一年草
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わたしはいじめられている────。
外から見れば和気あいあいとしているこのアカデミーでそんなことが起きているなんて到底誰も思わないだろう。
いじめが始まったのはわたしがこのアカデミーへ編入した頃くらいだった。
皆は他里に住んでいたわたしをなかなか受け入れられなかったらしい。最初のうちはいろんな子が話かけたりしていたけれど、人と上手く話せない性格も相まって、だんだんと皆離れていってしまった。
一番つらいのは、自分からなかなか言い出せない性格のわたしを差し置いて担任の先生や、他クラスの先生がこの現状を放っておいているということ。先生達にまで見放されているような気がして生きた心地がしない。
────いっそのこと、死んだ方が楽になれるのかな。わたしを守ってくれる人なんて、1人もいないから。
そんなことを思うようになって数日が経ったある日。
「アサギ、今日の放課後にこれ全部倉庫へ持って行ってくれ。
担任の先生に頼み事をされたわたしはうつむき加減に蚊の鳴くような声で返事をした。
やりたくないわけじゃない。むしろこうやって頼ってくれているのは必要とされている気がして、わたしの居場所がある気がして安心できる。
でも、でも吟くんは……。彼は、今この陰湿ないじめをしている主犯格だ。
そんな彼と一緒に後片付け?
考えるだけでも動機がする。呼吸が浅くなる。お腹が痛くなる。
それでも残酷に時は過ぎ、来るな来るなと思えば思うほどあっという間に放課後を迎えてしまった。教室の隅にある自分の机で鞄を抱きかかえて俯く。
「なぁ吟。帰りに一楽寄らね? 俺さすがに腹減った」
「いいぜ! おい、アサギ。俺帰ったことバレる前に済ませておけよ。もしヘマしたらそん時は承知しねぇぞ」
「おぉこわ。ほらさっさと行こうぜ」
遠ざかって行く吟くん達の会話。それを聞いて肩の荷が下りたような気持ちになる。
────よかった。
わたしが思った通り、彼は全てを押し付けて帰ってしまう。
────その方がいい。運ぶのが大変でも、1人でいる方がマシだ。
今、吟くんと2人きりになると何をされるかわからないから。
彼はこのクラスでトップと言っていいほどの実力の持ち主。皆、尊敬するか恐れるかで彼に逆らう人はいないし、きっと見た感じ成績優秀だからと先生達からも贔屓されている。
だからまさか彼がこんなことをしているなんて……誰も、思わないだろう。
忍としての素質がある彼の陰湿さは酷いものだ。
いつもわたしが孤立しているのをいいことに、先生達の前では積極的にわたしへ話しかけるのだから。それはまるで傍から見ればかわいそうな人間へ手を差し伸べている、優しい人間に見えるだろう。
きっと今回、先生が吟くんとわたしを一緒にしたのもそれが理由だ。
────誰も、いなくなった…?
喧騒が遠のいていき、そっと顔をあげると周りには誰もいなくなっていた。
やっと張りつめていた糸が緩み、教室の後ろにある準備室へと向かう。そこには荷台と積まれた教科書、そして今日の演習授業の時に使った木剣が持って行ってくれと言わんばかりに集められていた。
────かなりの量……。
何回かに分けて教科書を荷台に乗せ、そのあとに紐でまとめられている木剣を教科書と挟むようにして横にしたまま乗せた。
あとは落とさないように進むだけだとゆっくり踏み出す。
「あ、あれ…?」
しかし木剣が扉に引っかかり、上手く外へ出られなくなってしまった。しかも扉にぶつかった衝撃で教科書が少しづつずれ落ちていく。
必死にそれを止めながら木剣を引き抜こうとするが、その上にも重たい教科書が重なっていてなかなか抜けてくれない。
自分の無計画さが嫌になってしまう。
このまま手を離してしまえば教科書や木剣がものすごい音を立てて散らばるのは目に見えている。そんなことになれば誰かがここへ来てしまうかもしれない。
そして誰かが来れば吟くんが帰ってしまったことがバレて────。
どんどんと思考が嫌な方向に広がっていき、ゾッとしたわたしはどうにかして1人でこの状況を乗り切ろうと必死になった。
「ま~だ残ってたの」
「ひっ……!」
突然背後から聞こえた声。
準備室の出入口はここしかないのに、まさか人がいるなんて思わなかったわたしは喉に詰まらせたような悲鳴をあげた。
その拍子にかろうじて教科書を支えていた手を離してしまう。
「おおっと……」
しかしそれを声の主はすぐに支え直してくれる。
恐る恐る振り向くと、そこには顔の大部分が覆われた男の人が立っていた。
「これ、倉庫に持って行くやつでしょ」
そう言いながら男の人は不安定に積み重なった教科書を机に置き直し、木剣を引き抜いた。
「ほら、あとは俺がやるから。もう生徒は帰る時間でしょ」
「え、あ、で、でも……っ」
ここで帰ってしまっては明日、吟君に何を言われるか……。いや、何をされるかわかったものじゃない。
恐ろしくなったわたしはどうにかしてこの人を説得しなくては、と言葉を詰まらせながらも必死に話した。