通りだ。お前を早く見つけられなかった、俺のせいだ。
チッ…もっと早く、誰よりも早く、お前を見つけられていたら………クソっ!」
リヴァイの両手がオリヴィアの頬にそっと触れる。まるで氷細工に触れるかのように恐る恐る彼女の頬に触れてきたその手は冷たく、そして驚くことに小さく震えていた。
「今度こそ、お前の全てを俺のものにしたかった…」
「リヴァイ………長」
まるであの戦乱の過去の時代のような深い深い眉間のシワと目元に影を落とした彼のその瞳が、まるで涙を流しているように錯覚した。
オリヴィアの頬を包んでいる彼の手に、自らのそれをソッと重ねると、彼の瞳が一瞬驚いたように開いた。そして再びグッと眉間に力が入ると、少しずつその距離が縮まってきた。
「頼む、オリヴィア…」
縋るような弱々しい声に、胸がギュウっと痛くなった。背中の奥が震えて力が入らない。やめてと突き放すべきところなのにそれができずにいるうちに、彼の黒くてサラサラの髪が私の少しクセのある髪に触れた。その瞬間だった。
ゴッと鈍い音がすぐ間近で聞こえたのは。
「………え???」
目の前で起こった突然のことに頭がついていかず、パチパチと瞬きを繰り返した。
なんとリヴァイの側頭部に、配膳に使われるであろうお盆が飛んできたのである。お陰で吐息を感じるほどすぐそばにあった顔が少し離れたが。
「………な、なに?」
お盆が飛んできたであろう方向をみると、そこには見慣れた友人が腕組みをして立っていた。
「なかなか戻らないと思ったら、こんな所で何をコソコソしているの」
そう言いながら近付いてくるミカサは明らかに怒ったような様子だった。そんなミカサに気を取られていると、反対方向からドゴッと鈍い音が聞こえた。
今度は一体なんだと振り返ると、そこには壁に額をめり込ませるリヴァイの姿があった。なにしてんの?いや、これ、マジでちょっとめり込んでそうなんだけど…
「な、なにしてるんですか」
そう声をかけると、大きなため息をついた後やっちまったカッコ悪りぃ、と小さくつぶやく声が聞こえた。それからメリッと壁から額を離すと罰が悪そうにオリヴィアの目を見た。そこには先程までの熱は消えていた。
「悪かった」
「絶対許しません。セクハラで訴えますから」
その目を見たら先程声が出なかったのが嘘のように、いつものような悪態がスラスラと口から出てきた。その私の言葉を聞いて、リヴァイ課長がホッとした様な表情を見せたのは気のせいではないはずだ。
「先に戻る」
そう言って部屋に戻っていくリヴァイがミカサにもなにか話しかけている様だったが、それが何なのかは聞き取れなかった。
というか私はそれどころではなく、リヴァイ課長が離れていくとすぐに体の力が抜けてしまい、その姿が見えなくなる頃にはズルズルと壁をつたって床にへたり込んでしまった。
すぐそばまでやってきたミカサが姿勢を合わせる様にしゃがみ込むと、ツンとオリヴィアの頬を突いた。
「茹で蛸みたい」
「〜〜〜うるさいなぁ…」
全身の血が沸き立ったかのように身体が熱く、心臓が早鐘を打っている。こんなにも心を乱されるだなんて。
「う〜ミカサぁ。もうやだよぉ」
「私に何も言ってくれなかったから、バチが当たったんじゃない」
そんな風に言いながらもギュッと抱きしめてくれたミカサの腕はとてもやさしくて、オリヴィアもギュッと抱擁を返した。
前を歩く若い店員さんに連れられて少し薄暗い廊下を進んでいくと、小上がりになった個室の前で立ち止まった。店員さんがトントンとノックをし扉を開くと、そこには見慣れた3人の幼馴染の姿があった。
「あ、オリヴィア」
「おっせーよ」
「ひさしぶりだね、オリヴィア」
ミカサ、エレン、アルミンの3人だ。ミカサとは何度か2人であっているが、彼ら全員と会うのは約一ヶ月ぶりだ。久しぶりのような、だけど何も変わらない彼らの姿を見てホッと心地が良くなるのを感じた。
「おつかれー。やった、掘り炬燵じゃん。ラッキー」
駅から少し離れたこの場所に来るまでに疲労を感じていた足が、ヒールから解放されて喜んでいる。
「はぁー楽ちん楽ちん」
「オリヴィアお前鈍りすぎだろ、この現代人め」
「何言ってんのエレン、ヒールは現代の立体機動よ。めっちゃ疲れるんだからね!」
「何だよそれ」
エレンは笑うが大真面目だ。ヒールの疲労度は普通の靴の10倍は固い。走れないしすぐ疲れるしで非実用的だが、現代女性にとっては走る速さよりも美しさこそが強さなのだ。これこそ現代女性の美しき武装。
「ねーミカサは分かってくれるでしょ」
「…疲れる?この距離で?」
「だめだ、聞く相手間違えた。ミカサならヒールでフルマラソンだって涼しい顔で走り切りそうだわ」
「長距離はあまり得意じゃないけれど」
聞いた相手が悪かった。彼女は生まれ変わっても私のような普通の人間ではないのだ。本当に一ミリも思い当たる節が無いようだ。
「駅から少し距離あるし、人も多いからね。足が疲れた時はここのツボを押すと疲れが緩和するよ」
「んもーさっすがアルミン、愛してるっ」
同い年の彼らもまた大学を卒業しこの春からそれぞれの道を歩みだした。今日はそれから1ヶ月経ち、初めての大型連休の初日だ。久しぶりの面々との食事はこのゴールデンな週末の幕開けにふさわしいイベントだろう。
といってもこの3人、なんと一緒に住んでいるのだ。
ファミリー向けのマンションを3人で借りているので家賃も割安らしい。私も声をかけられたが、流石に遠慮した。
というわけで彼らにとっては普段の生活とそこまで変わらないだろう、しかし私にとっては1ヶ月ぶりの友人達との会話に花を咲かせようとしていたまさにその時、コンコンと個室の扉がノックされた。ビクッとエレンとアルミンが身を固くしたのが目の端で捉えた時、店員さんの「失礼します」という言葉とともに個室の扉が開かれた。
その向こうには、私を案内してくれた時と同じ店員さん。そしてその後ろには、この1ヶ月で随分と見慣れた姿があった。
「あ、おつかれさまでー…」
「「ご無沙汰しております、兵長!!!」」
私の気楽な挨拶の言葉は、エレンとアルミンの気合のこもった雄たけびのような声にかき消された。いや声でかいわ。
大声を出すだけでは飽き足らずいつの間にか2人とも立ち上がっているし。というか、心臓を捧げてる。やめて、まじでやめて。
「ちょっと、やめなよ」
2人はもちろんリヴァイ課長に向かって心臓を捧げたつもりだろうが、その彼の前には小柄で若い店員さんがいるのだ。可哀想に涙目になっている。
それもそうだろう。扉を開けた瞬間にものすごい勢いで急に立ち上がりよく分からない言葉を叫んだ男二人が怖くないわけがない。
「オリヴィアのいう通り。エレンもアルミンもそんなことする必要はない。」
オリヴィアに続きミカサが二人をたしなめようと声をかけるが、二人は心臓を捧げたまま動かない。いやいや、怖すぎる。なんの宗教かと思われるわ。
困った私は店員さんの後ろに立つ彼に目配せをして助けを求めた。もはやこれを収められるのはこの人しかいない。
「お前らやめろ、迷惑だろ」
心臓を捧げられたリヴァイがたしなめると、ようやく2人は拳を下した。リヴァイは店員さんに、すみませんアイツらいつまで経っても体育会系が抜けなくて、と一声謝罪して個室に入ってきた。店員さんはちょっと戸惑いつつも大丈夫ですと言いながら戻っていった。
「ここは演習場じゃねぇんだぞ、馬鹿みたいにでかい声出すな」
「はいっ!!!」
「お前…エレン…死んでもバカは治らなかったようだな」
注意されたそばから変わらず大きな声で答えるエレンにため息をつきながら、リヴァイはオリヴィアの隣に腰を下ろした。お前らも座れと言うリヴァイの声でエレンとアルミンもようやく座るが、先ほどまでの砕けた姿勢ではなく正座でピンと背筋を伸ばして窮屈そうだ。しかし、そんなことよりもすぐ隣にピタリと座った彼にジロリと目を向けた。
「ちょっと、なんで私の隣なんですか」
「あ?どうみてもここしか空いてねぇだろ」
「…もう少しそっち寄ってもらえます?」
「本当は嬉しいんだろうが」
「いや、それはないですけど」
いつものように軽口を叩いていれば正面に座る3人からの視線を感じてオリヴィアがそちらを振り向くと、三者三様の表情でこちらを凝視していた。
アルミンは眉を下げた真っ青な顔。ミカサは目をまん丸にして驚いた顔。そしてエレンは大きな吊り目をさらに吊り上げて怒ったような、それでいて恐怖しているような複雑そうな顔だ。
「ちょっとオリヴィア…」
「お、お前、リヴァイ兵長に向かってなんて口の利き方してんだ!」
しまった、なんと説明しようかと思案していると、リヴァイの手が目の前に現れた。そして何ともないというような顔で爆弾を落としたのだ。
「構わん。こいつは俺の女だからな」
「「「「!?!?!?」」」」
その落とされた爆弾に今度は3人だけではなくオリヴィアもまた、目を大きく見開いた。
「な、なにを言って!!」
「はぁ!?!?!?オリヴィアが兵長と!?!?」
「オリヴィアどういうこと?そんな話は聞いていない」
「なんだって?!一体どうしてそんなことに?!」
「ちがっ」
「なんでそんなことになってんだ!?」
「どうして今まで黙ってたの」
「そんな事ありえるのか?いや、おかしい、そんなことありえない」
「ちょ、待って、ちがうって!!」
オリヴィアは必死に否定するがすべて正面の3人の勢いに飲まれてかき消されてしまう。3人とも身を乗り出しているあまりの熱量に恐怖すら覚えてきた頃、またもやリヴァイの手が伸びた。
しかし今度のそれはアタフタとするオリヴィアの方に伸びてきて、その細い腰を我が物顔で抱いたのだった。強い力で引き寄せられたオリヴィアの背中がリヴァイの胸に触れた。
「お前ら、あまりイジメるな」
声を失うとは、まさにこの事だ。
リヴァイの一連の言動で、騒がしかった彼らは一瞬にして言葉が出なくなり、驚愕の瞳を今度はリヴァイに向けた。
オリヴィアもまた驚きで一瞬身を固くした。しかしすぐに我に返って背中にいるリヴァイの方にぐるりと首を向ける。
彼の方を振り向けば、ふわりと彼の香りが漂うほどそばに彼の顔がある。その端正な顔には涼しい表情の裏に面白くてたまらないという感情が漏れ出ていた。オリヴィアの顔が怒りに赤く染まる。
「〜〜〜っ!!!」
その美しいラインを描く頬を打とうと繰り出した渾身の平手をいとも簡単に捕まえたリヴァイは、とうとう耐えきれずにははっと声を出して笑った。
「ありえない嘘つかないでくださいっ!!」
「ありえないことはないだろ?もうすぐ嘘じゃなくなる」
「なりません!!」
「いいや、絶対になる」
「絶対に!な・り・ま・せ・ん!!」
ギャーギャーと二人で言い合っていると、こちらの顔色をうかがいながらアルミンが声をかけてきた。
「ええっと、ごめんオリヴィア。つまり、2人は……付き合って……?」
「ない!!ないからね!!」
「今はまだな。だが将来的には俺の女になる」
未だに言い続けるリヴァイをキッと睨むも、素知らぬ顔で流される。そして抱いていたオリヴィアの腰をようやく離すと、氷の溶けかけているお冷に口をつけた。
「まぁ、これで緊張がほぐれただろう。もう上司と部下じゃねぇんだ、そんなに固くなる必要はねぇよ。ほら、注文はすんだのか?」
まるで気を遣ってあえてこの話題を出したかのようなその態度は少し釈だったが、しかし、確かに3人(いや、2人)の緊張は解けたようだった。
そう、今日はいつの日か約束していた、3人とリヴァイとを会わせるための食事なのだ。いつまでも緊張して馬鹿でかい声で軍人のような返事しかしないのであれば、せっかくの機会が台無しだ。
そう思うと先程のやり取りも多少は………いや、やっぱり許せない。この会を開くって話をした時も、こう言う話題はしないでくれってお願いしていたのに。開口一番でその話題を出すだなんて。
しかしそんなオリヴィアの煮え切らない思いとは裏腹に、そこからは途切れることなく会話が弾んだ。
今までの各々の暮らしの話から始まった会話が今の暮らしの話になる頃にはみんな随分リラックスした様子で、笑い声を上げて姿勢も崩れていた。
私の知る限りの前世では3人は共に巨人を倒し共に生きていた。しかし今世では私生活では共に過ごしているものの、選んだ進路は三者三様で全く違うものだった。
エレンは有名商社に入社して営業マンとして働いている。こんなに自分を偽れない本音しか言えない男が営業マンとしてやっていけるのか心配だったのだが、存外可愛がられているようだし本人もやりがいがあって楽しそうだ。
アルミンは大学院に進み日々研究している。将来は医薬品開発の研究者になりたいそうだ。きっと難病を治すようなすんごい薬を沢山開発してくれるだろう。この国の未来は安泰だ。
そしてなんとというかさすがというか、ミカサはプロの陸上選手として企業と契約した。次のオリンピックでメダルを期待されるほどの実力がある上に、この美貌。今でもよくインタビューされたりニュース番組に特集されたりしているが、近いうちにCMとかに出るかもしれない。
とはいえ各々ジャンルは違うもののみな高いレベルにいるという点では流石の一言だ。
そして何杯ものグラスが空になりお酒がかなり回ってきた頃、顔を真っ赤にしたエレンが新たな話題を口にした。
「いやー、それにしてもオリヴィアってほんっと男を見る目がないんですよ!」
「ほう、それは今日一番興味深い話だな」
かなり飲んでいるはずなのに涼しい表情を崩さずにいたリヴァイがすぐさまそれに食いついた。
「ちょっと、やめてよ。別にそんな事ないし」
「オリヴィア、残念だけどエレンの言う通り」
「うぅーん、確かに否定はできないかもしれないなぁ」
「えぇっ!?」
味方だと思っていた2人にも否定されてしまった。ていうか、そんなふうに思われていただなんて初耳なんですが。そんなに言うほどじゃないと思うんだけど。
「どんなクソ男だ?」
「確か初めて付き合った男は、高3の時のアイツだろ?ずーっと好きだって言い寄ってきてたのに、いざ付き合いだしたら3日で別れを切り出してきたやつ。」
「毎日教室にきてアプローチしてきていたのにね。」
「別れたあとは顔を見るたびに逃げてたよね、確か。」
「あんなに必死に言い寄ってたのに付き合った途端にハイサヨナラなんてクソだろ」
「ハイハイほんとクソ。終わり!ね!ハイ終わり!!」
「……投げ飛ばされたのがトラウマになったのかも」
「ちょ、ミカサ…」
「投げ飛ばされた?なんだそりゃ」
「キスを迫られたオリヴィアがつい投げ飛ばしたの」
「ギャハハ!なんだそりゃ!!そんな真相だったのかよ!!どっちもどっちじゃねぇか!!」
「ちょっと、やめてくれない?」
甘酸っぱい…いやただただ酸っぱいばかりの青春の思い出を暴露されて当のオリヴィアは頭を抱える。ただでさえ思い出したくないのに、よりによってリヴァイの前でそんな話をしなくてもいいのに…
頭を抱えてそちらは見えないが、隣から視線を感じる様な気がする…
「でも次の奴はホントにクズだったろ!なんせ5股だ」
「違うエレン、6股」
「それも違うよ、7股だ」
「ウィークデーかよ。」
「もーやめて!私ちょっとトイレ行くからね!!もうまじでやめてよね!!」
そうは言ったが、当人であるオリヴィアがいなくなっても私の過去の恋バナでしばらくは変わらず盛り上がっているであろう。まぁ勝手にしてくれたらいいわよ別に。
人の話で盛り上がってばかりで、あんたら3人こそその辺一体どうなってるのかって話だけど。それは今度ミカサと2人で会った時にでもじっくり聞こうかな。
少し薄暗く細い廊下を進み店の奥にある御手洗いで用を済ませ、軽く化粧を直していた。パウダーを叩き、薄くなった口紅を塗りながらフゥと息を吐く。
今日はみんなに会えてよかったな。いや、所々不本意な話題も出ているが、盛り上がって話も弾んでいる。
前世で早々に死んだ私とは違って彼らは最後まで生き残ったと聞いている。今の世と比べると地獄の様に過酷だったあの時代を共に生き延びたのだ、その絆はきっと私が思うよりもずっと深いのだろう。
それは彼らの表情を見ればよくわかった。3人はもちろん、リヴァイ課長も普段よりも表情が柔らかかったから。
パタンと鏡を閉じてポーチに仕舞い込み、扉を開けて外に出たその瞬間、強い力で手首を掴まれた。
「っ!?」
強引な手はそのまま通路を行き、個室と個室の間の人通りの少ない奥まった通路にまでオリヴィアを連れ出し壁際に追いやった。強引に連れ出した割には、壁に頭をぶつけない様にオリヴィアの頭の後ろに手を挟み込んで。もちろん驚いたが、その人物が誰か分かるとオリヴィアは呆れた様に問いかけた。
「なんなんですか、急に?」
「別に、少し酔っただけだ」
「いや、リヴァイ課長酔わないでしょ」
オリヴィアがため息をつきながら目の前の彼にそういうと、彼もまたため息をつきオリヴィアの顔のすぐ横の壁に肘をトンとついた。
「ちょっと、近いんですけど…」
「………お前の最悪な過去を聞いて俺も最悪の気分だ…。慰めてもらおうかと思ってな」
「はぁ?何を言って…っ、」
普段通りに茶化した言葉だが真っ直ぐにオリヴィアを見つめるそのブルーグレーの瞳には、普段は見せない熱が籠っていてオリヴィアは息を詰まらせた。いつものようにそっけなくやめてと言えばいいのに、どうしても出来なくなってしまった。
「お前の初めても、その後も、今も…。その相手がどうして俺じゃないんだと、腑が煮えくりそうだ」
「そ、んなこと…言われても……」
「………あぁ、そうだな、その通りだ。お前を早く見つけられなかった、俺のせいだ。
チッ…もっと早く、誰よりも早く、お前を見つけられていたら………クソっ!」
リヴァイの両手がオリヴィアの頬にそっと触れる。まるで氷細工に触れるかのように恐る恐る彼女の頬に触れてきたその手は冷たく、そして驚くことに小さく震えていた。
「今度こそ、お前の全てを俺のものにしたかった…」
「リヴァイ………長」
まるであの戦乱の過去の時代のような深い深い眉間のシワと目元に影を落とした彼のその瞳が、まるで涙を流しているように錯覚した。
オリヴィアの頬を包んでいる彼の手に、自らのそれをソッと重ねると、彼の瞳が一瞬驚いたように開いた。そして再びグッと眉間に力が入ると、少しずつその距離が縮まってきた。
「頼む、オリヴィア…」
縋るような弱々しい声に、胸がギュウっと痛くなった。背中の奥が震えて力が入らない。やめてと突き放すべきところなのにそれができずにいるうちに、彼の黒くてサラサラの髪が私の少しクセのある髪に触れた。その瞬間だった。
ゴッと鈍い音がすぐ間近で聞こえたのは。
「………え???」
目の前で起こった突然のことに頭がついていかず、パチパチと瞬きを繰り返した。
なんとリヴァイの側頭部に、配膳に使われるであろうお盆が飛んできたのである。お陰で吐息を感じるほどすぐそばにあった顔が少し離れたが。
「………な、なに?」
お盆が飛んできたであろう方向をみると、そこには見慣れた友人が腕組みをして立っていた。
「なかなか戻らないと思ったら、こんな所で何をコソコソしているの」
そう言いながら近付いてくるミカサは明らかに怒ったような様子だった。そんなミカサに気を取られていると、反対方向からドゴッと鈍い音が聞こえた。
今度は一体なんだと振り返ると、そこには壁に額をめり込ませるリヴァイの姿があった。なにしてんの?いや、これ、マジでちょっとめり込んでそうなんだけど…
「な、なにしてるんですか」
そう声をかけると、大きなため息をついた後やっちまったカッコ悪りぃ、と小さくつぶやく声が聞こえた。それからメリッと壁から額を離すと罰が悪そうにオリヴィアの目を見た。そこには先程までの熱は消えていた。
「悪かった」
「絶対許しません。セクハラで訴えますから」
その目を見たら先程声が出なかったのが嘘のように、いつものような悪態がスラスラと口から出てきた。その私の言葉を聞いて、リヴァイ課長がホッとした様な表情を見せたのは気のせいではないはずだ。
「先に戻る」
そう言って部屋に戻っていくリヴァイがミカサにもなにか話しかけている様だったが、それが何なのかは聞き取れなかった。
というか私はそれどころではなく、リヴァイ課長が離れていくとすぐに体の力が抜けてしまい、その姿が見えなくなる頃にはズルズルと壁をつたって床にへたり込んでしまった。
すぐそばまでやってきたミカサが姿勢を合わせる様にしゃがみ込むと、ツンとオリヴィアの頬を突いた。
「茹で蛸みたい」
「〜〜〜うるさいなぁ…」
全身の血が沸き立ったかのように身体が熱く、心臓が早鐘を打っている。こんなにも心を乱されるだなんて。
「う〜ミカサぁ。もうやだよぉ」
「私に何も言ってくれなかったから、バチが当たったんじゃない」
そんな風に言いながらもギュッと抱きしめてくれたミカサの腕はとてもやさしくて、オリヴィアもギュッと抱擁を返した。
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