幸せの虜
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────また、いらっしゃる。
たくさんの人の波を縫い、赤く艶のある髪を砂風になびかせた彼は今日も凛と前を向いて歩く。
「我愛羅様! 今日もいいお天気で」
「さぁさぁ、こちらの調度品もどうぞご覧下さい我愛羅様!」
「今日は良い布が手に入ったんですよ。見て行ってくださいな」
「きっと我愛羅様のお気に召す物が見つかりますから」
人々は彼にあれやこれやと色々な物を勧める。
我愛羅様も彼なりに1人ずつと向き合って話しているけれど、私がその輪の中へと入っていくことはできない。
────私は所詮、しがない宿屋の清掃員。
若くしてどうしてこんな仕事に就いてしまったのだ、と皆に言われるけれど、片親の我が家を支えるにはなんでもいいから仕事が必要だった。
働ける歳になってすぐの頃。家の近くでたまたま募集していたのがこの仕事で、俸給も悪くなかったし、急募ということもあって採用までに時間もかからなかった。
一緒に働いている人達も母親と呼べるほどの年齢ばかり。けれどだからこそ、皆私を自身の子どものように思ってくれる。
それに女性職場というのもあって、初めての仕事に出る私を心配していたお母さんも安心していた。
もちろん初めての仕事だし、何もかもが一筋縄ではいかない。
正直最初はただの掃除と侮っていたけれど、覚えることは山のようにあったし、何よりとても神経を使うことに驚いた。
お客さんが泊まるいくつもの部屋を清掃するけれど、埃ひとつ、髪の毛ひとつ、シワひとつ許されない。
そんな仕事の中、やっと自分にも余裕が出てきて我愛羅様がたまに通りへ来ていることを知った。
新しい風影様の話は聞いていたし、一応遠目でなら見かけたこともある。けれど、あんなに間近で見たのは本当に初めてだった。
心臓が嬉しさと憧れで跳ねていたのを鮮明に覚えている。
しかし我愛羅様は本当に尊敬に値するお方だ。
就任した時は皆口々に文句を連ねていたのに、時が経てばこうしてあれやこれやと勧めては話かけている。
それもつらい風に当てられながら里のため前を向いてこられた、我愛羅様の懸命な取り組みによるものだと思う。
気がつけば私は仕事中、我愛羅様のお姿を探していることが増えた。目が合えば会釈なり、すれ違えば挨拶を投げかけるなりをする。
それが仕事へ行く楽しみになっていた。
けれど私にできるのはやはり遠目から見つめるか、すれ違いざまに返ってくることのない挨拶をすることだけ。間違っても話しかけたりなんてできるはずがなかった。
この仕事が嫌だと思ったことはない。
でも清掃員という身分が里の長という高貴な存在にほいほいと話しかけるのは気が引ける。
それは職場の人達も同じなのか、皆我愛羅様が通りに来ていることを話題にはしても決して輪の中へ入っていこうとはしなかった。
いつしか芽生えてしまったこの気持ちは日に日に増していき、それさえ申し訳なく思った私はできるだけ彼のことを忘れよう、と仕事に打ち込んだ。
────身分の差があり過ぎる。このままではいつか気持ちを伝えてしまいかねない。
私なんかが簡単に想っていい人物ではないのに。