女性審神者の名前です。
菜の花「この本丸で俺たちと話すのって違和感ないの?」
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~大樹side~
子どもの頃の遥ちゃんは大人しい子だった。運動はあまり得意ではなくて、足はあまり速くはなかったし、二重飛びがほとんど出来なかったり、水泳はずっと上達しなかったり。その分勉強は苦でなかったようで、クラスの中でも成績は良かった方だ。
おじさんに似たのか特に歴史が好きで、僕の神社の家系図と歴史を照らし合わせてそれを学ぶのが楽しいと言ってくれていた。
大型連休や夏休みにはおじさんに歴史上の人物にゆかりのあるところに連れて行ってもらっていたし、僕も一緒だったこともある。その頃のアルバムを見ながら思い返す度に、その頃から審神者として人生を歩むのが自然だったように思える。
遥ちゃんに審神者の素質があると分かったのは小学校高学年の時。審神者のおじさんが遥ちゃんの家に来た時に分かったことだ。
「必ずしも審神者になる必要はない」、「他にやりたいことが見つかればその道を進めばいい」とのことで、あくまでも審神者になるのは1つの選択肢だった。その頃の遥ちゃんにはちゃんと将来の夢があった。
けれど受験生になった頃、遥ちゃんは挫折を味わうことになる。色々あって、その夢が叶わないと知ってしまって、それまでの努力が水の泡になってしまった。
それに大きなショックを受けた遥ちゃんは受験勉強が周りより遅れ、推薦では志望校を受けられないことになってしまった。その時は一般で志望校に合格させてあげたい一心で僕も僕なりに支えたつもりだ。それが力になったのかは分からないけれど、無事に合格した。そこからだ。彼女が今の性格になったのは。
ずっと運動が苦手だった彼女がそれを克服しようとバドミントン部に入って、変わりなく勉強も努力し続けていた。そこは年上の僕から見ても輝いていて、歳が離れているせいで傍でその成長を見られなかったのは今でも悔しく思う。
そしておばさんと同じく美容師を目指すか、日本史の教師を目指すか悩みに悩んで、審神者の道を選んだ。おじさんの元で修行を積み、今ではとある本丸をまとめる立派な審神者だ。
「今回は何を買おうかな~」
そんな遥ちゃんがうきうきと駄菓子屋さんに入った。
2200年を過ぎたこの時代は、あらゆるものが進化しても昔の文化は廃れさせまい、先人たちの努力のおかげで今日があるのだと、国を挙げての大きなプロジェクトとして様々なことに取り組んできた。この駄菓子屋さんの文化も廃れそうになったけれど、それのおかげで再び日本中で認知された。店内装飾も昭和時代から平成時代に子どもたちが慣れ親しんだという、歴史の教科書で見た雰囲気そのものだ。
ここは貰ったお小遣いを握りしめて自分で計算してどれだけ買えるのかを学べる。その文化が復活したおかげで、これまで机の上で学ぶだけだった計算の力が高まって、その経験が積み重なって世界でも日本は計算能力のランキングは上位に入っている。
「あのー、遥ちゃん?」
「ん~?」
この日も子どもたちが指で計算しながら吟味しているのを他所に、彼女は大人買いで箱ごと、袋ごとで駄菓子をどんどんカゴに入れていた。本来は子どもたちは買ってもせいぜい500円ぐらいだから、彼らが使う籠では小さすぎて店員さんからいつも買い物で使うサイズのそれを持っている。ついにはまだ在庫はあるか尋ねているほどだ。
「買い過ぎじゃない…?」
「あ、言っておくけど私だけの分じゃないよ。お土産も入ってる」
彼女の本丸にいる刀剣は50振り以上。彼ら全振りに駄菓子に興味があるのかどうかは置いておいて、それでも充分すぎる数に見える。
「僕、それ持ってるよ…」
あっという間にパンパンになったカゴを受け取り、彼女は嬉々として新しくカゴをもらっている。
何でも遥ちゃんの本丸では“型抜き”が好評で、刀種を限らず皆が挑戦しているのだと言う。その形通りに抜けば景品が貰えるシステムにしているからその分のお菓子も必要と嬉しそうに話してくれてるけど、もはやお金の計算という概念がない。人数分足りるか、どれぐらいもつのかは考えているようだけど。
もし彼女が僕と共に道を歩めていたら、彼女のこんな姿は見れなかったんだろうか。
子どもの頃の遥ちゃんは大人しい子だった。運動はあまり得意ではなくて、足はあまり速くはなかったし、二重飛びがほとんど出来なかったり、水泳はずっと上達しなかったり。その分勉強は苦でなかったようで、クラスの中でも成績は良かった方だ。
おじさんに似たのか特に歴史が好きで、僕の神社の家系図と歴史を照らし合わせてそれを学ぶのが楽しいと言ってくれていた。
大型連休や夏休みにはおじさんに歴史上の人物にゆかりのあるところに連れて行ってもらっていたし、僕も一緒だったこともある。その頃のアルバムを見ながら思い返す度に、その頃から審神者として人生を歩むのが自然だったように思える。
遥ちゃんに審神者の素質があると分かったのは小学校高学年の時。審神者のおじさんが遥ちゃんの家に来た時に分かったことだ。
「必ずしも審神者になる必要はない」、「他にやりたいことが見つかればその道を進めばいい」とのことで、あくまでも審神者になるのは1つの選択肢だった。その頃の遥ちゃんにはちゃんと将来の夢があった。
けれど受験生になった頃、遥ちゃんは挫折を味わうことになる。色々あって、その夢が叶わないと知ってしまって、それまでの努力が水の泡になってしまった。
それに大きなショックを受けた遥ちゃんは受験勉強が周りより遅れ、推薦では志望校を受けられないことになってしまった。その時は一般で志望校に合格させてあげたい一心で僕も僕なりに支えたつもりだ。それが力になったのかは分からないけれど、無事に合格した。そこからだ。彼女が今の性格になったのは。
ずっと運動が苦手だった彼女がそれを克服しようとバドミントン部に入って、変わりなく勉強も努力し続けていた。そこは年上の僕から見ても輝いていて、歳が離れているせいで傍でその成長を見られなかったのは今でも悔しく思う。
そしておばさんと同じく美容師を目指すか、日本史の教師を目指すか悩みに悩んで、審神者の道を選んだ。おじさんの元で修行を積み、今ではとある本丸をまとめる立派な審神者だ。
「今回は何を買おうかな~」
そんな遥ちゃんがうきうきと駄菓子屋さんに入った。
2200年を過ぎたこの時代は、あらゆるものが進化しても昔の文化は廃れさせまい、先人たちの努力のおかげで今日があるのだと、国を挙げての大きなプロジェクトとして様々なことに取り組んできた。この駄菓子屋さんの文化も廃れそうになったけれど、それのおかげで再び日本中で認知された。店内装飾も昭和時代から平成時代に子どもたちが慣れ親しんだという、歴史の教科書で見た雰囲気そのものだ。
ここは貰ったお小遣いを握りしめて自分で計算してどれだけ買えるのかを学べる。その文化が復活したおかげで、これまで机の上で学ぶだけだった計算の力が高まって、その経験が積み重なって世界でも日本は計算能力のランキングは上位に入っている。
「あのー、遥ちゃん?」
「ん~?」
この日も子どもたちが指で計算しながら吟味しているのを他所に、彼女は大人買いで箱ごと、袋ごとで駄菓子をどんどんカゴに入れていた。本来は子どもたちは買ってもせいぜい500円ぐらいだから、彼らが使う籠では小さすぎて店員さんからいつも買い物で使うサイズのそれを持っている。ついにはまだ在庫はあるか尋ねているほどだ。
「買い過ぎじゃない…?」
「あ、言っておくけど私だけの分じゃないよ。お土産も入ってる」
彼女の本丸にいる刀剣は50振り以上。彼ら全振りに駄菓子に興味があるのかどうかは置いておいて、それでも充分すぎる数に見える。
「僕、それ持ってるよ…」
あっという間にパンパンになったカゴを受け取り、彼女は嬉々として新しくカゴをもらっている。
何でも遥ちゃんの本丸では“型抜き”が好評で、刀種を限らず皆が挑戦しているのだと言う。その形通りに抜けば景品が貰えるシステムにしているからその分のお菓子も必要と嬉しそうに話してくれてるけど、もはやお金の計算という概念がない。人数分足りるか、どれぐらいもつのかは考えているようだけど。
もし彼女が僕と共に道を歩めていたら、彼女のこんな姿は見れなかったんだろうか。
