フェードアウトしたい
新ナックルジムリーダーとなったキバナは多忙である。バトルの実力はジムチャレンジをしたきのバトルでその才能を披露したので実力については誰も文句は無い。
問題があるとすれば事務仕事だけで。
ジムリーダーはバトル以外にも様々な仕事がある。ジムの点検であったりチャレンジャーの安否確認。危険区域があれは見回りや安全確保、スポンサーが居れば会談やらモデルやタイアップにコラボなんてものも。時期によればジムの決算で書類を片付けたり提出に出かけ、警察からの応援要請で時間が押したりと忙しいのだ。
だから、いくら先輩で決算の仕方やちょっとした裏技を教えてくれたからと言ってファンとお話して欲しいなんてお願いを聞くわけにはいかない。
「いかないんだけどなぁ…………」
さすがに年の功と言うか、氷はドラゴンに効果抜群だからか気付いたらメロンの頼みを聞きキルクスタウンまで来てしまった。
事前に渡された情報からキバナのファンで年下。仕事を持ってしまったが故に一人暮らしで、その仕事が忙しくて生活がままならない。たまに倒れていたりするのでキバナから注意されれば聞くんじゃないかと希望的観測で駆り出された訳で、寒さが得意ではないキバナにとっては迷惑この上なかった。
「さっさと終わらせて帰るのが良いんだろうけどなぁ」
適当に終わらせたらメロンに何言われるか分かったもんじゃない。いくら性格がサバサバしていようとメロンは女なので女の嫌な部分を持ってないとは言えないので。
溜め息を一つ溢して渡されていた合鍵を取り出して解錠する。鍵の受け渡しなんてしていいのか悩んだが「あの子の手持ちに高レベルのフェアリーポケモンがいるよ」なんて言われたら悩みなんてぶっ飛んだ。高レベルのポケモンにとって人間は相手にならない。キバナが不埒なことをすれば、それこそじゃれつくと言う名の袋叩きが待っている。
「おじゃましま…………は?」
ゆっくり開いた扉はキィっと少しだけ音をたてたが、その扉の先と言うか目線の先にあったものに戸惑った。
扉の先に続くのは廊下で各部屋に移動する為の動線であり、終点は基本的に生活基盤が整っているリビングがある。あるのだがキバナの視線はリビングと廊下の途中、キバナの動線の先にある散らばったピンクの髪。その人物を心配するように辺りをさ迷うミミッキュとヤクデ。キバナの声が聞こえたのかミミッキュがこっちを見て、早く来いとでも言うように黒い手を布の中から伸ばし床を叩く。
「 」
何を言ったのか、それとも声に出ていたのか。叫んだのか呟いたのか。
キバナですら何を口にしたのか分からなかった。
□□□□□□
知らない天井だ、なんて言えなかった。めっちゃ知ってる天井だった。毎日とは言わないけど起きたら見る天井だからね。たまにリビングのソファーで寝落ちしてるから毎日じゃないんだ。
ただ、本当にちょっとだけ、ちょっとだけ見慣れないものが視界にうつっている。
「………………は????」
記憶の最後は確か寝不足と食事をしっかり取ってなかった栄養不足、そんな不摂生でボロボロの体調に健康ならヤクデで耐えられたキルクスの寒さにやられたのか貧血が起きてぶっ倒れて意識がブラックアウト。
今までなら何とか自分のベッドに倒れこんでたんだけど、無理だった。立ち上がった瞬間の吐き気に目眩、息苦しさ。昔と言うか仕事なんて無かった時にはこんなこと無かったのに、運動って大事なんだな。
ねぇ、ミミッキュ。いつもの事だけど部屋の片付けありがとう。ちゃんと資料事に分けてくれてるの知ってるんだけど、それよりも片付けて欲しいのがあるんだよなぁ! 私の顔を覗きこんでるやつ!! ベッド横に椅子持ってきて私の片手を握ってるやつなんだけどぉぉお!!!
「なんで?????」
「良かった……起きたんだな」
何度も瞬きをして消えない。言葉まで喋りやがる。凄いな、この
私を覗きこむ表情もしっかり心配が表れててヤバいな、この
いや、メタモンだと思いたいけど違うって分かってますよ。うちに野生のポケモンは入室出来ないから。ゴーストタイプでさえ見つかったらミミッキュの
つまりこれは本物のキバナさん。
「なんで、いるの???」
本当にこれ。思わず疑問を口にしながらベッドから体を起こしてしまった。覗かれなくなったけど見つめあうことになってしまった。
それよりジムリーダーとして多忙でドラゴンとしては苦手な雪だらけのキルクスタウンの私の家に居る理由がわかんない。むしろ音信不通になったちょっと仲の良い幼馴染未満だった人間なんて忘れるぐらいしてるでしょ。
え? 私は忘れないよ。推しだったし、記憶戻る前に好きだった影響かもしれないけど恋愛関係無く好感度高いからね。ちゃんとポケモンリーグが設立したファンクラブに入ってるしね。もっと言えばポケモンリーグが設立したファンクラブで気に入ってるキャラのには入ってる。レッド、グリーン、ワタル、デンジ、シロナ、カルネ、ダイゴ、キバナ、ポプラ、メロン…………ちょうど10人になるようにしてる。年間費が馬鹿にならないから…………あと会報の冊子も場所と重さが馬鹿にならないから。
他にもポケモンリーグが月間発行してる情報誌(全国版)も厚さと重さもヤバいから。
いけない、思考が飛んだ。今はキバナさんなんだよ。本当に何で居るの?
「逆に聞くけどな、何でお前は居なくなったんだよ」
「え、お父さんの仕事の都合で引っ越したから」
ちょっと待って。私が引っ越したの気にしてたの? いや、仲良かった子が夜逃げみたいに居なくなったら普通に気になるな。
でもなぁ、10歳でもない私には引っ越しについてくしかなかったし。どうしようも無かった。今なら連絡しようと思えば出来たんだろうけど、忘れてる可能性が有ったからしなかったし。嘘、遠くから眺めてたいので近付かなかっただけです。
「でも今は一人暮らしなんだろ?」
「何で知ってるの!?」
私の情報どこから…………あ、これメロンさんか。そうだ、合鍵メロンさんに渡してるし、キバナさんとはジムリーダー同士で繋がりがある。家に出入りしてたメロンさんは私がキバナさんのファンクラブに入ってるのも知ってるし、ぶっ倒れたりするのに言うこと聞かない
それにしてもどんだけ私の情報がキバナさんに流れてるんだろ。別に流れても困る情報無いけど。キバナさんのファンっていうのもバレてもな。幼馴染が頑張ってるからって理由で終わる。
「ナックルに戻ってこねぇの?」
「…………戻りたいのは山々なんだけど」
「何?」
「この家、私の持ち家にされてるんだよね」
「………………は?」
わかる。私も、は? ってなった。パルデアに行って「ポケモンの落とし物やリーグが発行するポイントで使い捨ての技マシン作るシステム組むんだぁ」って笑って報告してきた父親曰く、パルデアに長期滞在どころか在住する可能性が高いらしい。両親共に気に入ったんだって、パルデア。
そうなると困ったことになるのがキルクスに買った持ち家。住まない家は売れば良いけど、そこに住んでるのは一人娘。既にガラルで仕事を持ってるし、何より他の地方に行くのを嫌がる。だって推しがガラルに居るし、パルデア地方何て私は知らない。死んだ後に出たやつなんだろうけど、何処に危険があるか分からない所は行きたくないんだよ。何が地雷と言うかトラップと言うか、死にそうな場所やイベントやポケモンが分からないの怖い。ガラルは危険区域は基本的に立ち入れないから安心できるし、ほぼワイルドエリアだけだから危険なの。
そんな娘の仕事は光熱費、食費、生活必需品等の雑費を含めた生活費を払う程度の稼ぎは有るので、もし何かしら仕送りが遅れても生活できる。よし、家の所有者名義変更しよっ! ってなったらしい。
ポケモン世界はもう少し法律で決まってる成人まで大切にしようよ。仕事持ってるとか関係無く自主性を大事にしないで。いや、ゲームの世界やアニメとか創作には自主性大事にしていいけど私には当てはめないで欲しかった。
そんな訳で私は十代前半も前半で一軒家を手に入れたのですよ。めでたくねぇぇぇえ!!!
だって引っ越すにしても家をどうするとか手続きとか住所変更とか色々付随する訳で、こうなったら寒かろうとキルクスに住むしかないじゃん。ヤクデのおかげで我慢できる寒さになったから面倒なことはやりたくない。
「じゃあ、ずっとキルクスに住むのかよ」
「まぁ、そうなる……かな」
「ふぅん……」
キルクスに住むのを肯定したらジト目された。ふぅん、って言いながら目が細められるの怖い。思わず誤魔化すように、へへっと笑ってしまった。さらに目を細められた。こわっ。漫画の表現で獲物見つけたみたいな表情だよ、それ。待って、それだと私が獲物になってしまう。これは怒りな可能性がある。イラッてきたとき睨んだ可能性だってある。どれだ。
取り敢えずキバナさん何を思ったか口にしてもらっても…………いや、しないで。変なこと言われても困るし。
「…………ここ、お前の持ち家なんだよな」
「そうだよ」
「へぇ、そんで一人暮らし、ね」
「…………そう、ですね」
「成る程なぁ」
「何が!?」
少しずつキバナさんの声色が、何となく、本当に何となく不穏な気配を滲ませていってこわい。そして突然口角を上げてニヤァって笑いながら何かを納得したように頷く一連の行動も怖い。
え、キバナさん何を納得されたんです?
「ねぇ、何が成る程なのっ?!」
「そういや昔作った紙粘土のヤツ壊れちまったんだけど」
「話の反らし方雑すぎない? あと紙粘土のヤツはちゃんと処理しなかったから壊れるのは当たり前なんだよなぁ!」
「あれってちゃんと直せるモン?」
「えぇ…………答える気ないんです?」
私の質問に対して笑みを深めるだけで答えてくれない。これ絶対に答えないやつですね? あとキバナさん普通に紙粘土の話題出してるけど勝手に持ってったの忘れてないかい? 私はあげた記憶ないよ。キバナさんが持っていかなかったら壊してたけど。
それにしてもあれまだあるの? 壊れたのに捨ててないって、なんで?
キバナさんの行動が意味わからなすぎて、なんでしか出て来ない。
「なぁ、直せねぇの?」
「…………直せないよ。紙粘土はニス塗らないと水分抜けちゃってどうしようもないから」
「そっか、どうしようもないのか」
「うん」
どうしようも、ない。紙粘土ってね、水分が含まれてるから柔らかい。そして時間が経てば表面から乾燥していって内側との水分量の違いで形が歪になって壊れる。密度の違いなのかな、とにかく乾燥が大敵なんだ。その乾燥をどうにかしてくれるのが保護材。紙粘土だとニス。あのくっさいニス。
そのニスを塗らなかったから紙粘土は乾燥して壊れた。乾燥した紙粘土ってね水を得るとね表面だけ溶ける。ぬるぬるする。どうやっても直せない。
「どうしようもないんだよ」
「そっか、そうなんだ。どうしようもないんだな!」
ん? キバナさん何かテンション高くなってるんだけど。どうしてなん?
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どうしようもない、そう言ったイユに対してキバナは笑みを向けるだけ。だってそんな
そう、どうしようもないのだ。
イユが居なくなってからの渇きも憂いも苛立ちも。キバナにとってはなにをしようと治まらなかった。居なくなる前まで感じたことなかったそれを治める為には、どうしようもないのだ。
あの日見たワイルドエリアで眠った姿。もしかしての最悪が過った。
そして今日見た姿。不摂生から少し傷んだ髪が床に広がった姿があの日の悪夢を思い出させた。
キバナにとっての大切な宝。見つけるとは決めていたけれど、割りとあっさり見つかったのには拍子抜けした。ただ、連れて帰るつもりだったのに連れて帰れないのには不満だったが。
いつでもイユを迎えれるように
しかしよくよく考えればこれはこれで良いのでは? と考え直したのだ。
だってキバナにとっての大切な
手の中には合鍵。まさしく合法的な通行許可証明である。これを使えばキバナは家に入る事も簡単で、寒ささえ我慢出来れば誰にも邪魔はされない。もしこれがナックルならば変装してようがキバナの行動はSNSに上げられ、何かしらに煩わせられるだろう。
しかしここはキバナにとってジムリーダーのメロンぐらいしか関わり無い町。特に贔屓にしている店が有るわけでも、親しい友人が暮らしているなんて事もない。
言ってしまえば通いやすい都合の良い場所でしかないのだ。
「本当に、どうしようもないんだよ」
キバナはイユの家に鍵をかける。手にした鍵で施錠して、宝を大事にしまうように。
この家は言ってしまえば誰にも知られていないキバナの宝物庫になったのだ。
あの日から消えない不安、猜疑心、絶望。そして今ある歓喜、幸福、独占欲。全てを内包している胸の内はどろどろと溶けてしまい、何もかもが混ざりあっている。
あの壊れた粘土細工のように乾いてひび割れたところに、突如与えられたもので潤うどころか飽和して溶けてしまった。
それはもう、元の、ただただ大切だと思っていた心に戻らないほどに。
イユが言っていたように、キバナの心もどうしようもないのだ。
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人物紹介
夢主(不摂生の姿)
なんでキバナさんいるの????
仕事と学業で不摂生してる。料理は時間が無いのでしないので栄養ドリンクや補助食品ばっか。
だから倒れるんだよ。
実は一話にあったけど半目で可愛さ半減したみたいなこと言ってたけど、別に目付きは変わってない。ただ恋する少女のキラメキが瞳から無くなったのでその影響でそう見えたのである。
合鍵はメロンさんに返してね。
なんでメロンさんが拒否すんの???
キバナさん(話聞かない姿)
やったー!!! 会えたーーー!!!!
実は監禁しようとしてたドラゴンストーム。あの日に最悪が起こったかもしれない不安で大事に大事にしまいこみたかった。手に入れてもいつかまた消えるんじゃないかという猜疑心もあるから自由にしたくない。倒れた姿であの日の絶望を思い出した。
誰もキバナとイユの関係を知らない。大切にしまいこめる自分だけの宝物庫を手にした喜びと独占欲。
自分からしまわれてくれる宝物庫があったので嬉しい。自分で自由を捨ててくれた。
実は一気に様々なことが起きたのであの日からキバナの心は歪になってた。直そうとしたけど歪だから治らない。どうしようもないんだって。でもイユが大切なのは変わらない。多少大人になったので
合鍵? 返さなくてもよくね???
絶対に返さない。
メロンさん(世話焼きの姿)
割りと目的の為なら
合鍵? キバナが持ってた方が(あんた言うこと聞くから)いいじゃないかい。
ちゃんと生活出来始めたからやっぱキバナに持たせとくべき。