カメレオンの記憶 第3部
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あの日から体感的に数日が経った気がする。
孤児院では皆が家族。それぞれが助け合い、支え合って過ごしている中で、わたしの心にはずっと気にかかっていることがあった。
────この感じ、サスケのこと考えてるのかな。
わたしが脱走してしまってからは大人達の監視が厳しくなってしまい、再び同じことをするのは難しくなっていた。
何度か「友達が待っているから外に出たい」と話したことがあったが、誰も5歳やそこらの子どもが話すことなんて信じてはくれない。
会いたいのに、会う約束をしているのに、それが叶わない現状に焦りを感じ始めていたある日────。
遊戯室の窓から見える玄関へ1人の少年が歩いて来るのが見えた。
少年を見たわたしの鼓動が早くなる。その感覚は興奮に近く、嬉しくてたまらない抑えきれないような気持ちだった。
院長や他の保母さんと少し話した後に中へと招かれた少年は一度姿を消す。しばらくして数人の話し声が遊戯室へ近づいて来るのが聞こえたわたしは扉の前に走って行った。
「サスケのお兄ちゃん!!」
彼は扉が開かれるや否や飛びついたわたしを驚きながらも抱き留めた。そしてそっと引き離し、目線を合わせて膝を折ると穏やかに微笑む。
「イタチだ」
「イタチにいちゃん! サスケは? どこにいるの?」
「外で待ってるよ。今日は半日だけ外出の許可をもらえたんだ。さ、行こう」
その言葉に嬉しさを露わにしたわたしは勢いよく首を縦に振り、軽快な足取りでイタチと手を繋いで保母さん達に見送られながら孤児院を出た。少し離れた場所で待っていたサスケを目にしたわたしはすぐにイタチの手を離れ、駆け出す。
「サスケ!!」
「アサギ! 出られてよかった! 今日はにいさんも一緒にいてくれるっていうから、いっぱいあそぼう!」
「うん!」
後ろでイタチが「あまり離れるんじゃないぞ」と言うのを聞きながらわたしの手を引いて駆け出すサスケと笑い合った。
────イタチ、にいちゃん。
懐かしさを感じる呼び名をそっと呟いてみる。
胸がじんわりと温かくなるような、きゅっと寂しくなるような……。
複雑な感情が入り混じる。
2人はこうしてわざわざわたしを迎えに来てくれた。
それなのに────。
しばらく小道を行くと繁華街へと辿り着き、サスケに案内されるまま最初に訪れたのは見覚えのある甘味処だった。
「ここのおにぎり、すっごくおいしいんだ」
「おだんご屋さんじゃないの?」
大きく団子の絵が描かれた看板を見て不思議そうに問うわたしへ、イタチは笑いながら教えてくれる。
「ここは確かに団子屋だけど……それ以外に定食を出していたりもするから、甘味処兼食事処としても里じゃあ有名なんだ」
「あまみ……? しょくじ?」
「とりあえず、ここはごはんも出るんだ! おいしいんだよ。ほら、行こう!」
いまいち理解ができていないわたしの手を引いてサスケは店内へと入って行く。
────こんな、偶然って……。
この店は間違いなく、任務として木ノ葉に滞在中、オビトが働きに行っていた団子屋だ。
そこへ、わたしは過去に食べに来たことがあったんだ。……サスケや、イタチと共に。
「アサギは何がいい?」
案内された席へ着くとイタチが品書きを渡してくれる。そこに大きく載っていた写真を見て、わたしはすぐにそれを指差した。
「これ!」
「いちご大福か。サスケはいつものでいいな?」
「うん!」
イタチは慣れた手つきで注文を済ませ、食事が来るまでの間にわたしとサスケはいろんな話をした。
好きな食べ物の話や、今日これから何をしたいか、何をするのが好きか……。
たくさん出た話題の中でもサスケが一番熱心に話してくれたのはイタチのことや、彼ら一族に関する話題だった。なんなら話題の大半がそれだったように思う。
それだけ一族や兄に誇りを持っているのだと強く感じた。
「お待たせました」
「うわぁすごい!」
そうこうしているうちに運ばれてきた大粒のいちご大福。わたしはそれを口いっぱいに頬張り、あっという間に完食してしまった。
「おいしかった!」
わたしが大きな声でそう言うとイタチが「顔中粉まみれだ」と笑いながら優しく拭ってくれた。
────いちご大福。
それを見て思い出したのはわたしが入院してしまった時、サスケが差し入れてくれたあのいちご大福だった。
サスケは、サスケにはこの時の記憶がある。だからあの時わざわざこれをくれたんだ。……きっと、思い出して欲しかったから。
「これも食べてみるか?」
「それなぁに?」
「三色団子だ。一本あげるから食べてみるといい」
2人を残して先に完食してしまったわたしを気遣ってかイタチが団子を譲ってくれた。
────三食、団子……。
これもまた、わたしが好きだと言い歩いていた物だ。
だんだんと記憶のピースが埋まっていくような感覚がして胸が騒めく。
尊敬する兄の行動を見て真似たくなったのか、サスケまでもが「おれのもいっこあげる!」と差し出してくれた。
わたしの皿の上には2人が分けてくれた団子とおにぎりがのっている。それを頬張りながら他愛ない会話を繰り返し、幸せな食事の時間は過ぎていった。
「つぎはとっておきの場所につれてってあげるからね!」
食事の時間が終わり、甘味処を後にするとサスケが得意げに言った。
「とっておきって、どんなとこ?」
「つくまで、ないしょ!」
気になったわたしが何度かそう問いかけても、サスケは行き先を答えてくれない。そうしてしばらく同じような会話を繰り返しながらサスケの背を追いかけていると、ある家紋が建ち並ぶ区画へとやって来た。
なんだここは、と言わんばかりに辺りを見回すわたしを見たサスケは両手を広げて誇らしげに宣言する。
「ようこそ、〝うちは一族〟へ!」
その言葉を聞いた途端、わたしは喜びの声をあげる。
あちこちに飾られている家紋に目を輝かせ、先を歩き出すサスケの背を追いかけようと足を踏み出したわたしの耳にイタチの声が滑り込んだ。
「サスケはよほど君のことを気に入ってるんだね。君があの公園に来てくれるって信じて、ずっと通い続けてたんだ」
「でも、わたし、行けなかった。先生たちが、かってに外へでちゃだめよ、って……」
やっぱりサスケは待っていてくれたのに、と俯きがちに行けなかった理由を説明したわたしに、イタチも事情を説明してくれた。
最初はイタチもサスケが1人でわたしを待っているだなんて知りもしなかったと言う。だけど毎日のように自分のことを追いかけていたサスケがついて来なくなったのを不思議に思い、話を聞いてみたところ、わたしを待っていると答えたらしい。
しかしわたしが孤児院にいると知って、待っていても来ないのが目に見えていたイタチはわざわざ孤児院へ出向いて話をつけてくれたのだそうだ。
ずっと健気に待ち続けるサスケを不憫に思うと同時に、そこまで大事に思える友達ができたことが嬉しかったらしい。
そうしてわたしと遊ぶことが決まった時、サスケは『おれたち一族、みせてやるんだ』と張り切っていたと言う。
「ただいま! ほら、アサギ来て!」
サスケの背を追って行くと、とある民家へと辿り着いた。
────ここ、は……。
心臓がひと際大きく脈打つ。
大きな足音を鳴らしながら奥へと消えて行くサスケを見送ったわたしは少し困った様子で傍にいるイタチを見上げる。イタチはそんなわたしの背をそっと押し、促されるまま足を踏み入れると中から女の人の声が聞こえ、サスケと一緒に顔を覗かせた。
────サスケの、お母さん……。
サスケに袖を引かれて驚いた表情を見せるその顔を見て胸が痛む。
わたしは知ってる。向こうの世界で見た、彼女達がどうなるってしまうのかを。
そして予感する。彼女達と次第に深い縁で結ばれていくのを。
居間に上がらせてもらったわたしはサスケのお父さんとも顔を合わせ、恥ずかしそうに話をする。
両親とも最初こそ驚いていたけれど、サスケが懸命にわたしと出会った時の話やわたしの現状を説明してくれたからか、その場の空気がだんだんと和やかになっていったような気がしていた。
────忘れてた。こんなに……こんなに、温かい思い出なのに。
視界がぼやける。
サスケはどんな気持ちだったんだろう。イタチはどんな心境だったんだろう。
今になってサスケやイタチが言っていた言葉が脳裏に過る。
『お前のことを家族の一員だと思ってた』
『忘れられたオレの気持ちが……オレ〝達〟の気持ちがわかるか!?』
『逃げろ────』
頭が痛い。胸が苦しい。
大切な記憶のはずなのに、もっと思い出したいと思う反面、この先に待ち受けるものを直視したくない気持ちに駆られる。
もう一度、奪われるなんて……──そんなの、耐えられるはずがない。
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