第三話「歓迎の宴」
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その夜、新参の日本号の為に開かれた祝宴は大盛況と言えた。
ただでさえ貴重な槍が、それも天下三名槍が揃いぶみしたのだから無理もない。その上、分霊ではなく本霊を呼び込んだとあっては、刀剣男士の興奮も冷めやらぬといった所である。
「ぬし様、ようございましたね。これで天下三名槍が出揃ったばかりか、本霊までお呼びになられまして!この小狐、ぬし様の類稀なる才に感嘆いたしております!ますます毛艶も良くなるというものじゃ!」
ふわふわの毛を揺らし、上機嫌で酒を煽る狐に、主である那緒は優しく笑う。
「まったく、小狐丸は大袈裟だね。本霊を呼び込んだのは偶然のなせる業だよ、大御神様の悪戯だろうけど」
上座に座る審神者に男士達がワイワイとじゃれる様を見て、面白くないのは顕現を祝われている立場の日本号だった。自分に注目がいかない事が不満なのではない。やっと出会えた、可愛がりたい人の子に群がる狼共が気に入らないのだ。
「主は大変お優しい方でいらっしゃる」
はしゃぐ事もせず、静かに祝い酒を嗜んでいたのはへし切長谷部だった。初期刀である陸奥守や初鍛刀の薬研を除いて本丸の中では古参に入る刀剣である。数多くいる刀剣の中でも近侍として務めを果たす事が多い長谷部は、この本丸の中では最も良く那緒の事を知っていると言ってもいい人物だった。
「……おう」
「だが、お優しい方だからこそ。そうであるが故に、御自らを蔑ろになさる方でもある。俺は、古くからあの人にお仕えしている故、あの人の想いを知っている」
長谷部は盃を置いて、日本号に向き直った。
「あの人は―――お前に会いたがっていた」
日本号は空の盃を畳に落としそうになって、両手で器を受け止めた。
長谷部はとても悔しそうな目で、じゃれついてくる短刀達に振り回されている那緒を見てから日本号を見る。そして、深々と頭を下げたのだ。
「どうか、赦してくれ。主を護れなかった俺が言うべき弁明でない事は分かっている。だが、だが―――顕現したばかりのあんたの、主を見る目を見ていてはやるせないっ……!おこがましいと思うだろう、だがどうか、主をお支えしてくれないか。無論、我らも助ける。俺は、主がご自分の大切な想い出を忘れて生きる事を容認出来ない―――」
長谷部の想いに、日本号はこみ上げてくるものを押さえようと必死で口を押えていた。
「……気遣い、ありがとよ」
「いいんだ、俺の罪滅ぼしなのだから」
そのまま二人で再び酒を酌み交わしていると、那緒が手をパンッと打ち、喧騒が静寂に切り替わる。
「夜も更けるといけないから、そろそろお開きにしよう。明日は通常通り、内番や遠征、出陣をしてもらうのでそのつもりでいるように。それと、朝の時間に話し合いを設けたいので、遅刻しないようにしてくれると助かるよ」
その言葉を皮切りに、再び騒がしさが戻りながらもテキパキと片付けを進める男士達を眺めていた日本号は、ふと視線を感じてその方向を向いた。浅葱色の羽織を身に着けた長い黒髪の男と小柄な男の傍で、白い羽織を纏った男が一人、日本号を見ていたのだ。自分の分を片付けようと立ち上がったが、長谷部に制され、手持ち無沙汰になった所でその視線を受けたので、首を傾げていたのだが。
「那緒、それは俺が持ってってやるから寄越しな」
その男の目の前を丁度、片付けるものを運ぼうとして那緒が通りかかると、男はひょいと諸々を那緒の手から片手で取り上げてから、那緒の手をもう片方の手で優しく撫でていた。親しげに名を呼んで、ごく普通に触れ合ってまでいる。
「皆にばかり片付けさせるのも気が引けるからと思ったんだが……」
「それで、大事な那緒の手が怪我でもしたらそれこそ連中に祟られる。いいから、俺に任せとけ」
「ありがとう、長曽祢。兼定と国広も宜しく頼むね」
少しだけはにかむと、那緒は上座の方から廊下へと出ていった。
(那緒が心を許しているのは、俺じゃ……ねぇのは分かってるけどよ……キツイぜ流石に)
先程の様子に打ちのめされた気がして堪らず、俺もそそくさと廊下へ出る事にした。
廊下に出ると、もう部屋に戻ったと思っていた那緒がいて。庭先を静かに見つめて佇んでいたのである。
「どうしたんだ、主さんよ」
「傷が……」
那緒の手を見やると、右手で左の脇腹のあたりを押さえていた。慌てて駆けよれば、「昔の傷だから」と苦笑される。
「大丈夫なのか?」
「少しでも天候の崩れや気圧の変化があると、古傷のあたりが痛むんだ。お湯につかれば大体は治るし、問題はないんだよ」
でもどうしてか、日本号には話してしまった。
そんな風に言いながら、苦笑されると悔しさがこみ上げてきて仕方がなかった。もっと早く、傍にいてやれたなら。お前に寂しい想いも苦しい想いも何もさせずに済んだのに。彼が寒さを感じる事がないようにと、抱き寄せると胸のあたりから、息遣いを感じた。
「温かい……それに、日本号の神気は落ち着くな」
「ま、あんたの為に顕現したようなもんだからな。あんたに馴染むようにできてるのさ」
見上げてくる萌葱色の瞳が愛おしくて、神域に攫いたくなるほど、焦がれる思いに駆られてしまう。
「日本号?」
「……俺は、お前に怒ったりなんかしないからな」
お前が思い出してくれるまで。
想いを秘めて、お前に尽くそう。
日本号は那緒の頬を両手で包み、その唇を奪う。熱を分け与えるかのように、想いを流し込むかのように。驚く彼の見開かれた目を見ながら、同時に今己がしている事を忘れるよう、彼の胸に呪をかけてからそっと離れる。
「おやすみ、主さん。冷える前に、あったまれよ」
「……え?あ、ああ……ありがとう」
今しがたの接触の起因が分からず、しかし思い出す記憶も封じられた那緒は首を傾げながら礼を述べて立ち去った。
日本号は夜空に向かって静かに泣いた。
第三話 END.