第二話「本霊、来たる」
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二時間後、専用ゲートから執務室に戻ると心配を隠しきれない表情でへし切長谷部が立っていた。
傍らにはこんのすけも鎮座している。恐らく、審神者が帰ってくるまでずっと待っていたのだろう。那緒は弱々しく微笑むと、カクリと膝を崩した。長谷部は慌てて敬愛する主を抱き起す。
「主!どうなされたんです!?」
「……いや、ただ疲れただけだよ……すまないね、長谷部」
こんのすけも駆け寄り、心配そうに那緒を見上げた。
《那緒様……》
「会議での内容は後で話す。こんのすけ、頼んでいた事はどうだった?」
長谷部に抱えられたまま、那緒はこんのすけに聞いた。
《はい、那緒様に頼まれていた通り進めております。終了時間は三時間後。すでに二時間が経過しましたのであと一時間で顕現可能です》
「禊を行うので、人払いを。長谷部もご苦労様、さがってくれ」
「主命とあらば……失礼致します」
一時間かけて心身を清め終え、本丸の鍛刀所へと赴く。
待ってくれていたらしいこんのすけと共に、白布をかけた台に置かれた刀身に向き合う。打ち据えられたばかりのその刃は美しい色をしていた。
《顕現可能となりました》
「ありがとう」
一呼吸置き、両手を合わせ祝詞を奉ずる。
「謹みて勧請し奉る……御社なき此の処へ降臨、鎮座仕給いて……」
祝詞を奉じていると、美しい光りと桜吹雪が刀身から放たれる。
光りが収まり、宙を舞う桜が落ちきると、穂先を熊毛製なのか毛鞘に納めた長い得物を背に担いだ長身の男が現れた。伏せられたままだった目がゆっくりと開けられていく。
《こ、これはっ……那緒様、一大事ですよ!》
驚きを隠せないこんのすけは興奮気味に那緒の周りを飛び跳ねている。
「……那緒?」
「……え?」
審神者の名前を聞いたであろう現れ出でた刀剣男士の、紫色の瞳が見開かれる。
得物を床に投げたその人は、目の前に座る那緒を抱きしめた。愛おしそうに、何度も、何度も「那緒」と呼びながら。呼ばれている本人は当惑しきりで、喋れずにいる。
《はわわっ……!》
こんのすけはとてもではないが見てはいけないような気がして、前足で目を覆う。
「あの……、離して欲しいのだが」
ようやく喋った那緒が発したのは、その人の態度とは180度違う落ち着いた声音だ。少しばかり、戸惑いこそ含めども、いつもと変わらない、凛とした声であった。
「那緒……?おい、まさか……忘れたのか?この俺を……日本号を」
「忘れるも何も、私は初めて会うのだが」
那緒は至極当然のように言う。
現れ出でた男士―――日本号は那緒の肩を掴んだまま驚愕する。どういうことだ。六年前、確かに再会を果たし、言葉は交わせずとも、「次に会うならば」と言葉を残していってくれた子が。幼い頃から慣れ親しんだ愛おしい子が、この俺を"忘れている"というのだ。この子と出会い20年余り。ようやく触れて、話せるというのに。
「……そうか、それは仕方がないな。俺の勘違いかもしれん、悪かったな主さんよ」
「……いや、私の方こそ期待に沿えず―――すまない」
那緒は服を直し、立ち上がる。
「本丸の案内はこんのすけに任せる。私は調べたい事があるからね、何かあったら式神を飛ばすように」
狩衣の袖内から人型の和紙を取り出し、こんのすけに渡す。
《かしこまりました、那緒様。では、日本号さん。ここからは、僕が預かりますのでついてきてください》
「あぁ、頼む」
名残惜しくて、那緒の顔を見るが反応は薄く、手を振られ見送られてしまう始末だった。
鍛刀所を出て暫し歩き、日本号はこんのすけを呼び止める。
「なあ、聞きたいんだがよ」
《はい、なんでしょう?》
「俺ぁ、主さんとは縁深くてな。それこそ、チビだった頃から知ってる仲だ。当然、主さんは俺を覚えてるわけなんだが、お前さん、何が一体どうなってるか知らねぇか」
日本号の問いに、こんのすけは困ったように後ろ足で頭をかいた。
《……あなたが顕現するより丁度、五年半前の事です。審神者様の就任より間もない頃の事です。当時、まだ4人しかいなかった当本丸の部隊が壊滅の危機に曝された事がありました。那緒様は危険を承知の上で、御自ら、戦場へと出ていかれてしまった。その時に、重傷で動けない男士を庇い、敵陣の刃を受けてしまったんです。命からがら、本丸には戻れたからこそ、今の那緒様がおられますが……ただ一つだけ、代償を支払いました。付喪神たるあなた達を審神者様に遣わす役目を担う大神の力をお借りし、那緒様の御命を救う為には対価が必要だったのです》
こんのすけの次の言葉に、俺は得物を床に落とした。
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