刀剣乱舞(暗)


(ここはどこ…?)

審神者は今、暗い、暗い本丸の廊下に1人立っている。人の気配は全くせず、只々闇のみが広がっている。

(…どこへ行けば?)

周りを見渡しつつ恐る恐る歩き出せば、少し先に光が見えてきた。真っすぐに光を目指して歩くと少しして光の元へたどり着いた。

「…月がでてる」

淡い月明かりにほっと息を吐いた審神者は、月明かりが照らす廊下で周りをもう一度見渡してみた。

「…?」

すると、月明かりがギリギリ届かない暗がりに誰かが立っているのが見えた。

「誰?」

審神者が誰何すると、相手は静かに一歩だけ踏み出した。その結果顔より下が光に照らされた。

「…髭切?ここがどこか分かる?…?髭切?」

人物が髭切だった事で少し安堵した審神者が声を掛けるが、髭切は反応しない。審神者が不思議そうに近づくと、ポツリと髭切から言葉が発せられた。

『ねぇ…。』

「え?」

髭切の静かな声はいつも通りな筈なのに、何故か胸騒ぎがした。

『君はさ、どうしておちてこないのだろうね?』

髭切の言葉に審神者は思わず立ち止まり、先程よりも近い髭切の顔を見上げた。

『せっかく君の縁を切って、僕達だけしかいない状況にしたのに…。1人だけ切れないし…。君は僕の下へ堕ちてこない。』

審神者は髭切の縁を切ったの発言に覚えがあった。ここ最近、1人を除いて知り合いや家族と少しずつ疎遠になり、悩んでいたのだ。

「髭切が、縁を、切った…?」

審神者が呆然と呟くと、髭切は暗闇の中でも分かる光の消えた目で審神者を見下ろしている。

『ねぇ、君はどうなったら僕の下へ堕ちてくるのかな?』

髭切は穏やかな笑みを浮かべているが、目は笑っていない。

「…っ!!」

髭切の様子に審神者は思わず後ずさってしまった。そんな審神者を面白がるかのように髭切は審神者の頬へ手を伸ばす。

『酷いなぁ、そんなに怖がらなくても良いのに。僕は”まだ”何もしていないよ?”君”にはね?君の事は大切にしたいと思っているんだよ…?だけど君、僕以外にも笑顔を見せるでしょう?…”僕”を一番に思ってるみたいだから我慢していたんだよ?なのに、僕以外にも気になってる子がいるみたいだね…?長船の新しい子とか。仲間だからね、あの子には何もしないよ。君が僕以外を見ないようにすれば良いだけだもんね。…ね?』

審神者の背中を汗が伝う。彼は知っているのだ。審神者はずっと髭切を1番頼りにしてきた。しかし最近政府からの譲渡でやってきた長船の彼に、彼の行動に審神者が心乱されている事を。

『ねぇ、また僕だけを…。”僕”を一番に見てくれるよね…?』

審神者は咄嗟に口を押さえた。”コレ”は不味い。応えてはいけない。本能が警鐘を鳴らしているのが分かる。言質を与えてはいけない。そう本能的に悟った。

『…残念。応えて欲しかったなぁ。』

髭切がふっと笑うと、急激に意識が引っ張られる感覚がした。

『仕方ないから今回は諦めてあげる。…次も逃げられると良いね?』

髭切のその言葉を最後に審神者は自室で目を覚ました。

「夢…。」

審神者は己が逃れられた事に安堵し、自然と荒くなっていた呼吸を整えた。

あれは本当に夢だったのか…審神者が先程の夢の内容を考えていると、部屋が控えめにノックされた。

「主…このままで良いから、少し良いだろうか?」

声の主は膝丸だった

「どうぞ…?何かありましたか?」

膝丸は扉の前に立つと、静かに言った。

「兄者がすまない。」

「え…?」

膝丸は暫し逡巡すると、口を開いた。

「兄者は…君が思うよりも君を気に入っている。だからこそ、今の君の状態が気に入らないのだと…思う。君が良いなら応えてもらっても良いが、そうではないなら安易に応えるのは俺はあまり勧めない。…それでは兄者も幸せではないだろうからな。…あまり兄者を焦らさないように気をつけてくれ。俺では止めきれないからな。…では失礼する。」

膝丸は言いたいことを言い切るとさっさと去っていった。呆然とした審神者を一人残して。





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