一撃
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ゲームは多分、人並みに好きだ。何でもない時間に笑ったり怒ったりして、消えかけた感情を少し取り戻せるような気がするから。そうだ、こうやって好きな相手と一緒に…
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「ん…?ぅ…」
サイタマは、窓辺から差し込む陽光に反射的に眉を顰めた。夢見心地から現実への覚醒の途中、下着の内側の不快感に落胆する。男性特有の朝の事故。ああクソ、やっちまった。洗濯が面倒になる。そんなことを考えながら上体を起こした彼は、自分がまだ寝ぼけているのかと目を瞬いた。
「は?」
目覚めた時、違和感ある身体の温かさだと確かに感じてはいた。それは夢精の所為だと思っていたし、思い当たる他の理由にも辿り着けずにいた。しかし現実は予想の斜め上だった。自分の股座に友人の、ねえむの頭が預けられている目を疑う状況。枕にされているのだ。
「えっまずくないか、これ」
寝起きのかさついた声が弱々しく溢れた。実感している下着の裏側での出来事、その上に乗せられている友人の頬。なんならあと数センチ動けば唇が布に触れそうになっている。ラッキースケベというなかれ。実際ここには絶望感しか存在しなかった。布越しとはいえ、確実に滲み出ているであろう液体を恋人でもない友人の顔に付着させている状態を決して本人に悟られるわけにはいかない。
っていうかこいつ何でそんなとこで寝てんだよ
という純粋な疑問と怒りはあったが、そう考えている暇も惜しかった。
まず何かしらでねえむの頬を拭わないとならない。が、手元には手ぬぐいの類はない。最悪だがもう自分の今着ているシャツで拭こう。背に腹は変えられない。サイタマは部屋着のTシャツを脱ぎ、ジェンガに挑む緊張感でねえむの頭へと手を添えた。
「よ…」
「ん〜」
まだ夢の中の彼女はサイタマの焦りなど知るはずもなく、体勢を変えようと無遠慮に体をよじる。
「あっ」
サイタマの短い声に続いて、鈍い音がした。ねえむの顔を拭こうとした手が滑り、彼女の後頭部が床と衝突した音だった。
「い"〜〜〜っっっっ!!!?」
突然の音と痛みにねえむは文字通り飛び起きた。寝起きとは思えない声を上げながら、目を白黒させて後頭部をさすっている。
「あ、わりい」
「いっった!いっったい!!さ、サイタマ?何かした!?」
「いや頭持ち上げたら落っことした」
「なんで!?」
「知らねーよ!お前が、オレの……あ、いや…えっと……」
軽口なら、いつもはもっと出て来るものだが、途中で我に帰る。言い争っている場合ではない。まずは対処すべきことがあるだろとサイタマは自分に言い聞かせる。
「え、なに」
「ちょ、ちょっと待てねえむ。とりあえずそのまま動くな」
「えっ?えっ、何何何何!?てかなんで上脱いでんの!なんでそれ近づけてくんの!?」
「バカヤロー!一刻を争うんだよこっちは!!」
「だからな…に…!」
ねえむの頬にサイタマのTシャツが滑る。濡れていたものが拭われる感覚。ねえむの頭は状況が飲み込めず、その場でフリーズした。
「ハ……?」
流石にだんまりとはいかず、説明が必要だと思ったのか、サイタマは観念したように喋り出す。
「先に言っときたい!!これはマジで事故だから。オレは無罪だから!」
「えっ、えっ…?」
「……朝、夢精したオレのチンコをお前が枕にして寝てた」
空気が止まるような衝撃に、まるでねえむの顔が引き攣る音が聞こえるようだった。ねえむはおそるおそる頬に手を添えて確認する。
「じゃ、じゃあ、今拭いたのって……」
サイタマには力なく頷くことしかできなかった。
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!!!!」
声にならない悲鳴を上げたまま、ねえむは部屋の主に断りもなくバスルームへ駆け込んでいった。すぐにシャワーの音が響いてくる。ほどなくして出てきたねえむにサイタマは無言でタオルを手渡し、とりあえずは一息つくことにした。
「ごめん…取り乱して……」
「いや…ウン…」
とてつもなく気まずい雰囲気が小さな部屋に漂っている。互いに意識してしまい目を合わせるのは難しかった。どうにか空気を打破しようとねえむが口を開く。
「な、なんであんな体勢で寝てたんだろうね…」
「昨日って…?…あ」
そういえば、キングから借りた携帯ゲーム機の画面を2人で見るために、隣あわせて座った気がする。そして寝落ちた気がする。ということは、としばし考えて互いが傷付かないような落とし所を見つけたようだった。
「………えー…今回は、その、どっちも悪かったって、ことで……」
「だな……オレのは生理現象だし…」
「私も…寝てる間の無意識だし……」
互いに乾いた笑いを浮かべて、ねえむはそそくさと帰る準備をし始める。じゃあな、とか細い挨拶を交わして玄関を出るねえむの背中を見送ったサイタマは、…まだ混乱していた。
「じゃあなはいいけど…待て待て待て待て………」
ねえむは洗顔しか使っていかなかったとはいえ、風呂場から自分のものとは違う残り香が湯気とともに襲ってくる状況は非常に危険だった。使ったことのない柔らかな香りが否応なく鼻腔を掠める。サイタマにも友人相手にふしだらな妄想をする趣味はない。ないのだが、1度入ったスイッチをオフにするためには相当難儀だ。
「あ"あ"あ"あ"あ"あああああ!!」
心を無にするために、浴室に洗剤を振り撒きタワシで擦っていく。少し排水溝にヒビが入ったような気がするが後でジェノスに頼んで修理してもらおう、そうしよう。とにかく今は関係のないことを考え続けることがサイタマには必要だった。
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「サイタマ氏、全然感情あるんだよなあ…」
団地近くでは、焦った顔のねえむとすれ違ったキングの姿があった。遠くから響くサイタマの悲しい咆哮にぼんやりと呟いて、コンビニで何か労うものでも買って行ってあげようとUターンをすることにした。
end
