落乱
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春、毎度の如く教育実習生が
やってくる季節だ。
正直面倒だ、と思う。
やれ敷地内を案内しろだ
やれ自己紹介をしろだ
まだるっこしいことこの上ない。
だったらその時間を鍛練の
時間に費やしたいもんだ。
と、ばかり、思っていた。
「先生のことは、気軽に
ねえむ先生って呼んでね。」
ねえむという実習生は
まさに「先生」に
なりたいと言いそうな
快活なくのいちだった。
ただ俺たちから見ればお遊戯
でも始めそうな明るさで
忍者とは思えず
誰が呼ぶか、まだ教師に
成りきってもいないだろうに。
そんな風に思っていた。
ねえむが授業に入ってから
早三日。俺のようにねえむを
たかがくのいちと見ていた奴らは
皆一様に己を恥じることになる。
「すげえ…」
そうなのだ、ねえむは
俺たち生徒どころか、そこいらの
フリーター忍者なんかよりも
はるかに技術が上だった。
俺も、仙蔵さえも幾度か術に
はめられ「気づかなきゃ駄目だよ」
などと笑われた。
上から目線の余裕な態度に
いつもの俺なら怒鳴りつける
ところなんだろうが、
なぜかそんな気は一向に起きなかった。
理由を知っているのは勿論俺の頭で、
ただそれを認めたくないのも
俺自身なのだ。
実習生が滞在する、一週間程度の期間
そんな期間で、こんな馬鹿げた
想いを抱くだなんて
つくづく情けない。
教師にもなっていない、
忍者まがいの女に好意を
抱くだなんて。
はやく、桜と一緒に
去ってしまえばいいのに。そうすれば俺の気持ちは
誰にばれることもなく
忍一筋の自分に戻れるのだから。
「皆さん、未熟な私でしたが、
優しくご指導いただけて本当に
嬉しく思いました。
それでは、本当の先生になって
また皆さんとお会い
できることを楽しみに
してます、お元気で!」
時間は常に一定だ、ここしばらくは
長く感じていたものの
今日でねえむの実習期間も終了。
うら寂しい思いも、明日になれば
今までと何ら変わらない。
ふ、と近くの木に寄りかかると
気配ないまま声が聞こえた。
「潮江くん」
「!!…っ、ねえむ…
せ、んせい」
「また気づけなかったね。
ふふ、先生の勝ち逃げだ」
笑う姿態がまったく美しい。
つい目を逸らして地面を恨めしく
見つめた。
しばらく、俺もねえむも
動くことはせずどれほどだったか
確かじゃねえが時間は流れた。
ねえむは決意のように
髪をかきあげて俺に向き直る。
相手の口元に目線が行っていた俺は
動きを追い、音声を聞き取る
ことが出来ていた自分は何処に
行ったのか、一瞬の間
わからなくなった。
「潮江くん、わたしね、
潮江くんのことが好きなの」
「はっ…、!?」
だが我に返り、
桜が散る音に紛れても
聞き違いなどではない嫌な確信が
胸に鈍器のように打ち付けられた。
情けない、動揺するな、
真に受けたらまた笑われるに
決まっているだろうが。
「でも、忍者を目指す君にも
先生であるわたしにも
これは有ってはいけないものだから。」
だからね、と。
「わたしのこと、嫌いですって、
言って欲しいな。」
「…………、…。」
この人は、俺が好意を
抱いていると知っていて、
その上で俺の自尊心を、
生徒の忍者への道を
傷付けまいとしているのだろう。
そう思わなければきっと
双方にとって悪い結果をもたらして
しまうと、努めて冷静に
俺のぐらぐらと
揺れる頭は判断したらしい。
「…先生のことは、嫌いです。」
「うん、」
「ただ、私は、初めて自分が
忍者を目指していることについて
辛く感じました。」
そっか、とだけ言って
ねえむは困ったように笑った。
「さよなら、潮江くん
あなたは絶対に、凄い忍者に
なれるって、先生思うよ。」
頬を掠めたのは桜の花弁だったか
その中に消えた女の手だったか
未熟な俺には、未だ判別はつかない。
end
やってくる季節だ。
正直面倒だ、と思う。
やれ敷地内を案内しろだ
やれ自己紹介をしろだ
まだるっこしいことこの上ない。
だったらその時間を鍛練の
時間に費やしたいもんだ。
と、ばかり、思っていた。
「先生のことは、気軽に
ねえむ先生って呼んでね。」
ねえむという実習生は
まさに「先生」に
なりたいと言いそうな
快活なくのいちだった。
ただ俺たちから見ればお遊戯
でも始めそうな明るさで
忍者とは思えず
誰が呼ぶか、まだ教師に
成りきってもいないだろうに。
そんな風に思っていた。
ねえむが授業に入ってから
早三日。俺のようにねえむを
たかがくのいちと見ていた奴らは
皆一様に己を恥じることになる。
「すげえ…」
そうなのだ、ねえむは
俺たち生徒どころか、そこいらの
フリーター忍者なんかよりも
はるかに技術が上だった。
俺も、仙蔵さえも幾度か術に
はめられ「気づかなきゃ駄目だよ」
などと笑われた。
上から目線の余裕な態度に
いつもの俺なら怒鳴りつける
ところなんだろうが、
なぜかそんな気は一向に起きなかった。
理由を知っているのは勿論俺の頭で、
ただそれを認めたくないのも
俺自身なのだ。
実習生が滞在する、一週間程度の期間
そんな期間で、こんな馬鹿げた
想いを抱くだなんて
つくづく情けない。
教師にもなっていない、
忍者まがいの女に好意を
抱くだなんて。
はやく、桜と一緒に
去ってしまえばいいのに。そうすれば俺の気持ちは
誰にばれることもなく
忍一筋の自分に戻れるのだから。
「皆さん、未熟な私でしたが、
優しくご指導いただけて本当に
嬉しく思いました。
それでは、本当の先生になって
また皆さんとお会い
できることを楽しみに
してます、お元気で!」
時間は常に一定だ、ここしばらくは
長く感じていたものの
今日でねえむの実習期間も終了。
うら寂しい思いも、明日になれば
今までと何ら変わらない。
ふ、と近くの木に寄りかかると
気配ないまま声が聞こえた。
「潮江くん」
「!!…っ、ねえむ…
せ、んせい」
「また気づけなかったね。
ふふ、先生の勝ち逃げだ」
笑う姿態がまったく美しい。
つい目を逸らして地面を恨めしく
見つめた。
しばらく、俺もねえむも
動くことはせずどれほどだったか
確かじゃねえが時間は流れた。
ねえむは決意のように
髪をかきあげて俺に向き直る。
相手の口元に目線が行っていた俺は
動きを追い、音声を聞き取る
ことが出来ていた自分は何処に
行ったのか、一瞬の間
わからなくなった。
「潮江くん、わたしね、
潮江くんのことが好きなの」
「はっ…、!?」
だが我に返り、
桜が散る音に紛れても
聞き違いなどではない嫌な確信が
胸に鈍器のように打ち付けられた。
情けない、動揺するな、
真に受けたらまた笑われるに
決まっているだろうが。
「でも、忍者を目指す君にも
先生であるわたしにも
これは有ってはいけないものだから。」
だからね、と。
「わたしのこと、嫌いですって、
言って欲しいな。」
「…………、…。」
この人は、俺が好意を
抱いていると知っていて、
その上で俺の自尊心を、
生徒の忍者への道を
傷付けまいとしているのだろう。
そう思わなければきっと
双方にとって悪い結果をもたらして
しまうと、努めて冷静に
俺のぐらぐらと
揺れる頭は判断したらしい。
「…先生のことは、嫌いです。」
「うん、」
「ただ、私は、初めて自分が
忍者を目指していることについて
辛く感じました。」
そっか、とだけ言って
ねえむは困ったように笑った。
「さよなら、潮江くん
あなたは絶対に、凄い忍者に
なれるって、先生思うよ。」
頬を掠めたのは桜の花弁だったか
その中に消えた女の手だったか
未熟な俺には、未だ判別はつかない。
end
