気づいてください、先輩。
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待ちに待った休日。わたしは目一杯、だけどさりげなくおしゃれをして先輩と保護区へ来ていた。
「ここが……保護区……」
「どうした?」
「なんだか……思ってた感じと、だいぶ違うなって」
いくつかの施設で成り立っている保護区は、街外れの自然の多い場所にあった。とても綺麗に整備されているし、一見してまさかそこにたくさんのワンちゃんが住んでいるとは思えない。
保護区、と聞いて、正直良いイメージはなかった。失礼かもしれないけど、少し薄暗くて汚れているのを想像してたから。
でも全然、全くそんなことはなくて、外で訓練をしているワンちゃん達も楽しそうに尻尾を振りながら駆け回っていた。
「ここは犬達が中心となった場所だ。強制的に何かをやらせることもないし、犬の気持ちや言葉を理解できる人が世話してるから、皆元気にやってるんだと」
「すごいですね。ほんと、みんな楽しそう……」
わたしがここへ来た目的は一応、家族になるワンちゃんを探すため。
先輩が受付の人にそれを説明して、わたし達は2人でいろんな施設を案内してもらった。
訓練施設に、子犬施設、老犬施設。
訓練施設は入り口から見えた外訓練のワンちゃん達同様、中訓練をしてるワンちゃん達を見ても、やっぱりみんな人が好きなようで、ずっと尻尾を振っていた。
子犬の施設のみんなは、当たり前のようにとっても愛くるしい。生まれたばかりで母親からお乳をもらっている子や、歩けるようになって部屋の中を走り回る子。
ずっと顔がほころびっぱなしで、先輩に笑われたりもした。
「お前、ほんと犬が好きなんだな」
その笑顔がすがすがしくて、胸がきゅううんって、甘酸っぱくなる。
「な、なんだよ、なんか言えって」
「んにゃっ!? しぇ、しぇんぱい、痛いれふっ」
一通り笑い終わった先輩に魅入ってたら突然ほっぺたをつねられた。それがすっごく痛くても、先輩とこの瞬間を過ごせるのがすごく幸せ。
けど────。
「ここが老犬の施設です」
最後に案内された施設を見て、気持ちが沈んでしまった。
歩けなくなった子に、起き上がることすらできない子、そして様々な障害を抱える子達……。
説明を聞いて、できるだけその子達には近づかないように言われた。
ただでさえ弱っている子達だから。
わたし達はそこで1つの命が絶えるのを見た。何人かの動物看護の人達に囲まれて、静かに看取られて逝く。
そのワンちゃんは体が小さくて、元々肺があんまり丈夫じゃなかったらしい。
〝余命通りの死〟だと。
わたしももしワンちゃんを飼うことになったら、動物を飼うことになったら……──。
「アサギ、行くぞ」
「……あ……はい」
案内してくれていた人はわたし達を送り届けながら、先程のことを謝った。
目の前で見せてしまって申し訳ない、と。
でも同時にその覚悟も持って欲しい、と。
わたしもキバ先輩もその言葉には深く頷いた。
帰る頃には夕方になっていて、少し前を歩く先輩はずっと黙ってる。
わたしでもあれだけ衝撃を受けたんだ。赤丸くんがいるキバ先輩には、きっとつらい出来事だったと思う。
その背中を見つめながら歩いていると、先輩が立ち止まって振り向いた。
「……で、どうするか決まりそうか?」
今日見た光景。その全てが蘇り、先輩のそばに走り寄って頷いた。
「はい。わたし、飼うのはもう少し先にしようと思います」
「そうか」
先輩、複雑な顔してる。残念そうにも見えるし、ほっとしてるようにも見える、そんな顔。
でもわたし、あんまり見たくないな。先輩の、その悲しそうな顔は────。
「わたし、気づいちゃったんです。今わたしがワンちゃんを飼っちゃうと、先輩と会う口実がなくなっちゃうかもな、って」
「なんだよそれ」
「確かに、本気でワンちゃんが欲しい、って思いましたよ? でも今日いろいろ見て、ちゃんと考えて……やっぱり、わたしにはまだ覚悟が無いなって」
「……ま、それがお前の答えならいいんじゃねぇか」
「あ。先輩嬉しそう」
「は? 何言って────」
「やっぱり先輩も安心したんですよね。わたしが新しいワンちゃんに取られることがなくなったから」
「んなこと、ミジンコも思ってねーよ。ほんとかわいげねぇな」
「の、わりにニヤけてますね。大丈夫ですよ。わたしはずっと、先輩と一緒にいますから」
「お、おま……なんか、それって────」
「もちろん、赤丸くんに会うためです。……あれ、何かやましいことでも?」
「ほんと、かわいげねー奴」
わたしと先輩の関係は元通り。
独りが長いわたしに、家族がいたらなって思ったのは事実だけど、今はこれでいい。
先輩と会う、口実。
それがあるだけでいい。
今はまだ、細い糸のような繋がりだけど、いつか……いつか、確かなものになれば────。
-完-
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