09.無力な小鳥
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「ん"っ!」
背後から伸びてきた手が口を塞ぎ、逃がさんと言わんばかりにわたしの体を引き寄せた。
拍子に取れた笠が足元に落ち、無残にも踏み潰される。
「まさか、こんなところで暁と出くわすなんてね」
「っ…!」
喉元に鋭い刃物を押し当てられ、一瞬の痛みのあとに血が伝うのを感じた。
暁を知っていると言うその声は嬉しそうに喉を鳴らす。
────いったい、こいつは……。
どいつにしろ、暁を知って狙っている奴にそうやすやすと捕まるわけにはいかない。
「メンバーに子どもがいたっていうのは知らなかったけど……これもまた、手柄だ。ね、そうでしょ?」
「いいからさっさと連れ帰るぞ。応援を呼ばれると面倒だ」
男がそう誰かに質問を投げかけると、背後から低く野太い声がした。
わたしの目の前に歩み出た声の主を見て背筋が凍る。
────木ノ葉の暗部……!?
白地にそれぞれの模様の入った面と刀を背に常備しているその姿。見間違えるはずがない。
「はいはい、せっかちだね」
────やばい、今捕まるとまじでいろいろやばい…! 特にこいつらには!!
これから木ノ葉へ向かおうという時に、そこの暗部に捕まってしまうなんてことがあれば全てが台無しだ。
任務もそうだけど、最悪わたしの人生も終わる。
元の世界に帰るのも叶わぬまま、拷問の果てに力尽きるのが嫌でも想像できた。
────意地でも逃げないと……!
咄嗟の判断で塞がれていた口を開き、食いちぎる勢いでその手を噛んだ。
「い"っ!? くっ…そテメェ!!」
「ぁ"っ……!」
口の中に錆びた鉄のような不快な味が広がるのと同時に、男はわたしの髪を掴む。
痛みに顔をしかめながらも無我夢中で忍具ポーチに手を突っ込んで手近なクナイを取り出し、当たるかもわからないのに背後へ向かって突き刺した。
「んなことで抵抗できたと思うなよ」
────え? 嘘でしょなんで?
確かに刺してしまった感覚があったのに、男は怒りを露わにしながら平然と話し出した。
「ぅあ"…!」
ますます強く髪を握られ、声が喉を突いて出る。
わたしはこうして髪を引っ張られるだけで悲鳴が出そうだっていうのに、この人達の痛覚はいったいどうなってるんだろう。
────でもこれなら……!
「ぐっ…ぁ"……!」
刺さったままなはずのクナイ。精いっぱいの力を込めてもう一度握り直し、奥深くへとねじ込んだ。
傷跡をえぐられるのはさすがの忍でも相当な痛みを感じるらしい。苦しそうに呻き声を出した男の手からは力が抜け、一瞬頭の傷みが引いた。
その隙を逃すことなく、わたしは一目散に駆ける。
「だから早くしろと言ったのに」
「ッ……テメェが手伝わねぇからだろ! 絶対許さねぇ、あのクソガキ」
「お前がだらだらとしてるからあんな子どもにまで翻弄されるんだ」
余裕そうな会話を背後に死に物狂いで走る。
相手はただの賞金稼ぎなんかじゃない。木ノ葉の暗部だ。
わたしがこうして逃げたところですぐに捕まえに来れるだろう。
でもだからといって簡単に捕まるわけにはいかなかった。
自分のためにも、暁のためにも、この世界のためにも。
「わっ!」
一心不乱に走り続けていると湿った地面に足を取られ、豪快に転んでしまう。
早く、逃げ────。
「っあぁ"!」
立ち上がろうとしたわたしの手は何者かの足に踏まれ、皮膚をつねるように地面と靴との狭間で潰される。
堪らず出た悲鳴に男の笑い声が混じった。
「さぁ、一緒に来てもらおうか。キミには個人的な恨みもできたことだしね」
そいつはわたしの顔を覗き込むように屈み、その汚らしい手で顎をすくい上げた。
────この、やろう……!
恐怖よりもひと時の怒りの方が勝ってしまい、もう一度その手を噛んで……いや、次は噛み千切ってやる勢いで口を開いた。
「おっと。二度も同じ手法にはかからないよ」
しかし男は余裕ぶった様子でそれを避け、代わりにわたしの足めがけてクナイを飛ばした。
「っああぁぁぁあああ"あ"!!」
「くふふっ。いいねぇ」
クナイはわたしの左足首を貫通し、痛みのあまり気が遠くなってしまいそうになる。
「そうやってないとまた逃げちゃうんでしょ? 手足の一本や二本……切断したっていいんだよ」
声色を変えて脅すようにそう言われ、今度は恐怖が体中を駆け巡った。
────もう、だめだ。
死ぬ。死んでしまう。
こいつは本気でわたしを殺すつもりだ。
目が、声が、雰囲気が──そう物語っていた。
男は勝ち誇ったように笑う。
そのそばに何か大きな塊が落ちてきた。
「あ? んだよ────って…!?」
落ちてきたもの。それはさっきまでこの人の相方としてそばにいた人だった。
霧の中、割れた仮面からぼんやりと覗く瞳には生気がない。
────ま、さか……死ん……。
血の気が引くわたしと同じ心境なのか、手を踏みつける彼の足も微かに震えているのが伝わってきた。
「お前は……──! やっやめろ……ぐぁ…っ!」
状況を整理しきれないまま目の前にいる男も苦しげな声を上げて倒れてしまう。
まだじんじんと痛む手を押さえながら起き上がった時……──。
「行くぞ」
心待ちにしていた声が耳元で聞こえ、体が持ち上がった。
────来て……くれたんだ。本当に、来てくれた。
ずっと彼を待っていた反面、とんでもない事態に巻き込まれてしまった罪悪感がわたしを支配する。
激しい向かい風に目を細めながら枝から枝へと飛び移るイタチの顔を盗み見た。
────おこ……ってるよね、きっと。
もっと早くに言っていればよかったのに、少し意地を張って無理をしたせいで、危うく木ノ葉の暗部に捕まってしまうところだったんだから。
後悔の念が渦巻いているわたしをよそに、下へ落ちる感覚が身を包む。音もなく地面に着地したイタチは警戒するように辺りを見回した。
……謝った方がいい。
わたしのせいでこんなことになってしまったんだ。
イタチに迷惑ばかりかけて……やっと打ち解けた気がしていたのに、何も言わずになんていられるわけない。
謝罪の言葉を吐きかけたその時、イタチのすぐ後ろで腕を振り上げる人影が見えた。
この、感覚は────。
全ての景色がゆっくりと流れ、霧の中から現れた白い影の姿は近づくにつれて鮮明になっていく。
眼鏡の向こう側と目が合い、手に持つクナイが反射した。
「イタチさん後ろ!!!」
叫ぶように声を上げるとイタチはすぐさまその人影から距離をとり、再び霧の中を走り出す。
小さな洞穴を見つけ中に入り込んだイタチはそこへわたしを下ろし、元来た方へといなくなった。
声をかける間もなく消えてしまった彼に唖然としながら、その姿を目で追うように洞穴の外を眺める。
────もう、何も見えないや。
どんなに目を凝らしてもあまりに霧が濃く、イタチの姿を探し出すことは難しかった。
今は待つしかない。
冷たい地面から身を守るように、痛めた足を庇いながら膝を抱えた────。