花咲く梨の実
夢主設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
清々しいほどの青空に夏の声が響く。
今日は任務も無いから、とどうしても欲しかった忍具と巻物、それから書物を買いに出かけたのはいいけど────。
「あッつ……むり……」
外は猛暑。いつも以上に体力を削られ、家に着いた途端全身がアイスのように溶けていった。たくさん買った物を部屋に片付けに行く元気があるわけもなく、縁側に隣接している応接間でただ体が涼むのを待つ。
あまりの熱風と日照りに参っていたのに、こうして日陰に入るだけで驚くほど気温が変わる。心地良い風にだんだんと眠たくなってしまい、逆らうことなく目を閉じた。
こうして昼寝をする時間が一番気持ちが良い。
うとうとと夢現な瞼の裏に陰が覗く。同時に嫌な予感が走った。
「おい、アサギ」
────げっ…ネジ兄ちゃん帰って来たのかよ……。
目を開けるまでもなく声の主がわかってしまった私は一瞬の迷いのあと、そのまま寝たふりを続行しようと決めた。
────さすがにかわいい妹分が気持ち良くお昼寝してるのを叩き起こしたりしないでしょ。
そう、思ったから。しかしそれがまずかった。
「い"っだ!!」
「そんな小細工が俺に通用するとでも?」
兄ちゃんは少しの手加減もせず、私の足の点穴を刺した。痺れるような鈍い痛みに思わず叫びながら飛び起きてしまう。
これ以上何かされては堪らない、と逃げたい気持ちでいっぱいだったのに点穴を閉ざされた足は言うことを聞かず、それさえも叶わない。痛みやもどかしさ、悔しさからくるいくつもの怒りをネジ兄ちゃんにぶつけた。
「なにすんの、こンのバカ兄貴!!」
「馬鹿…? 人に言えたことじゃないと思うが。返事もせず、今日やるはずのことも放棄。それで一丁前に昼寝か」
「ちょっと休んでただけじゃん! ほんっと信じらんない。今すぐ治して!」
この状態で泣きたくはないけど鈍い痛みがじんじんと響き、溢れそうになる涙を必死にせき止めながら睨みつける。
最近のネジ兄ちゃんはこうだ。私が里子としてこの家にお世話になり始めたあの頃とは大違い。
最初はなんでも優しく面倒を見てくれたのに……私がアカデミーを卒業してから、こうしてつらく当たるようになってしまった。
以前の兄ちゃんを知ってるのもあり、その落差に耐えられなくなった私は嫌でも反抗期を迎え、頻繁にこうした喧嘩を繰り広げてしまっている。
────前は優しかったのに……きっと、私のことが嫌いになったんだ。
最近は突発的に暴言を吐いてしまうことも手が出ることもあるし、ネジ兄ちゃんが私のことを嫌になったとしても無理はない。
「さっさと片付けろ。そしてやることを終わらせて来い」
そう言いながらネジ兄ちゃんは私の足に触れた。途端に足は自由になり、鈍痛からも解放される。
いまだに怒りが収まらない私は文句を垂れながら袋から傾れ出てしまったいくつもの忍具や巻物を片付けていった。
────ほんと、一回くらい褒めてくれたっていいんじゃん。
片付ける私をただ見ているだけの兄ちゃんの口は引き結んだ糸のように固く閉じ、優しい言葉が出てくる気配は微塵もない。
そんな兄ちゃんを横目で見たらもっと反抗してやりたい気持ちが込み上げ、袋を両手に下げながらわざと足を踏み鳴らして歩いた。
────もういい。知らない。しばらく口きいてやんないから。
ネジ兄ちゃんを無視するように部屋への道を辿る。
この一族に拾われただけの私にはネジ兄ちゃんやヒナタ姉ちゃんみたいな眼は存在しない。
けど私だって2人みたいに強くなりたくて、こうしていろいろ学ぼうとしてる。ヒナタ姉ちゃんは点穴は場所を覚えさえすれば突けるようになるよって教えてくれたし、体術の修行も付き合ってくれるのに。
でもどういうわけか、ネジ兄ちゃんには私が遊んでいるように見えるらしい。
いつか絶対2人を越える。そしてネジ兄ちゃんに認めてもらいたい。
ただその思いだけでずっと任務や修行、勉強に励んできたのに。
なかなかわかってもらえない現状に怒りばかりが募り、持っている袋をいつもより大きく振り回して廊下を曲がった。
────あっ…やば……っ!
しかしそれが凶と出てしまい、突き当たりに置いていた壺に当たる気配がし、嫌でも血の気が引いていくような感覚に陥った。
あんな態度をとったあとに壺を割ったと知られれば、今度こそネジ兄ちゃんを本気で怒らせることになる。
さっきまでの怒りはどこへやら、我に返った私は慌てて振り向きながら手を伸ばす。けれど一歩遅く、壺は無残にも大きな音をたてて弾け飛んでしまった。
「……どうしよ」
思わず心の声が漏れる。なんとか自分を落ち着かせようと髪を耳にかけ、ネジ兄ちゃんの足音がしないか気配を探った。
────よし。きっとまた中庭かどっかに行ったんでしょ。
今ばかりはこの屋敷が広いことにありがたみを覚えた。いつもは掃除や移動が面倒だとしか考えたことがなかったけれど、今この瞬間だけは屋敷が広いおかげでネジ兄ちゃんに音が聞こえてないはずだから。
────そうと決まったら早いとこ、これを片付けないと……!
両手に提げた荷物を近くの畳間に放り込み、大きな破片に手を伸ばすけど────。
「動くな」
私の体はその一声で動くことができなくなってしまった。