それいけ!
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青い空に3色の太陽、
暖かい陽気、
道端に愛し恋しの彼女の姿。
散歩がてら野道を歩いていた
ねえむは、不意に
降ってきた空からの呼びかけに
足を止めた。
「こんにちは!
今日はお天気だね、ねえむちゃん。」
空と顔を対面させると
マントをはためかせて
見知ったヒーローが浮かんでいた。
「アンパンマン!
そうだね、パトロールは順調?」
自然と微笑むねえむに
同じ表情を返しながら
アンパンマンは僅かに眉を下げた。
優しげな顔のヒーローは、
目の前の彼女に淡くも恋心を
抱いている。
勿論、彼は万人に求まれる
ヒーローであるから、
自ら胸のうちを明かす
ことなどしない。
ただ、こうして時折会えた時には
ねえむの笑顔を
目に映して、語らうことくらいの
楽しみはヒーローたる
自分にも有って良いだろう、
と密かに自身を甘やかす
ことにしていた。
「うん!ねえむちゃんにも
会えたし、素敵な一日になるよきっと。」
「そ、そう?」
好意を向けられている当の
ねえむは、アンパンマンの
気持ちなど知るはずもなく、
彼はヒーローなのだから
誰に対してでも、このように
気恥ずかしく感じる台詞を
言うのであろうと思っていた。
楽しげに話す二人の頭上に、
一筋影が落ちる。
それは無機質な独特のフォルムの
UFOのかたち。
「ねえむちゃ~ん!
すんごい偶然!これからおれさまと
空のお散歩でも…って、
げえアンパンマン!」
うるさいくらい元気よいだみ声を
降らせてくるのはばいきんまん。
彼は恋多き黴菌だが、
中でもとびきり大きな
ハートマークを目に嵌めて
すっ飛んできた。
直後、宿敵が視界に横入って
きたために悲鳴の
ような声を上げた。
表情にこそ出さないが、
アンパンマンも小麦粉製の
皮膚に一か所皺が寄ってしまいそうな
ほど苦々しい気分に
なっていた。
「あ、ばいきんまん!」
ねえむは呑気にも
UFOに乗ったばいきんまんに
手を振っている。
この勧善懲悪である物語の
善と悪が一所に会してしまったことも、
好意の板挟みにされている現状も
まるで気にとめていない。
気付いてすらいないのだろう。
この状況を早々に脱しなければと
アンパンマンはねえむに
不意に背中を向け、姿勢を低めた。
「ねえむちゃん、パン工場の
皆も会いたがってたよ。
背中に乗って、招待するよ!」
「えっ?」
突然の誘いにねえむは
驚き、身構えてしまう。
宿敵を見れば多少強引に
事を運んだ方が、
確かに今は有利であるが
アンパンマンは焦りを見せた
自分に少々落胆した。
「コラーッ!こらこらこら!
先に誘ったのはおれさまなんだぞ!
はいっねえむちゃんどーぞっ!」
「ちょっ、」
その横からばいきんまんが
UFOごと割り込んで入り、
アンパンマンを押しやりついでに
自分の隣にねえむを
エスコートする。
ねえむは何故
必死になられているのかわからず
混乱の最中にいた。
わずかに回転する脳で
「ちょっと待って」と言おうと
したところ、先ほどUFOによって
退かされたアンパンマンが
再びばいきんまんとねえむの
間に割って入った。
「今日はこんなにいいお天気なんだよ?
UFOの中から見るより、風を感じて
お散歩したほうがずっといいと思うよ
ばいきんまん。
ね、ねえむちゃん。」
そう言い放ち、にこりと
微笑むとねえむを見やるが
ねえむにとってそれは
無言の圧力でしかない。
穏やかなはずの笑顔から
ライバル心と独占欲じみたものが
滲み出ているためだろう。
「フン!おれさまのUFOは
アンパンマンの
落っこちそうな背中なんかより
ずうっと安全で、
乗り心地いいもんねー!」
その気迫は、でしょ!と
同意を求めてくる
ばいきんまんも似たようなもので。
ねえむは下手に口出しも
出来ず、しどろもどろに
手をばたつかせて困惑
するばかりだった。
「ねえ、二人とも…!」
しかし悲しいかな舌戦は熾烈化
するばかり。
肉弾戦にならないだけまだ
まし、と言うべきなのだろうか。
「このお邪魔虫め、
お前はパトロールでもしてるのが
お似合いなのだ!
しっしっ!」
「あんまり寄り道してたら
ドキンちゃんが寂しがるんじゃない?
早く帰った方がいいよ。」
敵意剥き出しで言い争う二人を前に、
ねえむはせっかくの散歩を
中断され、挙句そっちのけにされ、
かと言って帰ることもままならない
状況に、怒りも相まって声を荒げた。
「アンパンマンもばいきんまんも
ちょっとはわたしの話聞いてよ!」
「ん?」
「え?」
意外そうな顔で振り向かれ、
しまったと思ったが、もう遅い。
そのばしのぎの言い訳を
苦笑いの形をした口から絞り出す。
せめてやんわりとお断りしたい
雰囲気を感じとっては
くれないだろうかと期待したのだ。
「誘ってくれるのは嬉しいけど、
わ、わたしこれから用事があって…」
もちろん散歩中だったのだから
この後用事などある筈はないが。
しかしこれをお断りのきっかけに
するには少々相手が悪かったようだ。
「じゃあぼくが送ってあげるよ!」
「いーやいやおれさまが!」
善意と敵愾心の塊。
空気が読めないというか、
読むつもりもないというか
独善的な二人にねえむは
諦めのため息を吐いた。
「うあー、平行線…。」
と、深いため息が出終わる
寸前のところで
野道を駆けてくる音。
ぴょんきちがちびぞうと一緒に
息を切らせてこちらへ
走ってくるのが見える。
「アンパンマ~ン!助けてぇ!
でかこ母さんがドアに
挟まっちゃったんだあ!」
「えっ!?あ、わ、わかった!
すぐ行くよ!」
ごめんねとねえむに告げ、
子供たちの後に続くヒーロー。
そしてあっけに取られて
いたねえむと
ざまあみろとほくそ笑む悪党。
さあこれでデートが実行に
移せるか、というとき。
ひらり、とまたも無機質なUFOの影。
赤い機体からのぞいた顔は、
「あ、ばいきんまん何してんの?
丁度よかったー!これから
しょくぱんまん様にケーキ作るの!
材料たっくさん必要だから手伝って!
ほら、早く!!」
損ねてはならないご機嫌の
ドキンちゃん。
無駄とはわかっていても
一度は下から目線で抵抗を
試みるばいきんまん。
「ど、ドキンちゃん!!
おれさまこれから…」
「なんか言った?」
すべて受け付けませんと
言うような低音で意見は
一蹴され、トホホ、と肩を
落としばいきんまんは
UFOに乗り込む。
目から溢れた涙はふりこに
なって互いにぶつかっていた。
名残惜しそうにハンカチまで
取り出してのろのろと
UFOを離陸させるばいきんまんと
それを急かすドキンちゃんを
見送って、ようやく一人に
なったねえむ。
先ほどまで自分を取り巻く
空気は騒がしかったというのに
今になって静けさを取り戻した
そよ風の音が、少しだけ寂しく感じた。
「も~、なんで仲良く
できないんだろあの2人は!
…次は3人で遊びたいなあ。」
3人揃ったらどうせ今日の二の舞。
叶わぬいつかの日常を
思い描く時間に、一日を
費やしてしまいそうだ、と
ねえむは小さく笑った。
end
