aot短編
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調査兵団には鬼のように強く、恐ろしい、人類最強の兵士リヴァイ兵士長がいる。
巷では尊敬のまなざしを一身に受けるリヴァイだが、現実の彼はチビで、無愛想で、目つきが悪くて、病的なほどの潔癖症で、足癖が悪く女にも平気で蹴りかかるような、完璧とは言い難い人間だ。
そんな彼に、私はなぜか、惚れてしまっている。
「お疲れー!書類もってきたよー!」
「…おい、オリヴィア。ノックをしろといつも言っているだろうが。何度言えば理解するんだ、そのスカスカの脳みそは」
バタンと大きな音を立てて、そのリヴァイの執務室に堂々とノックもせずに無断で入室したオリヴィアをリヴァイがきつく睨みつける。一般兵であれば縮みあがってしまうであろう彼のその睨みをものともせずに、オリヴィアはごめんごめんと軽い調子で返しながら書類をリヴァイの掛けるデスクの上に置くと、部屋の中央に置かれた質のいい皮のソファにボフンと腰掛けた。あげく、ねー紅茶飲みたーい、などとのんきな声を上げている。そんな彼女に酷く呆れたような視線をリヴァイは送った。
「ここは休憩室じゃねえ。紅茶くらいてめぇで淹れやがれ」
「えぇー!だってさー、このソファすっごい座り心地いいし、それにリヴァイが淹れたのの方がずっと美味しいもん!」
オリヴィアとリヴァイはほとんど同期のようなものだ。“ようなもの”というのはリヴァイの入団はイレギュラーなものだったからだ。およそ2ヶ月遅れて入ってきただけの彼とは、ほとんど同期のようなものだ。
彼と、彼と共に入団してきた2人の仲間が最初に配置された班の班員の一人だったのが、オリヴィアだ。人懐っこいオリヴィアは入団当時から周囲に煙たがられていたリヴァイ達にも積極的に話しかけた。最初は鬱陶しそうにされたが、次第に彼らとも打ち解けることができたと思う。
それから、共に訓練を受け、食事に行き、喧嘩もした。初めての壁外調査で2人の仲間を失ったリヴァイの、一番そばにいたのはオリヴィアだ。彼らの代わりにはなれなくとも、心の傷を少しでも癒せるよう努めた。逆に私も友人を失った時には彼に支えられた。そんな風にして築きあげてきた絆が、2人の間には確かに存在した。
今では人類最強の兵士長のリヴァイと、ただの班長のオリヴィアでは地位に差はあるものの、その関係は昔から変わらない。
おねがーい、と言う声にはぁ、とわざとらしく大きなため息をついたリヴァイが席を立った。
「一杯飲んだら戻れよ」
「やったぁ!ありがとーリヴァイ!」
ぶっきらぼうな言葉の割に優しい彼の行動が、オリヴィアの心を掴んで離さない。いつから彼のことが好きかなんて、そんなものはわからない。気が付いたら好きだった、というのが正しい答えだ。
大好きで大好きで仕方がないけれど、それを言葉にすることはできなかった。“そういうこと”には疎くて経験もなくてどういう風にすればいいのか分からないし、今の友人関係が壊れるのが怖い。
だけど、それ以上に大きな理由がある…。
「ねぇねぇ、ペトラとはどうなの?なんかあった?」
―――彼には好きな人がいるのからだ。
じっくりと蒸らした紅茶を2人分、ソファの前のテーブルにコトリと置いたリヴァイは、オリヴィアの正面のソファにドカリと腰を下ろした。
「だから、いい加減にその話はやめろと言っているだろ」
呆れた様に言うリヴァイの顔をにやにやと見る。
「リヴァイこそ、いい加減照れなくてもいいってば」
リヴァイの想い人は彼の班の紅一点、ペトラ・ラルという女の子だ。彼の班員に選ばれるだけあって、とても実力がある。実行部隊の調査兵団の中でも討伐数、補佐数のとびぬけた彼女は間違いなく精鋭と呼べる人物だ。明るくみんなに好かれていてはきはきとものを話すとてもいい子。その上、若くて、とても可愛い。太陽みたいな彼女の笑顔には女の私だってドキッとすることがあるくらいだ。すぐ近くで彼女を見る彼が、彼女に惚れても無理はない。彼女であれば、人類最強と名高いリヴァイとも、釣り合いが取れる。
それでも、リヴァイはなぜか頑なにそれを否定し続けた。ばればれなんだから、はっきりそうだって言えばいいのに。変な男だ。
だけど、彼のことが大好きなのに、わざわざ自分から彼に彼女の話題を吹っ掛ける私はそれ以上に変な女なのかもしれない。
「ばればれなんだから隠さなくてもいいじゃん…。協力するって言ってんのにさー」
「いらん世話だ」
「もー!かわいくない!」
「三十路の男が可愛いわけがあるか、きもちわりい」
もう!とオリヴィアは鼻息を荒くした。なぜわざわざこんな自分を痛めつけるような真似をするのか、オリヴィア自身にも分からなかった。ただ、オリヴィアは疲れていた。長い長い、終わりの見えない片思いに。彼が彼女と結ばれれば、彼の友人として、彼女の上司として、きちんと諦めがつくかもしれない。そんなことを思っての行動なのだと思う。
「今日の飲み会さ、リヴァイも来るんでしょ?」
「あぁ、たまにはな」
「わあーい、リヴァイと飲むの久しぶりだなぁ」
「そうかもな」
「ペトラも来るらしいよ!」
「…らしいな」
「ほら!ちゃっかりチェックしてるんじゃん!ね、隣座りなよ!てか座れ!絶対!!」
「…本当にうるせえぞ、ちっとは静かにできねぇのかよ」
「できない!!!」
チッと大きく舌を打ったリヴァイが空になったオリヴィアのカップを取り上げた。
「あ、」
「休憩は終いだ、さっさと仕事に戻れ」
「えぇー!もうちょっと喋ろうよー!」
ぶうぶうと文句を垂れるオリヴィアにリヴァイははぁ、とひとつため息をつき、彼女の方に視線をやった。それから、じっとオリヴィアの顔を見つめながら口を開いた。
「…俺はな、好きな女のいる飲み会に出るのを柄でもなく楽しみにしてるんだよ。さっさと仕事を終わらせねえとその飲み会に行くことすら叶わねえだろうが。」
「っ!そ、れも、そうだね!わ、分かった、帰るよ!き、協力、するからね!!」
「…あぁ」
「じ、じゃあ、ま、また後でね!」
バタン、と入ってきた時と同じように大きな音を立ててリヴァイの執務室から出たオリヴィアは、扉を閉めたままの体勢からしばらく動くことができなかった。
(好きな、女…)
リヴァイにペトラの事をからかうのは、もはや恒例行事と化している。それに、リヴァイが否定の言葉を紡ぐことも。
私のからかいに対して、リヴァイがあんな風に返したことは初めてだった。
(な、何を今更、ショック受けてるの。リヴァイがペトラのことを好きなんて、知ってたのに。知ってて、協力するって、言ってたのに…私が、自分から)
なのに、突きつけられた言葉が凄く痛い。
私は彼の気持ちを知ってからもずっと、彼からの否定の言葉に縋っていたんだ。
オリヴィアは、ギュ、ときつく拳を握りしめて、ふらふらと覚束ない足取りで自分の執務室へと帰っていった。
*****
「あー!やあっときたー!もおーリヴァイおっそおーい!!」
「30分も遅れてねぇはずだが…なんでもう出来上がってんだ」
「べえっつに出来上がってなんかないってー!とにかくこっち!ここ!ここ座ってー!!はーやーくー!!!」
リヴァイが、仕事で少し遅れたその飲み会の会場に着いてまず目に入ったのは、エルドとペトラの間に座るオリヴィアの姿だった。真っ赤で、普段の間抜け顔に更に磨きがかかっているその顔は、彼女が既にかなりの量を飲んでいることを知らせていた。
大声で自分を呼ぶオリヴィアの声に周囲で笑い声を上げる者や、リヴァイに労いの言葉を掛ける者、全くこちらに気付いていない様子の者など様々な人間が雑多に混ざり合いそれぞれに楽しい時間を過ごしている。
小さく溜息を溢しながらその声に呼ばれるがままそちらに行けば、案の定、オリヴィアはペトラとの間を空けてここー!と言いながらバシバシとその狭い空間にリヴァイを導いた。
「せめぇ」
「あ、兵長、ここどうぞ、私席移動しますので!」
「あーん、だぁいじょうぶ!ペトラはそこにいて!このオッサンは若い子にお酌して貰いたいんだってさあっ!!」
ねーりばいー?とヘラヘラとした顔を傾げながら言うオリヴィアの頭をぐしゃぐしゃと混ぜながら、リヴァイはオリヴィアとペトラの間の狭い空間に腰を下ろした。そして、未だに席を離れた方がいいか迷っている様子のペトラに声を掛けた。
「せめえと思うが我慢してくれ、今お前が動くとこいつがうるせえからな」
こいつ、と言いながらオリヴィアを指さしたリヴァイ。
「だいじょーぶ、りばいちびだから、狭くてもよゆーだって!」
その指をぎゅ、と握りながら、リヴァイ越しにペトラに声を掛けたオリヴィアの頭を、リヴァイがパシンと叩いた。
「ったぁ~、ひっどくない!?」
リヴァイに叩かれた頭を部分を手で押さえながら、オリヴィアは怒ったような声を出した。そしてリヴァイの耳元に近づき小さな声で囁いた。
「折角隣とっといたんだから、感謝してよね!」
「頼んでねぇ」
随分と近い場所にあるオリヴィアの顔を離し、リヴァイはオリヴィアの飲みかけのビールを一気に飲み干した。一気に周囲の者たちが盛り上がる。ヒュウ、と誰かが指笛を吹いた。
「さすが兵長、いい飲みっぷりですね!」
「ちょっとそれ私のっ!…まぁいっか、すいませーん注文おねがいしまあーす!!」
新しい酒を次から次へと頼んでいくオリヴィアにリヴァイが制止の声を掛けたが、それを無視して、この日のオリヴィアは浴びるように酒を飲んだ。
*****
「うー、やばい、あたまぼーっとする…」
飲み会が終わり、兵舎に戻ってシャワーを浴びたが、オリヴィアの頭は未だにぼーっとしていた。
リヴァイと飲むのが久しぶりということと、昼間のリヴァイのあのセリフのことが合わさって、ついつい飲み過ぎてしまった。これは、明日は一日苦しむ事になるかもしれない。まあ、幸い明日は非番なのであまり気にしなくていいんだけど。というか、それも飲み過ぎてしまった一つの理由かもしれないけれど。
「み、ず…」
酷く喉が渇いた。眠い身体に鞭を打って、薄い寝間着のままふらふらの足取りで食堂に向かった。
食堂に着くと、扉がほんの少し空いていて、微かな光が漏れていた。そして、誰かの話声が聞こえる。
そんなことには特に気にも留めず、オリヴィアがその重そうな扉に手を掛けようとした、その時。
「す、好きです…!」
聞こえてきた切羽詰まったような声に、オリヴィアのその手はさすがにピタリと止まった。
これは、タイミングがいいのか悪いのか、おかしな場面に遭遇してしまった。いや、水を飲みに来たオリヴィアにとっては、タイミングが悪いとしか言えない。だけど、これは非常に好奇心をそそるシチュエーションだ。いや、これでもいい大人。普段であればそっと見なかった事にして静かにその場を後にするだろう。だけどこの時は、理性も何も、あったものじゃない。募る好奇心のまま、ほんの少し開いた扉の間から食堂の中をのぞいた。
そこには、こちらに背を向ける女性の姿と、その奥に立つ男性がいた。男性の方はこっちを向いているのだろうけれど、女性に隠れてその顔は見えなかった。
(だれだー?)
ふわふわとしたままの頭で必死に考える。というか、さっきの女性の声は、聞いたことのある声だ。同じ兵団にいるのだから、当然かもしれないが…そうではなくて、もっと、よく…なんなら、さっきまで聞いていた、あの向日葵のような女の子の声によく似ている。
(え、あれ、ちょっとまって)
ずっとふわふわとしていた意識が急に冷めていく。
(もし、あれが、ペトラだとしたら…、その、相手は…?)
相手の顔は、ペトラに隠れて見えない。だけど、それはつまり、あまり背の高くない人間と言う事を指しているんじゃないだろうか…それって、つまり…
「ずっと、好きでした、リヴァイ兵長―――」
駄目押しで聞こえてきた声に、心臓が止まるかと思った。隙間から見えるペトラは、言葉を紡ぐのと同時に少し頭を俯かせた。そのおかげで、ペトラの陰に隠れていた人物が見えるようになった。今ほどペトラに名を呼ばれていた彼の鋭い三白眼と、これだけの距離があるにも関わらず、目があった。
そこから、どうやって部屋に戻ったのか、全く記憶にはない。
(ペトラが、リヴァイに、告白、してた)
部屋に戻ったオリヴィアは布団に潜り込み、頭までかぶった。
(リヴァイが、じゃなくて、ペトラが)
さっきまで、あんなに身体が熱かったというのに、今は全身が震えだしそうに寒い。
(つまりそれって、二人は両想いだった、っていう、ことじゃん)
次から次へと零れてくる涙を止める術を、私は知らない。
「ふ、え…っり、りば、いっ」
布団に包まり涙を流して、いったいどれだけ時間が経っただろうか。
鏡で見たわけではないけれど、目と鼻が真っ赤に染まっているだろうことが確信できるほどに沢山涙を流して、ようやく少しだけ落ち着いたところだ。泣きすぎたのと飲み過ぎた酒が合わさってガンガンと頭が痛い。
そんな時カチャリ、と鳴ったドアの音に、オリヴィアは布団の中で大げさなほど身を揺らした。
驚いて部屋の入口へと視線をやれば、そこには今一番会いたくない人物、リヴァイが立っていた。リヴァイはドアを閉めると、オリヴィアのいるベッドの傍まで歩いてきた。オリヴィアは泣きはらした顔を彼に見せたくなくて、再び頭のてっぺんまで布団を被った。
「な、なに!?勝手に、入ってこないでよ!」
「…普段散々人の部屋に無断で入ってきてる奴がよく言う」
そうリヴァイが言うのと同時に、ギシッという音が響き、オリヴィアの横たわるベッドが沈んだ。リヴァイが腰かけたのだろう。
「こ、こんな夜中に、自室に行ったことなんてないよ!………あ、あんまり…。
て、いうか、なに!?用がないなら、か、帰ってよ!」
「酒持ってきた、飲み直そうぜ」
「…わ、私、飲み過ぎて気分悪い…から、かえって」
「…ならまあ、ここで一人で飲んどくか」
「やだってば!もう帰ってよ!!!」
いつまで経っても部屋から出ようとしないリヴァイに、オリヴィアはつい大きな声をあげた。リヴァイが小さくこぼしたため息が聞こえてきた。
「…ならまあ、報告だけしといてやるよ」
「っ、」
「じつはさっき、」
「や、やだ!!」
「…なにがいやなんだ」
「いやなものはいやなの!もー、リヴァイの声聞いてると吐きそう!聞きたくないから、帰って!!」
「まぁそう言うな。いつもお前が嬉しそうに言ってることだ、俺は親切にもお前に報告してやろうとしてんだからおとなしく聞いとけよ」
「…や、」
「さっき、ペトラに告白された」
「―――っ、」
ドキン、と心臓が大きく悲鳴を上げた。やっぱり、さっきのあれは、聞き間違いでも見間違いでもなかったんだ。やっぱり、二人は両想いだったんだ。あれから、どうしたんだろうか。俺もだと言いキスをしたのだろうか、何も言わずに抱きしめたのだろうか。それとも両方?それ以上のことを?考えれば考えるほどに、胸がキリキリと痛み出す。
リヴァイの声はいつもと変わらない冷静な声だし、表情は見えない。それでも、彼がこんな話しをしてくること自体が、彼が浮かれている何よりの証拠だ。
やだ、やだ、やだ。もう、聞きたくない…っ
「まさか、ペトラが俺のことを好きだったなんて思ってもいなかった」
泣くな、泣くな、泣くな、と自分に言い聞かせても、まったく効果は見られなかった。ほんの少しだけ落ち着いていた涙腺は再び決壊した。だからと言って、こんなタイミングで泣きだしたらあまりに不自然だ。絶対、ばれたくない。どうか、声、ふるえませんように。
「…そ、そう…よかったね」
必死に絞り出した声は、かすかに震えていたが、それでもしっかりとリヴァイの耳には届いただろう。しかし、祝福の言葉をかけたというのに、リヴァイはほんの少し声色を不機嫌に変化させた。
「…そう思うか?」
「だって…ずっと…す、き、だったんでしょ、お、おめでとう」
「…そう、思うか?」
「思ってるから言ってるの…も、かえって」
「…そうかよ」
布団に隠れてボロボロと涙をこぼすオリヴィアは、ベッドがかすかに軋んだことに気づかない。
「ところで」
一瞬で、オリヴィアの周囲のムワリと湿った空気が解き放たれた。リヴァイが勢いよくオリヴィアの頭のてっぺんまで隠していた布団を思い切り捲りあげたからだ。
「っ!!!?!?」
涙にまみれた瞳を大きく見開き、オリヴィアは泣きはらした顔を両手で隠そうとしたが、それもまたリヴァイの手によって阻まれた。あっという間にリヴァイの左手がオリヴィアの両手を、右手がオリヴィアの顎をしっかりと掴んで、泣きはらした顔がリヴァイに晒された。
「や、」
「お前は何でこんなに不細工なツラしてるんだ?」
「は、はなし、て」
月明かりにしっかりと照らされてリヴァイの顔が、はっきりと見える。きっとオリヴィアの泣きはらした不細工な顔もしっかりとリヴァイに見えているのだろう。なぜかとても楽しそうな表情で、答えろよ、とリヴァイが言う。
「だ、って、あの…た、体調、悪い、から」
「体調悪いとずっと布団被ってびいびい泣くのか、お前は?」
「あ、のっ、」
だって、とか、えっと、とかを繰り返して口ごもっていると、オリヴィアの両手と顎拘束していたリヴァイの手が離れて、涙を拭った。
「聞いてたんだろ、オリヴィア…目が合ったもんな」
「え、あ…」
「それからずっと泣いてたのか?」
「っ、ち、ちが…そ、んな、わけ、ないじゃん」
するり、と顎から頬をリヴァイの手が触れるか触れないかのタッチで撫でた。その手の動きにビクンと大げさにオリヴィアの身体が跳ねて、リヴァイを見れば、いつもの冷たく何を考えているのかわからない瞳でじっと見つめられた。
「なぁ、」
その視線を受けて、オリヴィアの冷えていた身体がかっと熱くなる。じっと見つめてくるリヴァイの鋭い瞳を直視できず、オリヴィアは瞳をうろうろと彷徨わせた。
「お前、俺のこと好きだろ」
「…っ、そ、そん、な、わけ…っ」
そんなオリヴィアを見下ろすリヴァイは、やはりどこかおかしそうに笑みを浮かべながらからかうような声を出した。そんな顔をみるのが悔しくて、オリヴィアは顔をリヴァイと反対の、壁の方にプイッと向けた。
「おい、俺の目を見ろ」
「っ、や、やだ…っ」
「…オリヴィア」
それまでずっと、からかうような声だったリヴァイの声が不意に柔らかく自分の名を呼んだので、オリヴィアはつい、その声につられてリヴァイに視線を戻した。
「っ、」
そして、自分を見つめるリヴァイの、見たことのないような優しい表情に、オリヴィアはひどく動揺した。長く付き合っていたけれど、リヴァイのそんな表情を見たのは初めてだった。
ドキン、ドキン、と心臓が大きく鳴り響く。彼の事が好きで好きで仕方がないことを、私の身体が再確認する。彼に見つめられた顔が、熱い。彼に触れられた顎と頬と手首が、熱い。彼のほほ笑みを受けた心が、こんなにも苦しい。
「なぁ、俺のことが好きなんだろ?」
「っぁ、う…」
「ぺトラに告白されてる俺を見て、こんなに泣いちまうほど、俺のことが好きなんだろ」
どうして、と思う。どうしてリヴァイはこんな表情を自分に対して見せるのか、どうしてからかうように好きだろなんていうのか、どうしてこんな意地悪をするのか、分からない。じわり、と目の前のリヴァイの顔が歪みだす。
「ふ、っ。な、んで…そ、んなこと、言う、の…っ!ひ、ひどいよ、リヴァイっ」
三度溢れだした涙。今度は、リヴァイにじっと見られている事に構いもせずにボロボロと零れ落ちる。子供のようにしゃくりあげるオリヴィア。その頬を大きな硬い肉刺だらけの掌が包み込み、瞼に口付けが落とされた。
「っ!?!?」
「…そんなに泣くな」
「や、う、えっ!?」
「言えよ、俺のことが好きだって」
「や、な、なに、してんの、リヴァイっ」
リヴァイの突然の行動に驚くオリヴィアになおもリヴァイが問いかけるが、そんなものは聞こえていない様子のオリヴィア。今度は、掌で覆われているのとは逆の頬に、口付けが落とされる。
驚くだけだったオリヴィアは、そのリヴァイの行動に抵抗を見せた。何故、ペトラと結ばれた筈のリヴァイが自分にこんな真似をするのか、分からない。どうせ報われない想い人にこんなこと、されたくない。
「や、やだ、やめてよっ!」
「ちっ、おい、抵抗するな」
「ひ、ひどいよ…っこんなこと、ペトラとすればいいじゃん!」
「…なんでぺトラにこんなことしなきゃならねぇんだ」
「は?」
どういう意味、とオリヴィアが問う前にリヴァイは続ける。
「俺はこんなにお前に惚れてるっていうのに、なんでわざわざペトラとこんなことを?」
「…、……?………えっ!?!?え、え…?」
その言葉の意味を理解するのに、オリヴィアはしばらく時間を要した。いや、時間を掛けたところで、俄かには信じられない言葉だった。
「…ハァ、本気で俺がペトラを好きだと思ってたのかよ…」
「え、だって、そ、そんな…っす、好きって、い、言ってた、じゃん…っ!」
「言ってねぇよ。お前の意味の分からん妄想なら、毎回否定してたろうが」
「そ、う、だけど…で、でも、今日!す、“好きな女のいる飲み会”、って!」
「…あぁ、“好きな女”のいる飲み会だろ?“お前”は随分と羽目外してたみたいで、こっちは気が気じゃなかったがな…」
「っ、で、でも…っ」
尚も否定の言葉を続けようとするオリヴィアに、リヴァイは再び優しく呼びかけた。
「俺はずっと、ペトラじゃなくて、お前だけを見ていた。…愛してる、オリヴィア」
ぱくぱくと、金魚のように口を開閉するオリヴィアを見て、リヴァイは愉快そうに目じりを下げた。
「お前は?俺のこと、どう思ってんだよ」
そう、何度も繰り返された問いに、今度こそオリヴィアは答えた。
「す、き…リヴァイ…ずっと、好きだった…!」
涙を浮かべながら言うオリヴィアに、あぁ知ってる、と返したリヴァイは今度はその唇に口付けを落とした。
大好きな人の、
大好きな人に…。
巷では尊敬のまなざしを一身に受けるリヴァイだが、現実の彼はチビで、無愛想で、目つきが悪くて、病的なほどの潔癖症で、足癖が悪く女にも平気で蹴りかかるような、完璧とは言い難い人間だ。
そんな彼に、私はなぜか、惚れてしまっている。
「お疲れー!書類もってきたよー!」
「…おい、オリヴィア。ノックをしろといつも言っているだろうが。何度言えば理解するんだ、そのスカスカの脳みそは」
バタンと大きな音を立てて、そのリヴァイの執務室に堂々とノックもせずに無断で入室したオリヴィアをリヴァイがきつく睨みつける。一般兵であれば縮みあがってしまうであろう彼のその睨みをものともせずに、オリヴィアはごめんごめんと軽い調子で返しながら書類をリヴァイの掛けるデスクの上に置くと、部屋の中央に置かれた質のいい皮のソファにボフンと腰掛けた。あげく、ねー紅茶飲みたーい、などとのんきな声を上げている。そんな彼女に酷く呆れたような視線をリヴァイは送った。
「ここは休憩室じゃねえ。紅茶くらいてめぇで淹れやがれ」
「えぇー!だってさー、このソファすっごい座り心地いいし、それにリヴァイが淹れたのの方がずっと美味しいもん!」
オリヴィアとリヴァイはほとんど同期のようなものだ。“ようなもの”というのはリヴァイの入団はイレギュラーなものだったからだ。およそ2ヶ月遅れて入ってきただけの彼とは、ほとんど同期のようなものだ。
彼と、彼と共に入団してきた2人の仲間が最初に配置された班の班員の一人だったのが、オリヴィアだ。人懐っこいオリヴィアは入団当時から周囲に煙たがられていたリヴァイ達にも積極的に話しかけた。最初は鬱陶しそうにされたが、次第に彼らとも打ち解けることができたと思う。
それから、共に訓練を受け、食事に行き、喧嘩もした。初めての壁外調査で2人の仲間を失ったリヴァイの、一番そばにいたのはオリヴィアだ。彼らの代わりにはなれなくとも、心の傷を少しでも癒せるよう努めた。逆に私も友人を失った時には彼に支えられた。そんな風にして築きあげてきた絆が、2人の間には確かに存在した。
今では人類最強の兵士長のリヴァイと、ただの班長のオリヴィアでは地位に差はあるものの、その関係は昔から変わらない。
おねがーい、と言う声にはぁ、とわざとらしく大きなため息をついたリヴァイが席を立った。
「一杯飲んだら戻れよ」
「やったぁ!ありがとーリヴァイ!」
ぶっきらぼうな言葉の割に優しい彼の行動が、オリヴィアの心を掴んで離さない。いつから彼のことが好きかなんて、そんなものはわからない。気が付いたら好きだった、というのが正しい答えだ。
大好きで大好きで仕方がないけれど、それを言葉にすることはできなかった。“そういうこと”には疎くて経験もなくてどういう風にすればいいのか分からないし、今の友人関係が壊れるのが怖い。
だけど、それ以上に大きな理由がある…。
「ねぇねぇ、ペトラとはどうなの?なんかあった?」
―――彼には好きな人がいるのからだ。
じっくりと蒸らした紅茶を2人分、ソファの前のテーブルにコトリと置いたリヴァイは、オリヴィアの正面のソファにドカリと腰を下ろした。
「だから、いい加減にその話はやめろと言っているだろ」
呆れた様に言うリヴァイの顔をにやにやと見る。
「リヴァイこそ、いい加減照れなくてもいいってば」
リヴァイの想い人は彼の班の紅一点、ペトラ・ラルという女の子だ。彼の班員に選ばれるだけあって、とても実力がある。実行部隊の調査兵団の中でも討伐数、補佐数のとびぬけた彼女は間違いなく精鋭と呼べる人物だ。明るくみんなに好かれていてはきはきとものを話すとてもいい子。その上、若くて、とても可愛い。太陽みたいな彼女の笑顔には女の私だってドキッとすることがあるくらいだ。すぐ近くで彼女を見る彼が、彼女に惚れても無理はない。彼女であれば、人類最強と名高いリヴァイとも、釣り合いが取れる。
それでも、リヴァイはなぜか頑なにそれを否定し続けた。ばればれなんだから、はっきりそうだって言えばいいのに。変な男だ。
だけど、彼のことが大好きなのに、わざわざ自分から彼に彼女の話題を吹っ掛ける私はそれ以上に変な女なのかもしれない。
「ばればれなんだから隠さなくてもいいじゃん…。協力するって言ってんのにさー」
「いらん世話だ」
「もー!かわいくない!」
「三十路の男が可愛いわけがあるか、きもちわりい」
もう!とオリヴィアは鼻息を荒くした。なぜわざわざこんな自分を痛めつけるような真似をするのか、オリヴィア自身にも分からなかった。ただ、オリヴィアは疲れていた。長い長い、終わりの見えない片思いに。彼が彼女と結ばれれば、彼の友人として、彼女の上司として、きちんと諦めがつくかもしれない。そんなことを思っての行動なのだと思う。
「今日の飲み会さ、リヴァイも来るんでしょ?」
「あぁ、たまにはな」
「わあーい、リヴァイと飲むの久しぶりだなぁ」
「そうかもな」
「ペトラも来るらしいよ!」
「…らしいな」
「ほら!ちゃっかりチェックしてるんじゃん!ね、隣座りなよ!てか座れ!絶対!!」
「…本当にうるせえぞ、ちっとは静かにできねぇのかよ」
「できない!!!」
チッと大きく舌を打ったリヴァイが空になったオリヴィアのカップを取り上げた。
「あ、」
「休憩は終いだ、さっさと仕事に戻れ」
「えぇー!もうちょっと喋ろうよー!」
ぶうぶうと文句を垂れるオリヴィアにリヴァイははぁ、とひとつため息をつき、彼女の方に視線をやった。それから、じっとオリヴィアの顔を見つめながら口を開いた。
「…俺はな、好きな女のいる飲み会に出るのを柄でもなく楽しみにしてるんだよ。さっさと仕事を終わらせねえとその飲み会に行くことすら叶わねえだろうが。」
「っ!そ、れも、そうだね!わ、分かった、帰るよ!き、協力、するからね!!」
「…あぁ」
「じ、じゃあ、ま、また後でね!」
バタン、と入ってきた時と同じように大きな音を立ててリヴァイの執務室から出たオリヴィアは、扉を閉めたままの体勢からしばらく動くことができなかった。
(好きな、女…)
リヴァイにペトラの事をからかうのは、もはや恒例行事と化している。それに、リヴァイが否定の言葉を紡ぐことも。
私のからかいに対して、リヴァイがあんな風に返したことは初めてだった。
(な、何を今更、ショック受けてるの。リヴァイがペトラのことを好きなんて、知ってたのに。知ってて、協力するって、言ってたのに…私が、自分から)
なのに、突きつけられた言葉が凄く痛い。
私は彼の気持ちを知ってからもずっと、彼からの否定の言葉に縋っていたんだ。
オリヴィアは、ギュ、ときつく拳を握りしめて、ふらふらと覚束ない足取りで自分の執務室へと帰っていった。
*****
「あー!やあっときたー!もおーリヴァイおっそおーい!!」
「30分も遅れてねぇはずだが…なんでもう出来上がってんだ」
「べえっつに出来上がってなんかないってー!とにかくこっち!ここ!ここ座ってー!!はーやーくー!!!」
リヴァイが、仕事で少し遅れたその飲み会の会場に着いてまず目に入ったのは、エルドとペトラの間に座るオリヴィアの姿だった。真っ赤で、普段の間抜け顔に更に磨きがかかっているその顔は、彼女が既にかなりの量を飲んでいることを知らせていた。
大声で自分を呼ぶオリヴィアの声に周囲で笑い声を上げる者や、リヴァイに労いの言葉を掛ける者、全くこちらに気付いていない様子の者など様々な人間が雑多に混ざり合いそれぞれに楽しい時間を過ごしている。
小さく溜息を溢しながらその声に呼ばれるがままそちらに行けば、案の定、オリヴィアはペトラとの間を空けてここー!と言いながらバシバシとその狭い空間にリヴァイを導いた。
「せめぇ」
「あ、兵長、ここどうぞ、私席移動しますので!」
「あーん、だぁいじょうぶ!ペトラはそこにいて!このオッサンは若い子にお酌して貰いたいんだってさあっ!!」
ねーりばいー?とヘラヘラとした顔を傾げながら言うオリヴィアの頭をぐしゃぐしゃと混ぜながら、リヴァイはオリヴィアとペトラの間の狭い空間に腰を下ろした。そして、未だに席を離れた方がいいか迷っている様子のペトラに声を掛けた。
「せめえと思うが我慢してくれ、今お前が動くとこいつがうるせえからな」
こいつ、と言いながらオリヴィアを指さしたリヴァイ。
「だいじょーぶ、りばいちびだから、狭くてもよゆーだって!」
その指をぎゅ、と握りながら、リヴァイ越しにペトラに声を掛けたオリヴィアの頭を、リヴァイがパシンと叩いた。
「ったぁ~、ひっどくない!?」
リヴァイに叩かれた頭を部分を手で押さえながら、オリヴィアは怒ったような声を出した。そしてリヴァイの耳元に近づき小さな声で囁いた。
「折角隣とっといたんだから、感謝してよね!」
「頼んでねぇ」
随分と近い場所にあるオリヴィアの顔を離し、リヴァイはオリヴィアの飲みかけのビールを一気に飲み干した。一気に周囲の者たちが盛り上がる。ヒュウ、と誰かが指笛を吹いた。
「さすが兵長、いい飲みっぷりですね!」
「ちょっとそれ私のっ!…まぁいっか、すいませーん注文おねがいしまあーす!!」
新しい酒を次から次へと頼んでいくオリヴィアにリヴァイが制止の声を掛けたが、それを無視して、この日のオリヴィアは浴びるように酒を飲んだ。
*****
「うー、やばい、あたまぼーっとする…」
飲み会が終わり、兵舎に戻ってシャワーを浴びたが、オリヴィアの頭は未だにぼーっとしていた。
リヴァイと飲むのが久しぶりということと、昼間のリヴァイのあのセリフのことが合わさって、ついつい飲み過ぎてしまった。これは、明日は一日苦しむ事になるかもしれない。まあ、幸い明日は非番なのであまり気にしなくていいんだけど。というか、それも飲み過ぎてしまった一つの理由かもしれないけれど。
「み、ず…」
酷く喉が渇いた。眠い身体に鞭を打って、薄い寝間着のままふらふらの足取りで食堂に向かった。
食堂に着くと、扉がほんの少し空いていて、微かな光が漏れていた。そして、誰かの話声が聞こえる。
そんなことには特に気にも留めず、オリヴィアがその重そうな扉に手を掛けようとした、その時。
「す、好きです…!」
聞こえてきた切羽詰まったような声に、オリヴィアのその手はさすがにピタリと止まった。
これは、タイミングがいいのか悪いのか、おかしな場面に遭遇してしまった。いや、水を飲みに来たオリヴィアにとっては、タイミングが悪いとしか言えない。だけど、これは非常に好奇心をそそるシチュエーションだ。いや、これでもいい大人。普段であればそっと見なかった事にして静かにその場を後にするだろう。だけどこの時は、理性も何も、あったものじゃない。募る好奇心のまま、ほんの少し開いた扉の間から食堂の中をのぞいた。
そこには、こちらに背を向ける女性の姿と、その奥に立つ男性がいた。男性の方はこっちを向いているのだろうけれど、女性に隠れてその顔は見えなかった。
(だれだー?)
ふわふわとしたままの頭で必死に考える。というか、さっきの女性の声は、聞いたことのある声だ。同じ兵団にいるのだから、当然かもしれないが…そうではなくて、もっと、よく…なんなら、さっきまで聞いていた、あの向日葵のような女の子の声によく似ている。
(え、あれ、ちょっとまって)
ずっとふわふわとしていた意識が急に冷めていく。
(もし、あれが、ペトラだとしたら…、その、相手は…?)
相手の顔は、ペトラに隠れて見えない。だけど、それはつまり、あまり背の高くない人間と言う事を指しているんじゃないだろうか…それって、つまり…
「ずっと、好きでした、リヴァイ兵長―――」
駄目押しで聞こえてきた声に、心臓が止まるかと思った。隙間から見えるペトラは、言葉を紡ぐのと同時に少し頭を俯かせた。そのおかげで、ペトラの陰に隠れていた人物が見えるようになった。今ほどペトラに名を呼ばれていた彼の鋭い三白眼と、これだけの距離があるにも関わらず、目があった。
そこから、どうやって部屋に戻ったのか、全く記憶にはない。
(ペトラが、リヴァイに、告白、してた)
部屋に戻ったオリヴィアは布団に潜り込み、頭までかぶった。
(リヴァイが、じゃなくて、ペトラが)
さっきまで、あんなに身体が熱かったというのに、今は全身が震えだしそうに寒い。
(つまりそれって、二人は両想いだった、っていう、ことじゃん)
次から次へと零れてくる涙を止める術を、私は知らない。
「ふ、え…っり、りば、いっ」
布団に包まり涙を流して、いったいどれだけ時間が経っただろうか。
鏡で見たわけではないけれど、目と鼻が真っ赤に染まっているだろうことが確信できるほどに沢山涙を流して、ようやく少しだけ落ち着いたところだ。泣きすぎたのと飲み過ぎた酒が合わさってガンガンと頭が痛い。
そんな時カチャリ、と鳴ったドアの音に、オリヴィアは布団の中で大げさなほど身を揺らした。
驚いて部屋の入口へと視線をやれば、そこには今一番会いたくない人物、リヴァイが立っていた。リヴァイはドアを閉めると、オリヴィアのいるベッドの傍まで歩いてきた。オリヴィアは泣きはらした顔を彼に見せたくなくて、再び頭のてっぺんまで布団を被った。
「な、なに!?勝手に、入ってこないでよ!」
「…普段散々人の部屋に無断で入ってきてる奴がよく言う」
そうリヴァイが言うのと同時に、ギシッという音が響き、オリヴィアの横たわるベッドが沈んだ。リヴァイが腰かけたのだろう。
「こ、こんな夜中に、自室に行ったことなんてないよ!………あ、あんまり…。
て、いうか、なに!?用がないなら、か、帰ってよ!」
「酒持ってきた、飲み直そうぜ」
「…わ、私、飲み過ぎて気分悪い…から、かえって」
「…ならまあ、ここで一人で飲んどくか」
「やだってば!もう帰ってよ!!!」
いつまで経っても部屋から出ようとしないリヴァイに、オリヴィアはつい大きな声をあげた。リヴァイが小さくこぼしたため息が聞こえてきた。
「…ならまあ、報告だけしといてやるよ」
「っ、」
「じつはさっき、」
「や、やだ!!」
「…なにがいやなんだ」
「いやなものはいやなの!もー、リヴァイの声聞いてると吐きそう!聞きたくないから、帰って!!」
「まぁそう言うな。いつもお前が嬉しそうに言ってることだ、俺は親切にもお前に報告してやろうとしてんだからおとなしく聞いとけよ」
「…や、」
「さっき、ペトラに告白された」
「―――っ、」
ドキン、と心臓が大きく悲鳴を上げた。やっぱり、さっきのあれは、聞き間違いでも見間違いでもなかったんだ。やっぱり、二人は両想いだったんだ。あれから、どうしたんだろうか。俺もだと言いキスをしたのだろうか、何も言わずに抱きしめたのだろうか。それとも両方?それ以上のことを?考えれば考えるほどに、胸がキリキリと痛み出す。
リヴァイの声はいつもと変わらない冷静な声だし、表情は見えない。それでも、彼がこんな話しをしてくること自体が、彼が浮かれている何よりの証拠だ。
やだ、やだ、やだ。もう、聞きたくない…っ
「まさか、ペトラが俺のことを好きだったなんて思ってもいなかった」
泣くな、泣くな、泣くな、と自分に言い聞かせても、まったく効果は見られなかった。ほんの少しだけ落ち着いていた涙腺は再び決壊した。だからと言って、こんなタイミングで泣きだしたらあまりに不自然だ。絶対、ばれたくない。どうか、声、ふるえませんように。
「…そ、そう…よかったね」
必死に絞り出した声は、かすかに震えていたが、それでもしっかりとリヴァイの耳には届いただろう。しかし、祝福の言葉をかけたというのに、リヴァイはほんの少し声色を不機嫌に変化させた。
「…そう思うか?」
「だって…ずっと…す、き、だったんでしょ、お、おめでとう」
「…そう、思うか?」
「思ってるから言ってるの…も、かえって」
「…そうかよ」
布団に隠れてボロボロと涙をこぼすオリヴィアは、ベッドがかすかに軋んだことに気づかない。
「ところで」
一瞬で、オリヴィアの周囲のムワリと湿った空気が解き放たれた。リヴァイが勢いよくオリヴィアの頭のてっぺんまで隠していた布団を思い切り捲りあげたからだ。
「っ!!!?!?」
涙にまみれた瞳を大きく見開き、オリヴィアは泣きはらした顔を両手で隠そうとしたが、それもまたリヴァイの手によって阻まれた。あっという間にリヴァイの左手がオリヴィアの両手を、右手がオリヴィアの顎をしっかりと掴んで、泣きはらした顔がリヴァイに晒された。
「や、」
「お前は何でこんなに不細工なツラしてるんだ?」
「は、はなし、て」
月明かりにしっかりと照らされてリヴァイの顔が、はっきりと見える。きっとオリヴィアの泣きはらした不細工な顔もしっかりとリヴァイに見えているのだろう。なぜかとても楽しそうな表情で、答えろよ、とリヴァイが言う。
「だ、って、あの…た、体調、悪い、から」
「体調悪いとずっと布団被ってびいびい泣くのか、お前は?」
「あ、のっ、」
だって、とか、えっと、とかを繰り返して口ごもっていると、オリヴィアの両手と顎拘束していたリヴァイの手が離れて、涙を拭った。
「聞いてたんだろ、オリヴィア…目が合ったもんな」
「え、あ…」
「それからずっと泣いてたのか?」
「っ、ち、ちが…そ、んな、わけ、ないじゃん」
するり、と顎から頬をリヴァイの手が触れるか触れないかのタッチで撫でた。その手の動きにビクンと大げさにオリヴィアの身体が跳ねて、リヴァイを見れば、いつもの冷たく何を考えているのかわからない瞳でじっと見つめられた。
「なぁ、」
その視線を受けて、オリヴィアの冷えていた身体がかっと熱くなる。じっと見つめてくるリヴァイの鋭い瞳を直視できず、オリヴィアは瞳をうろうろと彷徨わせた。
「お前、俺のこと好きだろ」
「…っ、そ、そん、な、わけ…っ」
そんなオリヴィアを見下ろすリヴァイは、やはりどこかおかしそうに笑みを浮かべながらからかうような声を出した。そんな顔をみるのが悔しくて、オリヴィアは顔をリヴァイと反対の、壁の方にプイッと向けた。
「おい、俺の目を見ろ」
「っ、や、やだ…っ」
「…オリヴィア」
それまでずっと、からかうような声だったリヴァイの声が不意に柔らかく自分の名を呼んだので、オリヴィアはつい、その声につられてリヴァイに視線を戻した。
「っ、」
そして、自分を見つめるリヴァイの、見たことのないような優しい表情に、オリヴィアはひどく動揺した。長く付き合っていたけれど、リヴァイのそんな表情を見たのは初めてだった。
ドキン、ドキン、と心臓が大きく鳴り響く。彼の事が好きで好きで仕方がないことを、私の身体が再確認する。彼に見つめられた顔が、熱い。彼に触れられた顎と頬と手首が、熱い。彼のほほ笑みを受けた心が、こんなにも苦しい。
「なぁ、俺のことが好きなんだろ?」
「っぁ、う…」
「ぺトラに告白されてる俺を見て、こんなに泣いちまうほど、俺のことが好きなんだろ」
どうして、と思う。どうしてリヴァイはこんな表情を自分に対して見せるのか、どうしてからかうように好きだろなんていうのか、どうしてこんな意地悪をするのか、分からない。じわり、と目の前のリヴァイの顔が歪みだす。
「ふ、っ。な、んで…そ、んなこと、言う、の…っ!ひ、ひどいよ、リヴァイっ」
三度溢れだした涙。今度は、リヴァイにじっと見られている事に構いもせずにボロボロと零れ落ちる。子供のようにしゃくりあげるオリヴィア。その頬を大きな硬い肉刺だらけの掌が包み込み、瞼に口付けが落とされた。
「っ!?!?」
「…そんなに泣くな」
「や、う、えっ!?」
「言えよ、俺のことが好きだって」
「や、な、なに、してんの、リヴァイっ」
リヴァイの突然の行動に驚くオリヴィアになおもリヴァイが問いかけるが、そんなものは聞こえていない様子のオリヴィア。今度は、掌で覆われているのとは逆の頬に、口付けが落とされる。
驚くだけだったオリヴィアは、そのリヴァイの行動に抵抗を見せた。何故、ペトラと結ばれた筈のリヴァイが自分にこんな真似をするのか、分からない。どうせ報われない想い人にこんなこと、されたくない。
「や、やだ、やめてよっ!」
「ちっ、おい、抵抗するな」
「ひ、ひどいよ…っこんなこと、ペトラとすればいいじゃん!」
「…なんでぺトラにこんなことしなきゃならねぇんだ」
「は?」
どういう意味、とオリヴィアが問う前にリヴァイは続ける。
「俺はこんなにお前に惚れてるっていうのに、なんでわざわざペトラとこんなことを?」
「…、……?………えっ!?!?え、え…?」
その言葉の意味を理解するのに、オリヴィアはしばらく時間を要した。いや、時間を掛けたところで、俄かには信じられない言葉だった。
「…ハァ、本気で俺がペトラを好きだと思ってたのかよ…」
「え、だって、そ、そんな…っす、好きって、い、言ってた、じゃん…っ!」
「言ってねぇよ。お前の意味の分からん妄想なら、毎回否定してたろうが」
「そ、う、だけど…で、でも、今日!す、“好きな女のいる飲み会”、って!」
「…あぁ、“好きな女”のいる飲み会だろ?“お前”は随分と羽目外してたみたいで、こっちは気が気じゃなかったがな…」
「っ、で、でも…っ」
尚も否定の言葉を続けようとするオリヴィアに、リヴァイは再び優しく呼びかけた。
「俺はずっと、ペトラじゃなくて、お前だけを見ていた。…愛してる、オリヴィア」
ぱくぱくと、金魚のように口を開閉するオリヴィアを見て、リヴァイは愉快そうに目じりを下げた。
「お前は?俺のこと、どう思ってんだよ」
そう、何度も繰り返された問いに、今度こそオリヴィアは答えた。
「す、き…リヴァイ…ずっと、好きだった…!」
涙を浮かべながら言うオリヴィアに、あぁ知ってる、と返したリヴァイは今度はその唇に口付けを落とした。
大好きな人の、
大好きな人に…。
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