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瀬名 碧芭眞白ごめんね、僕の言い方が悪かったね。
ひとまず落ち着いて? -
瀬名 眞白
―――…

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瀬名 碧芭もう一度言うけど、縁談の話が出たってだけで、決まったわけじゃない。
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瀬名 碧芭だから、「売り飛ばす」とか、そういった野蛮な言い方しないで?
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瀬名 眞白
……でも、なんか、そんな感じじゃんか。

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辛そうに目を細めた碧芭の相貌に、なんとか怒りを鎮める。
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どうしても穿った見方をしてしまうのも、俺があの父親の息子だから。
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自分が決めたレールの上を走らない子どもは、容赦なく切り捨てる人の元で育ってきたからだ。
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瀬名 眞白
…あーイラつく…ふざけんな、マジで。

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瀬名 碧芭いい?眞白。
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瀬名 碧芭今から話すことが本題だよ?
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瀬名 眞白
なに。

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瀬名 碧芭今後なにがあっても、眞白はやりたいこと、進みたい道に進みなさい。
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瀬名 眞白
…、

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瀬名 碧芭それは、母さんや僕の強い願いでもあるから。
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瀬名 碧芭今日はね、実はそれをしっかりと伝えたかったんだよ。
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瀬名 眞白
……

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瀬名 碧芭眞白は小さい頃から、心にいろんな想いを抱えていても多くを語る子じゃなかった。
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瀬名 碧芭子どもなんだから、もう少しわがままになってもいいのにって思うくらい。
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瀬名 眞白
……、

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瀬名 碧芭僕はね、そんな大切な弟を守りたいって心から思ってる。
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瀬名 碧芭だから、眞白にとって不本意な縁談話なんて、これから出たとしてもうまく潰してあげるから。
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ニッコリ笑った碧芭の瞳は、力強い光を宿していた。
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その光を素直に受け入れたい気持ちはあるけど、
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結局はいつまでも『父親の息子』という肩書きは付いて回るのだと思うと、心が石みたいに重くなる。
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瀬名 眞白
…なんつーか、マジでしんどい。

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瀬名 碧芭嫌な話を聞かせてごめんね。
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瀬名 碧芭でも、知っておいた方がいいと思ったし、眞白には絶対にブレずに生きてほしいから敢えて話したんだよ。
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瀬名 碧芭これからも、自分のために、自分で道を選んで、自分を曲げずに生きてほしい。
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瀬名 眞白
…、

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瀬名 碧芭分かったね?
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瀬名 眞白
……分かったよ。

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一途な説得を無駄にしないための、ひとまずの返事。
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碧芭の俺に対する熱意はとても分かるし感謝もするけど、今は思考がもたついて、
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少しばかり気怠く溜め息交じりに頷いた。
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瀬名 碧芭……ねえ、眞白、知ってた?
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瀬名 眞白
…なにを?

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瀬名 碧芭いや、知らないか。話してないもんね。
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瀬名 眞白
だからなに?

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瀬名 碧芭僕ね…、
本当は弁護士じゃなくて、お医者さんになりたかったんだよ。 -
瀬名 眞白
…医者?

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瀬名 碧芭うん。
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瀬名 碧芭でも、あの日……弁護士になるって決めたんだ、
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「小さい頃から父さんのことが苦手だった眞白が、さらに嫌悪するきっかけになった…あの日にね」
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碧芭はそう静かに続けて、慈しむように俺を見つめた。
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…あれは、俺が小学3年生のときのある寒い冬の夜のことだった。
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インターホンが鳴り、母親が玄関を開けると、そこには父親が関わっている裁判の原告側の親族が数人立っていた。
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その裁判で被告側を担当していた父親は門前払いを決め込もうとしたが、母親に強く促されてしぶしぶ玄関まで出向いたものの、
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そんな彼らに対し、父親は冷たい態度でお得意のフル無視。
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悲痛な懇願の声、父親の足元で泣き崩れる親族の姿。
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それは、原告側には全くと言っていいほど非がない…そういった裁判に父親が関わっているのだと、
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9歳の俺でも、何が正しくて何が間違いなのか、どちらに心を寄せるべきなのか…簡単に読み取れた。
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原告側が被告側の弁護士の元にやって来るなんて、本来ありえない話だろうと思う。
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ルール違反だといえることなのかもしれない、けど。
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そうだとしても、応対の仕方は他にもある。
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あんな、人の血も通っていないような態度……
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あのときの俺は、幼い目でしっかりとそれを見ていた。
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切願の果てに父親の足元に縋りつこうとした女性を荒々しく振り払い、何事もなかったかのようにリビングに戻った父親のその姿を。
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苦手な父親のことを完全に嫌いになった瞬間だった。
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瀬名 眞白
…胸糞悪い…。

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消したくても脳内にしがみつくように残るそのときの場景が浮かんで、
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小さく呟いたあと、苦々しく溜め息を吐き出した。
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瀬名 碧芭…ねえ、眞白。
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瀬名 眞白
ん…?

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瀬名 碧芭僕ね、父さんのやり方を、いつかまるっと変えるから。
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瀬名 眞白
…えっ?

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瀬名 碧芭そのために、今は黙々と修行してる。
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瀬名 眞白
「修行」?

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瀬名 碧芭弁護士としても、法律事務所の経営を引き継ぐ者としての力量も、ありとあらゆるノウハウを身に付けるために頑張るってこと。
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瀬名 碧芭僕は父さんのように、さらに大きい事務所にすることを望んでないんだ。
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瀬名 碧芭規模なんか小さくてもいい、困っている人に温かくて優しい事務所にしていきたいんだよ。
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瀬名 眞白
…碧芭…。

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瀬名 碧芭…あの日のことは、眞白の生き方を変えたと言っても過言じゃない、
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瀬名 碧芭非行に走ったのも、そのせいでたくさん怪我をしたのも。
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瀬名 碧芭眞白も、すごくしんどかったんだよね?
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瀬名 碧芭あんな風に悪ぶって、自分を切り離したかったんだよね?…父さんから。
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瀬名 眞白
―――…

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「違う。俺が荒れたことに別に意味なんてねーよ」
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嘘でもそう言ってあげることができれば、目の前の碧芭は少しでも気が楽になるかもしれないのに。
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きっとまだ俺はガキな弟で、自分で選び取った道のりを、兄貴の碧芭に気付いてもらいたくて。
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瀬名 眞白
……

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気を利かせた紛い物の言葉を差し向けることができずに、押し黙ってしまった。
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