女性審神者の名前です。
撫子 太陽の当たる場所
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~お菊side~
皆様方はわたくしのことを覚えていらっしゃいますでしょうか。
わたくしは菊代 。皆様からは“お菊”と呼ばれ、孫である紬 と本丸で暮らし、共に刀剣男士の皆様を指揮する審神者でございます。紬はまだ幼いので、わたくしが語らせていただきますね。
この本丸を知っていただく為に審神者に就任した経緯をお話しさせていただきますが、少々長くなるかもしれません。
わたくしは華道一家に3人きょうだいの末っ子として誕生いたしました。姉、兄がおります。
家督を継ぐことが決まっていた姉が日々華道の技術、心構え等厳しく叩き込まれる一方で、次女であり、末っ子でもあるわたくしは比較的自由に育てられました。それでも格式の高い華道一家の者としての自覚は強くありましたので、進路を決める際は家の顔を立てる為に、一流企業へ就職するべきだと考えておりました。実際に兄は国家公務員となり、わたくしも国立大学に進学いたしました。
勉学に励み、これまで出会った友人たちに加え、大学で新たに出会えた友人との友好を深めて充実した日々を過ごす中、いよいよ就職活動を始める時期となった頃、歴防本部の方々がわたくしの元を訪れたのです。
“貴女には審神者の素質があります”
青天の霹靂でございました。
審神者は素質がなければ就けない、希少で立場のある存在。一流企業への就職を目指していたわたくしは大変悩みました。審神者の道を選んだ場合、これまでの努力を活かせないのではないかと考えたのです。
わたくしには審神者を夢見ていた同級生がおります。ですが歴防で受けられる検査で素質がないと知って酷く落ち込む姿を見ていましたので、「もしかしたら他にも審神者になりたかった人がいたかもしれない」と考え、誰にも相談することが出来ずにおりました。
家柄ゆえに厳しいところがあるとはいえ、きょうだい仲が良いのは幸いだと思っております。
ある日、応募する会社の資料をぼんやりと眺めていたわたくしに、姉は“家を気にするのはお止めなさい”と言ってくれたのです。
“この家を継ぐ私が言っているんだもの、菊代は菊代で好きな道を選びなさい”
そうは言っても、これまでずっと一流企業に就職することばかり考えていたわたくしが、その考えを改めるのはなかなか難しいものです。
“まずは一旦、家のことは置いて考えてみると良いわ”
暫し悩んだ後、姉の言葉に将来の幅を広めることにしたわたくしは、大学の授業の後、会社説明会の後などに時間を作っては国立の資料館へと通って審神者について色々と調べておりました。
審神者についての基本的なことは歴史の授業で少々学習しますが、素質がなければ就けませんので深掘りされることはありません。よほど興味を持たない限り、または審神者の素質がある者が各々調べない限りは詳しい知識を得る機会はないのです。残念ながらわたくしは歴史はあまり得意ではありませんでしたから、素質があったとしても本当に審神者に向いているのか悩んでいた不安要素の1つでございました。
情報保護の観点から、実際に審神者にならなければ分からないことが多いながらも、歴史改変を阻止した例もいくつか知ることが出来まして、次第に日本史と合わせて興味を抱くようになりました。大人になってから改めて勉強したいことを見付けた、そのような感覚だと思います。
その日も会社の説明会の帰りに資料館で調べものをしていました。帰宅すると、審神者を夢見ていた同級生がわたくしを訪ねて待っておりました。歴防本部の方々がわたくしの家を訪ねているのを見たというのです。
“私の代わりに審神者になってほしい”
中学校を卒業して以来会っていなかった彼女の顔を見たと同時に、そう言われると直感いたしました。
“これ、あげるから”
彼女の手には袋いっぱいに詰め込まれたバインダー。1冊見てみますと、表紙には時代と数字が書かれておりました。“安土桃山時代①”など、それぞれの時代を事細かく紐解いてありまして、歴史と合わせてその時代に打ち出された刀剣も含め、それはもう膨大な知識がぎっしりと詰め込まれていたのです。
“正しい歴史と並行して、もし歴史が改変された場合の考察を書いたの。審神者になったら役に立つと思う”
あまりもの数に、彼女が審神者の道を閉ざされた後も記し続けたのだとすぐに分かりましたので、彼女の思いと共にそれを受け取り、図書館へ通う代わりにこちらを見ることを日課といたしました。
“こんなに調べたんだ…”
彼女は非常に頭が良く、成績も常にトップクラスでございました。高校はもちろんのこと、偏差値も倍率も高い有名な私立大学に進学したと聞いておりましたので、ノートの内容は言うまでもございません。読んでいくうちに審神者への道が開けた感覚がいたしました。それを信じ、彼女の思いを背負い、わたくしは審神者になる決意をいたしまして、大学を卒業した後に審神者人生を歩み始めることとなったのです。あの時彼女がわたくしの元を訪れなければ、きっと審神者になっていなかったことでしょう。
思っていたより話が長くなってしまいました。堅苦しい文章でもありますので、わたくし共の本丸については“始まりの一振り”である蜂須賀虎徹よりお話しいたしますね。
皆様方はわたくしのことを覚えていらっしゃいますでしょうか。
わたくしは
この本丸を知っていただく為に審神者に就任した経緯をお話しさせていただきますが、少々長くなるかもしれません。
わたくしは華道一家に3人きょうだいの末っ子として誕生いたしました。姉、兄がおります。
家督を継ぐことが決まっていた姉が日々華道の技術、心構え等厳しく叩き込まれる一方で、次女であり、末っ子でもあるわたくしは比較的自由に育てられました。それでも格式の高い華道一家の者としての自覚は強くありましたので、進路を決める際は家の顔を立てる為に、一流企業へ就職するべきだと考えておりました。実際に兄は国家公務員となり、わたくしも国立大学に進学いたしました。
勉学に励み、これまで出会った友人たちに加え、大学で新たに出会えた友人との友好を深めて充実した日々を過ごす中、いよいよ就職活動を始める時期となった頃、歴防本部の方々がわたくしの元を訪れたのです。
“貴女には審神者の素質があります”
青天の霹靂でございました。
審神者は素質がなければ就けない、希少で立場のある存在。一流企業への就職を目指していたわたくしは大変悩みました。審神者の道を選んだ場合、これまでの努力を活かせないのではないかと考えたのです。
わたくしには審神者を夢見ていた同級生がおります。ですが歴防で受けられる検査で素質がないと知って酷く落ち込む姿を見ていましたので、「もしかしたら他にも審神者になりたかった人がいたかもしれない」と考え、誰にも相談することが出来ずにおりました。
家柄ゆえに厳しいところがあるとはいえ、きょうだい仲が良いのは幸いだと思っております。
ある日、応募する会社の資料をぼんやりと眺めていたわたくしに、姉は“家を気にするのはお止めなさい”と言ってくれたのです。
“この家を継ぐ私が言っているんだもの、菊代は菊代で好きな道を選びなさい”
そうは言っても、これまでずっと一流企業に就職することばかり考えていたわたくしが、その考えを改めるのはなかなか難しいものです。
“まずは一旦、家のことは置いて考えてみると良いわ”
暫し悩んだ後、姉の言葉に将来の幅を広めることにしたわたくしは、大学の授業の後、会社説明会の後などに時間を作っては国立の資料館へと通って審神者について色々と調べておりました。
審神者についての基本的なことは歴史の授業で少々学習しますが、素質がなければ就けませんので深掘りされることはありません。よほど興味を持たない限り、または審神者の素質がある者が各々調べない限りは詳しい知識を得る機会はないのです。残念ながらわたくしは歴史はあまり得意ではありませんでしたから、素質があったとしても本当に審神者に向いているのか悩んでいた不安要素の1つでございました。
情報保護の観点から、実際に審神者にならなければ分からないことが多いながらも、歴史改変を阻止した例もいくつか知ることが出来まして、次第に日本史と合わせて興味を抱くようになりました。大人になってから改めて勉強したいことを見付けた、そのような感覚だと思います。
その日も会社の説明会の帰りに資料館で調べものをしていました。帰宅すると、審神者を夢見ていた同級生がわたくしを訪ねて待っておりました。歴防本部の方々がわたくしの家を訪ねているのを見たというのです。
“私の代わりに審神者になってほしい”
中学校を卒業して以来会っていなかった彼女の顔を見たと同時に、そう言われると直感いたしました。
“これ、あげるから”
彼女の手には袋いっぱいに詰め込まれたバインダー。1冊見てみますと、表紙には時代と数字が書かれておりました。“安土桃山時代①”など、それぞれの時代を事細かく紐解いてありまして、歴史と合わせてその時代に打ち出された刀剣も含め、それはもう膨大な知識がぎっしりと詰め込まれていたのです。
“正しい歴史と並行して、もし歴史が改変された場合の考察を書いたの。審神者になったら役に立つと思う”
あまりもの数に、彼女が審神者の道を閉ざされた後も記し続けたのだとすぐに分かりましたので、彼女の思いと共にそれを受け取り、図書館へ通う代わりにこちらを見ることを日課といたしました。
“こんなに調べたんだ…”
彼女は非常に頭が良く、成績も常にトップクラスでございました。高校はもちろんのこと、偏差値も倍率も高い有名な私立大学に進学したと聞いておりましたので、ノートの内容は言うまでもございません。読んでいくうちに審神者への道が開けた感覚がいたしました。それを信じ、彼女の思いを背負い、わたくしは審神者になる決意をいたしまして、大学を卒業した後に審神者人生を歩み始めることとなったのです。あの時彼女がわたくしの元を訪れなければ、きっと審神者になっていなかったことでしょう。
思っていたより話が長くなってしまいました。堅苦しい文章でもありますので、わたくし共の本丸については“始まりの一振り”である蜂須賀虎徹よりお話しいたしますね。
