そのた
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「あ"〜……しんどい………」
深夜の小さな公園。全身を預けるようにベンチに倒れ込んだ独歩からは、渾身のため息が漏れる。しばらく俯いたまま抜け殻同然に動けなかったが、木製のベンチがギ、と音を立てたのでふと顔を上げた。
「あ…ねえむさん……どうも」
「ども…観音坂さん。今日も体調最悪そうですね…」
隣に腰掛けた女性に、短い挨拶と首を動かすだけの会釈をする。同じく会釈を返した彼女、ねえむとは時折この公園で顔を合わせる。朝方、昼、深夜。絶え間ない業務により、心身が限界を迎える時が大人…もとい社畜にはある。そんな時に立ち寄るこの公園で、2人は時間帯に関わらずよく出くわすのだ。目元に浮かび上がるクマが、双方のブラック会社勤めを如実に表していた。
「ハハ…今日も今日とてハゲ課長から呼び出しくらって、行った事もない現場に飛び込みで行かなきゃいけなくなって…しかも話ちゃんと通ってないから先方に行ってもなんで来たの?みたいな顔されてもう……」
彼らが会った日は、どちらからともなく最近の愚痴の交換がはじまる。缶コーヒーかエナジードリンクを片手に、その1本を飲み終わるまでのごく短い時間ではあるが。
今日の理不尽を吐き出す独歩に、ねえむが悲痛そうに顔を顰めた。
「最悪〜…!本当スケジュール管理とか無いですよね観音坂さんの会社……私もトラブル対応でほぼデスクから動けずに8時間プラス残業ですよもう血流終わってますし膀胱炎ですよ」
「うわぁ…何それ怖い…監禁レベルですね…お大事に…俺も胃痛と血尿が治らなくて」
「私より酷いじゃないですか。観音坂さんこそお大事に…」
「いえねえむさんこそ…って、な、なんかストレスマウントみたいになって嫌だな。すみません」
本来ならばパーソナルで避けそうな話題も日常茶飯事となり、ただただ互いの境遇に痛ましいと嘆くばかり。社畜が傷を舐め合うには、体調不良の報告会も必要なのだった。
「マウント上等ですよ!私たちエピソード尽きなさそうですし」
「い、いいんだ…まぁこんなこと繰り返し話せる人って貴重ですよね」
仕事を快活にこなす同居人の顔を思い浮かべる。一二三には気軽に愚痴も話せるし、都度労わってくれて感謝してもし足りない。しかし、ブラック特有の環境で働く者からの共感は、今の独歩にとって思ったよりも変え難いものになっていた。
「ハア…ストレスに耐えられない俺の体がいけないのかな……それともストレスのコントロールができてない俺がそもそも…全て俺が…」
頭を抱え出した独歩と同様に、ねえむも生気の感じられない顔をして呟く。
「何で皆あんな環境で文句のひとつも言わずに働けるんでしょうねぇ……いいんです、私たちは身を粉にして頑張ってますよ。観音坂さんが今日のMVPですよ」
「そうですかねえ…いててて…」
「はぁ〜…いたたた…」
空になった缶を捨てるために立ち上がって腰を伸ばす。そんな些細な動作だけで、肩や腰から枝を折るような音が響いた。何度目かになる深いため息を吐いて、独歩が遠い目をする。
「でも…改善した方がいいですよね、俺らの体調…」
社会人としては体調管理が大切だということくらい、頭では理解している。とはいえ、普段自分を取り巻く環境が劣悪な限り、改善といっても中々難しいのが本音だ。首元をさすりながらねえむも同意を示す。
「わかっちゃいるんですけどねえ…休みとか、泥のように寝たいじゃないですか」
「そう〜…なんだよなぁ〜………1人で予約入れても絶対寝過ごして病院の診療時間に間に合わ………」
間に合わない、と言いかけて2人で顔を見合わせる。考え付いたことは独歩もねえむも同じようだった。少し間を空けて、ねえむがおそるおそる口を開く。
「………2人で、行ってみます…?病院…」
「確かに、人と待ち合わせがあると思えば起きられるかも…?……よし!行きましょう!」
こうして、この日ようやく互いの連絡先を登録した2人は、次の休日にシンジュク中央病院での受診を決意したのだった。
—-------
予約は済んでいるとはいえ、中央病院での診察待ちは小一時間に及ぶ。体調不良と寝不足で起きるのも苦痛だった2人は、廊下の隅に立って無言のまま静かに放心していた。瞼が閉じそうになった辺りで、聞き慣れた声に呼びかけられる。
「独歩くん?」
「えっ…、あっ、先生!こんにちは!」
長身、長髪で白衣の物腰柔らかな壮年男性。シンジュクディビジョンで彼を知らない民間人はいないだろう。
「こ、こんにちは…!初めまして。観音坂さんのチームメイトの方、ですよね」
「はい。神宮寺寂雷といいます」
手短に互いの自己紹介を済ませると、寂雷は2人を気遣うように背をかがめて声のボリュームを落とした。
「ええと…婦人科は別棟になるのだけど、案内は必要かな」
「「????!誤解です!!!!」」
心から勘違いを詫びる寂雷に数倍の勢いでカウンター謝罪を浴びせ、必死で誤解をとく。寂雷が去った後も、長い待ち時間に変な汗が額から背中から流れ落ちていた。
「…2人とも体の調子悪すぎてバグってたけど、普通成人の異性は連れ立って病院には来ない…!!そりゃあそうだ…!!」
「来るとしたらそれなりの関係性と理由がありますよね…すみません何か、変な勘違いを生んでしまって…!」
「いやそんな!考え至らなかった俺も申し訳ないです!」
水飲み鳥よろしく、ぺこぺことお辞儀し合う。寂雷から見た自分たちはまさか『それなりの関係性』に見えてしまったのだろうか?ブラック勤め同士のシンパシーだけでここまで付き合いを続けていた2人にとって、衝撃的な気まずさが襲って来ていた。
こうなると、独歩の自責癖がまた首をもたげ出す。
「あぁ〜なんて軽率だったんだ俺は…!今更ながら、色々体調のことぶっちゃけ過ぎたよな…女性に向かって血尿とか言うなよ俺の馬鹿野郎…!!常識がないにも程があるだろ…!」
「観音坂さん、そのひとりごとは膀胱炎をカミングアウトした私にも刺さります…」
「ハァウッ!い、いや気にしてないんで!!
ていうか、本当にちゃんと治しましょうねッ!俺たち!!」
「…はい!健康になって、またお会いしましょうね!!」
その後少しだけ体調の回復した2人だったが、増えた服薬量と血液検査の結果を嘆くことになるのはまた別の話。その時はいつもの公園ではなく、ひとまずきちんと喫茶店で待ち合わせをしたのだとか。
end
