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黒木 紗衣ううん、違う違う。
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黒木 紗衣確かに瀬名くんは愛想は良い方ではないけど、あなたと関わってるとそんなのはどうでもよくなるからいいの。
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黒木 紗衣瀬名くん、とっても優しいし。
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黒木 紗衣私はね、あなたの成長を感じられて嬉しいなって思ったの。
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瀬名 眞白
…ふーん?

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黒木 紗衣とにかく、医学部を目指すこと、すごくいいと思う!応援する!
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瀬名 眞白
…ありがと。

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黒木 紗衣…ちなみにだけど、
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黒木 紗衣どうしてお医者さんになりたいと思ったの?
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瀬名 眞白
なりたいから。

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黒木 紗衣……、いや、ほら、
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黒木 紗衣もうちょっとさ、何かない?
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瀬名 眞白
医者になりたいからだよ。

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瀬名 眞白
これほど分かりやすい理由なんてないと思うけど?

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黒木 紗衣突然閃いたの?
お医者さんになりたいって。 -
瀬名 眞白
そう。

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黒木 紗衣いきなり?
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瀬名 眞白
うん。

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黒木 紗衣……、そっか。
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俺がどこかはぐらかすようにそれ以上の理由を話そうとしないからか、
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黒木は観念したかのように追究を止めると、書類にボールペンで何かさらさらと走り書きをした。
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黒木 紗衣…進路は、医学部希望ということで。
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瀬名 眞白
ああ。

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今まで、自分の将来の選択肢の中に『医者』というものはなかった。
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でも、なりたいからなる…無理に目指すわけじゃなく、純粋な気持ちで。
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碧芭が目指しいていた夢を、俺が叶えたいと思ったから。
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俺のことを想う気持ちから弁護士として碧芭が生きていくなら、
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俺は兄貴の碧芭を想い、医者として生きる…そう決めた。
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瀬名 眞白
なあ。
俺の成績で、医学部行ける?
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黒木 紗衣なにを謙虚なこと言ってるの、あなたの成績だから行けるんでしょ!
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瀬名 眞白
そっか…よかった。

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黒木 紗衣医学部を目指すことをご家族の方にはもう話してるの?
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瀬名 眞白
いや、まだ。

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瀬名 眞白
まず母親に、電話で話すつもり。

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黒木 紗衣適当にしないでちゃんと伝えてね?
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瀬名 眞白
分かってる。

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医学部は学費も高いし、在籍年数も6年間と長い。
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どれだけ俺が実家を煙たがって距離を置いたとしても、結局は金銭面での援助を受ける必要がある。
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悔しいけど、仕方のない現実。感謝だって忘れちゃいけない。
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瀬名 眞白
(んー…母さんや碧芭は、俺が医者を目指すことを喜んでくれるだろうけど)

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瀬名 眞白
(…まあ、父さんも、『弁護士』じゃなくても『医者』なら文句は言わねーか)

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世間体等、父さんは細かいことを気にする人だから。
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たとえ、弁護士にはならないという俺の選択に[#ruby=腸_はらわた#]が煮えくり返ったとしても、医者というステータスにはそれなりに満足するはずだ。
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真逆の考えを持つようなあの人をこれ以上黙らせるには、ちょうどいい。
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瀬名 眞白
(ま、父さんのために医者になるわけじゃねーけど)

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俺が目指すのは、碧芭がもしも医者として生きるならきっと理想とするはずの『患者に寄り添う優しい町医者』。
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黒木 紗衣…そういえば、瀬名くんのお父さんは弁護士さんでしょ?
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黒木 紗衣瀬名くんは、お父さんのように弁護士を目指す気はなかったの?
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瀬名 眞白
……、

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俺が一瞬、片眉をピクリとさせて不快な顔をしてしまったからか、黒木がわずかに狼狽える。
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黒木 紗衣あ、あれ?
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瀬名 眞白
…もしかして黒木、透視能力とかある?

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黒木 紗衣え、えっと、ごめん、なんか…、
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黒木 紗衣聞かれたくない質問だった…?
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瀬名 眞白
それ…、

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瀬名 眞白
実は俺の地雷だったりするんだけど。

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黒木 紗衣えっ?!そうなの?!ごめん!!
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瀬名 眞白
…まあ、いいけど。

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瀬名 眞白
先生には話したことねーんだし。

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瀬名 眞白
で、答えだけど、

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瀬名 眞白
弁護士になりたいって思ったことは一度もねーよ。

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黒木 紗衣…そ、そっか。
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俺が纏う濁った空気を読んだのか、黒木は一旦言葉を区切ってから、気を新たに俺に向き直った。
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黒木 紗衣ちなみに、瀬名くんが医学部目指すことを、鷹野先生には話したの?
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瀬名 眞白
…なんで?

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黒木 紗衣あなたが目標を定めたことを知ったら、鷹野先生も喜ぶだろうなあと思って。
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「想像したらニヤけちゃう…」と続けて、黒木は嬉しそうに目尻を下げる。
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瀬名 眞白
悪いけど、

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瀬名 眞白
担任の黒木よりも先に、副担任の鷹野に話したわ。

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黒木 紗衣がーんっ、やっぱり。
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瀬名 眞白
嬉しいのかショックなのかどっちだよ…忙しい人だな、先生は。

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俺がちょっぴり呆れたように笑うと、黒木は冗談であることを告げるような飾らない笑顔で嬉々として俺を見つめた。
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黒木 紗衣それにしても、瀬名くんがお医者さんになるのかあ…、
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黒木 紗衣『瀬名先生』になるんだね。
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瀬名 眞白
まだ先の話だけど。

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黒木 紗衣そうだけど…楽しみだなー。
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黒木 紗衣どんな先生になるのかな…小児科医とか?
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瀬名 眞白
なんで小児科。

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瀬名 眞白
俺、あんまり子どもが好きじゃねーんだけど。

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黒木 紗衣そうなの?意外!
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黒木 紗衣瀬名くん、子どもが困ってたらすぐに助けそうなのに。
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瀬名 眞白
…あのさ。

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瀬名 眞白
そういうときは『好き・嫌い』の問題じゃねーだろ。

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瀬名 眞白
助けるのが普通。

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黒木 紗衣……、あのね、
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黒木 紗衣その瀬名くんが言う『普通』ができない人って世の中にはたくさんいるんだよ?
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瀬名 眞白
でも俺は、助けるのが普通だと思うから。

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黒木 紗衣…はぁ…、
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黒木 紗衣やっぱり瀬名くんはかっこいい…!
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感嘆交じりの息を吐き出した黒木は、昂揚した面持ちで称賛めいて言う。
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それがなんだか照れくさくて、眉根を寄せた微笑でそんな黒木を見遣った。
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瀬名 眞白
なに言ってんの。

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黒木 紗衣思ったことを素直に。
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瀬名 眞白
褒めてもなにも出ねーぞ?

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黒木 紗衣ええっ、じゃあ褒めないー…なんちゃって。
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ふふふっ、と黒木が楽しそうに破顔したと同時に、
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滅多に稼働していない教室の職員用の電話機が軽快な着信音を響かせた。
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