09.無力な小鳥
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────気まずすぎる。……なんなんだ、この地獄みたいな空気は。
当初恐れていた状況に陥ってしまい、逃げるように湯呑みへと手を伸ばした。
小南さんと別れて数時間。彼──イタチと共に訪れたのは、道の途中で老夫婦が営んでいる小さな茶屋。とても気の良い人達で他に客もいないから、といろいろサービスをしてもらい、しばらくの間ここにいる。
けど────。
「…………」
「……」
出発してこのかた、彼とは一度も会話を交わしていない。小南さんとの別れ際、一応と挨拶をしてみたもののめっちゃ無視された。
────なんなのこの人。わたしの知ってるイタチじゃない。こんなに冷たい人じゃないはずなのに。
どこかで失礼なことでもしてしまったのだろうか。
そうしてわたしはずっと気にしてるのに、彼は何ひとつ気にならないのか、さっきから全く表情を変えることなく団子を頬張り続けている。
……こうして見てると、かわいらしいのに。
イタチの皿にはもう束にできるほどの団子の串が置いてあり、それでもなお食べ続けている彼と串とを見比べて、思わず頬が緩んでしまった。
「……」
「あっ…えと……なんでもないです……」
瞬間、口の動きが止まったイタチと目が合ってしまい、慌てて誤魔化すように手元の湯呑みに視線を落とす。
温かな緑茶の染みわたるような温度にひと時の幸せを感じながら、取り繕うように空を見上げた。
────なんか、改めて変な感じ……。
赤い和傘の下、ベンチに座りながら団子を頬張るイタチの隣にはわたしがいる。
画面の向こうでは何度も見てきたし、憧れていた光景ではあるけれどそれが今、現実として起こっていることへの違和感がすごかった。
隣にはあのイタチ様様が座ってる。想像するだけなら緊張でどうにかなってしまいそうなのに、現実の今は妙に落ち着いていてどこか懐かしいとさえ感じる自分がいた。
「────お前は」
「うぇっ…!? あっ、はい!」
ぼんやりとお茶を飲んでいたら急にイタチの声が耳に滑り込んできて緑茶を口から零しかけた。慌てて拭いながら返事をすると、イタチはわたしを見ることもなく地面へ視線を落とし、言葉少なに話し出す。
「お前は、別次元から来たと聞く」
今の彼は他人に興味が無いと思っていたし、わたしの話題になるとは思いもしなかった。
戸惑いながらも少しずつ過去を話していく。
向こうでの記憶はもう曖昧で思い出せなくなりつつあること、でもそれも元の世界に戻りさえすれば問題ないと言われたこと、暁のメンバーについてもある程度知っていること。
サソリと話した時もそうだけど、きっと彼らは〝漫画〟だとか〝アニメ〟だとか言ってもきっと理解してくれない。だから暁やこの世界の未来について書き記された〝本〟が存在し、それを読んだことでみんなのことは知っている、と説明した。
────でもそう考えると不思議。
なんでわたしは向こうで過ごした日々を忘れていくのに、向こうで得たこの世界の知識や時の流れを覚えてるんだろう。
「……そうか」
大体を伝えるとイタチはそう短く返し、一息置いてからまた口を開いた。
「────。……そろそろ、向かうとしよう」
「……はい」
────今、何か言いかけた?
気のせいかもしれない。視界の端に一瞬しか見えなかったから。
でもまるで言葉を押し込めたみたいに、一度開きかけた口を閉じてから話し出したように見えた。
違和感を感じながらもこの時間で少しだけ縮んだ距離が嬉しくて、席を立ち歩き出したイタチを追う。
話題はどうであれ、やっとあの空気が取れかけてるんだ。
それだけで心が軽くなった。
わたしは何も知らない。
知るはずもない。
この時の彼の心境も。……彼のことも。
もっと早く、思い出せればよかったのに。