孤独の蛍、月夜の晩に
もう、描く気なんてこれっぽっちも起きない────。
物心ついた時から絵を描いたり、塗り絵をしたり、パズルをするのが大好きだった。もちろん外で遊ぶことも好きだったけど、長く続いた事と言えば絵画関係だったと思う。
一度舞踊や歌にのめり込んでからは絵を描く気になんてなれなくて……いや、絵を描く暇がなくて、全く描かなくなった。
けれど必死になってやり続けた舞踊も歌もやめてしまい、結局今の私には何も残っていない。
そうやって全てを捨てて初めて、自分が本当にやりたいことに気がついた。
今までいろんなことに挑戦してきたけれど、やっぱり最終的には絵を描くことに戻ってくる。
やっぱり自分には〝描く〟ということが唯一の楽しみだったのかもしれない。そう気がついて、今まで描けなかった分を取り戻すようにたくさん描いてきた。
けれど……。
────いくら描いても、上手くならない。……もう、上達なんてしない。
自身の成長を感じられず、どん底へと落ちてしまっていた。
絵が上手い人なんてたくさんいるし、その人達から技術を盗もうと歩み寄ったこともある。
でもやはり、私には決定的なものが欠けていた。
……〝観察力〟と〝記憶力〟。
どんなに訓練したところで、元々持病のある私には常人ほどの観察力と記憶力は身につかない。
────だから絵を描くにも他人のものを見てしか描けないんだ。
模写ばかりが続く中で一向に自分自身を見つけられない。そんな気がしていた。
────また、全てを捨ててしまおうか。
家にいるのも嫌になり、暗い夜道へ踏み出す。ふと気がつくといつの間にか森の中に入り込んでしまったらしい。
鬱蒼と生い茂る木々の近くで立ち止まる。光る何かが目の前を横切るのが見え、それを追うように視線を向けると闇夜にも負けぬ蛍達が大きな湖を彩っていた。
────すごい……。
幻想的な風景に息を呑みながら湖へと近づくと、優しいそよ風が頬を撫で、泣き腫らした目を乾かすように通り過ぎていった。
────今日は……ちょうど、満月なんだ。
大きな湖の真ん中にぽつん、と浮かぶ小さな月を見て、なんだか今の自分みたいだと少しだけ安堵の息が漏れる。
────ここにいれば、少しは落ち着くかな。
そう思って近くの石に腰かけ瞳を閉じる。
────久しぶりに歌ってみよう。
虫達がさえずる声に誘われ、私も小さく口ずさんだ。小さい頃から大好きで何度も勇気を与えてくれた歌を……──。