女性審神者の名前です。
桜「僕たちって色んな逸話があったりするんだな」
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~薙side~
「具合はどう?」
目を覚ました私に優しい微笑みを向けてくれた主様。その柔らかい雰囲気に涙が零れる。それをぺろぺろと舐めたもふ丸を指でなぞるように撫でた。
時計を見ると昼はとうに過ぎていて、厨当番のみんなは夕餉の支度に取り掛かっている時間だ。
「……」
やっぱり私には「ごめんなさい」としか言えない。…それでも。
早くみんなとご飯を食べたい。
早くみんなと遊びたい。
早くみんなと手合わせをしたい。
早くいつも通りの生活に戻りたい。
「今度でいいから、何を見たのか教えてくれる?」
「っ…」
逃げたくない。
目を閉じたらあの視線を感じそうで怖かったけど、ぎゅっと拳を握って天井を仰いだ。
「…今、お話しします」
深呼吸をして心を落ち着かせる。主様も私が話し始めるのを待ってくれていた。
「姫様がお城から出て行くのが見えました。私はまだ薙刀で、姫様と一緒でした。そこに、私を強く妬む視線を感じました。嫉妬、憎悪。黒くうごめくような視線がすごく怖かったんです」
つたないながらに説明すると、主様が親指と人差し指を唇に当てて考え込む。「出陣ではない…?」と呟く声にゆっくりと頷いた。
どんな状況だったのかは、視線にかき消されたように分からなかったことも伝えると、「うーん…」と更に考え込んでしまった。あやふやすぎて手掛かりにも何もならないけれど、実際に見たものはこれだけ。
「薙刀だった頃にも色々あったのは伝わってくるよ。話してくれてありがとう」
「…それでね」と別の話を切り出した主様に、視線をそちらに向ける。
「その視線って、別の刀剣のものじゃないかって話が出てるんだ。薙はどう思う?」
点と点が繋がった気がした。その刀剣はずっと姫様のお傍にいた私に嫉妬していた。そう考えれば納得がいく。
そうしてふたりで仮説を立てた。その刀剣は私より長くあって、姫様の近くにいたはずだった。そして私の方が存在した期間が短いながらも、姫様と過ごす時間が長かった。
「その刀剣より薙が扱いやすかったから一緒にいることが多くて、姫様の立場が立場だったから色んな感情が薙に向けられた、ってとこかな」
「今はそう考えた方がいいと思います。…というより、思いたいです」
「女性だったから薙刀の方が扱い慣れてたってのもあるかも。今はそう考えよう」
「…はい」
話は一旦それで落ち着き、少しだけ心が軽くなった。
「あ、そうだ。堀川くんが水羊羹買って来てくれたんだ。食べる?」
「…食べたいです」
「私は部屋に戻らないとならないけど、持って来てって頼んで来るね」
「ありがとうございます」
主様が部屋を去り、ゆっくりと体を起こす。用意してくれた麦茶を飲んで深く呼吸をして、顔を両手で覆った。
そこでふと気付く。手入れ用のお香が焚かれていない。主様はこういったことを忘れる方ではないから、今の私には不要だということだろう。実際、霊力が乱れている感覚はほとんどない。
良かった…。
しばらくすると足音が聞こえてきてそちらを見やると、見えた影は鳴狐さんだった。てっきり堀川くんが来ると思っていたし、キツネさんは一緒じゃないみたいだ。珍しいし、意外。
「…入るね」
鳴狐さんとこうして話すのは初めてのような気がする。話す時はいつも粟田口のみんなに囲まれていたから。
「ありがとうございます…」
どう接したら良いのか分からないでいると、もふ丸が早く食べたいと言わんばかりに鳴狐さんの手をぺちぺちと叩いた。お盆には小さく取り分けられたもふ丸の分もある。
「鳴狐さん、すみません」
「…いいよ。鳴狐は、もふ丸も好きだから」
キツネさんと過ごしているのもあってか、慣れた手つきでもふ丸を撫でて小皿を置けば、もふ丸は「いただきます!」と食べ始めた。もしかしたら昼餉を食べていなかったのかもしれない。そう思ったらがっつく姿に何も言えなくなった。…その一方で。
「…?!」
鳴狐さんがおもむろにスプーンで水羊羹をすくって私の口に寄せてきたのだ。
「…食べないの?」
まるでそれが当たり前かのように私が口にするのを待っている。確かに食べさせてもらうことはあったけれど、最初の数口は自分で食べていた。今回は別の意味で手が震えそうだ。
「…やっぱり、食べたくない?」
小さく首を傾げる鳴狐さん。表情を全く変えずにじっと私を見ていて、その瞳から目を反らせない。
「た、食べます、食べたいです…」
「…これ、鳴狐も好き」
勇気を出してぱくりと食べた。控えめな甘さがちょうどいい。
「…美味しい?」
「美味しい、です…」
さっきまでの私は何処へやら、この雰囲気はすっかり鳴狐さんのペースだ。清光くんが食べさせてくれた時とはまた違う空気に、「味がするからまだ大丈夫」と言い聞かせて二口、三口と食べていく。
そうして何とか食べ終えて、何とかお礼も伝えられた。後は夕餉が食べられるか、減らしてもらおうかと考えていたら…。
「?!」
ぎゅっと後ろから抱きしめられた。
「鳴狐さん…?!」
「…いつも、みんなを膝に乗せてくれてるから、鳴狐も、こうしてみた」
もふ丸は暫し硬直した後、閃いた表情を浮かべて「僕はお部屋の前にいますね」と外に出て行ってしまった(どうして)。
「…薙をこうすると、安心するとも聞いた」
「誰からでしょう…?!」
「…乱」
乱ちゃん…。
まさかの出来事にいよいよ手が震えてきてしまった。「しまった」と思ってもそれが止まるはずもなく、その手を優しく包み込むように握られて、すっかり私は動けなくなってしまった。
「…鳴狐より、みんなの方がいい?」
その声色は純粋に温もりを与えようとしているだけのようにしか聞こえない。耳元で囁くように言われて岩の如く硬直した私の顔はきっと赤い。
「いえ、大丈夫です…?」
私は何を言っているんだろう。
「…それなら、良かった」
実は私は鳴狐さんより少しだけ背が高い。筋肉量の違いはあれど骨太な私と体格が比較的似ているせいか、ぴったりと収まっている。
聞こえているんじゃないかと思うくらい心臓がうるさい。治まる気配は全くと言っていいほどない。逆に治まる方がおかしい。…なんて思っていたのに、安定くんを膝に乗せた時とは異なる温もりにだんだん心が解れていく。私はこうしてもらいたくてみんなを膝に乗せていたんじゃないかと錯覚してしまうほどに。
違う違う、そんなことは絶対にない…。
ぶんぶんと首を横に振ると「…どうしたの?」と聞かれた。もちろん耳元で。「何でもないです…」と答えるしかない。解れていった心の赴くままほんの少しだけ身を預けてみたら、優しく頭を撫でてくれた。
私も何をしているんだ、何を考えてるんだと頭はごちゃごちゃだ。この様子だと解放されそうにないし、時の流れにも身を任せるしかなさそうだ。
「……」
「……」
元々口数の少ない鳴狐さんと、こんな状態の私が会話なんて出来るわけもなく、ただただ鳴狐さんの温もりを感じながら過ごすしかなかった。多分私が何て語っているのか伝わらないかもしれないけれど、とにかく私も何と言えばいいのか分からない(察してほしい)。
どれぐらい経ったんだろう。聞き慣れた2つの足音に慌てて体を起こそうとしても、鳴狐さんは私を離してくれなかった。もふ丸に入ってもいいのか尋ねる清光くんに「大丈夫です」と返すもふ丸ももふ丸だと思う。「薙、ちゃんと食べられるかなぁ?」と安定くんの声も聞こえてきたし、今回は3振りで食べられるんだろうか。
「薙ー、入るねー」
「今日の夕餉はチンジャオロー…」
「……」
「…え?」
「…鳴狐は、みんなと食べて来る。…薙も、ちゃんと食べて」
抱きしめていたのが当然のことのように、すっと私から離れて去って行った鳴狐さんを、2振りは口を開けたまま固まって見送る形になった。動いているのは夕餉から漂う湯気だけ。そうしてその顔のまま2振りは同時に私に視線を移して急いで障子を閉め、お盆を置いて声に出さずにあわあわと口を動かしている。見られてしまって顔が熱くなっている私はどこからどう説明すればいいのか分からない。
「温かかった…」
ようやく出た言葉がそれだった。
「具合はどう?」
目を覚ました私に優しい微笑みを向けてくれた主様。その柔らかい雰囲気に涙が零れる。それをぺろぺろと舐めたもふ丸を指でなぞるように撫でた。
時計を見ると昼はとうに過ぎていて、厨当番のみんなは夕餉の支度に取り掛かっている時間だ。
「……」
やっぱり私には「ごめんなさい」としか言えない。…それでも。
早くみんなとご飯を食べたい。
早くみんなと遊びたい。
早くみんなと手合わせをしたい。
早くいつも通りの生活に戻りたい。
「今度でいいから、何を見たのか教えてくれる?」
「っ…」
逃げたくない。
目を閉じたらあの視線を感じそうで怖かったけど、ぎゅっと拳を握って天井を仰いだ。
「…今、お話しします」
深呼吸をして心を落ち着かせる。主様も私が話し始めるのを待ってくれていた。
「姫様がお城から出て行くのが見えました。私はまだ薙刀で、姫様と一緒でした。そこに、私を強く妬む視線を感じました。嫉妬、憎悪。黒くうごめくような視線がすごく怖かったんです」
つたないながらに説明すると、主様が親指と人差し指を唇に当てて考え込む。「出陣ではない…?」と呟く声にゆっくりと頷いた。
どんな状況だったのかは、視線にかき消されたように分からなかったことも伝えると、「うーん…」と更に考え込んでしまった。あやふやすぎて手掛かりにも何もならないけれど、実際に見たものはこれだけ。
「薙刀だった頃にも色々あったのは伝わってくるよ。話してくれてありがとう」
「…それでね」と別の話を切り出した主様に、視線をそちらに向ける。
「その視線って、別の刀剣のものじゃないかって話が出てるんだ。薙はどう思う?」
点と点が繋がった気がした。その刀剣はずっと姫様のお傍にいた私に嫉妬していた。そう考えれば納得がいく。
そうしてふたりで仮説を立てた。その刀剣は私より長くあって、姫様の近くにいたはずだった。そして私の方が存在した期間が短いながらも、姫様と過ごす時間が長かった。
「その刀剣より薙が扱いやすかったから一緒にいることが多くて、姫様の立場が立場だったから色んな感情が薙に向けられた、ってとこかな」
「今はそう考えた方がいいと思います。…というより、思いたいです」
「女性だったから薙刀の方が扱い慣れてたってのもあるかも。今はそう考えよう」
「…はい」
話は一旦それで落ち着き、少しだけ心が軽くなった。
「あ、そうだ。堀川くんが水羊羹買って来てくれたんだ。食べる?」
「…食べたいです」
「私は部屋に戻らないとならないけど、持って来てって頼んで来るね」
「ありがとうございます」
主様が部屋を去り、ゆっくりと体を起こす。用意してくれた麦茶を飲んで深く呼吸をして、顔を両手で覆った。
そこでふと気付く。手入れ用のお香が焚かれていない。主様はこういったことを忘れる方ではないから、今の私には不要だということだろう。実際、霊力が乱れている感覚はほとんどない。
良かった…。
しばらくすると足音が聞こえてきてそちらを見やると、見えた影は鳴狐さんだった。てっきり堀川くんが来ると思っていたし、キツネさんは一緒じゃないみたいだ。珍しいし、意外。
「…入るね」
鳴狐さんとこうして話すのは初めてのような気がする。話す時はいつも粟田口のみんなに囲まれていたから。
「ありがとうございます…」
どう接したら良いのか分からないでいると、もふ丸が早く食べたいと言わんばかりに鳴狐さんの手をぺちぺちと叩いた。お盆には小さく取り分けられたもふ丸の分もある。
「鳴狐さん、すみません」
「…いいよ。鳴狐は、もふ丸も好きだから」
キツネさんと過ごしているのもあってか、慣れた手つきでもふ丸を撫でて小皿を置けば、もふ丸は「いただきます!」と食べ始めた。もしかしたら昼餉を食べていなかったのかもしれない。そう思ったらがっつく姿に何も言えなくなった。…その一方で。
「…?!」
鳴狐さんがおもむろにスプーンで水羊羹をすくって私の口に寄せてきたのだ。
「…食べないの?」
まるでそれが当たり前かのように私が口にするのを待っている。確かに食べさせてもらうことはあったけれど、最初の数口は自分で食べていた。今回は別の意味で手が震えそうだ。
「…やっぱり、食べたくない?」
小さく首を傾げる鳴狐さん。表情を全く変えずにじっと私を見ていて、その瞳から目を反らせない。
「た、食べます、食べたいです…」
「…これ、鳴狐も好き」
勇気を出してぱくりと食べた。控えめな甘さがちょうどいい。
「…美味しい?」
「美味しい、です…」
さっきまでの私は何処へやら、この雰囲気はすっかり鳴狐さんのペースだ。清光くんが食べさせてくれた時とはまた違う空気に、「味がするからまだ大丈夫」と言い聞かせて二口、三口と食べていく。
そうして何とか食べ終えて、何とかお礼も伝えられた。後は夕餉が食べられるか、減らしてもらおうかと考えていたら…。
「?!」
ぎゅっと後ろから抱きしめられた。
「鳴狐さん…?!」
「…いつも、みんなを膝に乗せてくれてるから、鳴狐も、こうしてみた」
もふ丸は暫し硬直した後、閃いた表情を浮かべて「僕はお部屋の前にいますね」と外に出て行ってしまった(どうして)。
「…薙をこうすると、安心するとも聞いた」
「誰からでしょう…?!」
「…乱」
乱ちゃん…。
まさかの出来事にいよいよ手が震えてきてしまった。「しまった」と思ってもそれが止まるはずもなく、その手を優しく包み込むように握られて、すっかり私は動けなくなってしまった。
「…鳴狐より、みんなの方がいい?」
その声色は純粋に温もりを与えようとしているだけのようにしか聞こえない。耳元で囁くように言われて岩の如く硬直した私の顔はきっと赤い。
「いえ、大丈夫です…?」
私は何を言っているんだろう。
「…それなら、良かった」
実は私は鳴狐さんより少しだけ背が高い。筋肉量の違いはあれど骨太な私と体格が比較的似ているせいか、ぴったりと収まっている。
聞こえているんじゃないかと思うくらい心臓がうるさい。治まる気配は全くと言っていいほどない。逆に治まる方がおかしい。…なんて思っていたのに、安定くんを膝に乗せた時とは異なる温もりにだんだん心が解れていく。私はこうしてもらいたくてみんなを膝に乗せていたんじゃないかと錯覚してしまうほどに。
違う違う、そんなことは絶対にない…。
ぶんぶんと首を横に振ると「…どうしたの?」と聞かれた。もちろん耳元で。「何でもないです…」と答えるしかない。解れていった心の赴くままほんの少しだけ身を預けてみたら、優しく頭を撫でてくれた。
私も何をしているんだ、何を考えてるんだと頭はごちゃごちゃだ。この様子だと解放されそうにないし、時の流れにも身を任せるしかなさそうだ。
「……」
「……」
元々口数の少ない鳴狐さんと、こんな状態の私が会話なんて出来るわけもなく、ただただ鳴狐さんの温もりを感じながら過ごすしかなかった。多分私が何て語っているのか伝わらないかもしれないけれど、とにかく私も何と言えばいいのか分からない(察してほしい)。
どれぐらい経ったんだろう。聞き慣れた2つの足音に慌てて体を起こそうとしても、鳴狐さんは私を離してくれなかった。もふ丸に入ってもいいのか尋ねる清光くんに「大丈夫です」と返すもふ丸ももふ丸だと思う。「薙、ちゃんと食べられるかなぁ?」と安定くんの声も聞こえてきたし、今回は3振りで食べられるんだろうか。
「薙ー、入るねー」
「今日の夕餉はチンジャオロー…」
「……」
「…え?」
「…鳴狐は、みんなと食べて来る。…薙も、ちゃんと食べて」
抱きしめていたのが当然のことのように、すっと私から離れて去って行った鳴狐さんを、2振りは口を開けたまま固まって見送る形になった。動いているのは夕餉から漂う湯気だけ。そうしてその顔のまま2振りは同時に私に視線を移して急いで障子を閉め、お盆を置いて声に出さずにあわあわと口を動かしている。見られてしまって顔が熱くなっている私はどこからどう説明すればいいのか分からない。
「温かかった…」
ようやく出た言葉がそれだった。
