そのた
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騒がしい繁華街に埋もれるように
建っている雑居ビル群。
その一角に、今時自動でもない
麻雀卓が並ぶ店がある。
店内で客同士のいざこざがあったと言って
呼び出されたねえむは、なんとなく
その理由がわかっていた。
「あっ!店長、コイツです!
イカサマ野郎!!」
事務所から階段を下りて行った先には、
従業員の一人がホールの端で
暴れる男を押さえつけているのが見える。
その姿を視認して、ねえむは予想的中、と
いう意味のため息を吐いた。
「またアンタなの、ねずみ男…」
「いでででで!助けてくれぇねえむちゃん~!」
「友達みたいに呼ばないでよ!」
いかにも哀れそうにねえむを見上げて
懇願してくる男の顔には、嫌というほど見覚えがある。
横へしゃがみこんで、ボロ布ガウンから覗く
ねずみ男の額を中指で弾いた。
「イテッ!なんだよ、お前まで!」
「うるさい、イカサマ男」
イカサマ、という単語が出てくるのは
当然ながら賭け事と決まっている。
この店はいわゆる健全ではない賭け事の場らしい。
女性店長は客が付くということで
雇われ店長をしているねえむだが、
賭け事にはまったく興味がない。
本心で言えば、イカサマなんていざこざの種は
せめてバレないようにやってほしい、
その程度の感覚しか持ち合わせていないのだ。
「冷たいじゃないの。常連だってのに」
「騒ぎを起こす、問題のある、
ありがたくない常連。ね」
この店は、日々浮き草のようにその
所在を変えているねずみ男の
憩いの場である様子だが、
そんな場所でも彼の悪癖は
すぐに顔を出してしまうのだ。
店に出入りをし始めた日から
片手では足りない程イカサマを指摘され、
店から放り出されている。
「まったく…すり替えはバレるんだから
やめなさいって言ったじゃない」
「他は面倒くせぇんだよ、積み込みとか…」
「ハッ!違う!何度捕まったら気が済むの!?
もう出禁よ出禁!!」
つい本音をこぼしそうになり我に返った
ねえむは、今日こそトラブルの根源である
この小汚い男を店から遠ざけようと、
厳しい声色でねずみ男を諫めた。
しかし、トラブルを起こす度、すり抜けてきた
ねずみ男もボロい儲けをやすやすと
手放したくはない。
「そうは言うけど、証拠がねえじゃねえか。
いくらなんでも強引だぜ」
「うっ…!」
確かに、客からの申告でこの男を捕らえたことは
幾度もあるが、いずれも現行犯ではなかった。
物的証拠がないからこそ、今まで騒ぎは
起こせど出入り禁止にまではならなかったのだ。
だが、今日は従業員が目を光らせていたようだ。
ねずみ男を押さえている従業員から声があがる。
「言い逃れしようったって無駄だぞ!
袖から何か出してるの見たんだからな!!」
「ご冗談!一体何を出したってんです?」
従業員の言葉を聞いて、ねえむは
ねずみ男の腕を掴んだ。
「袖の中を見せなさい!」
「ギャ~ッ!セクハラ~!!」
「うるさい!あっ!」
袖の中に突っ込んだ指の先が、店で常に
聞こえる音をカツンと立てて何かに触れる。
すかさずそれを取り上げ確認すると
疑いようもなく、麻雀に使用する牌のひとつだった。
確たる証拠とはいかないまでも、イカサマ師を
追いつめる重要な現物だ。
「これ!隠してたんでしょ!!」
「あ~…ハハハハ……そいつは~…」
しばらく言葉を濁していたので
罪を認めるかと思われたが、彼は往々にして
そういった潔さを持ち合わせてはいない。
牌をもつねえむの手ごと
大きな口でもってかぶりつき、
牌を飲み込んでしまった。
「キャアアアアアッ!!きったない!!」
「こりゃ失礼!ついあたくしの上品なお口が
滑ってしまいましてね、イヒヒヒ」
「アンタね…!」
普通の人間ならば考えもしない、
雑かつ人体には危険な証拠隠滅だが
強靱なねずみ男の胃袋ならば、麻雀牌の
ひとつやふたつ、なんということは
ないのかもしれない。
証拠がなくなったと見て、俄然
威勢よくなったねずみ男は声をはりあげる。
店内の客の気を引こうという魂胆らしい。
「証拠もないのにイカサマの
濡れ衣を着せて、善良なお客を
追い出すなんてヒドイ店じゃありませんか~?
ねえ皆さん!!」
そう大きくもない店内がどよめく。
常連ならば彼の悪行の数々は
言わずと知れたところだろうが、
この店へ訪れたばかりの
客なら、証拠もなく客をイカサマ師
扱いした店と軽蔑して寄りつかなくなるだろう。
営業妨害も甚だしい。
「何を馬鹿言ってんだ!たった今
ねえむ店長に証拠上げられたのに!!
とんでもない奴だな!」
「証拠?なんのことでしょ
ここにゃなーんにもござんせんよ!
大体、夜な夜な博打なんて打ってるあんたらに
人間性をとやかく言われたかないってもんだぜ」
ねずみ男の不遜な物言いを聞いて、
イカサマ被害にあった客にも
怒りの火が点きそうになる。
乱闘など起こされてはたまったものでは
ないねえむは、慌てて
ねずみ男の前に進み出た。
「とにかく!こんなに何回も騒ぎを
起こしてるんだから証拠があろうと
なかろうと、アンタには店を
出入りできる資格は…!」
「店長さんのお望みとあらば
律儀に出てってやってもいい、が…
人の口に戸は立てられんのですよ?」
仰々しく口元へ袖を添えてのたまう
その台詞は、暗にこの店の違法営業を
公的機関へ明るみにするということで
間違いなかった。
「なっ!脅すつもり?!」
「追い出されんなら、オレが
ここを黙ってる必要もねえだろうよ!」
こういったトラブルは実に解決しにくい。
ああ言えばこう言う。
厄介な客というのは金を掴ませるか、
その行為を黙認しなければ
おとなしくならないことが大半なのだ。
「店長、どうします…?」
「オーナーにも相談しないとだけど、
とにかく今はアイツを店から
出すのが先決よ…!」
もちろん、店側としてはこれ以上
他の客からの白い視線を
受け続けたくはない。
かと言って、ここで力尽くというのも
望ましくはないだろう。
ねえむは何か妥協出来る
着地点はないかと首を捻り、案を絞り出した。
「そうだ、ねずみ男!私たちと半荘
勝負しましょう!アンタが1人勝ちできたら
今日のイカサマ騒ぎは不問にしてあげる。
ただし私たちが勝ったら、アンタは
今後出入り禁止よ!」
「おいおい、オレにメリットが少なすぎるだろ!!
オレが勝ったらそうだな…VIPルームでも
作ってもらうってのはどうだ?」
「わかった」
「て、店長…!いいんですか…!?」
「いいも何も、イカサマなしじゃ
勝てないような男なのよ。
VIPルームなんか作らせないんだから」
こうして、ねえむの発案によって
イカサマ被害にあった客を巻き込んで、
半荘勝負の場を設けることとなった。
ねえむは、このときの自分が
した軽率な決断を恨むことになるとは
思ってなどいなかったが。
「っ………!」
「へっへー一丁上がりよ!!」
腕を組み、ふんぞり返るねずみ男とは
対照的に、ねえむと従業員、
そして客たちは開いた口がふさがらなかった。
イカサマ被害にあった客も含めて
ねずみ男以外の全員が彼を監視していた
にも関わらず、イカサマらしい動きの
ひとつも見せないのである。
実際、この勝負でねずみ男は
不正行為を働かなかった。
というのも、望んだ牌がすぐさま手元に来るような
運の良さで、全局イカサマ要らずだったのだ。
なぜか今回は、普段はツキになど
見向きもされないねずみ男に
勝利の女神が微笑んだようだ。
それでも彼は実在するか怪しい
勝利の女神に感謝するでもなく、
恐ろしいほどの運の良さに不思議がるわけでもなく
ツイてるなとその程度にしか思わないのだ。
「まあ、今回はオレが勝っちまったが…
こんなチンケな店にVIPルーム
なんて夢のまた夢だろうな!
ってわけで条件を低くしてやろうじゃないの。
今日寝泊まりする場所が欲しいんだよな~
飯と風呂がついて、ふかふかの布団の
揃ったトコがさあ!な?」
追い出したい相手から情けをかけられるとは
とんだ屈辱だったが、この条件の引き下げも
またありがたいものだった。
今夜泊まる場所さえ負担すれば
とりあえずはこの状況から解放されるのだから。
「…とにかく、ホテルだけでも手配して…」
「でもオレは今日女の子の手料理が
食べたい気分だねこれは」
「ア"〜〜〜っ!コイツ……!!はあ、わかった……
じゃあ私はこのトラブルを連れてあがるから、
悪いけど後頼んでいい?」
「は、はぁい……(うわあ、店長の目が死んでる…)」
幸い、と言おうか生憎と言おうか
ねえむの家の冷蔵庫には
昨日の残り物である、適当極まった煮物があった。
まさかホテルの人間に女性スタッフの
手料理を所望するわけにもいかない。
寝る場所は別としても、イカサマ師の
希望通りに事を進めるなら、一度
ねえむの家へ彼を上げるしかないのだ。
「何が悲しくてこんなヤツを家に
上げなきゃならないのよ...」
「こんなヤツってのは心外だねえ。
おっあんた飯作るの上手いな!」
「素直に嬉しくない…
(ぬらりひょんって妖怪は、家に何気なく
上がり込んで違和感なく受け入れられて
しまうって怪談の本で読んだことある。
でもコイツは違う!違和感の塊!!)」
我が物顔でテーブルを占拠する
ねずみ男にそう憤るねえむ。
しかし、なぜか不思議と放っておけないのだ。
それは彼が半妖であるが故の能力なのか、
みすぼらしい外見が同情を誘うからなのか、
それとも、残り物のおかずを嬉しそうに
口に放り込む意地汚い笑顔にほだされて
しまったのか。
ねえむの知らない事柄も含め、
沢山の要素の渦に、思考は深く突き詰める
ことを諦めようとしていた。
「いやーいいねえ!あったかい飯と
自分で沸かさなくていい風呂と
こんなに可愛い召使いちゃんがいるんだから」
「今の発言には目を瞑ってあげるけど、
次に召使いって言ったら追い出すからね」
「へいへい、わかりましたよ」
茶化してはいるが、彼自身1人で過ごす
夜の方が圧倒的に多い。
隣に誰かがいるというのは、ねずみ男の口数を
増やすのに十分な理由だった。
「お風呂沸いてるから。
どうぞ勝手に使って。でも絶対3回は
体洗ってから湯舟に入ってよね」
「ほんと〜〜に失礼なお方…」
ねえむの言う通りにした分
風呂が長引いたねずみ男が
リビングへ顔を出すと、ねえむは
テーブルへついたまま居眠りをしていた。
その手に持ったスマートフォンの画面を見るに
近場のホテルへ宿泊予約の電話でもしたらしい。
ロックもかかってない画面から、彼女が
眠り込んでからそう時間は経っていない
のだろうことがうかがえる。
「客がいるってのに、寝てやんの」
客ではねえか、と一人改めて
ねえむの寝顔を見つめる。
彼女の手からそっとスマートフォンを
取り上げると、そのまま通話の
アイコンをタップした。
「ハイ。ホテルMIZUKI、フロントでございます」
「あっ、さっきこの番号から予約したモンだけど
やっぱ今日キャンセルで~」
「ハ…ハイかしこまりました。あの、お名前を…」
スタッフの話を最後まで聞かずに通話を切断する。
どうせそこいらのビジネスホテルでは
当日キャンセルの料金など、そこまで
必死になって取り立てにはこないものだ。
「さーてどうすっかね。酒でも貰うか」
イスへ腰掛けて、勝手に冷蔵庫から拝借した
発泡酒の缶を開ける。
そして再び、目の前の無防備な寝顔に視線を落とす。
自分以外にもならず者の多そうなあの店で
店長と呼ばれているねえむだが、
こうして見てみると職場も地位も
似合わないものだと感じる。
あの店に出会った経緯は知る由もないが
もっと真っ当な場所があるのではなかろうか?
そんなことまで考えてしまう。
ただ、ねずみ男自身、自分の口から
「真っ当」なんて言葉が出るのを想像
すると薄ら寒くて、彼女にそんなことを
言おうとしたのがばからしくなった。
よほど疲れていたのか
ねえむがその夜のうちに
目を覚ますことはなかった。
翌朝ニュースの音で覚醒を促された
彼女は、様々なことを立て続けに後悔した。
事態の収拾をはかるためとはいえ
店長という立場で勝敗のわからない
取引を提案したこと。
しかも手も足も出ないまま完敗したこと。
自分の部屋へ、どこの馬の骨とも知れぬ
男を招き入れたこと。
その男をおいて居眠りしたこと。そのせいで
ホテルの予約を彼に伝えてすらいなかったこと。
そしてたった今、寝起きの顔を間近で見られた上に
おはようさん、などと挨拶をされたこと。
朝から行き場のない情けなさと怒りに苛まれて、
その原因を作った男にスマートフォンを
投げつけた。
「あ〜ッ!最悪!最悪最悪!最悪よお!!
アンタがイカサマさえしなければ
こんなことになってないのに!!」
「あでっ!いってぇ!!何だよ
オレぁ何もしてねえって!!」
「ウソばっか!!!」
結局、その後ねずみ男は
店にこそ居着かなくなったものの
何かといえばボロ布ガウンの影が
夕飯をたかりに来るので、
ねえむの精神的な疲労は
増える一方となったのだが、それはまた別の話だ。
「また来たの!?」
「まだ布団を恵んで貰ってねえだろ!」
「アンタがホテルの予約を
毎回勝手にキャンセルしてるんじゃない!!」
end
