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朝の光が、優しく店内を包み込む。
小さな花屋の扉を開けると、ふわりと風が入り込み、花々の香りを運んできた。
ここは、メイルシェ・ジュリディアーヌ・ルーシェが働く花屋。町の人たちがふらりと訪れ、花を買っていく小さなお店だ。
白やピンクのカーネーション、淡い紫のラベンダー、鮮やかなガーベラ──
色とりどりの花々が、朝の光に照らされて煌めいている。
「おはよう、みんな」
そっと声をかけながら、メイルシェ・ジュリディアーヌ・ルーシェは鉢植えの葉を撫でた。
ふわりと、優しい風が吹く。
(おはよう、メイルシェ・ジュリディアーヌ・ルーシェ)
そんな風に言われた気がして、思わず小さく笑う。
風がそよぐたびに、花たちは楽しげに揺れ、陽を浴びて、木々は気持ちよさそうに背伸びをする。
「今日も元気そうだね!」
くすっと笑いながら、ジョウロを手に取り、ゆっくりと水を注ぐと、土がしっとりと潤い、葉がほんのわずかに揺れる。
物心ついたときから、メイルシェ・ジュリディアーヌ・ルーシェは草木の声を「感じる」ことがあった。
言葉にならない、ほんのささやかな気配。
祖母はよく言っていた。
「植物にも命が宿っているのよ」と。
花に触れれば、優しい声が聞こえて、水をあげれば、そっとお礼を言ってくれるような気がする。
これは、ただの思い込みかもしれないし、幻想なのかもしれない。けれど、ずっと昔から当たり前のように感じていたことだった。
そんな風に思ったのは、いつからだっただろう
◇ ◆ ◇
「メイルシェ森の声を聞きなさい」
幼い頃、祖母はそう言って微笑んだ。
「植物にも命が宿っているのよ。木々は何百年もの間、人間を見守ってきたんだから」
——森が、人を見守る?
その意味を知ったのは、七歳の春の日。
「おばあちゃん! お花摘んでくるね!」
「遅くならないようにね。森に行く時は、水筒を持っていくんだよ」
「はーい!」
軽やかに返事をして、メイルシェ・ジュリディアーヌ・ルーシェは木漏れ日の小道を駆けていった——
森の中は、優しい風が吹き、小鳥のさえずりと葉擦れの音が心地よく響いている。
祖母の家の裏手には、美しい森が広がっている。
光のカーテンのように木漏れ日が差し込み、小鳥たちが楽しげにさえずっていた。
「わぁ、キレイ!」
春の風が優しく吹き抜け、メイルシェ・ジュリディアーヌ・ルーシェの頬を撫でた。
足元には、可愛らしい野花が咲き誇っている。
白、ピンク、黄色──指先でそっと触れると、花々が小さく揺れた。
(ねえ、私とおしゃべりしてる?)
メイルシェ・ジュリディアーヌ・ルーシェは、くすりと笑った。
そのまま夢中になって歩いていると——
「……あれ?」
ふと顔を上げると、見覚えのない景色が広がっていた。
「もしかして……迷っちゃった?」
少しだけ怖くなって、来た道を戻ろうとしたけれど——
(どっちから来たんだっけ……?)
振り返ったはずの道も、同じような木々ばかりで、まったく見分けがつかない。
足元の草が、カサカサと小さく鳴る。
それまで楽しかった森の雰囲気が、急に冷たく感じられた。
「……どうしよう」
メイルシェ・ジュリディアーヌ・ルーシェは不安になり、辺りを見回した。けれど、どこを見ても同じような風景ばかり。
気づけば、太陽は少しずつ傾き始めている。
(早く帰らなきゃ……)
焦る気持ちとは裏腹に、足はどこへ向かえばいいのか分からない。
その時——
「……たすけて」
かすかな声が聞こえた。
びくっとして足元を見ると、そこには小さな枯れかけた芽があった。
「くるしいの……?」
メイルシェ・ジュリディアーヌ・ルーシェはしゃがみ込み、そっと手を伸ばした。
無意識に腰に手をやると、ぶら下げていた水筒に指が触れる。
「お水あげるね」
蓋を開け、水が土に染み込んでいく。
その瞬間——
ぽうっ……と、淡い光が滲み、芽が静かに揺れる。
「────ありがとう────」
メイルシェ・ジュリディアーヌ・ルーシェは驚いて、じっとその小さな芽を見つめた。
「うん! 回復したんだね」
そっと囁くと、また芽が小さく揺れた。
ホッとしたのも束の間——
(……あれ? ここってどっちに行けばいいんだろう?)
やっぱり帰り道が分からない。
胸がきゅっと縮こまり、目の奥が熱くなる。
「……おばあちゃん……」
その時——
ふわりと、風が吹いた。
木々がそよぎ、葉擦れの音が、心なしか優しくなった気がする。
そして——
足元の草が、まるで導くように揺れた。
(……こっち?)
なんとなく、そう思った。草が揺れる方向へ、ゆっくりと足を踏み出してみる。
すると、不思議なことに、まるで森が道を開くように、ふわりと枝葉が広がり——
気づけば、森の入口が見えていた。
「……あっ」
森の向こうには、祖母がいた。
「メイルシェ!!!」
祖母は明らかに焦った様子で駆け寄ってくる。
「どこに行ってたの? ずっと探してたのよ」
「ごめんなさい……」
祖母は彼女をぎゅっと抱きしめた。
「でも、大丈夫だった。森のみんながここまで送ってくれたから」
メイルシェ・ジュリディアーヌ・ルーシェはそう言って、ニコッと微笑む。
安心して微笑んだ瞬間、足元に淡いピンクの花が咲いていることに気づいた。
祖母は微笑み、その場にしゃがみ込む。
「珍しい花が咲いてるわね」
「珍しいお花なの?」
「そうね。この花は『忘れないで』と願ったときに咲く花なのよ」
その時、ふわり、と風が吹き、ピンクの花が、静かに揺れる。
それは、まるで「またね」と囁くように——。
それから数年の間、メイルシェ・ジュリディアーヌ・ルーシェは何度も森を訪れた。
けれど、あの花を見ることは二度となかった。
その時は、何も知らなかった。
——この小さな出来事が、やがて“運命”へと繋がっていくことを。
