ポピぱ
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砂にスコップをさす、掬い上げては、どかす。夜中の冷え切った砂漠で、私は1人汗を流して働いている。勿論好き好んでするはずもない。ここ数日、サーカス付近で人間の遺体が連続して見つかってしまったから、形だけでもお墓を作ろうとしていたのだ。火葬も考えたけど、そんなことをしたらサーカスの皆がキャンプファイヤーと勘違いしそうだからやめておいた。
それにしても、今までこんなことなかったのに、と思わずため息を吐く。1人目の遺体を見つけてしまった時は私だって腰を抜かして驚いたものだけど、9人を超えた頃に原因がこのサーカスだったらと、別の恐怖に変わった。ただの遭難なら気の毒にと手を合わせるけれど、爆発物や危険物をそこかしこにぶっ放しているヴォルフサーカスの巻き添えを喰って亡くなったのだとしたら……。恨みを買わぬよう、せめて弔いだけでも済ませてしまおう。そう思って、穴に横たえた亡骸に砂を被せていく。しばらく私の呼吸と、スコップと砂が擦れる音ばかりが聞こえていたけど、人の足音が聞こえて顔を上げた。ランタンに薄ぼんやりと照らされたボーダーの着ぐるみがこちらを見ている。しまった。ポピーくんだ。何をしているのとばかり、しゃがみ込んで砂山をつつく。
「…これはお墓だよ。ポピーくん」
「?」
ポピーくんはきょとんと瞬きをして、遺体を埋めた砂山を順繰りに目でたどる。昨日見つけた人たちを供養のために埋めてるの、と説明してみるけれども、はたして君に届くのだろうか。"クヨウ"なんて価値観を、君と分かち合えるビジョンがまるで見えてこないのが悔しい。
「埋めたら再び出してはいけないものなんだよ」
「………」
立ち上がってわかった風に頷くと、テントへ戻っていったポピーくん。嫌な予感がする。彼の足取りがスキップだったから。案の定、ポピーくんがテントから何かを持ち出して…パピィさんを持ち出してきたのを視認して天を仰いだ。
「パピィさんを永久に埋めようとしてんのかい君は!?しかもそれ私が掘った穴!!」
こうなると鼻ちょうちんを作って大人しく運ばれてくるパピィさんの方に苛立ちが増してくる。起きてください。本人には拒否されてるけど息子さんを叱ってください。…しかもパピィさんの不思議な重力のせいで、真っ直ぐに寝転がった状態のままポピーくんの頭上で掲げられているものだから、毎度ながらこの世の摂理を疑いたくなるというものだ。
さて、私が止めるのも虚しくパピィさんを首まで埋めたポピーくんは満足気なので、このままお帰り願いたいところ。しかし、そうは問屋がおろさないようだ。まだ埋められていない遺体たちを見て、ポピーくんは何かを思いついたらしかった。この「何か」が怖い。仏様で組体操やらオブジェを作られてはたまったものじゃない。
「私はサーカス団員であって、墓守じゃあないんだけどな…」
独り言のようにこぼして、ご遺体を無理矢理に起こそうとするポピーくんの前に歩み出る。
「ポピーくん。その人はお墓に入れてあげないと」
考えるようなそぶりをした後、プロジェクターとスピーカーと掃除用具なんかを持ってきたポピーくんは、即席のパフォーマンス案を説明してくれた。なるほど。たくさんいるご遺体を使ってラインダンスしたら賑やかで楽しいだろうというわけですか。彼のハチャメチャ理論をもってすればたやすく叶ってしまうのだろうけど、短いながら天命を終えた亡骸にそんな不敬をはたらくのは私の倫理に反する。
「本当に、いつだって君が1番危ないよ」
ニコッと笑うポピーくん。ああどうやら私の真意は伝わらないらしい。私からの注目が嬉しいだけなんだろう。「いつだって君が1番」しか頭に入れてくれていないんだ。このままスコップを持って君と一騎打ちになるのかな。あの笑顔が恐ろしく純粋で、胸焼けがするようだ。私が仕損じて君のパフォーマンスが成功した暁には、またこの亡骸をここへ埋め直さなくてはならない。それは悲しいし、重労働だし、どうせ君は手伝ってもくれないのだろうから、死体のラインダンスは諦めておくれよ。
「ダンスだったら私としよう。刃物でもなんでも使って良いから」
「!」
スリルあるものが大好きなポピーくんの気を引くにはうってつけのセリフだったと思う。まあ、どうせ私が死んでも明日には目が覚めるのだから、この死生観の機能しない世界で何をされても大丈夫だろう。
…あれ?だとすると、どうしてあの行き倒れた人たちは死体のままなのだろうか。起き上がって息をして、また普通に生活ができるはずではないのだろうか?
………うーむ。
「ポピーくん」
「?」
考え込む私を前に、ポピーくんは投げナイフを構えたまま、また小首を傾げた。なんてアンバランスな無邪気なんだ。
「やっぱり掘り起こしてみようか」
こうして、わざわざ埋めた死体たちを掘り起こし、再度一列に並べる。不思議と腐敗臭はなくて、ただ「腐った様相のものが並んでいる」光景。パピィさんは相変わらず埋められたままだった。まあ呼吸はできているし、本人は眠ってるから大丈夫だろう。
鼓笛隊の先頭のようにバトンを持ったポピーくんと、楽器ができないのでカスタネットを持った私。そして叩き起こされた挙句、カスタネット以外の楽器をすべて持たされたケダモノ。ケダモノがトランペットを響かせると、1番端の遺体の指がかすかに動いた。
「ああ」
やっぱり、そうなのだ。
この世界にあるものは壊れてもその形でなくなっても、何かしらの役割を果たすために残っているんだ。たとえばそれが、こんな砂漠のど真ん中にある、だぁれも見にこないサーカスの、たった3人しか演者がいないパフォーマンスに組み込まれてしまうという理不尽な役割でも。
トランペット、アコーディオン、ハーモニカ、カリンバ、コンガ、おもちゃのピアノ。ケダモノはでたらめな数の楽器を打ったり吹いたり弾いたりしながらその場で汗だくになっている。時折肩で息をしながらだけど、さすがというか、チキンで買収されたからにはそれだけ働いてくれるというか。
やかましい旋律の中、ポピーくんはぴくりと動いた死体にむかってバトンを振る。リズムを教えるように、1.2.3…すると、死体たちはウェーブのように端から規則正しい動きで起き上がった。この世界に神様はいない。いるなら世界の外側だ。なぜかそう思った。
その後、星が降る空の下で死体のパレードは長く続き、夜が明けたころ太陽の光で焼かれて一斉に灰になった。埋葬の手間の方が余計だったなんて、なんて理不尽なんだ。
まだまだパレードハイだったポピーくんは死体たちが消えたことに気付いてご立腹だったけれど、途中で演奏のしすぎによって呼吸もできなくなったケダモノが文字通り息絶えて転がっているので、もう許してあげてほしい。
仕方がないので、手元に残ったカスタネットでフラメンコもどきを試みると、ポピーくんはまんざらでもなく笑顔になった。次のパフォーマンスが思い浮かんだ?
にっこりと笑って私の手を取る。社交ダンスか。うーん、もう疲れ果てて眠りたいのだけど、君がそんなんじゃきっと目を瞑ったところで眠れないだろう。
「はいはい、わかった。次、何かが起こるまでね?」
「!」
ポピーくんとしばらく踊り続けることになりそうだ。日が昇った砂漠はこれから灼熱になる。せめて温度が上がり切る前に部屋へ戻らせてもらえないかな。
「ねえ、ポピーくん。次は何が起こると思う?」
「…?」
ポピーくんが見つめる先にはサーカスのテントよりも大きな砂嵐。うん、早くも「次」のトラブルは決まったようだった。
end
それにしても、今までこんなことなかったのに、と思わずため息を吐く。1人目の遺体を見つけてしまった時は私だって腰を抜かして驚いたものだけど、9人を超えた頃に原因がこのサーカスだったらと、別の恐怖に変わった。ただの遭難なら気の毒にと手を合わせるけれど、爆発物や危険物をそこかしこにぶっ放しているヴォルフサーカスの巻き添えを喰って亡くなったのだとしたら……。恨みを買わぬよう、せめて弔いだけでも済ませてしまおう。そう思って、穴に横たえた亡骸に砂を被せていく。しばらく私の呼吸と、スコップと砂が擦れる音ばかりが聞こえていたけど、人の足音が聞こえて顔を上げた。ランタンに薄ぼんやりと照らされたボーダーの着ぐるみがこちらを見ている。しまった。ポピーくんだ。何をしているのとばかり、しゃがみ込んで砂山をつつく。
「…これはお墓だよ。ポピーくん」
「?」
ポピーくんはきょとんと瞬きをして、遺体を埋めた砂山を順繰りに目でたどる。昨日見つけた人たちを供養のために埋めてるの、と説明してみるけれども、はたして君に届くのだろうか。"クヨウ"なんて価値観を、君と分かち合えるビジョンがまるで見えてこないのが悔しい。
「埋めたら再び出してはいけないものなんだよ」
「………」
立ち上がってわかった風に頷くと、テントへ戻っていったポピーくん。嫌な予感がする。彼の足取りがスキップだったから。案の定、ポピーくんがテントから何かを持ち出して…パピィさんを持ち出してきたのを視認して天を仰いだ。
「パピィさんを永久に埋めようとしてんのかい君は!?しかもそれ私が掘った穴!!」
こうなると鼻ちょうちんを作って大人しく運ばれてくるパピィさんの方に苛立ちが増してくる。起きてください。本人には拒否されてるけど息子さんを叱ってください。…しかもパピィさんの不思議な重力のせいで、真っ直ぐに寝転がった状態のままポピーくんの頭上で掲げられているものだから、毎度ながらこの世の摂理を疑いたくなるというものだ。
さて、私が止めるのも虚しくパピィさんを首まで埋めたポピーくんは満足気なので、このままお帰り願いたいところ。しかし、そうは問屋がおろさないようだ。まだ埋められていない遺体たちを見て、ポピーくんは何かを思いついたらしかった。この「何か」が怖い。仏様で組体操やらオブジェを作られてはたまったものじゃない。
「私はサーカス団員であって、墓守じゃあないんだけどな…」
独り言のようにこぼして、ご遺体を無理矢理に起こそうとするポピーくんの前に歩み出る。
「ポピーくん。その人はお墓に入れてあげないと」
考えるようなそぶりをした後、プロジェクターとスピーカーと掃除用具なんかを持ってきたポピーくんは、即席のパフォーマンス案を説明してくれた。なるほど。たくさんいるご遺体を使ってラインダンスしたら賑やかで楽しいだろうというわけですか。彼のハチャメチャ理論をもってすればたやすく叶ってしまうのだろうけど、短いながら天命を終えた亡骸にそんな不敬をはたらくのは私の倫理に反する。
「本当に、いつだって君が1番危ないよ」
ニコッと笑うポピーくん。ああどうやら私の真意は伝わらないらしい。私からの注目が嬉しいだけなんだろう。「いつだって君が1番」しか頭に入れてくれていないんだ。このままスコップを持って君と一騎打ちになるのかな。あの笑顔が恐ろしく純粋で、胸焼けがするようだ。私が仕損じて君のパフォーマンスが成功した暁には、またこの亡骸をここへ埋め直さなくてはならない。それは悲しいし、重労働だし、どうせ君は手伝ってもくれないのだろうから、死体のラインダンスは諦めておくれよ。
「ダンスだったら私としよう。刃物でもなんでも使って良いから」
「!」
スリルあるものが大好きなポピーくんの気を引くにはうってつけのセリフだったと思う。まあ、どうせ私が死んでも明日には目が覚めるのだから、この死生観の機能しない世界で何をされても大丈夫だろう。
…あれ?だとすると、どうしてあの行き倒れた人たちは死体のままなのだろうか。起き上がって息をして、また普通に生活ができるはずではないのだろうか?
………うーむ。
「ポピーくん」
「?」
考え込む私を前に、ポピーくんは投げナイフを構えたまま、また小首を傾げた。なんてアンバランスな無邪気なんだ。
「やっぱり掘り起こしてみようか」
こうして、わざわざ埋めた死体たちを掘り起こし、再度一列に並べる。不思議と腐敗臭はなくて、ただ「腐った様相のものが並んでいる」光景。パピィさんは相変わらず埋められたままだった。まあ呼吸はできているし、本人は眠ってるから大丈夫だろう。
鼓笛隊の先頭のようにバトンを持ったポピーくんと、楽器ができないのでカスタネットを持った私。そして叩き起こされた挙句、カスタネット以外の楽器をすべて持たされたケダモノ。ケダモノがトランペットを響かせると、1番端の遺体の指がかすかに動いた。
「ああ」
やっぱり、そうなのだ。
この世界にあるものは壊れてもその形でなくなっても、何かしらの役割を果たすために残っているんだ。たとえばそれが、こんな砂漠のど真ん中にある、だぁれも見にこないサーカスの、たった3人しか演者がいないパフォーマンスに組み込まれてしまうという理不尽な役割でも。
トランペット、アコーディオン、ハーモニカ、カリンバ、コンガ、おもちゃのピアノ。ケダモノはでたらめな数の楽器を打ったり吹いたり弾いたりしながらその場で汗だくになっている。時折肩で息をしながらだけど、さすがというか、チキンで買収されたからにはそれだけ働いてくれるというか。
やかましい旋律の中、ポピーくんはぴくりと動いた死体にむかってバトンを振る。リズムを教えるように、1.2.3…すると、死体たちはウェーブのように端から規則正しい動きで起き上がった。この世界に神様はいない。いるなら世界の外側だ。なぜかそう思った。
その後、星が降る空の下で死体のパレードは長く続き、夜が明けたころ太陽の光で焼かれて一斉に灰になった。埋葬の手間の方が余計だったなんて、なんて理不尽なんだ。
まだまだパレードハイだったポピーくんは死体たちが消えたことに気付いてご立腹だったけれど、途中で演奏のしすぎによって呼吸もできなくなったケダモノが文字通り息絶えて転がっているので、もう許してあげてほしい。
仕方がないので、手元に残ったカスタネットでフラメンコもどきを試みると、ポピーくんはまんざらでもなく笑顔になった。次のパフォーマンスが思い浮かんだ?
にっこりと笑って私の手を取る。社交ダンスか。うーん、もう疲れ果てて眠りたいのだけど、君がそんなんじゃきっと目を瞑ったところで眠れないだろう。
「はいはい、わかった。次、何かが起こるまでね?」
「!」
ポピーくんとしばらく踊り続けることになりそうだ。日が昇った砂漠はこれから灼熱になる。せめて温度が上がり切る前に部屋へ戻らせてもらえないかな。
「ねえ、ポピーくん。次は何が起こると思う?」
「…?」
ポピーくんが見つめる先にはサーカスのテントよりも大きな砂嵐。うん、早くも「次」のトラブルは決まったようだった。
end
