そのた
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「スタン大叔父さん!また下着でウロウロして…ズボンくらいはいたらどうなんですか?」
ねえむは、1人がけのソファに腰掛けたスタンに詰め寄った。当のスタンはヨレたタンクトップにトランクス姿。甥と姪の前で威厳ある大叔父とは到底言えないだらしのなさである。ねえむがいかにお説教しようとも、スタンには全くといって良いほど響かない。反論が返ってくるだけだ。
「なに?自分のウチでそんなことを言われる義理はないな!それに俺はお前の大叔父さんでもない」
ただのバイトだろう、と釘を刺されて返す言葉もなかった。ねえむはスースと同じ、給料もろくに貰わないバイト以下のお手伝いだ。言葉に詰まるが、負け惜しみ程度に呆れた声を出した。
「あーそう!大叔父さんってのはディッパーとメイベルのがうつったんです、気にしないで!」
他人!家族!同じ人間なのに、関係性の壁はどうしてこんなに大きく立ちはだかるのか。もし、自分がスタンの家族なら。可愛い可愛い、姪か甥なら…なんてことを考えたところで彼女は赤の他人であることに変わりない。行き場のないため息をついたねえむの背中に、明るい流れ星の声がかかった。
「ねえむ!来てたんだ!やっほ〜見て見て!このぬいぐるみ、カワイイでしょ?屋台でアタシがゲットしたんだよ。ゲームに、勝利してね」
心の中でも噂をすれば、だ。パインズ家の双子が町の小さな催しから帰宅したところだった。可愛らしい熊のぬいぐるみを抱えたメイベルが、いの一番にねえむに駆け寄ってくる。
「おかえり、2人とも。かわいいぬいぐるみ!よったんが嫉妬しちゃうんじゃない?」
「大丈夫!よったんは心が広いの。自分がどのくらい素敵かってこともわかってるし」
「なら安心」
褒められた愛らしい小ブタの友人は一声鳴いて、そうだよと肯定しているようだった。
「ところで、メイベルと比べてディッパーは随分深刻そうな顔してるじゃない。どうしたの?」
「うーん…何でもこのぬいぐるみ、触った人の強いお願いを1日だけ叶えてくれるらしいんだ。でも、ボクとメイベルが触っても何も起こらない。バッタモンって思う方がしっくりくるけど…なんか損した気分だよ」
「いいじゃない。願いが叶わなくても、素敵なぬいぐるみが夏の思い出に仲間入りしたって考えれば」
「まぁね。でも気にはなるじゃないか。"強い願い"を叶えてくれるらしいけど、どの程度の強さだったら叶えてくれるのか…」
わからないし、と言いかけたディッパーが神妙な顔でぬいぐるみをねえむへ手渡す。その途端に、強い青白い光が2人を包んだ。
「うわ、うわ、うわ、うわあーっ!!」
「わあっ!?何何何!??」
目が眩む光がようやくおさまり、辺りを確認するとディッパーとねえむは互いに目を白黒させた。メイベルがディッパーの肩を揺さぶる。
「2人とも!大丈夫だった?ねえむ?ディッパー?」
「わ、私?いや、…ディッパー?!」
しかし、ディッパーの口から出たのは自分の名前と、それを疑う疑問符。奇妙にもディッパーとねえむの精神がその場で入れ替わったのだ。初めての経験で驚きを隠せないねえむと対照的に、以前にも今回のような事態に襲われたディッパーは苛立ちを抑え切れないようだった。
「ああクソっ!!もう〜!また女の子と入れ替わっちゃった!…アレ?でもあのカーペット、もうなかったよね?メイベル!」
あのカーペット、とはメイベルとディッパーが入れ替わったことのある、彼にとって忌々しい思い出のある不思議なカーペットを指す。当該のアイテムはスタンに廃棄を頼んだはずだ。メイベルも慌てて記憶を辿ったが、部屋からは消えている。ただ、今回の入れ替わりに関しては心当たりが目の前にある。
「あれは〜、捨てちゃったんでしょ?おや、でももしかしてこれかもね」
「何?」
「ねえむに渡したそのぬいぐるみ。一日だけ強い思いのお願いを叶えてくれるって言ったでしょ?」
「そんなの迷信、って思ったりしたけど…そうじゃないみたいだね。ん?じゃあねえむはボクと入れ替わりたかったってこと?」
ディッパーの記憶の限り、この夏休み中にねえむから聞いたこともない願いだ。首を傾げられ、否定も肯定もしにくいねえむは決まりの悪い表情で言葉を濁す。
「あー、いえ、そのぉ…あんまり誤解されない言い回しができないんだけど……そう、かもね多分おそらく」
ねえむが願ったのは、スタンとの血縁といえる。その理由は、自分の物言いを聞き入れてくれないスタンへの不満と、彼女がまだ誰にも話したことのない想いから来ているのだろう。
「お願い!ディッパー!一日だけだから私の好きにさせて!!ね?!」
「待って待って待って!嫌だよ、そんな目的もわからないのに!!」
「お願い!悪戯をするとかそういうことじゃないから!このぬいぐるみが叶えてくれるくらい強い願いなの!!」
「わ、わかったよ…でも変なことは絶対しないで?わかった?」
「うん、約束する!」
こうして渋々、入れ替わりを許容したディッパーだったが、ねえむを野放しにしたことを後にひどく後悔した。
「…メイベル、ひとつ聞きたいことがある。ディッパーは今朝どこかで頭を打ったりしたのか?」
自分の姿をしたねえむが、大叔父の腕にぶら下がっているのだ。
「ちょっと??!!」
「え、ええ?あ、あーっと、どうだったかな…そうかも!もしかしたらベッドから落ちたときに頭を打っちゃったのかもしんない!だから優しくしてあげてね…大叔父さん」
流石のメイベルも動揺したようだったが、聡い彼女のことだ。ねえむがディッパーと入れ替わったわけがわかりかけていた。
「なんだ、やっぱりか。とはいえ暑苦しくてかなわん。おいディッパー、アイスをやるからとりあえず腕からはなれろ」
「ホント?ありがとうスタン大叔父さん。ボクやっぱり大叔父さんのこと大好きだなあ」
うっとりという形容詞が一番似合う表情で、ディッパーの姿をしたねえむはスタンの脚に再度しがみついた。ねえむの姿でいるディッパーはというと、怒りで今にも自分に掴みかかろうかと肩を震わせている。ねえむがスタンの脛に頬擦りをしたところで我慢の限界が訪れたようで拳を振り上げたが、メイベルに目を塞がれ、自分の本体に鼻血を出させるような大惨事は回避された。
「うわーーーーーっ!!!よせ!メイベル!なんで押さえるんだよ!」
ねえむの願いを何となしに察したメイベルは、ヒソヒソと声を潜める。愛か恋かははっきりしないが、そういう類の感情がねえむからスタンへ向けられているということだけは彼女にははっきりとわかるのだ。元々恋の話が大好きなメイベルにとっては、先が気になる面白い展開になって少々口元が緩んでいる。
「いいじゃない今日だけだよ!ねえむ、普段はだらしない大叔父さんを嗜める係でしょ?ほんとは甘えたいんだね…」
「だからって!あれはボクの体だぞ!!もう12歳だ!もうすぐ13になる!12歳の男は叔父の腕に半日しがみついたりしない!」
しかしディッパーの怒りももっともだった。ティーンエイジャーを目前にした齢の男子の、プライドの何と小高いことか。彼の中で大人の仲間入りを果たしたいという思いがあるのに、ねえむの行動はそんな気持ちをすっかり考えていないのだから。
「まあそれもそうか。じゃあ間違ってもディッパーのセカンドキスがスタン大叔父さんにならないようにだけはしっかり見張っておこう?」
「うぇーそうしよう、ぜひともね」
ねえむの姿をしたディッパーによる厳しい監視の甲斐あって、キスはまぬがれた。しかし、相変わらず叔父の周りを着いて歩く自分の姿に、ねえむの姿で文字通り睨みを効かせるのは骨が折れたという。
翌日、それぞれの精神は昨日言った通りに本人の元へ帰り、いつも通りの日常が戻ってくることとなった。ねえむの気持ちを少し知ることになったディッパーとメイベルは、スタンに1つ頼み事をすることにした。
「ねえ、大叔父さん。お願いがあるんだけどさ、ねえむを抱きしめてあげてくれない?ボクとメイベルにするみたいに」
「何?!俺があんな歳頃の娘にそんなことしてみろ、何かしらのハラスメントで慰謝料をふんだくられるに決まってる!」
「あーんもう大叔父さんわかってないなあ!ねえむは大叔父さんが思ってるよりずっと子どもだよ!それに思ってるよりハグも好きかも!」
「大体、大叔父さんはスースとねえむにバイト代も払ってないんだから!いつも手伝ってくれてる感謝の気持ちくらい表しても損はないと思うよ。ね!」
子供たちにそう迫られては、なんだか給料を払わない自分が悪者だと言い咎められている気分になる。仕方ない、と乗り気でないながらも、双子の提案を呑むことにした。
「ねえむ、ちょっとこっちにこい」
「なんですか?」
「メイベルとディッパーがふだんの感謝は態度と行動で示せとかなんだとか言ってきかないんでな。別に俺は特段やりたいわけじゃないしセクハラ目的じゃない。それだけは事前に言っておくぞ、言ったからな!」
ぶっきらぼうにそう言い終えると、力任せにねえむを肩ごと引き寄せる。家族にするよりも幾分ぎこちない、年頃の娘に対するハグをした。
「…………!!?」
顔を真っ赤にしたねえむがその場で固まったのを見て、スタンは不満そうな顔をする。こうなったのはお前らのせいだといわんばかり、双子を振り返る。
「ほら見ろショックを受けてるじゃないか」
「いいショックだよ!」
メイベルがそう弁解したものの、その日からしばらく、気持ちが浮ついたねえむは使い物にならなくなり、ミステリーハウスの中で衣装の展示用のマネキン代わりにされることになる。後にスタンに叩き起こされるのだが、それはまた違う話。
「ああ、ディッパー…ひとつ謝らなきゃいけないことが」
「えっ何」
「入れ替わってる時、実は昼寝してるスタンおじさんにキスした」
「あ"あーーっもう!!!」
マネキン役をしているねえむの膝にのせられた熊のぬいぐるみが満足そうに笑うのを、メイベルだけが日記につけていた。明日もきっと、奇妙な夏休みが続くだろう。
end
