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小夜の向こう側





────胸騒ぎがする。

 焦る心を落ち着かせるように胸元をぎゅっと掴んだ。

 生ぬるい風が勢いよく頬を駆けていく。

 鬼鮫が単独任務に出てしばらく経つというのに、彼はまだ戻って来ていない。今までこんなことは一度も無かったし、ゼツを捕まえて問い質してみれば今回の任務内容はただの視察だというじゃないか。
 難易度が高いわけでもなければ戦闘が直接関わってくることでもない。

 とはいっても私達はS級犯罪者。全ての戦闘を避けられるわけではないし、少しばかり巻き込まれてる可能性は十二分に考えられた。

 けれどもし仮に戦闘になったとして、あの鬼鮫が手こずる?
 ……いいや、まさか。彼ならそんなことはない────はず。

 それなのに勘は騒ぐ。鬼鮫が危ないと。彼を助けに行かなければと。

 嫌なことに私の勘はこれまで一度も外れたことがない。

 早く助けにと思う反面、彼なら絶対に大丈夫だと思いたい自分もいた。
 大切な人が危険な目に遭っているかもしれないなんて想像、したくもないのに。

 それでも思いを振り払い、何もないことを必死に願いながら一層強く足元の枝を蹴る。

────このチャクラは……!

 アジトから飛び出してしばらく。ゼツから聞き出した任務地に近づくと、香るように鬼鮫のチャクラを感じた。
 でも距離が遠いのか彼がそれほどに衰弱しているのか、そのチャクラは不安定に揺れている。ふわりと消えたり、現れたりを繰り返す彼の気配を決して逃してしまわないよう走る速度を上げた。

 チャクラを拾うことに集中していると、ふとあることに気がつく。

 これは────。

 直後、眼下に何か見えた。辺りを警戒しながら飛び降り、中身を確認するように水でできた球体へと近づく。




「……鬼鮫!!」




 そこには水牢の中で巻物を広げる鬼鮫の姿があった。

────正気じゃない。

 遠目で見てもすぐに違和感を覚えた。弾かれるように駆け寄り水牢へと手を伸ばす。




「ッい”…!?」




 しかし私の手からは血が滴り落ちるだけで水牢に触れることさえ叶わなかった。
 よく見れば水牢からは小さな水の刃が無数に迫り出し、それらが高速で回転していた。まるでそれは彼に触れる者を断固として拒否しているように見える。

────思った通りだ。

 さっき鬼鮫のチャクラに触れて確信した。この水牢は彼のもので間違いない。そして同時に彼の中にもう1人の存在を感じた。




「解ッ!」




 自分の手が傷だらけになるのも構わず、私は一瞬だけ水牢に触れて大量のチャクラを流し込んだ。少しでもこのチャクラの流れを乱すことができれば、私が入る隙が生まれる。

 鈍痛に耐えようと強く瞼を閉じた。瞬きほどの間、目に光が戻った鬼鮫の姿が見えた気がして安堵する。

────幻想牢げんそうろう!!

 そのまま私は見えない敵へ向かって逆寄せの術を放った。

────これで、少しは時間を稼げ……る…。

 術を放った直後、水牢の中にいる鬼鮫と目が合ったものの、一度に大量のチャクラを消費してしまった私は崩れるようにしてその場に両手をついた。
 眩暈と動悸に襲われ、息が切れる。地面に滴る血は波紋を広げ、歪な模様を作っていった。

 ぼんやりした私の頭に水の弾けるくぐもった音がこだまする。そこで我に返り、血が流れ続ける鼻を拭いながら立ち上がった。




「鬼鮫。行こう」




 まだ話すこともままならず、木に背を預ける彼に肩を貸す。

 いくら私が敵に幻術を返したからと言って、彼らが追いかけて来ないとは限らない。今すぐにでもここを離れなければ。

 私も鬼鮫も抵抗する力は残ってないし、今敵と対峙すれば後がない。それはきっと鬼鮫も痛いほどわかってると思うし、だからこそ今は無理して走ってもらう他なかった。

 ほとんど力の入っていない鬼鮫の巨体を支えるには私自身の筋肉量だけでは間に合わず、チャクラで全身を活性化させながら木々を駆ける。

────完全に……チャクラ…切れだ……。

 私はただでさえ他人よりチャクラ量が少ないため、だんだんと目の前が霞んでいく。何度かつまずきそうになりながらも、傍らに大事な人を支えているという思いだけで必死に枝を蹴った。




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