01.脱走
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里の門にほど近い林の中────。わたしは足の痛みに耐えられずその場に立ち止まってしまった。
体がこんなんじゃければ、岩場や壁を登っての脱出路も考えられたのに、今のわたしは里内に1つだけ存在する出入り口へと向かっている。気づかれるリスクはもちろんあるけれど、今はこれ以上の策を思いつかなかった。
痛みに耐えているせいでいつもより息があがる。誰にも悟られないよう、静かに細く呼吸を繰り返し、そっと木に背を預けた時────聞き慣れた声が耳に滑り込んだ。
「アサギ…なの、か……?」
咄嗟に身を固くし、見つかりたくない一心で気配を消した。
────お願い、今は来ないで……!
なんだ気のせいかと去って欲しいのに、声の主は草や枝を踏みしめながら一歩、また一歩と近づいて来る。
「お前……何してんだ、こんな所で」
そんな思いも虚しく、声の主────シカマルはわたしの顔をそっと覗き込んだ。
「病院を抜け出してまでなぜここにいる」
もうひとつ足音が聞こえたかと思えば、そばでしゃがみ込んでいるシカマルの背後からサスケが姿を現した。彼は両手をポケットに突っ込み、気だるげにわたしを見下ろす。
その額にはじんわりと汗が滲んでいた。
────どうして2人がここに……。
正直、今一番会いたくない相手だ。
仮にも彼らとはここで初めて出会い、共に学んだ仲。そして今のわたしにはここで絆を深めた彼らとの思い出と同時に、向こうの世界で見てきた彼らの記憶がある。
向こうで見た彼ら。ここで過ごした記憶。
わたしはシカマルにどんな感情を抱いた?
サスケのことをどう思った?
全てがわたしの中で複雑に絡み合う。
何も言えないわたしを2人は問い詰めた。
「お前、病院抜け出すような奴だったか? そうじゃねぇだろ。……少なくとも、俺はそう思わねぇ」
────何か、なにか言い訳探さなきゃ。
シカマルの疑うような言葉とサスケの射るような視線に心が軋む。
「あ~……えっ…と散歩! 散歩してたの!」
「はあ?」
我ながら呆れる。咄嗟に思いついたのがこんな嘘なんて。
思わず漏れてしまったシカマルの反応にも胸が締めつけられ、サスケの重いため息に鼓動が早くなった。
「本気で言ってんのか?」
「やっだなぁシカマルってば! わたしが嘘ついてると思ってんの? ほら、病院てなかなか外出許してくれないからさ、退屈で!」
誤魔化すように明るく笑って見せる。すると鼻で笑ったサスケが口を開いた。
「そうだよな。二度も病院へぶち込まれれば暇も持て余すだろう」
「でしょでしょ! たまには外出て自由に動きたいじゃん?」
「だが二度目だからこそお前はわかってるはずだ。〝完治するまで大人しくしていればまたみんなで遊べる〟と」
「っ……!」
彼の言った台詞は当時のわたしを切り取ったようだった。
確かにここで過ごしたわたしならそう思って今度こそ大人しく完治を待つだろう。
────もう、言い訳は通用しない。
これ以上ここにいればすぐにでもオビトに見つかってしまうだろう。かといって2人に事情を話すわけにもいかない。
「お前……その眼、どうした」
策を探そうと辺りを見渡した時、月明りにぼんやりと照らされたわたしの顔を見てサスケが険しい表情で言い放つ。
「あ、えっとこれは……──」
しまった、と思ってももう遅い。わたしの左目を覆う包帯は糸を切った時の傷で血に濡れていた。それが見られてしまえば、2人の疑いを加速させるだけだ。
────でも……そうか。
同時にわたしは思いつく。ここを抜け出す糸口を。
そっと左目に触れ、両目を閉じた。
「アサギ? どうしたんだよ、おい」
シカマルが呼びかける声も、サスケが触れる温度も、全てが遠ざかっていく。
今まで使ったことがない力だし、成功するかはわからない。でも今ここで使わなければ、ただその思いだけで念じるように力を引き出した。
全ての音が無に返り、触感もなくなり、草木の青い香りも無と化す。そうして目を閉じながらも見えきたのは病室から飛び降り、片足を引きずるようにして必死に走る自分の姿。
ああ、そうか。これは────自分の記憶の中だ。
必死に走る自分はやがて林へと差しかかり、門の方へ向かって移動する。しかしその先にはシカマルとサスケが互いに息を切らしながら何かを探しているのが見えた。
────このままじゃ……!
気がつかなかっただけで、きっとこの時から2人はわたしのことを探してたんだ。
走る自分を止めようとその背に手を伸ばす。すると体が吸い込まれるように自分の中へと入っていき、鼓膜を突き破らんとする勢いの心音で目を開けた。
「っ…ここは………!」
全ての感覚が自分の眼を初めて見た時のように押し寄せる。それに少し目を回しながらも、何が起きているのかすぐには理解できなかったわたしは立ち止まって辺りを見渡した。
「これって……」
そこは確かにさっきまで見ていた記憶の場所だった。耳を澄ませば遠くの方からシカマルとサスケの声が聞こえてくる。何を言っているのかは聞こえないけれど、どうやら鉢合わせる前に自分を止められたらしい。
────さっきの出来事はどうなったの? これって過去へ戻ったってこと? それともまだ記憶の中……。
いろいろわからないことだらけなのに、誰も正解を答えてはくれないし、オビトがここへ来る時間は刻一刻と迫っている。
思考する間もないまま、わたしは道を変え、迂回して門を目指すことにした。