mha短編
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「勝己君なんて、もう知らない!!」
「あーそうかよ!!勝手にしろや!!」
教室のドアを開けた瞬間に聞こえてきた2つの怒声に、僕、緑谷出久は珍しい事もあるもんだと目を見開いた。
うち1人は負担から穏やかな性格の女の子で、中学からの同級生だがあんな風に感情をむき出しにしている姿は初めて見る。対してもう1人は常時キレている僕の幼馴染だが、彼女に対して荒々しい態度を取ることはそう頻繁にはない。
なぜなら2人は中学時代から付き合っているからだ。
普段は暴君のような振舞いのかっちゃんも、流石に自分の彼女に対してはそうではないらしく、2人で話すときはいつも落ち着いた声色で話しているようだ。それに彼女の方がかっちゃんにべた惚れという感じでいつもニコニコ穏やかだし、たまにかっちゃんがキツイ言い方をしても全く意に介していない様子だ。
だからこそ、見慣れない様子に驚いた。
それは他のクラスメイト達も同じだったようで、皆彼らに注目を集めていた。それを感じ取ってなのかは分からないが、彼女の方がその場を離れドアのある僕の方へと足早にやってきた。避けたつもりだったが肩が当たった。
「あっ、ご、ごめん」
「ごめんね」
ぶつかったことへの謝罪を述べると、彼女もそれを返してくれた。しかし、それが彼女の張りつめていたものを切ってしまったようで、大きく綺麗な瞳からボロリと涙が零れ落ちた。
「っ、待って」
それが目に入った瞬間考えるよりも先に動いて、通り過ぎて行く彼女の細い手首を掴んでいた。驚いた様子の彼女の瞳からは、一度こぼれたことによって堰が外れたようにとめどなく涙が零れていた。
泣いている女の子に対してこんなことを言うのは失礼なのかもしれないけれど、一瞬、その瞳のあまりの美しさに息を呑んだ。
しかしすぐに我に返り、掴んでしまった手首をパッと離した。しまった。女子の手を掴んでしまった!!カアアアッと一気に顔に熱が集まった。
「あっ、ご、ごめんね!急に掴んじゃって!いや、その、だ、大丈夫かなと……思って……」
「…………大丈夫だよ……ありがと、緑谷君」
そっと掴んだ腕を離すと、彼女はパタパタと廊下を駆けていった。普段から彼女とよく話している耳郎さんが、僕に目配せをして彼女の後を追っていった。まぁ、そりゃそうだ。普段特に話もしない僕よりも、仲のいい同性の耳郎さんの方がこういう時は適役だろう。
むしろ思わず手を伸ばしてしまった自分の行動に耳が熱くなった。その時、背後から地を這うような「オイ」という低い声がかけられてビクリと肩を揺らした。
「クソデクァ!!テメェがあいつに何の用があるってんだゴラァァァ!!!!」
「ヒェッ!かっちゃん!!ち、ち、違うんだ!!」
振り向けば、普段から吊り気味の目じりを恐ろしいほど吊り上げ鬼のような形相をした幼馴染が目と鼻の先にいた。そのすぐ後ろには切島君や瀬呂君がかっちゃんを落ち着かせようと声をかけているけれど、興奮した幼馴染の耳には何も入っていないのであろう、僕は敢え無く緑のくせ毛をアフロのように焦がすこととなった。
クラス唯一のカップルの喧嘩に呆然としたその日。まぁそうは言ってもすぐに仲直りするだろうとクラスの皆も思っていた。
しかし僕らの予想に反して彼らの仲は険悪なまま数日が経ち、現在。
実技演出で2対2のチーム戦を行うことになった。なんの因果だろうか、かっちゃんと切島くんのチームに対するのは、彼女と僕のチームだ。あれからずっと機嫌が悪いかっちゃんは、組み合わせを見て地を這うような唸り声を上げている。恐ろしくてそちらを見てはいないが、きっとヤバい顔をしているに違いない。
「よろしくね、緑谷君」
「へぁっ!?あ、う、うん!よろしくね!」
軽く挨拶を交わす僕たちの背後から、ギリギリィと聞いたことのない悍ましい音が響いている。マジでなんの音コレ。
顔を青くする僕と、切島くん。ソレに対して彼女は驚くほどいつも通りだ。いや、一つ違うのはかっちゃんの存在をまるで無いものかのように扱っているという点だろう。
なんだろう。中学からの同級生といってもかっちゃんの彼女だしそんなに深い関わりは無かったが、イメージと違う。もっとこう、優しくてフワフワしてて、喧嘩になったら自分が悪くなくても謝ってしまうようなタイプだと思っていた。そういう子じゃないとかっちゃんとは付き合えないのかなって。けど……
そこまで思考を巡らせたところで、ブザーが鳴り響いた。演習スタートの合図だ。
駄目だ、切り替えろ出久。
今はかっちゃんと切島くんにどう対応するかだ。どうする。相手はどう来る。いや、かっちゃんは間違いなくこっちに直進してくるだろう。元々の性格に加えて今は冷静じゃない。絶対に猪突猛進一択だ。彼らの個性と彼女の個性を考えると、距離を保った方がこちらの有利。
「かっちゃんはきっとこっちに直進してくる。相性的に距離を保った方がこっちが有利に動けると思うんだ。だから一旦身を隠してなんとか2人より先に相手を見つけて、そこから活路を見出した方がいいと思う」
「ん。そうだね」
コクリと頷く彼女の顔は、真剣そのものだ。
そう、そうだ。
かっちゃんの彼女だから雄英ヒーロー課にいるわけじゃない。彼女だって将来ヒーローになる為にここにいるんだ。今まで"かっちゃんの彼女"としか見ていなかった自分を少し恥じた。
彼女も今真剣にかっちゃんと切島君に勝つ為にここにいるんだ。余計な事は今は考えるな。勝つ為に。将来最高のヒーローになる為に。今出来ることを全力でやろう。
「見つけたぞ!!!クソデクァ!!!!」
「ッッッ早っ!!!」
小声で作戦を立てていた僕たちの前に、予想よりもずっと早くかっちゃんが襲いかかってくる。右手を爆破させながら僕に向かって思い切り殴りかかってくるのを寸前でなんとか避ける。駄目だ駄目だ、距離を取らないと。切島君の居場所も分からない。
「ゴメンね」
「ッわ!」
一声かえて、彼女の腰を掴みフルカウルで飛び上がりかっちゃんからなんとか距離を取る。彼女をあの場に残して自分だけ離れる事はできなかった。しかし、これがかっちゃんの地雷を踏んでしまったようだ。
ビキ、とかっちゃんの目が血走った。
「ッッッ触んじゃねェよゴラァァア!!!!!」
先程とは比べ物にならない勢いで爆破を繰り返したかっちゃんの拳が、僕の頬に打ち込まれた。その強い一撃で脳に揺れるような衝撃が襲う。
「ッッッガ!!!」
「緑谷君っ」
殴られた勢いで体勢を大きく崩したが、なんとか近くの足場に着地した。
しかし、かっちゃんの怒りは未だ治らずすぐに至近距離で爆破が繰り返される。その爆破から彼女を庇う様に覆い被さった僕の背中をかっちゃんが思い切り蹴り飛ばした。
「調子乗ってンじゃねェぞクソがァ!!!誰の女に触っとんだ!!!ブッ殺してやる!!!!!」
かっちゃんは僕を蹴り飛ばしてから、ようやく僕と離れた彼女の腕を引いて自分の背中の方に引き寄せた。
その行為は、まるで強姦魔から彼女を救った彼氏の様な仕草だった。それなら感動的な場面だが、今は違う。今は演習中で、僕と彼女がペアでかっちゃんは敵なのだ。オマケに遅れてやってきた切島君が彼女を確保しようとした時にすら爆破して触らせない様にしている。
もうめちゃくちゃだ。かっちゃんは完全に頭に血が昇っていて、恐らくこの演習の目的は頭から抜けているんだろう。
一体コレをどうすればいいのか。相澤先生助けて、と心の中で祈ったその時、救いの手はすぐ近くから差し出された。
「いい加減にして!!!!!」
ピシャリ、とよく通る高い声が叫ぶ様に告げると、その場の空気が止まった。
僕も、切島君も、かっちゃんも、動きを止めてその声の主に顔を向ける。
いつも穏やかでニコニコと笑っていた彼女は、見たこともないような冷たい表情をかっちゃんに向けていた。
そのまま数歩、歩を進めてかっちゃんの真正面に立つと、大きく腕を振り上げた。
「大ッッッ嫌い!!!!!」
バシンッッッ
一層大きな声と共に乾いた音が鳴り響く。かっちゃんの頬に真っ赤な紅葉が咲いた。
僕はサーッと顔を青ざめさせた。やばいやばいやばい。きっとかっちゃんはめちゃめちゃキレる。先程までの爆破の矛先が彼女に向かってしまう。
いくらかっちゃんとはいえ、幼馴染が付き合っている女の子にあんな暴力を振るう姿を見るのは流石に勘弁してほしい。
しかし僕の予想に反してかっちゃんは叩かれた体勢から一歩も動くこともなく、表情すら動かさなかった。
呆然と立ち尽くすかっちゃんの腕に、彼女が確保テープを巻き付ける。動揺を隠せない切島君を2人がかりで捉えて、この日の演習は終了となった。
講評の時にキツく叱り付けていた相澤先生も、かっちゃんのあまりの茫然とした様子に最後には慰める様に肩をポンと叩いていた。
それからのかっちゃんは、完全に調子を狂わせていた。元々能力が高いので、他の人には気付かれていないかもしれないが、ずっと見てきた僕には分かる。
爆破の細かいコントロールが狂っているし、判断もワンテンポ遅くなった。脚や腕の上がり方もほんの少し悪い。
それに授業中に窓の外をボーッと見る回数が格段に増えたし、ペン回しの頻度も増えた。それにいつもよりも髪のハネの角度が10度低いし、腰パンの位置が3センチ高い。
何より、あのかっちゃんが、悪態をつかなくなったのだ。相手が誰であろうと何かに付けて喰ってかかっていたというのに。
それは流石に他の人にも分かるようで、最初は何人か揶揄う猛者もいたが、もはや腫れ物に触る様な扱いを受けている。
まさかかっちゃんが、彼女と喧嘩してこんな風になるだなんて。しかも、当の彼女の方は全ッッッく変わりがないのだ。
あの演習から、2週間が経った。
かっちゃんと彼女は未だに仲直りしていない。いや、というか、これはもう別れたのかもしれない。なんせ彼女の方が怒っているのだ。あのかっちゃんが折れるとはとても思えないしなぁ。
どうにかしてあげたい様な気もするが、僕にはどうする事も出来ないしそんな事はかっちゃんも望んでいないだろう。
幼馴染の見たこともない姿を思い浮かべて溜め息を吐きながら下駄箱に行く。ふと、耳に入った聞き覚えのある低い声に、足を止めた。
「さくら、話がある」
かっちゃんだ。
今し方思いを馳せていた幼馴染の声に、僕は近くの柱に身を隠した。僕がかっちゃんの声を聞き間違えるはずがない。この声は間違いなくかっちゃんだ。そして、彼がこのトーンで会話をするのは、たった1人だけだ。
「…………なに、勝己君」
あぁ、やっぱり彼女だ。普段よりも幾分か堅い彼女の声色にゴクリ、と緊張が走る。大丈夫だろうか。いくらかっちゃんが彼女には優しいと言っても、この状況では少し心配だ。手は……流石に上げないと、思う……多分。きっと……。だけど、感情に任せて酷い言葉をぶつけるんじゃないか、その時僕はどうするべきなのかと思考がめぐる。
それにしても、喋らないな。そう思ったのは僕だけではないようで、彼女が息を吐いた。
「…………何も言わないなら、かえ…」
「悪かった」
ヒュッ、とおかしな呼吸と共に僕は頭をハンマーでぶん殴られたんじゃないかというような衝撃を受けた。
「俺が悪かった。だから、帰ってこ……きて、くれ……」
マジでか、かっちゃん。君、謝れるのかよ。
「うん、私は悪くないよね。いっつも嫌だって言ってたよね」
「そうだ。ごめん、俺が悪い。……けど、許してほしい」
!!!!!?!?!?!!!!?
耳に届くこの言葉は、本当に僕の幼馴染が言った言葉なのだろうか。いっそ声が似ている人と言われた方が納得もいく内容だ。だけど、再度言うけど、僕がかっちゃんの声を間違えるわけがない。
「もお、狡いなぁ勝己君」
フ、と彼女の声が響く。それは先程までと違い、いつもの柔らかな彼女の声色だった。
「そんな風に言われたら、許しちゃうよ」
ドサ、と何かが床に落ちる音がした。
「ッ、」
同時に聞こえた息の詰まるような声に、隠れていたことも忘れてつい柱から覗き込んでしまった。すると、そこには持っていた鞄を投げ捨てて彼女をギュッと強く抱きしめるかっちゃんの背中が見えた。
「……ッさくら」
縋るように彼女の名前を呼ぶ幼馴染の声は、初めて聞くものだった。普段の棘が全く無い……それどころか、甘さすら感じる声だ。
「ッ、かつきく、くるし」
「わり。力入りすぎた」
ドキンドキンと、自分の心臓が彼らに聞こえるんじゃないかというほど大きくなっている。なんだこれ、なんだこれ、なんだこれ。
「力、加減すっから、もっかい抱きしめていいか」
「…………うん、いいよ」
そうして再び重なる2つの影。勝己は、懐かしさすら感じる彼女の身体を抱きしめながら、ふーーーっと長いため息をついた。
「俺、お前がいねぇと、マジで調子クソだったわ」
「あはは。ほんとに、酷かったね」
「けどお前もさぁ、"大嫌い"はヤメロや」
「あー…………。うん、それは、ゴメン」
「いや………まぁ、俺が悪ぃんだけどよ。アレはマジで効いた」
クスクスと笑い合いながら言う彼らに、出久は頭がクラクラとしてきた。いっそのぼせ上がりそうな程の熱々っぷりに当てられて、僕まで顔が熱くなってきた。もはや心配はいらないだろうし早くこの場を立ち去ろう。
そのタイミングを見計らうと思いチラリと覗き込んだその時、なんということか。かっちゃんもまた、落とした鞄を拾い上げる為にこちらに顔を向けたのだった。
「あ」
「ア゛?」
ピシャーン、と嵐のような空気が襲いくる。さっきまであんなにピンクな世界だったのに。信じられない変化だ。
「テ、メェ…ッッッこのストーカー野郎……!!」
「いや、ちがっ!!な、なにも聞いてないよ!!かっちゃんが謝ってるところなんて僕聞いてないからっ!!!」
「最初っから聞いてんじゃねェかクソがッッッ!!頭爆破して記憶から消し去ってやるァ!!!」
ガルルッとまるで猛獣のように歯を剥き出しにするかっちゃん。その後ろで僕に気付いた彼女が「緑谷君」と呟いた。そして、ニコリと微笑みながらかっちゃんを呼んだ。
「そういえば、勝己君。演習の時、緑谷君にも迷惑かけてたよね」
「は!?」
「えぇ!?」
「緑谷君にも謝っておいた方が、いいと思うな」
「はえッッッ!?!?な、な、なん!?い、いやいやいや、そそそ、そんな、そんなことは別にッッッ!!!」
ブンブンと首を振って否定するが、彼女はニコニコと人好きのする笑顔を振り撒きながらかっちゃんに催促の言葉をかける。僕はといえば冷や汗をダラダラと流していた
「〜〜〜ッ、悪かったなァ、デクゥ」
かっちゃんは、般若の様な顔と立てた中指を背中越しの彼女に見えないようにしながら、唸る様な声で謝罪の言葉を述べた。目が血走っていてヤバい。コレ、僕、明日実務演習で殺されるんじゃ?
メンチを切り続けるかっちゃんの手を、彼女が握った。瞬間、吊り上がっていた目尻が赤く染まり、下がった。
「勝己君、帰ろう」
「……ん」
凄い。まるで猛獣使いだ。
彼女の手腕に感心しながら、彼らが並び立って玄関を出ていくのを呆然と見送っていた僕。中央玄関のドアを潜ろうとする時、彼女がコチラをクルリと振り返った。そして、ペロリと赤い舌を出して両手を合わせるポーズをした。
そのイタズラっぽい表情と仕草に、僕は彼女への評価を改めると共に、幼馴染の尻に敷かれっぷりに想いを馳せてノートを3ページも書き記すのだった。
「あーそうかよ!!勝手にしろや!!」
教室のドアを開けた瞬間に聞こえてきた2つの怒声に、僕、緑谷出久は珍しい事もあるもんだと目を見開いた。
うち1人は負担から穏やかな性格の女の子で、中学からの同級生だがあんな風に感情をむき出しにしている姿は初めて見る。対してもう1人は常時キレている僕の幼馴染だが、彼女に対して荒々しい態度を取ることはそう頻繁にはない。
なぜなら2人は中学時代から付き合っているからだ。
普段は暴君のような振舞いのかっちゃんも、流石に自分の彼女に対してはそうではないらしく、2人で話すときはいつも落ち着いた声色で話しているようだ。それに彼女の方がかっちゃんにべた惚れという感じでいつもニコニコ穏やかだし、たまにかっちゃんがキツイ言い方をしても全く意に介していない様子だ。
だからこそ、見慣れない様子に驚いた。
それは他のクラスメイト達も同じだったようで、皆彼らに注目を集めていた。それを感じ取ってなのかは分からないが、彼女の方がその場を離れドアのある僕の方へと足早にやってきた。避けたつもりだったが肩が当たった。
「あっ、ご、ごめん」
「ごめんね」
ぶつかったことへの謝罪を述べると、彼女もそれを返してくれた。しかし、それが彼女の張りつめていたものを切ってしまったようで、大きく綺麗な瞳からボロリと涙が零れ落ちた。
「っ、待って」
それが目に入った瞬間考えるよりも先に動いて、通り過ぎて行く彼女の細い手首を掴んでいた。驚いた様子の彼女の瞳からは、一度こぼれたことによって堰が外れたようにとめどなく涙が零れていた。
泣いている女の子に対してこんなことを言うのは失礼なのかもしれないけれど、一瞬、その瞳のあまりの美しさに息を呑んだ。
しかしすぐに我に返り、掴んでしまった手首をパッと離した。しまった。女子の手を掴んでしまった!!カアアアッと一気に顔に熱が集まった。
「あっ、ご、ごめんね!急に掴んじゃって!いや、その、だ、大丈夫かなと……思って……」
「…………大丈夫だよ……ありがと、緑谷君」
そっと掴んだ腕を離すと、彼女はパタパタと廊下を駆けていった。普段から彼女とよく話している耳郎さんが、僕に目配せをして彼女の後を追っていった。まぁ、そりゃそうだ。普段特に話もしない僕よりも、仲のいい同性の耳郎さんの方がこういう時は適役だろう。
むしろ思わず手を伸ばしてしまった自分の行動に耳が熱くなった。その時、背後から地を這うような「オイ」という低い声がかけられてビクリと肩を揺らした。
「クソデクァ!!テメェがあいつに何の用があるってんだゴラァァァ!!!!」
「ヒェッ!かっちゃん!!ち、ち、違うんだ!!」
振り向けば、普段から吊り気味の目じりを恐ろしいほど吊り上げ鬼のような形相をした幼馴染が目と鼻の先にいた。そのすぐ後ろには切島君や瀬呂君がかっちゃんを落ち着かせようと声をかけているけれど、興奮した幼馴染の耳には何も入っていないのであろう、僕は敢え無く緑のくせ毛をアフロのように焦がすこととなった。
クラス唯一のカップルの喧嘩に呆然としたその日。まぁそうは言ってもすぐに仲直りするだろうとクラスの皆も思っていた。
しかし僕らの予想に反して彼らの仲は険悪なまま数日が経ち、現在。
実技演出で2対2のチーム戦を行うことになった。なんの因果だろうか、かっちゃんと切島くんのチームに対するのは、彼女と僕のチームだ。あれからずっと機嫌が悪いかっちゃんは、組み合わせを見て地を這うような唸り声を上げている。恐ろしくてそちらを見てはいないが、きっとヤバい顔をしているに違いない。
「よろしくね、緑谷君」
「へぁっ!?あ、う、うん!よろしくね!」
軽く挨拶を交わす僕たちの背後から、ギリギリィと聞いたことのない悍ましい音が響いている。マジでなんの音コレ。
顔を青くする僕と、切島くん。ソレに対して彼女は驚くほどいつも通りだ。いや、一つ違うのはかっちゃんの存在をまるで無いものかのように扱っているという点だろう。
なんだろう。中学からの同級生といってもかっちゃんの彼女だしそんなに深い関わりは無かったが、イメージと違う。もっとこう、優しくてフワフワしてて、喧嘩になったら自分が悪くなくても謝ってしまうようなタイプだと思っていた。そういう子じゃないとかっちゃんとは付き合えないのかなって。けど……
そこまで思考を巡らせたところで、ブザーが鳴り響いた。演習スタートの合図だ。
駄目だ、切り替えろ出久。
今はかっちゃんと切島くんにどう対応するかだ。どうする。相手はどう来る。いや、かっちゃんは間違いなくこっちに直進してくるだろう。元々の性格に加えて今は冷静じゃない。絶対に猪突猛進一択だ。彼らの個性と彼女の個性を考えると、距離を保った方がこちらの有利。
「かっちゃんはきっとこっちに直進してくる。相性的に距離を保った方がこっちが有利に動けると思うんだ。だから一旦身を隠してなんとか2人より先に相手を見つけて、そこから活路を見出した方がいいと思う」
「ん。そうだね」
コクリと頷く彼女の顔は、真剣そのものだ。
そう、そうだ。
かっちゃんの彼女だから雄英ヒーロー課にいるわけじゃない。彼女だって将来ヒーローになる為にここにいるんだ。今まで"かっちゃんの彼女"としか見ていなかった自分を少し恥じた。
彼女も今真剣にかっちゃんと切島君に勝つ為にここにいるんだ。余計な事は今は考えるな。勝つ為に。将来最高のヒーローになる為に。今出来ることを全力でやろう。
「見つけたぞ!!!クソデクァ!!!!」
「ッッッ早っ!!!」
小声で作戦を立てていた僕たちの前に、予想よりもずっと早くかっちゃんが襲いかかってくる。右手を爆破させながら僕に向かって思い切り殴りかかってくるのを寸前でなんとか避ける。駄目だ駄目だ、距離を取らないと。切島君の居場所も分からない。
「ゴメンね」
「ッわ!」
一声かえて、彼女の腰を掴みフルカウルで飛び上がりかっちゃんからなんとか距離を取る。彼女をあの場に残して自分だけ離れる事はできなかった。しかし、これがかっちゃんの地雷を踏んでしまったようだ。
ビキ、とかっちゃんの目が血走った。
「ッッッ触んじゃねェよゴラァァア!!!!!」
先程とは比べ物にならない勢いで爆破を繰り返したかっちゃんの拳が、僕の頬に打ち込まれた。その強い一撃で脳に揺れるような衝撃が襲う。
「ッッッガ!!!」
「緑谷君っ」
殴られた勢いで体勢を大きく崩したが、なんとか近くの足場に着地した。
しかし、かっちゃんの怒りは未だ治らずすぐに至近距離で爆破が繰り返される。その爆破から彼女を庇う様に覆い被さった僕の背中をかっちゃんが思い切り蹴り飛ばした。
「調子乗ってンじゃねェぞクソがァ!!!誰の女に触っとんだ!!!ブッ殺してやる!!!!!」
かっちゃんは僕を蹴り飛ばしてから、ようやく僕と離れた彼女の腕を引いて自分の背中の方に引き寄せた。
その行為は、まるで強姦魔から彼女を救った彼氏の様な仕草だった。それなら感動的な場面だが、今は違う。今は演習中で、僕と彼女がペアでかっちゃんは敵なのだ。オマケに遅れてやってきた切島君が彼女を確保しようとした時にすら爆破して触らせない様にしている。
もうめちゃくちゃだ。かっちゃんは完全に頭に血が昇っていて、恐らくこの演習の目的は頭から抜けているんだろう。
一体コレをどうすればいいのか。相澤先生助けて、と心の中で祈ったその時、救いの手はすぐ近くから差し出された。
「いい加減にして!!!!!」
ピシャリ、とよく通る高い声が叫ぶ様に告げると、その場の空気が止まった。
僕も、切島君も、かっちゃんも、動きを止めてその声の主に顔を向ける。
いつも穏やかでニコニコと笑っていた彼女は、見たこともないような冷たい表情をかっちゃんに向けていた。
そのまま数歩、歩を進めてかっちゃんの真正面に立つと、大きく腕を振り上げた。
「大ッッッ嫌い!!!!!」
バシンッッッ
一層大きな声と共に乾いた音が鳴り響く。かっちゃんの頬に真っ赤な紅葉が咲いた。
僕はサーッと顔を青ざめさせた。やばいやばいやばい。きっとかっちゃんはめちゃめちゃキレる。先程までの爆破の矛先が彼女に向かってしまう。
いくらかっちゃんとはいえ、幼馴染が付き合っている女の子にあんな暴力を振るう姿を見るのは流石に勘弁してほしい。
しかし僕の予想に反してかっちゃんは叩かれた体勢から一歩も動くこともなく、表情すら動かさなかった。
呆然と立ち尽くすかっちゃんの腕に、彼女が確保テープを巻き付ける。動揺を隠せない切島君を2人がかりで捉えて、この日の演習は終了となった。
講評の時にキツく叱り付けていた相澤先生も、かっちゃんのあまりの茫然とした様子に最後には慰める様に肩をポンと叩いていた。
それからのかっちゃんは、完全に調子を狂わせていた。元々能力が高いので、他の人には気付かれていないかもしれないが、ずっと見てきた僕には分かる。
爆破の細かいコントロールが狂っているし、判断もワンテンポ遅くなった。脚や腕の上がり方もほんの少し悪い。
それに授業中に窓の外をボーッと見る回数が格段に増えたし、ペン回しの頻度も増えた。それにいつもよりも髪のハネの角度が10度低いし、腰パンの位置が3センチ高い。
何より、あのかっちゃんが、悪態をつかなくなったのだ。相手が誰であろうと何かに付けて喰ってかかっていたというのに。
それは流石に他の人にも分かるようで、最初は何人か揶揄う猛者もいたが、もはや腫れ物に触る様な扱いを受けている。
まさかかっちゃんが、彼女と喧嘩してこんな風になるだなんて。しかも、当の彼女の方は全ッッッく変わりがないのだ。
あの演習から、2週間が経った。
かっちゃんと彼女は未だに仲直りしていない。いや、というか、これはもう別れたのかもしれない。なんせ彼女の方が怒っているのだ。あのかっちゃんが折れるとはとても思えないしなぁ。
どうにかしてあげたい様な気もするが、僕にはどうする事も出来ないしそんな事はかっちゃんも望んでいないだろう。
幼馴染の見たこともない姿を思い浮かべて溜め息を吐きながら下駄箱に行く。ふと、耳に入った聞き覚えのある低い声に、足を止めた。
「さくら、話がある」
かっちゃんだ。
今し方思いを馳せていた幼馴染の声に、僕は近くの柱に身を隠した。僕がかっちゃんの声を聞き間違えるはずがない。この声は間違いなくかっちゃんだ。そして、彼がこのトーンで会話をするのは、たった1人だけだ。
「…………なに、勝己君」
あぁ、やっぱり彼女だ。普段よりも幾分か堅い彼女の声色にゴクリ、と緊張が走る。大丈夫だろうか。いくらかっちゃんが彼女には優しいと言っても、この状況では少し心配だ。手は……流石に上げないと、思う……多分。きっと……。だけど、感情に任せて酷い言葉をぶつけるんじゃないか、その時僕はどうするべきなのかと思考がめぐる。
それにしても、喋らないな。そう思ったのは僕だけではないようで、彼女が息を吐いた。
「…………何も言わないなら、かえ…」
「悪かった」
ヒュッ、とおかしな呼吸と共に僕は頭をハンマーでぶん殴られたんじゃないかというような衝撃を受けた。
「俺が悪かった。だから、帰ってこ……きて、くれ……」
マジでか、かっちゃん。君、謝れるのかよ。
「うん、私は悪くないよね。いっつも嫌だって言ってたよね」
「そうだ。ごめん、俺が悪い。……けど、許してほしい」
!!!!!?!?!?!!!!?
耳に届くこの言葉は、本当に僕の幼馴染が言った言葉なのだろうか。いっそ声が似ている人と言われた方が納得もいく内容だ。だけど、再度言うけど、僕がかっちゃんの声を間違えるわけがない。
「もお、狡いなぁ勝己君」
フ、と彼女の声が響く。それは先程までと違い、いつもの柔らかな彼女の声色だった。
「そんな風に言われたら、許しちゃうよ」
ドサ、と何かが床に落ちる音がした。
「ッ、」
同時に聞こえた息の詰まるような声に、隠れていたことも忘れてつい柱から覗き込んでしまった。すると、そこには持っていた鞄を投げ捨てて彼女をギュッと強く抱きしめるかっちゃんの背中が見えた。
「……ッさくら」
縋るように彼女の名前を呼ぶ幼馴染の声は、初めて聞くものだった。普段の棘が全く無い……それどころか、甘さすら感じる声だ。
「ッ、かつきく、くるし」
「わり。力入りすぎた」
ドキンドキンと、自分の心臓が彼らに聞こえるんじゃないかというほど大きくなっている。なんだこれ、なんだこれ、なんだこれ。
「力、加減すっから、もっかい抱きしめていいか」
「…………うん、いいよ」
そうして再び重なる2つの影。勝己は、懐かしさすら感じる彼女の身体を抱きしめながら、ふーーーっと長いため息をついた。
「俺、お前がいねぇと、マジで調子クソだったわ」
「あはは。ほんとに、酷かったね」
「けどお前もさぁ、"大嫌い"はヤメロや」
「あー…………。うん、それは、ゴメン」
「いや………まぁ、俺が悪ぃんだけどよ。アレはマジで効いた」
クスクスと笑い合いながら言う彼らに、出久は頭がクラクラとしてきた。いっそのぼせ上がりそうな程の熱々っぷりに当てられて、僕まで顔が熱くなってきた。もはや心配はいらないだろうし早くこの場を立ち去ろう。
そのタイミングを見計らうと思いチラリと覗き込んだその時、なんということか。かっちゃんもまた、落とした鞄を拾い上げる為にこちらに顔を向けたのだった。
「あ」
「ア゛?」
ピシャーン、と嵐のような空気が襲いくる。さっきまであんなにピンクな世界だったのに。信じられない変化だ。
「テ、メェ…ッッッこのストーカー野郎……!!」
「いや、ちがっ!!な、なにも聞いてないよ!!かっちゃんが謝ってるところなんて僕聞いてないからっ!!!」
「最初っから聞いてんじゃねェかクソがッッッ!!頭爆破して記憶から消し去ってやるァ!!!」
ガルルッとまるで猛獣のように歯を剥き出しにするかっちゃん。その後ろで僕に気付いた彼女が「緑谷君」と呟いた。そして、ニコリと微笑みながらかっちゃんを呼んだ。
「そういえば、勝己君。演習の時、緑谷君にも迷惑かけてたよね」
「は!?」
「えぇ!?」
「緑谷君にも謝っておいた方が、いいと思うな」
「はえッッッ!?!?な、な、なん!?い、いやいやいや、そそそ、そんな、そんなことは別にッッッ!!!」
ブンブンと首を振って否定するが、彼女はニコニコと人好きのする笑顔を振り撒きながらかっちゃんに催促の言葉をかける。僕はといえば冷や汗をダラダラと流していた
「〜〜〜ッ、悪かったなァ、デクゥ」
かっちゃんは、般若の様な顔と立てた中指を背中越しの彼女に見えないようにしながら、唸る様な声で謝罪の言葉を述べた。目が血走っていてヤバい。コレ、僕、明日実務演習で殺されるんじゃ?
メンチを切り続けるかっちゃんの手を、彼女が握った。瞬間、吊り上がっていた目尻が赤く染まり、下がった。
「勝己君、帰ろう」
「……ん」
凄い。まるで猛獣使いだ。
彼女の手腕に感心しながら、彼らが並び立って玄関を出ていくのを呆然と見送っていた僕。中央玄関のドアを潜ろうとする時、彼女がコチラをクルリと振り返った。そして、ペロリと赤い舌を出して両手を合わせるポーズをした。
そのイタズラっぽい表情と仕草に、僕は彼女への評価を改めると共に、幼馴染の尻に敷かれっぷりに想いを馳せてノートを3ページも書き記すのだった。
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