恐怖映画
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湖に隣接したキャンプ場近くの、森に囲まれた道。
仕事の営業車で通りかかっただけだったけれど、
道の端できらりと光っていた、女性の写真入りの
首飾り。
これのおかげで帰るに帰れなくなっている。
「う~ん…」
目立っていたからつい拾ってしまった…
キャンプに来たひとが忘れて
行ったのか、それとも地元のひとが落として
しまったのか。
どちらにしろ届ける場所があればそこに届けなければ。
おお、ちょうどよく木陰から大柄な方がこちらを
伺っているじゃありませんか。
ホッケーマスクをつけ、ワイルドにダメージ加工
してあるかんじの(芳醇な臭いがしそうな)
ツナギを身につけているのが、何かのゲームの最中か、
はたまた彼のご趣味であるのか見当はつきませんが、
この首飾りが彼のものである可能性も
なきにしもあらず。
近づいて声をかけてみないことには話が進まない。
「あの、すいません」
おや、なんだか彼から錆っぽい
臭いがする。鉄工場か何かが
近くにあるんだろうか。
ああいや手に持っている物から察するに、
察するに…鉈?
察する前に振り上げられた大きな鉈が、
強そうな肩から降りおろされる。
「ちょっ!ちょちょちょちょっと!
いきなりそれはちょっと!!違います不審者とか
じゃないです!私!」
間一髪、鉈はなんとか避けたものの、自分の潔白を
主張しても彼から殺意は一向に消えない。
後退りながら森に足を踏み入れる。だってここで
車に乗って逃げちゃったらそれこそ不審者ですと
言っているようなもんだもの。
いやあーしかしここはこんなに過激な
自衛地区だったろうか!
否!警察だって介入できる場所であったはず!
交番見たもんね。
ならば、なぜ彼はこのような暴挙にでたのだろう?
極端な自衛意識をお持ちなのか?
以前泥棒に半殺しにでもあったんだろうか?
「はい!ストップ!」
つい距離を取る形になってしまったけれど
(鉈持ってるし)、なんとかこちらに敵意が
ないことを知ってもらおう。
そう考え直して両手を広げ、武器とか持ってないよ
アピールをしてみたんですが
これがまーあ、うまく伝わらない。
持ってた鉈をまっすぐ投げられましたわ。
その様はダーツで高得点しか狙ってません
みたいな投げ方で。
「違うんですって、的にしてとかじゃないですって!
あなたに敵意はないってことなんです!
アイム丸腰!!」
いやでも私だって必死ですからね、
殺傷確実な器具が飛んできたら避けますよ。
なんたって人間必死になればいつもの倍以上の
パワーを発揮できるんです、発揮しなきゃ死ぬんです。
現在特に。
互いに武器を持たない状態には
持ち込めたので、なんとか話を切り出してみることに。
「これ、あなたのじゃありませんか?さっき落ちてたのを拾ったんですけど。」
あっ、といいたげに肩を揺らして反応があった。
これは?ふらふらと両手を伸ばして歩いて来るけど、
彼の持ち物で合ってたってことでいいの、かな?
私の前まで来ると、私が掬うように持っていた首飾りを
人差し指と親指でゆっくりと持ち上げて、
大事そうに懐にしまった。
そして、暫し沈黙。静止。
「……。」
「……」
何も言ってはいけない。
動いてはいけない。
本日は人生中一番冴えているであろう私の直感が
そう言っている。
きっと今動けば、彼に驚いた勢いでやっぱり
敵意があるのかと勘違いされて殺されて
しまうかもしれない。
彼は今、私を見定めているのだろう。
不意に、頭に乗せられた大きな手。
それは鉄の臭いを漂わせながら意外にもやさしく、
不器用に、私の髪をなぜただけでまた彼の
腰元へと戻っていった。
一難逃れた!これはまさしく
九死に一生!!素晴らしい!
犯罪も犯していないのに何かを許されたような
気分になり、内心かなりテンションが上がる。
そんな勢いで、目の前でまだ私から目を離さない
彼を見上げてつい笑みがこぼれた。
「もう落としちゃだめですよ。」
こくん、と頷いた姿がなんだか可愛くて、
さっきまで本気で殺されかけたことも
忘れることができそうだななんて。
さあ気分もいいし、これなら帰りに時速120k/mで
ハイウェイ飛ばしても警官に捕まらずに
自宅につけるそんな気がする。
「あ、じゃあ私そろそろ帰りますね。」
うひゃー、帰ったら戦闘民族並みの自衛意識を
持った民間人と和解したって友達に自慢しよう!
鉈とか2回避けたって自慢しよう!
なあんて思って車まで戻ろうとした、けど
突然肩甲骨が軋むほどの力強さで背後から
抱きすくめられ、身動きが取れなくなる。
抱きすくめられる?誰に?
勿論、さっき首飾りを渡した大柄な彼だ。
「あっ、あ゙の…、苦しいんですげぼ…っ」
「?……!」
顔が赤だか紫だかわからんくらいの極限状態で
彼に訴えると、首を傾げて考えた末、
腕を緩めてくれた。
さっきのダーツジェスチャーのときみたいに
通じなかったら今度は死んでたなあと、
ちょっと客観的に自分の行く末を見つめられて
しまうくらい一瞬で達観したわ。
ところでこれはお礼を言われていると
見ていいのだろうか。
それともまだ敵意があって鯖折りとか
されただけなんだろうか。
酸素と窒素その他諸々を肺に入れて
生きる幸せを噛みしめながら考えたけど、
とりあえずご都合主義にお礼だ、多分!と
自己完結することにしました。
「どういたしまして!お気持ちは
骨まで伝わりました。現実的な意味で。
では、また会うことも…」
あっ、これ違うな!これお礼じゃなかった!
再度骨身に沁みるっていうか骨身砕ける
抱擁にそう確信し、
必死の訴えで力を緩めて貰ったあと、
その体勢のままわりと真剣に悩んだ。
「私…あの、お暇しようかとですね…」
「………、………」
ぎりい。
オウ、なるほど、私が帰ろうとすることで
この腕が締まるわけですか。なんて理不尽な
son-gokuの金鐶だこと。
「……怒ってらっしゃいますか?」
何に、それはわからなかったが、
思い付く限り質問をぶつけることにしよう。
彼はどうも喋れない(のか喋らないだけかは
わからない)ようだから。
ひとつめの問いに、私を腕に閉じ込めたまま
彼は首を横に振る。ノーか。
「では、…うーん、迷子、ですか?」
やはりノー。その後も質問を繰り返したけれど
結局正解を導き出すのには私のオツムでは
足りなかったようでして。
最後の最後、絞りカスのような質問内容を吐き出す。
「もしかして私に恋してしまったー、とか!」
んーなわけねえですよねハハハ。
だってこの人最初明らかに私を殺す気だったもん。
しかし、彼のノーを示し続けた頭は、
こくんと縦に動いた。
「え」
「…………」
頭を横に振りすぎて逆に間違えて
縦に振っちゃったんじゃなかろうか。
「えーと…リアルに?」
やはりイエス。
おお神よ。
じゃあこの絞め殺さんばかりの抱擁は
彼の愛の強さってことですか初対面にしちゃ
重すぎませんかね。
「………」
「でも、その、私明日も仕事で…」
さすがに散々私が苦しんだからだろうか、今度は
腕を締めずに頭だけをいやいや、とでも駄々を
こねるように横に振った。
大分気に入られてしまったようだけど、明日は
私大事な商談があるんだよー、無理だよー。
そもそもあなたは普段何してるひとなんだよ
今日は平日で明日も平日。そんな状況でまさかの
『君を帰したくない』攻撃ができるとは。
シフト制なの?フレックス制の職場なの?
それとも自営業なの?
私土日の週休2日制なんだよねー。
悶々と考えていると、突如後ろの彼に動きがあった。
「ちょっ、おおおっとおおお!?」
ジャパンでいうコメダワラ的な抱えかたを
されてですね、そのでかい足で彼が大地を
踏みしめ歩くわけだよ、私は宙に
浮いちゃってるわけだよ。
これはあああさすがにまずいかなあああ
落とし物と殺意から始まるワンナイトラブは
余所でやってください!
大体繋がんねーよ落とし物と殺意とラブは!
「すみません本当に明日大事な…企画の…」
言うころには彼の家らしき建物の前に着いていた。
そこはなんだか、何年前かニュースで流れてい
た景色と似ていて。妙にデジャヴを感じた。
クリスタルレイクの、連続殺人事件。
そんなワイプが頭に広がった。
それが流れる間にも、部屋に通され、
ソファに促される。
確かここは、湖に隣接した、キャンプ場。
「あ、…」
クリスタルレイクでは、年間何人も
行方不明者が出るのだそうで。
私もその一人と思えば、会社の信用はきっと
落ちないだろう。事故ならば、仕方がないと
先方もわかってくれるはず。
ぼんやりと、「ならいいか」と考えた私は、
紛れもなく現代社会人。
同時に、脳内ワイプの中に、文字が流れた。
「ジェイソン、ボーヒーズ……?」
その名前にホッケーマスクの彼が、
嬉しそうに振り返った。
ああきっと、私はもうどこにも帰れない。
end
