[コンプル]帰るなんて言わないで
「コンブフェールがぼくを抱いてくれない」
詩人が試作に励むその後ろで、新聞に目を通しながらコーヒーを飲んでいたクールフェーラックは、詩人の独り言を耳にし、むせ返って激しくせき込んだ。
「あー……、どこからつっこんだらよいやらわからないのだけど。きみたちはいつからそういう関係に?」
「わからない。気がついたら、自然に」
「自然に」
クールフェーラックはプルーヴェールの言葉をかみ砕くように繰り返した。いやいや、いくらなんでも自然にということはないだろう。何かのタイミングで、二人の関係が友人から恋人に変わったのだろう、と尋ねれば、プルーヴェールはうなずいた。
「そうだね。あるときキスをされたんだ」
「なんだ。ちゃんと恋人らしいことをしているじゃないか」
「きいておくれよ、それが、パパがするキスみたいなんだ」
これにはクールフェーラックも噴き出して笑った。
「はは。あいつ相当おやじっぽいキスをするんだな」
「ちがうったら。そういう意味じゃなくて。なんというか、ぜんぜん、そういう雰囲気じゃないというのかな」
「えろくないってことだな」
「きみはことばを学ぶべきだよ、クールフェーラック」
おれはきみとちがって詩人じゃないんでね、とクールフェーラックは肩をすくめてみせる。
「そのキスだって、めったにしてくれないし。……ぼくの勘違いだったのかな」
プルーヴェールは自らのクラバットをもてあそびながら、そう呟いた。ぞんざいに留められているその結び目を眺めながら、しかし、いくらなんでも、ただの友人にキスはしないだろう、とクールフェーラックは首をかしげる。自分がマリユスに唇を寄せる想像をし、おええ、と内心えずいた。
「デートは」
「よく出かけるよ。けど、ぼくたちはキスをする前から、お茶をしたり天体観測にも連れ立っていったりしていたからね。そのときはよく互いの家に泊まっていたりもしたし、最近はむしろ疎遠になってしまったくらいかもしれない」
「なるほど……」
「なんでキスなんかしたんだろ」
プルーヴェールはひどく落ち込んでいるようだった。ぼくはいつの間にかすっかりコンブフェールに夢中になってしまって、いつだってからだを明け渡す準備ができているのに、と続ける。きみこそあけすけだな、とクールフェーラックは笑わずにはいられなかった。プルーヴェールは大きくため息をつくと、立ち上がって、テーブルに散乱していた本や紙を片付け始めた。
「帰るのか」
「うん。フイイーに本を貸す約束をしているんだ」
「抱いてくれない男に愛想をつかして、ついにほかの男と逢引きか」
「やめてよ。そんなんじゃないったら」
わかってるわかってる、はやくいけよ、とクールフェーラックは片手をひらひらと振る。元気のない詩人の後ろ姿をながめながら、穏やかな哲学者を思う。奴には奴なりの考えがあるのだろう。大事にしたいという気持ちは同じ男ならよくわかる。しかし。
「おれだったら据え膳は食うけどなあ」
部屋の隅では、酒樽がいびきを立てて眠っている。愛の形もいろいろあるか、とクールフェーラックは自らの考えを訂正した。
「おや、二人とも一緒にきたのかい」
翌日、ミューザンの入り口に仲良く連れ立って現れた労働者と詩人を見て、ジョリーがステッキを鼻にこすりつけながら微笑む。
「うん、昨夜はフイイーの家ですっかり話し込んでしまってね。そのまま泊めてもらったんだ」
にこにことプルーヴェールが微笑み返した。部屋の奥ではアンジョーラとコンブフェールが何やら額をつき合わせて話し込んでいる。自分がほかの男の家に泊まろうと、彼が関心を示すことはないのだろう。ちくりと胸が痛むのを、プルーヴェールは気づかぬふりをした。
*****
それから数日たった日のことだった。プルーヴェールは貸したい本があるというコンブフェールの家に久々に上がっていた。なんとなくコンブフェールとは疎遠になっていたのでプルーヴェールとしても気まずく、本だけ借りて早々に暇を告げようとしたのだが、せっかくだから上がって茶でも飲んでいけばいいと言われ、おとなしくそうしたのだった。しかしコンブフェールの様子がおかしい。上がれといったのはそちらだというのに、茶を出したきり話をするでもなく、彼は自分の作業を始めてしまった。以前だったら、それは普通のことであり、プルーヴェールも向かいに座って詩作を始めることもよくあった。気づくと外は暗くなっていて、そのまま泊めてもらうのがいつものパターンだった。
けれどいまはちがう。一言でいえば、コンブフェールはいつになく機嫌が悪かった。プルーヴェールは居心地が悪く、やはり今日は帰るよ、と切り出した。
「……泊っていきたまえよ。夕食は、スープとパンくらいしかないけれど、それでよければ」
コンブフェールは書き物をする手を止めず、プルーヴェールのほうを見ずにそう告げた。ことばとは裏腹に、彼にしてはめずらしく、いら立っている声だった。プルーヴェールは一瞬、動揺したが、気をとりなおして首を振った。
「……ありがとう。でも、遠慮するよ、悪いもの」
明日の午前、授業もあるんでしょう、とプルーヴェールは微笑んで付け加えた。しかし、なおもコンブフェールはこちらを見なかった。一瞬の沈黙ののち、そうか、とだけ相槌をうった。プルーヴェールはなぜだか泣きだしそうになり、震える手で荷物をまとめた。コンブフェールはその様子をちら、と横目でうかがった。
「……仕事のあるフイイーには遠慮しないのに、学生のぼくには遠慮するんだな」
どさ、とプルーヴェールはかばんを床に取り落とした。言ったコンブフェール自身も驚くほど、感情のない声だった。言ってしまった後ではっとし、コンブフェールが顔を上げれば、プルーヴェールは真っ青な顔をしてこちらを見ていた。
「ちがっ……、コンブフェール、ぼく、」
「っ……すまない、ジャン」
コンブフェールが立ち上がれば、プルーヴェールはおびえたように逃げようとした。その手を慌ててつかんで振り向かせれば、目には大粒の涙が浮かんでいた。たまらず、コンブフェールはその小さな身体を抱きしめる。
「……ごめん、コンブフェール、」
「ちがうんだジャン、謝らないでくれ。きみは何も悪くない。謝るのはぼくのほうだ」
フイイーときみが友だちなのは知っている。ぼくが勝手に、嫉妬したんだ、とコンブフェールは苦しげにつぶやいた。プルーヴェールは首を振り、その柔らかい頬がコンブフェールのこめかみにあたった。
「……帰るなんて言うなよ。そばにいてくれ」
いてくれるだけでいいんだ、きみの嫌がることは何もしないと誓うから、とコンブフェールは言った。プルーヴェールはコンブフェールの顔を見ようとみじろいだ。腕の力をゆるめたコンブフェールは、両眉を下げてしょんぼりとしていた。
「……ぼくが、きみのすることを嫌がると思うの」
プルーヴェールはコンブフェールの両の手をそっととった。
きみのしたいようにしてよ、とプルーヴェールは勇気を出して、震える声で言った。顔は真っ赤で、火が出るのではないかというくらい熱かった。
「……っ、ジャン、」
「っ……」
コンブフェールは片手の指をプルーヴェールのそれに絡め、強く握ったまま、プルーヴェールの唇に自身のそれを重ね、口内を深く味わった。プルーヴェールが空気を求めて大きく口を開ければ、コンブフェールは逃さないとばかりに、角度を変えてむさぼった。コンブフェールにこれほど深いキスを求められたことはなかった。潤む両目を思わず開ければ、コンブフェールはほとんど夢中といった様子で両目をぎゅっとつむっていた。見たことのない、男の顔だった。歓喜で肩を震わせ、プルーヴェールは空いていた片手でコンブフェールのシャツをつかむ。うれしい。どうにかなってしまいそうだった。否、自分はこのままコンブフェールにどうかされてしまいたいのだ。舌を強く吸われ、背筋がぞくぞくする。ズボンのなかで自身がわずかに反応しかけているのを感じ、あわてて意識をそちらへもっていかぬようにするのに必死だった。両ひざを意図せず擦り合わせたが、脚はすでにがくがくとしており、プルーヴェールはとうとうバランスをくずして後ろに倒れた。
「っあ、」
幸い、すぐ後ろにベッドがあったので、プルーヴェールはどこも痛めることなくその背をマットレスに沈めた。当然、プルーヴェールにくっついて離れなかったコンブフェールもバランスを崩してその上に倒れこみ、両手をプルーヴェールの顔の横についたが、互いの唇は離れてしまい、コンブフェールは我に返ったようだった。肩で息をしながら両目を見開き、少々こわいかおで、プルーヴェールを見下ろしていた。
「……、コンブフェール、」
「っ! ……すまない、ぼく、つい夢中になって、」
コンブフェールは慌てて起き上がり、プルーヴェールの上からどこうとした。
「ま、待って、コンブフェール」
プルーヴェールは必死で、コンブフェールの袖をつかんだ。泣いてしまいそうだった。けれど、この機を逃したらもうだめな気がしたのだった。
「どうして謝るの。きみにキスされて、ぼくが傷つくわけないだろ。いっただろう、ぼく、ぼくは、きみにずっと、こうしてほしかったんだ。どうか、やめないで」
「っ……きみはまた、そんなことを言って、どうなっても知らないぞ」
「いい。ぼくを、きみの好きなようにしてくれよ」
「……! ジャン、」
プルーヴェールの駄目押しのひとことで、コンブフェールはなけなしの理性を手放したようだった。プルーヴェールの両手首をつかんでシーツに縫い留め、もう一度その唇を食んだ。コンブフェールの唇は次第にプルーヴェールの顎へ、首へと這わされ、プルーヴェールはそのたびに身体をびくりと緊張させる。コンブフェールの唇が首筋を吸ったときは、たまらず歓喜の声をもらした。気持ちがいい。比喩ではなく、プルーヴェールは歓びでそのままのぼりつめてしまいそうだった。クラバットはすでになく、大きく開かれているプルーヴェールの襟にコンブフェールの両手がかけられ、もともと適当に留められているシャツの釦を外しにかかった。プルーヴェールも必死で、震える両手をコンブフェールの襟元――こちらは対照的にきっちり着込まれていた――に伸ばした。
ようやく息がととのい、二人は仲良くシーツにくるまっていた。プルーヴェールはまだ額に汗をにじませたまま、頭をコンブフェールの片腕にのせ、その手に頭をそっとなでられながらまどろんでいた。ゆっくりと数秒かけてまたたきを繰り返す。
「……コンブフェール、」
「うん?」
「きみって、見かけによらず、なんというか、情熱的なんだねえ……」
コンブフェールは顔を真っ赤に染めて、それまでプルーヴェールの、好き勝手なほうを向いている巻き毛を優しくなでつけていた手でこぶしを握り、こつんとその頭をたたいた。
「いて、」
「ぼくにどうにでもしてほしいといったのはどこのどいつだ」
ふふ、とプルーヴェールは微笑み、首を伸ばしてコンブフェールにキスをした。
*****
「……で、なにか、奴は結局むっつりすけべだったってとこか」
「うん」
にこにこと、しあわせそうなプルーヴェールを見ながら、クールフェーラックはよかったな、と笑うほかなかった。フイイーも人のよい笑顔をうかべた。
「彼のような男も、やきもち妬いたりするんだねえ……」
「すました顔をしてな」
当の男は、金髪の首領の横で今日も忙しそうに書類をまとめている。その男が昨晩プルーヴェールを愛したのだとは、とうてい想像もできなかった。
詩人が試作に励むその後ろで、新聞に目を通しながらコーヒーを飲んでいたクールフェーラックは、詩人の独り言を耳にし、むせ返って激しくせき込んだ。
「あー……、どこからつっこんだらよいやらわからないのだけど。きみたちはいつからそういう関係に?」
「わからない。気がついたら、自然に」
「自然に」
クールフェーラックはプルーヴェールの言葉をかみ砕くように繰り返した。いやいや、いくらなんでも自然にということはないだろう。何かのタイミングで、二人の関係が友人から恋人に変わったのだろう、と尋ねれば、プルーヴェールはうなずいた。
「そうだね。あるときキスをされたんだ」
「なんだ。ちゃんと恋人らしいことをしているじゃないか」
「きいておくれよ、それが、パパがするキスみたいなんだ」
これにはクールフェーラックも噴き出して笑った。
「はは。あいつ相当おやじっぽいキスをするんだな」
「ちがうったら。そういう意味じゃなくて。なんというか、ぜんぜん、そういう雰囲気じゃないというのかな」
「えろくないってことだな」
「きみはことばを学ぶべきだよ、クールフェーラック」
おれはきみとちがって詩人じゃないんでね、とクールフェーラックは肩をすくめてみせる。
「そのキスだって、めったにしてくれないし。……ぼくの勘違いだったのかな」
プルーヴェールは自らのクラバットをもてあそびながら、そう呟いた。ぞんざいに留められているその結び目を眺めながら、しかし、いくらなんでも、ただの友人にキスはしないだろう、とクールフェーラックは首をかしげる。自分がマリユスに唇を寄せる想像をし、おええ、と内心えずいた。
「デートは」
「よく出かけるよ。けど、ぼくたちはキスをする前から、お茶をしたり天体観測にも連れ立っていったりしていたからね。そのときはよく互いの家に泊まっていたりもしたし、最近はむしろ疎遠になってしまったくらいかもしれない」
「なるほど……」
「なんでキスなんかしたんだろ」
プルーヴェールはひどく落ち込んでいるようだった。ぼくはいつの間にかすっかりコンブフェールに夢中になってしまって、いつだってからだを明け渡す準備ができているのに、と続ける。きみこそあけすけだな、とクールフェーラックは笑わずにはいられなかった。プルーヴェールは大きくため息をつくと、立ち上がって、テーブルに散乱していた本や紙を片付け始めた。
「帰るのか」
「うん。フイイーに本を貸す約束をしているんだ」
「抱いてくれない男に愛想をつかして、ついにほかの男と逢引きか」
「やめてよ。そんなんじゃないったら」
わかってるわかってる、はやくいけよ、とクールフェーラックは片手をひらひらと振る。元気のない詩人の後ろ姿をながめながら、穏やかな哲学者を思う。奴には奴なりの考えがあるのだろう。大事にしたいという気持ちは同じ男ならよくわかる。しかし。
「おれだったら据え膳は食うけどなあ」
部屋の隅では、酒樽がいびきを立てて眠っている。愛の形もいろいろあるか、とクールフェーラックは自らの考えを訂正した。
「おや、二人とも一緒にきたのかい」
翌日、ミューザンの入り口に仲良く連れ立って現れた労働者と詩人を見て、ジョリーがステッキを鼻にこすりつけながら微笑む。
「うん、昨夜はフイイーの家ですっかり話し込んでしまってね。そのまま泊めてもらったんだ」
にこにことプルーヴェールが微笑み返した。部屋の奥ではアンジョーラとコンブフェールが何やら額をつき合わせて話し込んでいる。自分がほかの男の家に泊まろうと、彼が関心を示すことはないのだろう。ちくりと胸が痛むのを、プルーヴェールは気づかぬふりをした。
*****
それから数日たった日のことだった。プルーヴェールは貸したい本があるというコンブフェールの家に久々に上がっていた。なんとなくコンブフェールとは疎遠になっていたのでプルーヴェールとしても気まずく、本だけ借りて早々に暇を告げようとしたのだが、せっかくだから上がって茶でも飲んでいけばいいと言われ、おとなしくそうしたのだった。しかしコンブフェールの様子がおかしい。上がれといったのはそちらだというのに、茶を出したきり話をするでもなく、彼は自分の作業を始めてしまった。以前だったら、それは普通のことであり、プルーヴェールも向かいに座って詩作を始めることもよくあった。気づくと外は暗くなっていて、そのまま泊めてもらうのがいつものパターンだった。
けれどいまはちがう。一言でいえば、コンブフェールはいつになく機嫌が悪かった。プルーヴェールは居心地が悪く、やはり今日は帰るよ、と切り出した。
「……泊っていきたまえよ。夕食は、スープとパンくらいしかないけれど、それでよければ」
コンブフェールは書き物をする手を止めず、プルーヴェールのほうを見ずにそう告げた。ことばとは裏腹に、彼にしてはめずらしく、いら立っている声だった。プルーヴェールは一瞬、動揺したが、気をとりなおして首を振った。
「……ありがとう。でも、遠慮するよ、悪いもの」
明日の午前、授業もあるんでしょう、とプルーヴェールは微笑んで付け加えた。しかし、なおもコンブフェールはこちらを見なかった。一瞬の沈黙ののち、そうか、とだけ相槌をうった。プルーヴェールはなぜだか泣きだしそうになり、震える手で荷物をまとめた。コンブフェールはその様子をちら、と横目でうかがった。
「……仕事のあるフイイーには遠慮しないのに、学生のぼくには遠慮するんだな」
どさ、とプルーヴェールはかばんを床に取り落とした。言ったコンブフェール自身も驚くほど、感情のない声だった。言ってしまった後ではっとし、コンブフェールが顔を上げれば、プルーヴェールは真っ青な顔をしてこちらを見ていた。
「ちがっ……、コンブフェール、ぼく、」
「っ……すまない、ジャン」
コンブフェールが立ち上がれば、プルーヴェールはおびえたように逃げようとした。その手を慌ててつかんで振り向かせれば、目には大粒の涙が浮かんでいた。たまらず、コンブフェールはその小さな身体を抱きしめる。
「……ごめん、コンブフェール、」
「ちがうんだジャン、謝らないでくれ。きみは何も悪くない。謝るのはぼくのほうだ」
フイイーときみが友だちなのは知っている。ぼくが勝手に、嫉妬したんだ、とコンブフェールは苦しげにつぶやいた。プルーヴェールは首を振り、その柔らかい頬がコンブフェールのこめかみにあたった。
「……帰るなんて言うなよ。そばにいてくれ」
いてくれるだけでいいんだ、きみの嫌がることは何もしないと誓うから、とコンブフェールは言った。プルーヴェールはコンブフェールの顔を見ようとみじろいだ。腕の力をゆるめたコンブフェールは、両眉を下げてしょんぼりとしていた。
「……ぼくが、きみのすることを嫌がると思うの」
プルーヴェールはコンブフェールの両の手をそっととった。
きみのしたいようにしてよ、とプルーヴェールは勇気を出して、震える声で言った。顔は真っ赤で、火が出るのではないかというくらい熱かった。
「……っ、ジャン、」
「っ……」
コンブフェールは片手の指をプルーヴェールのそれに絡め、強く握ったまま、プルーヴェールの唇に自身のそれを重ね、口内を深く味わった。プルーヴェールが空気を求めて大きく口を開ければ、コンブフェールは逃さないとばかりに、角度を変えてむさぼった。コンブフェールにこれほど深いキスを求められたことはなかった。潤む両目を思わず開ければ、コンブフェールはほとんど夢中といった様子で両目をぎゅっとつむっていた。見たことのない、男の顔だった。歓喜で肩を震わせ、プルーヴェールは空いていた片手でコンブフェールのシャツをつかむ。うれしい。どうにかなってしまいそうだった。否、自分はこのままコンブフェールにどうかされてしまいたいのだ。舌を強く吸われ、背筋がぞくぞくする。ズボンのなかで自身がわずかに反応しかけているのを感じ、あわてて意識をそちらへもっていかぬようにするのに必死だった。両ひざを意図せず擦り合わせたが、脚はすでにがくがくとしており、プルーヴェールはとうとうバランスをくずして後ろに倒れた。
「っあ、」
幸い、すぐ後ろにベッドがあったので、プルーヴェールはどこも痛めることなくその背をマットレスに沈めた。当然、プルーヴェールにくっついて離れなかったコンブフェールもバランスを崩してその上に倒れこみ、両手をプルーヴェールの顔の横についたが、互いの唇は離れてしまい、コンブフェールは我に返ったようだった。肩で息をしながら両目を見開き、少々こわいかおで、プルーヴェールを見下ろしていた。
「……、コンブフェール、」
「っ! ……すまない、ぼく、つい夢中になって、」
コンブフェールは慌てて起き上がり、プルーヴェールの上からどこうとした。
「ま、待って、コンブフェール」
プルーヴェールは必死で、コンブフェールの袖をつかんだ。泣いてしまいそうだった。けれど、この機を逃したらもうだめな気がしたのだった。
「どうして謝るの。きみにキスされて、ぼくが傷つくわけないだろ。いっただろう、ぼく、ぼくは、きみにずっと、こうしてほしかったんだ。どうか、やめないで」
「っ……きみはまた、そんなことを言って、どうなっても知らないぞ」
「いい。ぼくを、きみの好きなようにしてくれよ」
「……! ジャン、」
プルーヴェールの駄目押しのひとことで、コンブフェールはなけなしの理性を手放したようだった。プルーヴェールの両手首をつかんでシーツに縫い留め、もう一度その唇を食んだ。コンブフェールの唇は次第にプルーヴェールの顎へ、首へと這わされ、プルーヴェールはそのたびに身体をびくりと緊張させる。コンブフェールの唇が首筋を吸ったときは、たまらず歓喜の声をもらした。気持ちがいい。比喩ではなく、プルーヴェールは歓びでそのままのぼりつめてしまいそうだった。クラバットはすでになく、大きく開かれているプルーヴェールの襟にコンブフェールの両手がかけられ、もともと適当に留められているシャツの釦を外しにかかった。プルーヴェールも必死で、震える両手をコンブフェールの襟元――こちらは対照的にきっちり着込まれていた――に伸ばした。
ようやく息がととのい、二人は仲良くシーツにくるまっていた。プルーヴェールはまだ額に汗をにじませたまま、頭をコンブフェールの片腕にのせ、その手に頭をそっとなでられながらまどろんでいた。ゆっくりと数秒かけてまたたきを繰り返す。
「……コンブフェール、」
「うん?」
「きみって、見かけによらず、なんというか、情熱的なんだねえ……」
コンブフェールは顔を真っ赤に染めて、それまでプルーヴェールの、好き勝手なほうを向いている巻き毛を優しくなでつけていた手でこぶしを握り、こつんとその頭をたたいた。
「いて、」
「ぼくにどうにでもしてほしいといったのはどこのどいつだ」
ふふ、とプルーヴェールは微笑み、首を伸ばしてコンブフェールにキスをした。
*****
「……で、なにか、奴は結局むっつりすけべだったってとこか」
「うん」
にこにこと、しあわせそうなプルーヴェールを見ながら、クールフェーラックはよかったな、と笑うほかなかった。フイイーも人のよい笑顔をうかべた。
「彼のような男も、やきもち妬いたりするんだねえ……」
「すました顔をしてな」
当の男は、金髪の首領の横で今日も忙しそうに書類をまとめている。その男が昨晩プルーヴェールを愛したのだとは、とうてい想像もできなかった。
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