カメレオンの記憶 第2部
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酷い頭痛、何度も襲う吐き気、重力に逆らえないほどの倦怠感。そして刺すような鋭い痛み。
目覚めは最悪だった。声も出ないし体の自由もきかない。
それでも時々浮上する意識や霞む視界の中で、ヒルコ状態のサソリが世話をしに来てくれていたのを覚えている。
何度寝ても、何度意識を手放しても、
────ほん、と……な、んなの……。
自分がどういう状況に置かれているのか、何をされたのか、これからどうなってしまうのか、ただそれだけが知りたくてたまらなかった。
けれどその疑問には誰も答えてくれない。わたしの中に膨大な疑問を残したまま、いたずらに時は過ぎていく。
何度目かの夜を越え、サソリが投与してくれる薬のおかげで起きている時間も長くなってきたある日。
ふと、自分の異変に気がついた。
────あ、れ……? こんなに、視力よかったっけ……。
もともと目が悪く、日常生活を送るにも眼鏡が必須だったわたしは、ここに来て裸眼での生活を強いられ、ずっと不便に思っていた。
それなのに今は眼鏡があった時以上にはっきりと見える。
体調が良くなっていくのと比例して、こういった異変も度々起こるようになった。
例えば、これまでは膨大な記憶量に悩まされていたけれど、今では少しづつ、でも確実に向こうの世界での記憶が抜け落ちていっているのを感じる。
あの夜、何かがあったことはわかるのに両親がどうなってしまったのか、わたしがどうしていたのか、モヤがかかったように思い出せない。
そして────。
薬からしか摂れなかった栄養分も少量の食事として口に運ぶことができるようになった頃。
相も変わらず室内から出してもらえない状況の中、部屋にただ1つ存在する窓から降り続ける雨を眺めていると、訪問を知らせる音も鳴らさずに扉が開いた。
そんなことをする人物は1人しかいない。
彼はいつものように無言で古びた木製の机へと食事を置き、薬の用意をし始める。
────やっぱり、チャクラ糸って見えないんだ。
ふわふわと舞う薬袋や小瓶を眺めながら、ぼんやりと思う。何度かこの光景を見ているけど、アニメや漫画みたいに糸が見えることはなかった。
まるで魔法を使ってるみたい。
同時にそれらが、ここは元いた世界ではないのだ、と強く訴えているように思えた。
「体調はどうだ」
「頭が、ぼうっとします。それに…なんだか……目が、変…──」
初めて彼と話した時、『俺から問われた質問には全て正直に答えろ』と強く言われた。
それ以来、体調の変化を正直に、そしてできるだけ正確に伝えている。
わたしが説明し終えると、いつもはそのまま無言で立ち去るサソリが珍しく口を開いた。
「お前は俺達のことを、どこまで知っている」
かと思えば急にそう問われ、心臓が大きく音を立てた。
悟られてしまわないように、ぼんやりと光を宿さない目を見つめる。
サソリは呆けるわたしに、暁やこの世界の未来について知っていることを洗いざらい吐けと言った。
────向こうでの、記憶…知ってるぶん、の……。
一瞬の迷いのあと、重たい口を開く。
「……〝世界に、痛みを〟」
暁の目論見、メンバーそれぞれの素性、能力、世界の行く末……──。
半分は嘘で塗り固め、残りの半分は大雑把に語った。
「……本当にそれで全部か?」
「…はい」
少し怪しまれたけど、今のわたしは思考能力が落ちていると思われてる。だからこの作戦を強行した。
我ながらいい環境ができあがっていたと思う。
向こうでの記憶があいまいになりかけているは嘘じゃない。でも頭がぼんやりするなんて、そんなことはなかった。
ただ記憶が思い出せなくなりつつあるだけ。
────それにいつかはこのことを聞かれると思ってた。
時がくれば話さなければならない。そうじゃないときっと殺されてしまうから。
けれどわたしはどうしても、このことを正直に話すことだけはしたくなかった。
わたしはこの世界の結末を知っている。
でもそれを今、どの時系列にいるかもわからないのにべらべらと話すなんて……この世界の未来を変えることになるかもしれないのに、そんなことできない。
わたしが、わたしみたいなただの読者がこの世界の未来を左右していいはずがないもの。
────ううん。左右するだけじゃない。きっと、世界を壊してしまう。
今わたしがこの世界へ来てしまったことで、すでにそれは起こり始めてる。大好きな世界を壊してしまうかもしれない、それが一番怖かった。
それだけはしたくないと、強い思いだけが募る。
いまだに夢なのか現実なのか、自分の中ではっきりと受け入れられていないけど、でも仮に本当に来てしまっていた時のことを考えると、やっぱり適当なことは言えなかった。
そうしてできあがった話を全て語るとサソリは少しの間を置いて背を向ける。
────早く、出て行って……。
彼が扉を閉めるまでは気が抜けない。今ここで嘘がばれてしまえばどうなるか、考えるだけでも恐ろしかった。
ぼんやりとするふりをして窓の向こうを眺め、視界の端から彼が立ち去るのを待つ。
すると突然目の前に備え付けてある、食事がのった机が揺れ、引き出しが開いた。
間髪入れずにそこから何かが飛び出し、わたしの手元へと飛んでくる。
────え…?
それは古ぼけた小さな手鏡だった。
何が起こったのかわからないままそれを手に握り、サソリを見る。
「まだこの世界に来て、自分の姿を見てねぇだろ」
サソリはいつの間にかすぐそばまで来ており、無機質な目を向けた。
ばれてしまったのかと思ったけど、どうやらそうじゃないらしい。
早く手鏡で自分の姿を見ろ、そう雰囲気で急かされ、恐る恐るのぞき込んだ。
「……っ!? な、なにこれ…!」
なんの気なしにのぞいた鏡の中には紛れもない自分の顔と────輪廻眼の開眼した左目がわたしを見据えていた。
────いったいどういうこと…!? なんでわたしが輪廻眼を開眼してるの!?
きっかけもなければ、素質ないはず。わたしは本当になんの力も持たない凡人で、一般人で……──!
それがこの世界に来たから、って突然血継限界を開眼するわけない。
様々な疑問が渦巻くわたしの耳へ、ヒルコの低い声が滑り込む。
「その眼の名は〝
わたしの眼はペインが目覚めさせたため、今は輪廻眼を模しているのだとサソリは言った。
瞬時に記憶を遡り、デイダラと一晩洞窟の中で過ごしたあの日のことを思い出す。『やはりな』と含みのある台詞を言われたのも、起き上がれない日々が続いたのもそのせいだとしか思えなかった。
「だが、その眼はまだ不完全。これから成長を見守っていくそうだ」
三大瞳術である輪廻眼・写輪眼・白眼、全てを取り込んだ時、それは本来の力を発揮すると言う。現時点では輪廻眼を取り込み、そして温存期間も終わった。
「力の第一段階を、今からでも目の当たりにすることになるだろうよ」
サソリはそれだけを言い残して姿を消した。
────力の、第一段階……。
それは視力が上がったことも入るのかもしれない。今、記憶をすぐに遡れたことも。
全てが生々しく、外で変わらず降り続ける雨の音ですら、鼓膜に響いてくるようで、言い知れぬ恐怖がわたしを呑み込んだ。
────わたし、どう、なるの?