一振りたりとも、折らせはしない
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2205年某月。自宅で寛いでいた時に、彼は来た。
「政府のとある新設機関より参りました、橘と申します」
黒いスーツに黒いネクタイ。まるで葬儀屋のような装いの彼に身構える者は多かっただろう。
ひとまず彼を招き入れ、リビングのテーブルに誘う。淹れたての熱いお茶を差し出すと、彼は礼を言って、差し出した私を見た。私は意に介さずに問う。
「ご用件は」
「表向きは地方の研究機関新設という事でニュースなどにも出ていますが、先日、政府にある特殊機関が新設されました。その名も『審神者管理部』。歴史改変を目論む『歴史修正主義者』より我が国の正規の歴史を守る為に設立したものです」
「……歴史を守る為?」
聞き覚えのない単語の羅列に驚きを隠せない中、橘氏は続ける。
「神職に身を置かれておられる貴方ならば一度は目にされた事があるはず。物に宿りし想いや心の具現化した姿を」
「……全く見ないと言えば嘘にはなりますが、それが関係しているとでも?」
「我々は、その姿を見る事の出来る人間を探し出し、『審神者』としてお迎えしています。充分な力をつけてから、歴史修正主義者が送り込む『時間遡行軍』を殲滅して頂く為に。我々の創設メンバーの一人として、貴方に審神者となって頂きたいのです」
橘氏は真っ直ぐな目で私を見ていた。
この世に生を受けて28年を迎えたこの年に。神職をやめていた時期もあるこの私に、神を従え使役しろというのだ。
「神を従えろ、と言うのですか」
「付喪神は神のようでいて物の怪に近き存在。確かに、神には近いですから、神職に就いている貴方には難解でしょう。しかし、彼等は強敵。我々、政府だけでは手に負えない事態になっているのです。故に、少しでも、神に携わる方々の助力が欲しい。しかし、国政を考慮し、国家権力を行使するのは難しいのです。自らの意志で来ていただかねば、付喪神の召喚すらままならぬ事態にもなりかねない。だからこそ、指針となるべき創設メンバーが欲しいのです」
「……非常に難しいですね。私など辞したところで神職に影響があるわけでもありませんから……少し、お時間を頂けますか。二日後、今日と同じ時間にいらしてください。逃げたりはしません。伝えたい事がある人の元に行きたいのです」
幼い頃から、見続けてきたあの人に会いたくなった。神職を目指したきっかけとなった人に。
「……分かりました。では、二日後のこの時間にお伺いにあがります」
橘氏が帰った二時間後。
私はとある場所にある市立博物館に来ていた。幼少の頃に住んでいた故郷でもあり、そして、先刻橘氏にも聞かれた、物に宿りし想いや心の具現化した姿―――付喪神を見た事がある場所でもあるからだ。
「久々だな」
昔来た時とは違う館内。特に常設展示室はリニューアルされて間もないのか、真新しい内装だった。その奥に鎮座するのは、幼少から見慣れた物。刀身に優美な俱利伽羅龍の浮彫を誂えた大身槍―――日本号があった。誰にも見える事のない、その刀身に宿る魂が、展示台から私を見下ろしている。
「ただいま」
《…………》
彼からの返事はない。
昔はよく交わした挨拶だったはずだけど。きっと怒っているのだろう。引っ越したのは中学の時。今住んでいるのは都心部だ。何も言えず、故郷を離れた私を恨んでいるのかもしれない。私は彼にとって唯一の話し相手だったのだ。刀身が所蔵されているがゆえに、地縛霊の様にとどまっているしかないのだから。私はなんと身勝手なんだろう。
「……貴方は怒っているんだろうね。いや、憎らしく思っているかも。だから私は、ちゃんとお別れを言いに来たんだ。もう、二度とこの地に足をつける事は叶わないだろうから」
私の言葉に僅かに見開かれる目。
「政府の特殊機関に属する一人として召喚される事を了承する。神職に少なからず身を置いたものとして、政府に助力しようと思ってね。……貴方にももう会う事はないだろう。だから、あの時のように何も言わず行きたくはないから、こうして来たんだ。来世でも、貴方がまだいてくれるならいいけれど。それまでは、さようならだ」
一度も名乗ったことはないけれど。でもそのままがいいだろう。名は魂を縛る呪術にもなる。
「……もし、もしもう一度、現世で会えたなら。私は、那緒と名乗るから」
それだけを告げて、彼は足早に去っていく。
《……那緒っ!》
声を出せども、手を伸ばせども、届かぬ背。
この地に縛られる己の憎らしさたるや。どうして憎んだりしよう。どうして怒ったりできよう。怒りも恨みも何もない。再び会えた事が信じられなくて、声を出すよりも驚きの方が勝っただけで。お前を疎ましく思うはずがないのに。
また行ってしまった。
引き止められずに。
俺を連れていけと。
そう言えればよかった。
ならばいつかお前の傍に。
お前に仕える者として。
俺は行くぞ。
必ず行ってやる。
―――待っていてくれ、那緒!
お前を嫌っていないと告げる為に
END.