aot短編
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きっかけは訓練兵時代の誕生日の事だった。数少ない友人が手渡してくれたプレゼントは、今まで身につけたことのないような、繊細で美しい、セクシーな下着。弱気な性格で年齢よりも幼く見える私にはどう見ても不釣り合いなものだった。
渡してくれた友人は“折角人より大きいもの持ってるんだから勿体ない。立体起動のテストの時にでも付けてみな、きっと気合い入るから!”と言って渡してくれた。
正直貰った時は軽く引いてしまったが、せっかく貰ったものを使わないのも失礼な話だし。ちょうどそれを貰った翌日に立体起動の試験があったし。と、面白半分で言われた通りにそれをつけてみたのだ。
その時の心情は、昨日の事のように思い出せる。心の奥から込み上がってくる高揚感と自信。常に自分に自信がなく、引っ込み思案だった私にとっては、今までに感じたことの無いものだった。普段よりも大胆で大きな動き。普段は他の人に譲ってしまうような場面での積極的な行動。自分にこんな動きができるのかと感動した、同時に今まで自分の力が及ばないだけだと思っていたが、それは肉体的なものではなく精神的なものが原因だったのだと気がついた。
美しい下着を身につける。たったそれだけのことで、私の心には大きな余裕が生まれた。そしてそれは私にとって大きな転機となった。成績は伸びないし引っ込み思案な性格で人と話すことも苦手だった私は友人と呼べる人の数も少なかった。下着を変えたからと言って性格が激変したという訳ではない。それでも自分に自信を持てたおかげで人と話すこともあまり苦ではなくなったし、そこそこの成績を残せるようになった私に話しかけてくる人も増えた。
そして訓練兵を卒業し調査兵になってからは、何かしらあるたびに美しい下着を身に着けて行くことが私の習慣になっている。特に壁外調査の時に身につけるのは、赤の下着だ。様々な色の中でも、赤は特に闘志を燃やしてくれる。他にも大切な会議の時は気の引き締まる黒だとか、女子会の時は女性らしいピンクだとか、月の初めは白だとか。自分の中で用途ごとに使い分けていたりする。普段は地味なものを身につけているが(でないと訓練で直ぐに傷んでしまって勿体ない)箪笥の中には色とりどりの美しくセクシーな下着で埋め尽くされている。私の微かなお給金はそのほとんどが綺麗な下着へと姿を変えてしまうのだ。
美しい下着をつけると自分に自信がつく。それは誰にも言えない、秘密のジンクスだった。
「はあああ・・・」
あの壁外調査から奇跡的に生還してから3日が経った。
帰還後、負傷した腕を医療班に見てもらえばやはり骨折まではいかないもののひびが入っていたようで、全治一カ月と診断された。幸い利き腕ではなかったので書類等はそこまで支障なく処理できるが、まともな訓練はできない。今日は非番を貰っているが、明日からは書類と睨めっこの日々が暫く続くのだと思うと気が滅入る。
しかし本当に気が滅入るのは、別の理由が大きかった。
それは・・・そう、言わずもがな、リヴァイ兵長のことだ。壁内に帰還してから今まではなにかとバタバタするもので、リヴァイ兵長ともあればきっととても忙しいはずだと思いある程度落ち着いてからお礼に伺おうと思っていたのだ。そして今日はそれにちょうどいいタイミングに思えたのだけど・・・いざそのときになってみれば、どうにも気落ちしてしまう。
私自身も治療だったり死者への弔いであったりで忙しく考える余裕もあまり無かったがようやく落ち着いてきた現在、改めて“あの事”を思い出すと、顔から火が出るほどに恥ずかしい思いだ。
あの日…私はリヴァイ兵長に命を救われ、心を奪われた。そして同時に失恋した。
巨人と相対した時に自分のシャツの胸の辺りが破けていたことに全く気付かず、胸元を思いっきり曝け出し続けていた。
先述の通り、今回の壁外調査も例にもれず真っ赤な下着(レース素材の思いきり透けているデザインで、私の持っている下着の中でもとびきりセクシーなものだった…)を新調し嬉しそうに身に着けていた。当然、倒れている私の身体を起こし更には正面から応急手当てをしていてくれていた彼にはずっと丸見えだったわけだ。
(今思えば、何かと彼の視線が胸元に向いていたような気もするが)(いや、いやいやいや。違う、彼は怪我がないかの心配という意味で見ていただけだ)(だって、“あの”リヴァイ兵長だもの)(じゃあ、私の腰や胸の下を撫でるようにしていたのは一体何?)(あれは、そう。私の固まった身体をほぐすために仕方なく、でしょ)(別に私の身体に触りたかったとかそんなことは絶対ない)(でも最後に胸触られた・・・)(いや、あれは・・・違う。違う・・・はず)
きっと気を使ってくれていたのだろう。彼は最後の最後までそれを指摘することなく、しかし他の人の目に着く前にきちんと伝えてくれた。見ていて楽しいようなものでもないし、言いづらかっただろう。それなのに私ときたら彼の思いなんて考えもせずに恥ずかしさが勝ってしまい、逃げるように彼の元を離れてしまった。いくら恥ずかしかったといっても、命を救ってもらい迷惑もかけたというのにあんな失礼な態度をとってしまったことに、私はひどく後悔していた。
「…どうしよう………」
再び大きなため息をひとつ零し、食堂の机にぐったりと項垂れた。今は他の兵士たちは訓練や業務にあたっている筈なので食堂も人はまばらだ。なのでそんな行為をしても誰も気にも留めないかと思ったのだが、予想外に声をかけられた。
「おーい、どうしたオリヴィア。腕そんなに痛ぇのか?」
「…あ、ゲルガーさん。おはようございます」
声をかけてきてくれたのは以前同じ班員だったゲルガーさんだった。調査兵団に入団して初めて所属した班の班長だった彼は、人見知りの私にも気さくに話しかけてくれるし、兵士としての実力もとても高く、(意外と)面倒見も良いとてもいい人だ。班が変わった今もとても可愛がってくれるし心配もしてくれる。今回だってえらく心配をかけてしまったみたいで、帰還した途端に医療班にいる自分のところにお見舞いに来てくれたし、事情を話せばものすごく怒ってくれた。
「いえ…腕は、大丈夫…なんですけど…」
「なんだよ、なんか悩みでもあんのか?お前はすぐに貯めこんじまうからなぁ。どうせまた大したことないことでウジウジ悩んでんだろ?ほら、言っちまえ」
「ひ、ひどい…!いや、その…えぇ、と」
あ。
と、そこで思い出した。ゲルガーさんは長く調査兵にいる。リヴァイ兵長とも確か仲良くしていた筈だ。もちろん派手な下着を見せつけてしまったなんてことは言えないけれど、相談に乗ってもらうにはいいかもしれない。
「こ、この間の壁外調査で、私、…その」
「あぁ、そうだよお前、ほんっと気をつけろよな。こないだも言ったが今回は奇跡の中の奇跡だぜ?たまたまリヴァイが近くを通ったから腕にひびだけで済んだんだ。」
「っ、は、はい、それで、その…」
「おお、なんだ」
「あ、あの、ええと。リ、ヴァイ…兵長に」
「リヴァイ?」
「は、はいっ!その時に、リヴァイ兵長がいつも着けている、あの……クラバットあるじゃないですか」
「あぁ、あのお洒落スカーフな」
お洒落スカーフ。リヴァイ兵長のクラバットをお洒落スカーフ呼ばわりだ。二人の仲のよさが伺える。
「あれと外套を、貸してくださった、ん、ですよ。」
「あぁ?リヴァイが?…はー、珍しいこともあんだな」
目を丸くして言うゲルガーさんに、冷や汗をかく。誤魔化すように色々ありましてと言えばふーん、とあまり興味なさそうに返された。
「それを洗濯したので、お返ししようと思うのですけど。何か他に…お礼、みたいなものも、渡したいのですが…」
「はあ?別にんなことしなくてもいいんじゃねえか?あいつはそんなもんしょっちゅうだろうし、別に気にしちゃいねえと思うが…」
「いや、でも、私が、あげたい、というか…。そ、その、あのー。ちょ、ちょっと私、気が、動転…していたというか。少し、いやかなり失礼な態度をとってしまった…ような、気がするので…」
「まあそりゃ気も動転するわな、テンパってんのが目に浮かぶわ。
…ま、お前がそうしたいならそうすりゃいいだろうけどよ。あいつ結構きつい性格だし、いらねえもんは受け取らねえ性質だぜ?
行くのはいいがきついこと言われてこないだよりテンパったりすんなよ」
「は、はい、それは…断られたら断られたでいい、です。何もしないのは、自分的に、許せない、ので」
「まあ、ならいいけどよ」
「それで、ゲルガーさん、リヴァイ兵長の…貰ったら喜びそうなもの、とか、何かあったら、教えてほしい、のです、が…」
「ああ、そういうことか」
「は、はい」
「んんー、あいつの好きなもん…か。あぁ!そうだ、これこれ、あいつはこれが好きだぜ!」
「…これ、お酒、ですか?」
「ああ!これにしとけ!」
「お酒で、いいんでしょうか…お礼って言ったら、何かこう…お花とか、お菓子とか」
「あいつは甘いもんは苦手だったと思うぜ。花…は、ねえだろ。似合わないにもほどがある。
まあ確かに普通はそういうんだろうが、それじゃ突っ返されるだけだと思うぜ?いくら気持ちって言ったって受け取ってもらえるもんの方がいいだろうよ」
「むう…そう、です、ね。じゃあこれにしてみます。」
「おう、そうしとけ。隣町の肉屋の隣に酒屋あるだろ、あそこに売ってるはずだ」
「あ、ありがとうございます!」
そうときまれば、ちょうど非番だし今日のうちに街に出てしまおうと部屋に戻って支度をする。墓参りもしたかったし、自分の買い物もしたかったし、丁度いい。リヴァイ兵長にあの時のお礼と謝罪をするという大切な日なので、気が引き締まるように黒の下着を身につける。それからいつものきっちりとした制服ではなく、柔らかなブラウスとカーディガンにロングスカートに袖を通し、髪を梳かして普段はしない化粧を軽く施した。今は昼前で街に着いたころには丁度お昼だろうから何か食べてから買い物に行こう。兵長は今日は仕事でどうせ夕方までは渡せないのだから、せっかくだからゆっくりしようと思いながら私は兵舎を出た。
簡単にお昼を食べ、先ほどゲルガーさんから聞いたリヴァイ兵長へ手渡すお酒と自分へのご褒美の下着を購入し、ウィンドウショッピングなんかもして兵舎に帰ったのは太陽が完全に沈み辺りが暗くなった頃だった。荷物を部屋に置き、買ったばかりのお酒と綺麗に洗濯したクラバットと外套を手にした。
兵長はとても忙しい方だから、きっとこの時間でも仕事をしていて執務室にいるはずだ。本当は仕事中に私用で尋ねるのは遠慮したいところだが、それ以上に、自室でお休みのところに尋ねる方が気が引ける。一応定時は終わっているのだし、できれば早めにお礼(と口止め)を言っておきたいので、やはり今行ってしまおうと思い、逸る心臓を抑えながら彼の執務室へと向かった。
ごくり、と息をのむ。
私の手には、買ったばかりの(ゲルガーさん曰く)彼の好物のお酒と、念入りに洗濯とアイロンがけをした先日彼に借りたクラバットと外套。そして、目の前には彼の執務室のドア。
心臓が壊れそうなほどにバクバクと暴れる。
「はあ、緊張する…」
ノックをしようと右手を掲げた体勢から、その手を下すことができない。待って。落ち着こう。目を瞑って、深呼吸。まずは、お礼を言う。それから、お酒と衣服を渡して(貰ってもらえなくても落ち込まないようにすること)、そして、そして、本当に言いたいのはここからだ。あの時見た“あれ”を忘れてください、と、どうか他の人に言わないでほしい、ということが言いたいのだ。もちろん兵長がそんなことを面白おかしく人にペラペラ話すような人ではないということは分かっている。それでも、地味な見た目をしている私があんな、普通ではない下着を身につけている、ということはどうしても人に知られたくないのだ。
「…い」
あぁ、だけど、やっぱりそんなことを言われたら兵長は気分が悪いかもしれない。わたしだって恋したばかりの相手にそんなことを言って嫌われたくなんてない。でも、それでも、私はあれをみんなに知られる訳にはいかないのだ。
「あぁ、帰りたい…でも、」
「おい!」
「っ!?!?!?」
うじうじといつまでも彼の執務室に入れずに俯いていると、目の前に目的の人物が立っていた。気付かないうちに執務室の部屋のドアを開けた彼が出てきたらしい。(目の前の扉が開いたのに気がつかないってどういうこと)
「てめえ、人の部屋の前でぶつぶつうるせえんだよ。何か用があるなら…………、お前…」
「ひゃっ!へ、へへへい…っす、すっすすすみ、ま…せ」
「何か用か」
「あ、ああああの、わ、わた、わたしっその」
予想外の彼の出現に私の頭は完全にパニックに陥り、今まで考えていたフレーズや流れがすべて吹き飛んでしまった。視線をうようよと泳がせながらどもりまくる私をじっと見ていた兵長は、ふと室内に目をやった。
「悪いが俺はすぐにこの書類をエルヴィンに届けなけりゃならねえ。そんなに時間はかからねえ筈だから用があるなら中で待ってろ」
「え、あ、は、はい」
そう言われてよく見てみれば彼の手には大量の書類があった。この時間までそんなに大量の書類を処理していたのか。兵士長という大層で立派な肩書の裏にある人知らぬ苦労に、頭が下がる思いだ。実力があるだけでなく、デスクワークもきちんとこなす彼の一面に、隠した筈の恋心が疼く。
「はっ!!い、いえっ!私がお持ちします!!」
「あぁ?…いらねえよ」
「いいえ!!ぜひ私に持たせてください!!!」
私の突然の大声での申し出に、リヴァイ兵長は少々困惑した面持ちで「助かる」と言い大量の書類のうちほんの一部を私に手渡した。もっと渡してくださいという私の懇願は無視されてすたすたと歩き出した兵長に私は黙って付いていくしかできなかった。
しばらく歩き到着した団長室の前で書類を彼に手渡して、室内に入っていく彼をドアの横で待った。10分程して出てきた兵長は、ドアをしっかりと閉めた後すぐに私の方にしっかりと向いた。
「悪かったな」
「い、いいえ!とんでもないです!!」
「…で、何の用だ」
突然の本題突入に体温が急上昇しじわり、と汗が再び吹き出てくる。言いたい、のは、言いたいんだけど…こ、こんな団長室の目の前の廊下で、お礼は言えても…本題は、とても切り出せない…
「あ、あの…こ、ここでは…ちょっと」
「………ついてこい」
「は、はい」
かすれかすれになりながらもどこか部屋に行きたいと申し出れば、リヴァイ兵長は数秒じっと私を見つめた後、踵を返してすたすたと歩き出した。歩みの速い彼の後を、置いて行かれないように小走りでついて行った。
それからすぐに付いた部屋は私たちの寝室とよく似た造りの部屋だった。ただし、私の部屋は2人部屋なのに対してこの部屋は1人部屋だ。それに、ものすごく清潔で整頓されている。空き部屋…にしては、一応荷物とかもあるし、一体何の部屋だろうか。
「あの、こ、ここは?」
「俺の自室だ」
「ええっ!?」
予想外の返答に思わず大きな声を上げればジロリと睨まれた。いや、だって、私はてっきりさっきの執務室に戻ると思っていたのに、自室って!そ、そういえば入れとも何も言われてないのに一緒になってついてきてしまった!
「す、す、すみませんっ!私、ノコノコと着いてきてしまって!」
「いい。で、用件は?」
あわあわとうろたえる私を華麗に無視し、リヴァイ兵長はまたしてもズバリと本題に突入させる。上司である彼がわざわざ気を使って場所を変えてくれたのだ。今度こそちゃんと言わなければ。
「り、リヴァイ兵長。この間の壁外調査では助けていただいて、本当にありがとうございました」
「別に構わん。よくあることだ」
「兵長にとっては日常茶飯事でも私にとっては…っ、」
あれからもう数日経ったというのに、思い返して身体が震えだし、言葉を詰まらせてしまった。確かにリヴァイ兵長にとってはよくあることなんだろうけど、それがなかったら今、私はここにいることはできなかったんだ。
「ご、ごめんなさいっ…!えっと、あの、こ、これ、お借りしていたクラバットと外套…洗濯したのでお返しします。それからこれ…本当に気持ちなんですが、御礼の品をお持ちしたんです」
「は?そんなもんいらねぇよ」
眉間の皺を深くして一蹴するリヴァイ兵長の言葉についそうですよねーと手を引っ込めてしまいたくなるが、どうにかしてそれを堪えた。
「あ、あああ、あのっ、ゲルガーさんに相談したんです!それで兵長はこちらのお酒が好きだとお聞きしたので、御礼の品にはあまりふさわしくないのかもしれないんですが…もしよかったら受けとってください」
矢継ぎ早に言い、思い切って手に待っていたお酒の入った袋をズズイ、とリヴァイに近付けた。勢いがよすぎて、リヴァイ兵長の鼻先のすぐそばまで伸びたその中身を彼はチラリと覗き見た。
「ゲルガーに?…あぁ、これなら受け取ろう。悪いな」
「いえ!私がやりたくてやっていることですので!本当に、本当に、ありがとうございました」
「そんなに言われるほどのことじゃねえ。で、以上か?」
「…っ、えっと、そ、その…まだ…あのー、」
もごもごと口籠もり、目線をうろうろさせる私を見て、呆れたような表情で息を吐いた兵長が言った。
「…おい、酌をしろ」
「え?」
「呑みたくなった」
「へ、あ、え…?」
「さっさとしろ」
「は、はい」
兵長はどこかからグラスを2つ持ってきてソファの前のテーブルにドンと置き、私の座るソファの横にドカリと腰を落とした。言われるがままに、私は先ほど彼に渡したばかりの酒を開けてグラスに注いだ。
どうぞと言い渡すと、今度は兵長がもう一つのグラスにそれを注ぎ、私の前にズイッと差し出した
「お前も飲め」
「えっ、で、でも、私」
「なんだ」
ジロリという兵長の視線。口にはしていないが俺の注いだ酒が飲めないっていうのかという言葉が聞こえてきそうだ。命の恩人の注いだお酒だ。ここでことわる選択肢は私にはない。
「い、いただいます」
「あぁ」
恐る恐る、口に含むと強いアルコールを感じて思わずむせてしまった。
「ゴホゴホッ」
「なんだ、下戸か?」
「す、すみませんっ、普段お酒は呑まないので」
「珍しいな」
いつ自分や大切な人の命を落とすか分からない、そんな調査兵の多くはお酒を好んで飲む者が多かった。給金の多くをお酒に使うという人も少なくない。だが、オリヴィアはお酒ではないものにお金をかけていたので、お酒を飲むことはほとんどなかった。たまに飲んでもあまり美味しいとは思えなかったので量もあまり飲んだことがない。
ゴホゴホと何度も咳込む私を横目に、兵長は戸棚から別のお酒を取り出して私のグラスは注いだ。
「これはどうだ」
「は、はい」
新たに注がれたグラスを傾けて口にすると、サッパリとして口当たりの良いものだった。それはオリヴィアが今まで飲んだどのお酒よりも美味しかった。
「っ!美味しいです!」
「そうか」
「それにすっごく呑みやすくて、いくらでも飲めちゃいそうです!!」
「そりゃよかった。もっと飲め」
「はいっ!」
初めて飲む美味しいお酒に舞い上がり何杯も飲み、気付けば視界も頭もフワフワとしていた。こ、これが酔うという感覚なのだろうか。す、すごい。
「で、なんなんだ」
「ふぁい?」
「なんか言いたいことがあるんだろう」
リヴァイ兵長が改めて問いかけてきた。あぁそうか、これも私が話しやすいように気を遣ってくれたのだろう。
兵長の心遣いとお酒の力を借りて、勇気を出して今度こそ口を開いた。
「あ、の時…見えてました…よね」
「…“なに”が?」
何がって、それは私の下着なのだけど、やっぱりはっきりと言うのはすごく恥ずかしい。
「…その、わ、私の、えっと…」
「お前の乳首なら、ばっちり見えたが」
「ちっ!?!?ちがっ!えぇ!?!?う、うそっ!!」
やはり口籠る私に痺れを切らした兵長が、またしてもズバリと言い切る。だが、それは私が思っていたよりもずっと恥ずかしいものだった。
下着を見られたとしか思っていなかったが、まさかその下の自分の身体まで見られていただなんて!!
「あ?なんだ、あんな下着じゃあ見えるにきまっているだろう」
「そ、そ、そんな、でもっ、そんなっうそうそっ…わ、忘れてくださいっ!お願いしますっ!!」
お酒を飲んで赤くなっていた顔が更に熱くなる。恥ずかしすぎるその事実に両手で顔を覆い隠した。穴があったら入りたいとはこのことだ。
「簡単に忘れられるようなものではなかったが」
「っごめんなさいっごめんなさいっ!お目汚ししてしまいましたっ!!ほんっとうにもうしわけございませんっ!!」
あまりに動揺する私に再び呆れるように息を吐いた兵長。安心させるような言葉を紡いだが、それはさらに私の心を揺さぶるものだった。
「まぁ安心しろ、別にお前の性癖を誰かにペラペラ喋る気はない」
「せ、せ、せいへきっ!?」
「そうだろ?」
「ち、ちがっ、ちがいますっ!!あれはっ」
「あれは?」
顔を覆っていた手を外して兵長に否定の言葉を紡ぐ。しかし机の向かい側の椅子に座っていた兵長が、何故か自分と同じソファの隣に腰掛けていた。いつのまに。
「せ、性癖、とかじゃなくて、綺麗な下着を、つけると、こう、自信がわくというか、普段よりも気持ちがシャキッとするというか…」
「…似たようなもんだろ」
「ち、ちがいますよっ」
「つまりお前は、その見た目からは想像もつかねえようなあのエロい下着をつけていると、気が高ぶって興奮するような変態だっていうことだろ?」
「へ、へへへ、変態っ!?!?!?」
「そうだろ?」
「ち、ちがっ、わ、わたしはっ!きゃっ!?」
トン、と肩を押されて大勢が崩れてソファに背中を預けた。
「っ!?!?へ、へいちょ、え?あ、あの…な、なにを?」
「あんなエッロい下着と乳を見せつけやがって…あの場で襲わなかっただけ感謝してもらおうか」
「え、あ、え?リ、ヴァイ、へ…んぅっ!?!?」
ギラリと鋭く輝くリヴァイ兵長の瞳に捉えられたかと思えば、それは目の前に近付いた。そして気が付いた時には唇を塞がれていた。
キスなんて、昔罰ゲームで友人とした以来だし、そもそも男の人とするのなんて初めてだ。あまりの驚きに身動きできずにいると、ヌルリと生暖かく柔らかいものが口内に侵入してきた。
「っ!?!?!?」
ソレが私の舌を絡め歯列をなぞり口内を蹂躙する。普通に考えたら不快でしかないというのに、頭がフワフワして何故だかどんどんと身体の力が抜けていく。
「変態の割に、キスが下手くそだな」
「は、はぁっ、ふっ」
唇を離した途端そんな悪態をつく兵長を、荒い息をしながらじっと見ることしかできない。溜まっていた涙がポロリとこぼれ、それを兵長の親指が拭った。
「なあ、オリヴィア」
「ふ…は、い」
「脱げ。今日はどんな下着を付けてるか、見せてみろ」
「や、そんな…こと……で、できませんっ」
「…なるほど、脱がされる方が好みか?」
スラリと、兵長の冷たい手が首筋と鎖骨を通りブラウスのボタンを外しだした。
「や、だめですっ、へいちょっ」
その手首を掴んで静止しようとするが、どうにも力が入らない。全く抵抗らしい抵抗もできないままあっという間にブラウスのボタンが全て外され、黒い繊細なレースの下着が露わになった。普段は隠された白い肌に兵長の手が這う。
「やっぱり……こんな下着を付けて男の部屋に入るんだ、そういうことだろ?」
「ちがっ、ちがいますっ、わたしっ」
力の入らない抵抗など全く素知らぬ顔で兵長の手が蠢き続ける。
一体全体どうしてこんなことになってしまったのか。これは本当に現実なのか夢なのか、もはやオリヴィアには判断がつかない。フワフワと意識が揺らめく中、兵長の指が胸の頂をピンと跳ねた。
「きゃっ!」
突然のその刺激は、まるで電気でも流れたかのようにビリビリと全身に響いた。
「えっ、えっ、なにっ…ひゃっ!」
自分の身に何が起こったのか分からないオリヴィアの視界に、自分の胸を手のひらに納める兵長の姿が映る。その手が動くたびに身体に電気が走り腰のあたりからゾクゾクと震えてしまう。何、この感覚は。こんなの知らない、知らない。もうずっと、視界も頭もフワフワして耐えられそうにない。
「へいちょっ、ぁっ、な、なにをっ…」
「なにをじゃねぇよ、分かるだろ」
「ゃ、わ、わからなっ…ぁんっ」
再度頂に触れると、艶やかな声をあげたオリヴィア。それと同時にずっと強張って力の入っていた彼女の身体からフッと力が抜けるのを感じとり、リヴァイは口角をあげた。
「ようやく観念したのか。ほら、変態らしく強請ってみろよ」
「………」
「………早くしろ」
「………」
「?………おい、オリヴィア?」
突然何の抵抗も声も上げなくなったオリヴィアを不思議に思ったリヴァイが顔を上げると、そこには顔を真っ赤にして気を失っている彼女の姿が目に入った。
「………っ!!!」
リヴァイは思わず目をカッと見開き驚いた。まさかそんな、今からが本番だというのに。しかし声をかけても頬を軽く叩いても全く起きる様子のない彼女に、今日一番の大きくて長いため息をついた。
翌朝兵長の自室のベッドの中で目覚めたオリヴィアは、いつもの3倍ほど濃いクマの兵長を見て状況を把握し顔を真っ青に染めた。
「お前、二度とこの部屋に入るな」
「っ、す、すみませ…」
「じゃねえと次は泣きわめこうが気絶しようが絶対に犯すからな」
「………は、」
修羅のような顔をした兵長に額を擦り付ける勢いで謝罪して、オリヴィアは兵長の部屋を飛び出したのだった。
渡してくれた友人は“折角人より大きいもの持ってるんだから勿体ない。立体起動のテストの時にでも付けてみな、きっと気合い入るから!”と言って渡してくれた。
正直貰った時は軽く引いてしまったが、せっかく貰ったものを使わないのも失礼な話だし。ちょうどそれを貰った翌日に立体起動の試験があったし。と、面白半分で言われた通りにそれをつけてみたのだ。
その時の心情は、昨日の事のように思い出せる。心の奥から込み上がってくる高揚感と自信。常に自分に自信がなく、引っ込み思案だった私にとっては、今までに感じたことの無いものだった。普段よりも大胆で大きな動き。普段は他の人に譲ってしまうような場面での積極的な行動。自分にこんな動きができるのかと感動した、同時に今まで自分の力が及ばないだけだと思っていたが、それは肉体的なものではなく精神的なものが原因だったのだと気がついた。
美しい下着を身につける。たったそれだけのことで、私の心には大きな余裕が生まれた。そしてそれは私にとって大きな転機となった。成績は伸びないし引っ込み思案な性格で人と話すことも苦手だった私は友人と呼べる人の数も少なかった。下着を変えたからと言って性格が激変したという訳ではない。それでも自分に自信を持てたおかげで人と話すこともあまり苦ではなくなったし、そこそこの成績を残せるようになった私に話しかけてくる人も増えた。
そして訓練兵を卒業し調査兵になってからは、何かしらあるたびに美しい下着を身に着けて行くことが私の習慣になっている。特に壁外調査の時に身につけるのは、赤の下着だ。様々な色の中でも、赤は特に闘志を燃やしてくれる。他にも大切な会議の時は気の引き締まる黒だとか、女子会の時は女性らしいピンクだとか、月の初めは白だとか。自分の中で用途ごとに使い分けていたりする。普段は地味なものを身につけているが(でないと訓練で直ぐに傷んでしまって勿体ない)箪笥の中には色とりどりの美しくセクシーな下着で埋め尽くされている。私の微かなお給金はそのほとんどが綺麗な下着へと姿を変えてしまうのだ。
美しい下着をつけると自分に自信がつく。それは誰にも言えない、秘密のジンクスだった。
「はあああ・・・」
あの壁外調査から奇跡的に生還してから3日が経った。
帰還後、負傷した腕を医療班に見てもらえばやはり骨折まではいかないもののひびが入っていたようで、全治一カ月と診断された。幸い利き腕ではなかったので書類等はそこまで支障なく処理できるが、まともな訓練はできない。今日は非番を貰っているが、明日からは書類と睨めっこの日々が暫く続くのだと思うと気が滅入る。
しかし本当に気が滅入るのは、別の理由が大きかった。
それは・・・そう、言わずもがな、リヴァイ兵長のことだ。壁内に帰還してから今まではなにかとバタバタするもので、リヴァイ兵長ともあればきっととても忙しいはずだと思いある程度落ち着いてからお礼に伺おうと思っていたのだ。そして今日はそれにちょうどいいタイミングに思えたのだけど・・・いざそのときになってみれば、どうにも気落ちしてしまう。
私自身も治療だったり死者への弔いであったりで忙しく考える余裕もあまり無かったがようやく落ち着いてきた現在、改めて“あの事”を思い出すと、顔から火が出るほどに恥ずかしい思いだ。
あの日…私はリヴァイ兵長に命を救われ、心を奪われた。そして同時に失恋した。
巨人と相対した時に自分のシャツの胸の辺りが破けていたことに全く気付かず、胸元を思いっきり曝け出し続けていた。
先述の通り、今回の壁外調査も例にもれず真っ赤な下着(レース素材の思いきり透けているデザインで、私の持っている下着の中でもとびきりセクシーなものだった…)を新調し嬉しそうに身に着けていた。当然、倒れている私の身体を起こし更には正面から応急手当てをしていてくれていた彼にはずっと丸見えだったわけだ。
(今思えば、何かと彼の視線が胸元に向いていたような気もするが)(いや、いやいやいや。違う、彼は怪我がないかの心配という意味で見ていただけだ)(だって、“あの”リヴァイ兵長だもの)(じゃあ、私の腰や胸の下を撫でるようにしていたのは一体何?)(あれは、そう。私の固まった身体をほぐすために仕方なく、でしょ)(別に私の身体に触りたかったとかそんなことは絶対ない)(でも最後に胸触られた・・・)(いや、あれは・・・違う。違う・・・はず)
きっと気を使ってくれていたのだろう。彼は最後の最後までそれを指摘することなく、しかし他の人の目に着く前にきちんと伝えてくれた。見ていて楽しいようなものでもないし、言いづらかっただろう。それなのに私ときたら彼の思いなんて考えもせずに恥ずかしさが勝ってしまい、逃げるように彼の元を離れてしまった。いくら恥ずかしかったといっても、命を救ってもらい迷惑もかけたというのにあんな失礼な態度をとってしまったことに、私はひどく後悔していた。
「…どうしよう………」
再び大きなため息をひとつ零し、食堂の机にぐったりと項垂れた。今は他の兵士たちは訓練や業務にあたっている筈なので食堂も人はまばらだ。なのでそんな行為をしても誰も気にも留めないかと思ったのだが、予想外に声をかけられた。
「おーい、どうしたオリヴィア。腕そんなに痛ぇのか?」
「…あ、ゲルガーさん。おはようございます」
声をかけてきてくれたのは以前同じ班員だったゲルガーさんだった。調査兵団に入団して初めて所属した班の班長だった彼は、人見知りの私にも気さくに話しかけてくれるし、兵士としての実力もとても高く、(意外と)面倒見も良いとてもいい人だ。班が変わった今もとても可愛がってくれるし心配もしてくれる。今回だってえらく心配をかけてしまったみたいで、帰還した途端に医療班にいる自分のところにお見舞いに来てくれたし、事情を話せばものすごく怒ってくれた。
「いえ…腕は、大丈夫…なんですけど…」
「なんだよ、なんか悩みでもあんのか?お前はすぐに貯めこんじまうからなぁ。どうせまた大したことないことでウジウジ悩んでんだろ?ほら、言っちまえ」
「ひ、ひどい…!いや、その…えぇ、と」
あ。
と、そこで思い出した。ゲルガーさんは長く調査兵にいる。リヴァイ兵長とも確か仲良くしていた筈だ。もちろん派手な下着を見せつけてしまったなんてことは言えないけれど、相談に乗ってもらうにはいいかもしれない。
「こ、この間の壁外調査で、私、…その」
「あぁ、そうだよお前、ほんっと気をつけろよな。こないだも言ったが今回は奇跡の中の奇跡だぜ?たまたまリヴァイが近くを通ったから腕にひびだけで済んだんだ。」
「っ、は、はい、それで、その…」
「おお、なんだ」
「あ、あの、ええと。リ、ヴァイ…兵長に」
「リヴァイ?」
「は、はいっ!その時に、リヴァイ兵長がいつも着けている、あの……クラバットあるじゃないですか」
「あぁ、あのお洒落スカーフな」
お洒落スカーフ。リヴァイ兵長のクラバットをお洒落スカーフ呼ばわりだ。二人の仲のよさが伺える。
「あれと外套を、貸してくださった、ん、ですよ。」
「あぁ?リヴァイが?…はー、珍しいこともあんだな」
目を丸くして言うゲルガーさんに、冷や汗をかく。誤魔化すように色々ありましてと言えばふーん、とあまり興味なさそうに返された。
「それを洗濯したので、お返ししようと思うのですけど。何か他に…お礼、みたいなものも、渡したいのですが…」
「はあ?別にんなことしなくてもいいんじゃねえか?あいつはそんなもんしょっちゅうだろうし、別に気にしちゃいねえと思うが…」
「いや、でも、私が、あげたい、というか…。そ、その、あのー。ちょ、ちょっと私、気が、動転…していたというか。少し、いやかなり失礼な態度をとってしまった…ような、気がするので…」
「まあそりゃ気も動転するわな、テンパってんのが目に浮かぶわ。
…ま、お前がそうしたいならそうすりゃいいだろうけどよ。あいつ結構きつい性格だし、いらねえもんは受け取らねえ性質だぜ?
行くのはいいがきついこと言われてこないだよりテンパったりすんなよ」
「は、はい、それは…断られたら断られたでいい、です。何もしないのは、自分的に、許せない、ので」
「まあ、ならいいけどよ」
「それで、ゲルガーさん、リヴァイ兵長の…貰ったら喜びそうなもの、とか、何かあったら、教えてほしい、のです、が…」
「ああ、そういうことか」
「は、はい」
「んんー、あいつの好きなもん…か。あぁ!そうだ、これこれ、あいつはこれが好きだぜ!」
「…これ、お酒、ですか?」
「ああ!これにしとけ!」
「お酒で、いいんでしょうか…お礼って言ったら、何かこう…お花とか、お菓子とか」
「あいつは甘いもんは苦手だったと思うぜ。花…は、ねえだろ。似合わないにもほどがある。
まあ確かに普通はそういうんだろうが、それじゃ突っ返されるだけだと思うぜ?いくら気持ちって言ったって受け取ってもらえるもんの方がいいだろうよ」
「むう…そう、です、ね。じゃあこれにしてみます。」
「おう、そうしとけ。隣町の肉屋の隣に酒屋あるだろ、あそこに売ってるはずだ」
「あ、ありがとうございます!」
そうときまれば、ちょうど非番だし今日のうちに街に出てしまおうと部屋に戻って支度をする。墓参りもしたかったし、自分の買い物もしたかったし、丁度いい。リヴァイ兵長にあの時のお礼と謝罪をするという大切な日なので、気が引き締まるように黒の下着を身につける。それからいつものきっちりとした制服ではなく、柔らかなブラウスとカーディガンにロングスカートに袖を通し、髪を梳かして普段はしない化粧を軽く施した。今は昼前で街に着いたころには丁度お昼だろうから何か食べてから買い物に行こう。兵長は今日は仕事でどうせ夕方までは渡せないのだから、せっかくだからゆっくりしようと思いながら私は兵舎を出た。
簡単にお昼を食べ、先ほどゲルガーさんから聞いたリヴァイ兵長へ手渡すお酒と自分へのご褒美の下着を購入し、ウィンドウショッピングなんかもして兵舎に帰ったのは太陽が完全に沈み辺りが暗くなった頃だった。荷物を部屋に置き、買ったばかりのお酒と綺麗に洗濯したクラバットと外套を手にした。
兵長はとても忙しい方だから、きっとこの時間でも仕事をしていて執務室にいるはずだ。本当は仕事中に私用で尋ねるのは遠慮したいところだが、それ以上に、自室でお休みのところに尋ねる方が気が引ける。一応定時は終わっているのだし、できれば早めにお礼(と口止め)を言っておきたいので、やはり今行ってしまおうと思い、逸る心臓を抑えながら彼の執務室へと向かった。
ごくり、と息をのむ。
私の手には、買ったばかりの(ゲルガーさん曰く)彼の好物のお酒と、念入りに洗濯とアイロンがけをした先日彼に借りたクラバットと外套。そして、目の前には彼の執務室のドア。
心臓が壊れそうなほどにバクバクと暴れる。
「はあ、緊張する…」
ノックをしようと右手を掲げた体勢から、その手を下すことができない。待って。落ち着こう。目を瞑って、深呼吸。まずは、お礼を言う。それから、お酒と衣服を渡して(貰ってもらえなくても落ち込まないようにすること)、そして、そして、本当に言いたいのはここからだ。あの時見た“あれ”を忘れてください、と、どうか他の人に言わないでほしい、ということが言いたいのだ。もちろん兵長がそんなことを面白おかしく人にペラペラ話すような人ではないということは分かっている。それでも、地味な見た目をしている私があんな、普通ではない下着を身につけている、ということはどうしても人に知られたくないのだ。
「…い」
あぁ、だけど、やっぱりそんなことを言われたら兵長は気分が悪いかもしれない。わたしだって恋したばかりの相手にそんなことを言って嫌われたくなんてない。でも、それでも、私はあれをみんなに知られる訳にはいかないのだ。
「あぁ、帰りたい…でも、」
「おい!」
「っ!?!?!?」
うじうじといつまでも彼の執務室に入れずに俯いていると、目の前に目的の人物が立っていた。気付かないうちに執務室の部屋のドアを開けた彼が出てきたらしい。(目の前の扉が開いたのに気がつかないってどういうこと)
「てめえ、人の部屋の前でぶつぶつうるせえんだよ。何か用があるなら…………、お前…」
「ひゃっ!へ、へへへい…っす、すっすすすみ、ま…せ」
「何か用か」
「あ、ああああの、わ、わた、わたしっその」
予想外の彼の出現に私の頭は完全にパニックに陥り、今まで考えていたフレーズや流れがすべて吹き飛んでしまった。視線をうようよと泳がせながらどもりまくる私をじっと見ていた兵長は、ふと室内に目をやった。
「悪いが俺はすぐにこの書類をエルヴィンに届けなけりゃならねえ。そんなに時間はかからねえ筈だから用があるなら中で待ってろ」
「え、あ、は、はい」
そう言われてよく見てみれば彼の手には大量の書類があった。この時間までそんなに大量の書類を処理していたのか。兵士長という大層で立派な肩書の裏にある人知らぬ苦労に、頭が下がる思いだ。実力があるだけでなく、デスクワークもきちんとこなす彼の一面に、隠した筈の恋心が疼く。
「はっ!!い、いえっ!私がお持ちします!!」
「あぁ?…いらねえよ」
「いいえ!!ぜひ私に持たせてください!!!」
私の突然の大声での申し出に、リヴァイ兵長は少々困惑した面持ちで「助かる」と言い大量の書類のうちほんの一部を私に手渡した。もっと渡してくださいという私の懇願は無視されてすたすたと歩き出した兵長に私は黙って付いていくしかできなかった。
しばらく歩き到着した団長室の前で書類を彼に手渡して、室内に入っていく彼をドアの横で待った。10分程して出てきた兵長は、ドアをしっかりと閉めた後すぐに私の方にしっかりと向いた。
「悪かったな」
「い、いいえ!とんでもないです!!」
「…で、何の用だ」
突然の本題突入に体温が急上昇しじわり、と汗が再び吹き出てくる。言いたい、のは、言いたいんだけど…こ、こんな団長室の目の前の廊下で、お礼は言えても…本題は、とても切り出せない…
「あ、あの…こ、ここでは…ちょっと」
「………ついてこい」
「は、はい」
かすれかすれになりながらもどこか部屋に行きたいと申し出れば、リヴァイ兵長は数秒じっと私を見つめた後、踵を返してすたすたと歩き出した。歩みの速い彼の後を、置いて行かれないように小走りでついて行った。
それからすぐに付いた部屋は私たちの寝室とよく似た造りの部屋だった。ただし、私の部屋は2人部屋なのに対してこの部屋は1人部屋だ。それに、ものすごく清潔で整頓されている。空き部屋…にしては、一応荷物とかもあるし、一体何の部屋だろうか。
「あの、こ、ここは?」
「俺の自室だ」
「ええっ!?」
予想外の返答に思わず大きな声を上げればジロリと睨まれた。いや、だって、私はてっきりさっきの執務室に戻ると思っていたのに、自室って!そ、そういえば入れとも何も言われてないのに一緒になってついてきてしまった!
「す、す、すみませんっ!私、ノコノコと着いてきてしまって!」
「いい。で、用件は?」
あわあわとうろたえる私を華麗に無視し、リヴァイ兵長はまたしてもズバリと本題に突入させる。上司である彼がわざわざ気を使って場所を変えてくれたのだ。今度こそちゃんと言わなければ。
「り、リヴァイ兵長。この間の壁外調査では助けていただいて、本当にありがとうございました」
「別に構わん。よくあることだ」
「兵長にとっては日常茶飯事でも私にとっては…っ、」
あれからもう数日経ったというのに、思い返して身体が震えだし、言葉を詰まらせてしまった。確かにリヴァイ兵長にとってはよくあることなんだろうけど、それがなかったら今、私はここにいることはできなかったんだ。
「ご、ごめんなさいっ…!えっと、あの、こ、これ、お借りしていたクラバットと外套…洗濯したのでお返しします。それからこれ…本当に気持ちなんですが、御礼の品をお持ちしたんです」
「は?そんなもんいらねぇよ」
眉間の皺を深くして一蹴するリヴァイ兵長の言葉についそうですよねーと手を引っ込めてしまいたくなるが、どうにかしてそれを堪えた。
「あ、あああ、あのっ、ゲルガーさんに相談したんです!それで兵長はこちらのお酒が好きだとお聞きしたので、御礼の品にはあまりふさわしくないのかもしれないんですが…もしよかったら受けとってください」
矢継ぎ早に言い、思い切って手に待っていたお酒の入った袋をズズイ、とリヴァイに近付けた。勢いがよすぎて、リヴァイ兵長の鼻先のすぐそばまで伸びたその中身を彼はチラリと覗き見た。
「ゲルガーに?…あぁ、これなら受け取ろう。悪いな」
「いえ!私がやりたくてやっていることですので!本当に、本当に、ありがとうございました」
「そんなに言われるほどのことじゃねえ。で、以上か?」
「…っ、えっと、そ、その…まだ…あのー、」
もごもごと口籠もり、目線をうろうろさせる私を見て、呆れたような表情で息を吐いた兵長が言った。
「…おい、酌をしろ」
「え?」
「呑みたくなった」
「へ、あ、え…?」
「さっさとしろ」
「は、はい」
兵長はどこかからグラスを2つ持ってきてソファの前のテーブルにドンと置き、私の座るソファの横にドカリと腰を落とした。言われるがままに、私は先ほど彼に渡したばかりの酒を開けてグラスに注いだ。
どうぞと言い渡すと、今度は兵長がもう一つのグラスにそれを注ぎ、私の前にズイッと差し出した
「お前も飲め」
「えっ、で、でも、私」
「なんだ」
ジロリという兵長の視線。口にはしていないが俺の注いだ酒が飲めないっていうのかという言葉が聞こえてきそうだ。命の恩人の注いだお酒だ。ここでことわる選択肢は私にはない。
「い、いただいます」
「あぁ」
恐る恐る、口に含むと強いアルコールを感じて思わずむせてしまった。
「ゴホゴホッ」
「なんだ、下戸か?」
「す、すみませんっ、普段お酒は呑まないので」
「珍しいな」
いつ自分や大切な人の命を落とすか分からない、そんな調査兵の多くはお酒を好んで飲む者が多かった。給金の多くをお酒に使うという人も少なくない。だが、オリヴィアはお酒ではないものにお金をかけていたので、お酒を飲むことはほとんどなかった。たまに飲んでもあまり美味しいとは思えなかったので量もあまり飲んだことがない。
ゴホゴホと何度も咳込む私を横目に、兵長は戸棚から別のお酒を取り出して私のグラスは注いだ。
「これはどうだ」
「は、はい」
新たに注がれたグラスを傾けて口にすると、サッパリとして口当たりの良いものだった。それはオリヴィアが今まで飲んだどのお酒よりも美味しかった。
「っ!美味しいです!」
「そうか」
「それにすっごく呑みやすくて、いくらでも飲めちゃいそうです!!」
「そりゃよかった。もっと飲め」
「はいっ!」
初めて飲む美味しいお酒に舞い上がり何杯も飲み、気付けば視界も頭もフワフワとしていた。こ、これが酔うという感覚なのだろうか。す、すごい。
「で、なんなんだ」
「ふぁい?」
「なんか言いたいことがあるんだろう」
リヴァイ兵長が改めて問いかけてきた。あぁそうか、これも私が話しやすいように気を遣ってくれたのだろう。
兵長の心遣いとお酒の力を借りて、勇気を出して今度こそ口を開いた。
「あ、の時…見えてました…よね」
「…“なに”が?」
何がって、それは私の下着なのだけど、やっぱりはっきりと言うのはすごく恥ずかしい。
「…その、わ、私の、えっと…」
「お前の乳首なら、ばっちり見えたが」
「ちっ!?!?ちがっ!えぇ!?!?う、うそっ!!」
やはり口籠る私に痺れを切らした兵長が、またしてもズバリと言い切る。だが、それは私が思っていたよりもずっと恥ずかしいものだった。
下着を見られたとしか思っていなかったが、まさかその下の自分の身体まで見られていただなんて!!
「あ?なんだ、あんな下着じゃあ見えるにきまっているだろう」
「そ、そ、そんな、でもっ、そんなっうそうそっ…わ、忘れてくださいっ!お願いしますっ!!」
お酒を飲んで赤くなっていた顔が更に熱くなる。恥ずかしすぎるその事実に両手で顔を覆い隠した。穴があったら入りたいとはこのことだ。
「簡単に忘れられるようなものではなかったが」
「っごめんなさいっごめんなさいっ!お目汚ししてしまいましたっ!!ほんっとうにもうしわけございませんっ!!」
あまりに動揺する私に再び呆れるように息を吐いた兵長。安心させるような言葉を紡いだが、それはさらに私の心を揺さぶるものだった。
「まぁ安心しろ、別にお前の性癖を誰かにペラペラ喋る気はない」
「せ、せ、せいへきっ!?」
「そうだろ?」
「ち、ちがっ、ちがいますっ!!あれはっ」
「あれは?」
顔を覆っていた手を外して兵長に否定の言葉を紡ぐ。しかし机の向かい側の椅子に座っていた兵長が、何故か自分と同じソファの隣に腰掛けていた。いつのまに。
「せ、性癖、とかじゃなくて、綺麗な下着を、つけると、こう、自信がわくというか、普段よりも気持ちがシャキッとするというか…」
「…似たようなもんだろ」
「ち、ちがいますよっ」
「つまりお前は、その見た目からは想像もつかねえようなあのエロい下着をつけていると、気が高ぶって興奮するような変態だっていうことだろ?」
「へ、へへへ、変態っ!?!?!?」
「そうだろ?」
「ち、ちがっ、わ、わたしはっ!きゃっ!?」
トン、と肩を押されて大勢が崩れてソファに背中を預けた。
「っ!?!?へ、へいちょ、え?あ、あの…な、なにを?」
「あんなエッロい下着と乳を見せつけやがって…あの場で襲わなかっただけ感謝してもらおうか」
「え、あ、え?リ、ヴァイ、へ…んぅっ!?!?」
ギラリと鋭く輝くリヴァイ兵長の瞳に捉えられたかと思えば、それは目の前に近付いた。そして気が付いた時には唇を塞がれていた。
キスなんて、昔罰ゲームで友人とした以来だし、そもそも男の人とするのなんて初めてだ。あまりの驚きに身動きできずにいると、ヌルリと生暖かく柔らかいものが口内に侵入してきた。
「っ!?!?!?」
ソレが私の舌を絡め歯列をなぞり口内を蹂躙する。普通に考えたら不快でしかないというのに、頭がフワフワして何故だかどんどんと身体の力が抜けていく。
「変態の割に、キスが下手くそだな」
「は、はぁっ、ふっ」
唇を離した途端そんな悪態をつく兵長を、荒い息をしながらじっと見ることしかできない。溜まっていた涙がポロリとこぼれ、それを兵長の親指が拭った。
「なあ、オリヴィア」
「ふ…は、い」
「脱げ。今日はどんな下着を付けてるか、見せてみろ」
「や、そんな…こと……で、できませんっ」
「…なるほど、脱がされる方が好みか?」
スラリと、兵長の冷たい手が首筋と鎖骨を通りブラウスのボタンを外しだした。
「や、だめですっ、へいちょっ」
その手首を掴んで静止しようとするが、どうにも力が入らない。全く抵抗らしい抵抗もできないままあっという間にブラウスのボタンが全て外され、黒い繊細なレースの下着が露わになった。普段は隠された白い肌に兵長の手が這う。
「やっぱり……こんな下着を付けて男の部屋に入るんだ、そういうことだろ?」
「ちがっ、ちがいますっ、わたしっ」
力の入らない抵抗など全く素知らぬ顔で兵長の手が蠢き続ける。
一体全体どうしてこんなことになってしまったのか。これは本当に現実なのか夢なのか、もはやオリヴィアには判断がつかない。フワフワと意識が揺らめく中、兵長の指が胸の頂をピンと跳ねた。
「きゃっ!」
突然のその刺激は、まるで電気でも流れたかのようにビリビリと全身に響いた。
「えっ、えっ、なにっ…ひゃっ!」
自分の身に何が起こったのか分からないオリヴィアの視界に、自分の胸を手のひらに納める兵長の姿が映る。その手が動くたびに身体に電気が走り腰のあたりからゾクゾクと震えてしまう。何、この感覚は。こんなの知らない、知らない。もうずっと、視界も頭もフワフワして耐えられそうにない。
「へいちょっ、ぁっ、な、なにをっ…」
「なにをじゃねぇよ、分かるだろ」
「ゃ、わ、わからなっ…ぁんっ」
再度頂に触れると、艶やかな声をあげたオリヴィア。それと同時にずっと強張って力の入っていた彼女の身体からフッと力が抜けるのを感じとり、リヴァイは口角をあげた。
「ようやく観念したのか。ほら、変態らしく強請ってみろよ」
「………」
「………早くしろ」
「………」
「?………おい、オリヴィア?」
突然何の抵抗も声も上げなくなったオリヴィアを不思議に思ったリヴァイが顔を上げると、そこには顔を真っ赤にして気を失っている彼女の姿が目に入った。
「………っ!!!」
リヴァイは思わず目をカッと見開き驚いた。まさかそんな、今からが本番だというのに。しかし声をかけても頬を軽く叩いても全く起きる様子のない彼女に、今日一番の大きくて長いため息をついた。
翌朝兵長の自室のベッドの中で目覚めたオリヴィアは、いつもの3倍ほど濃いクマの兵長を見て状況を把握し顔を真っ青に染めた。
「お前、二度とこの部屋に入るな」
「っ、す、すみませ…」
「じゃねえと次は泣きわめこうが気絶しようが絶対に犯すからな」
「………は、」
修羅のような顔をした兵長に額を擦り付ける勢いで謝罪して、オリヴィアは兵長の部屋を飛び出したのだった。
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