2-10 心配かけて悪かったよ。

  • 鷹野 光星

    シャツもズボンも、なかなか派手に汚れたな。

  • 鷹野 光星

    エプロンもいつの間にかあんなところに…。

  • 鷹野 光星

    武藤に服の替えを持ってきてもらうか…念のために、1着余分にレンタルしてたはずだから。

  • 乱闘が始まってすぐ、動きの妨げになる長丈エプロンを剥ぎ取って放り投げたが、

  • 地面に広がったそれも俺と同様薄汚れていて、拾い上げた鷹野が小さく溜め息をついた。

  • 鷹野の横顔に影が落ちたような気がして、今度は胸がシュンとなる。

  • 瀬名 眞白

    ……

  • 中学時代に荒れていた俺のことを鷹野が知ったら、どんな反応するかな…。

  • 瀬名 眞白

    ……鷹野。

  • 鷹野 光星

    なんだ?

  • 瀬名 眞白

    …俺、さ…、

  • 鷹野 光星

    ん?

  • 瀬名 眞白

    俺…、
    実は、中学のときに結構ヤンチャしててさ。

  • 瀬名 眞白

    喧嘩とかも慣れてるっつーか…。

  • 鷹野 光星

    知ってるよ。

  • 瀬名 眞白

    えっ?!

  • 鷹野 光星

    瀬名が中学時代に荒れていたこと、知っていたよ。

  • 瀬名 眞白

    な、なんで…知ってるんだよ?!

  • 鷹野 光星

    瀬名が入学してすぐだったかな…
    おまえの担任だった先生が、学校まで挨拶に来てくれたんだよ。

  • 瀬名 眞白

    え――マジで…?!

  • 鷹野 光星

    『中学の頃はいろいろあって荒れていたけど、瀬名眞白はもともとすごく優しくていい子なんです。よろしくお願いします』…って。

  • 瀬名 眞白

    ……マジか…。

  • 定年間際のベテラン教師だった中3の頃の元担任の、あの静かな笑顔を思い出す。

  • 俺のために晴蘭まで足を運んでくれてただなんて。

  • 瀬名 眞白

    (知らなかった…。そんな風に、俺のために…)

  • 高校受験を意識して本格的に勉強に取り組むようになったのは、中3の夏休み明け。

  • 晴蘭は、勝生に誘われて一緒に目指した学校だった。

  • 一般的に晴蘭を目指すには遅すぎる受験勉強の開始だったが、地頭が良いと言われる俺は、スポンジが水を吸うように勉強内容を吸収した。

  • それでも、どんなに勉強ができたとしてもそれまでの俺は素行が悪かったから、

  • 晴蘭に行くなんて言えば、担任は間違いなく反対すると思っていたけど。

  • 瀬名 眞白

    (ものすごく喜んでくれたんだよな…)

  • そのおかげもあって、俺は今、ここにいる。

  • 鷹野 光星

    その先生が話していたように、俺も瀬名はとてもいいヤツだと思う。

  • 鷹野 光星

    今回の喧嘩も、山那を守るために必要なことだったんだろうって思うよ。

  • 瀬名 眞白

    …鷹野…。

  • 鷹野 光星

    でも……本当に、

  • 鷹野 光星

    おまえに大きな怪我がなくてよかった。

  • 瀬名 眞白

    ……、

  • 胸を撫で下ろしたような鷹野の姿を見て、今、分かった気がした。

  • さっきエプロンを手にしたときの鷹野が、どうして溜め息をついたのか。

  • 何を意味した、溜め息だったのか。

  • 鷹野がどれほど生徒想いの教師なのか、鷹野のことをいつも見ている俺が一番分かっているはずなのに。

  • 瀬名 眞白

    その…、あのさ、鷹野…、

  • 瀬名 眞白

    心配かけて悪かったよ。

  • 瀬名 眞白

    でも俺、マジで強えーから大丈夫。

  • 鷹野 光星

    ばかやろう。強くても怪我するときだってあるだろう。

  • 瀬名 眞白

    それは、まあ…、

  • 鷹野 光星

    ほら。
    とりあえず、保健室で手首の手当てするぞ。

  • 瀬名 眞白

    おう…。

  • 瀬名 眞白

    (無駄に心配させてごめんな、鷹野…)

  • 心の中で申し訳なく思いながら。

  • 苦い笑みとともに窘めた鷹野には逆らえず、ひとまず素直に保健室に向かった。

  • 着替えは、血相を変えた勝生がすぐに保健室まで持ってきてくれた。

  • 武藤 勝生

    《ちくしょう!誰にやられたんだ?!》

  • …と憤る友達想いの勝生に向けて、

  • 瀬名 眞白

    《誰にもやられてない。むしろ俺がやったんだ。》

  • と、なにも問題ないことを告げたのだが。

  • 鷹野 光星

    《誤解するなよ?武藤。瀬名は、むやみに暴れたわけじゃない。》

  • そばにいた鷹野がすぐさま言葉を投げたことで、

  • 武藤 勝生

    《…先生が眞白想いだから、めっちゃ助かります!》

  • ほんの一瞬だけ目を丸くした勝生だったが、安心したように笑顔を広げて学園祭の持ち場に戻った。

  • 勝生の登場は、まるで瞬時に巻き起こったつむじ風のようだ。

  • その後、静まり返った保健室の一角で、俺は少しの間ぼんやりと佇んでいた。

  • 瀬名 眞白

    ……

  • 『先生が眞白想いだから』…という言葉が脳内でリフレインする。

  • 瀬名 眞白

    (いい響きだな…『先生が眞白想いだから』…)

  • 勝生、良いこと言うわ。

  • 鷹野 光星

    …痛みとか大丈夫か?

  • 瀬名 眞白

    え…ああ、全然へーきっ。

  • 瀬名 眞白

    (やべー…なんか嬉しくて、意識が空まで飛んでた)

  • 鷹野 光星

    包帯、きつくないか?

  • 瀬名 眞白

    大丈夫、ちょうどいい。

  • 着替えの後、休憩時間をずらしてもらって鷹野から手当てを受ける。

  • 湿布を貼った箇所に包帯を巻きつける鷹野を間近で見ながら、

  • 二人きりになったドキドキよりも、勝生のさっきの言葉のせいか、今は心がホワホワしていた。

  • 鷹野 光星

    …これでよし。応急処置だけど。

  • 瀬名 眞白

    ありがと。

  • 瀬名 眞白

    つーか、ここまでの手当する必要ねーけどな…。

  • 鷹野 光星

    甘く見たらダメだ。

  • 鷹野 光星

    痛みが引かないようなら、ちゃんと病院に行けよ?

  • 瀬名 眞白

    …はいよ。

  • 瀬名 眞白

    ……、

  • でも、ホワホワしている裏側で、気になる点が見え隠れしたから。

  • 瀬名 眞白

    あのさ、鷹野…、

  • その『点』の答えを訊ねてみる。

  • 鷹野 光星

    うん?どうした?

  • 瀬名 眞白

    俺、停学とか…退学とかの処分って受けるかな?

  • 学校に通えなくなったら、鷹野に会えない日々が生まれてしまうから。

  • それだけは、なんとしても回避したい。

  • NEXT

タップで続きを読む