第一章
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―――あ、忘れてた。
「黒田さん、本気でもう帰りなよ」
「え…」
ジョンがベースを出て行ってからモニタを眺めていたけれど、よくよく考え…なくとももう結構遅い。
だんだん日も延びてきているとはいえまだ春。もうすぐ暗くなってくるだろう。
「私は大丈夫だけど、連絡もなしに遅くなったら親も心配するでしょ」
「な、なら今連絡するわ!」
な・ん・の・ために残る気だ!!野次馬だろーがてめー!
と思えど、ちょっともういい加減 私も疲れた。仕方ない。この手だけは使いたくなかったのだけれど…
「黒田さん、霊感強いんでしょ?で、この校舎には強力な悪霊がいるんでしょ?
昼間も襲われたって言ってたし…夜じゃなおさら危ないよ。それに、霊が集まると頭痛がするって言ってたよね」
作戦名、"豚もおだてりゃ木に登る"!!…やっぱりなんか使い方を間違えている気が…。
そもそもこのことわざを考案した人はおだててまで豚を木に登らせて何がしたかったのだろう…。
そんな思考は微塵ももらさず、黒田さんに畳み掛ける。
「無理しないで、早く帰ってゆっくり休んだ方がいいんじゃない?」
あくまで心配そうに言うのがミソだ。
早く、のところに本音がチラ見えしたが…無理しないで、にうまく隠れたことだろう。
つまり、彼女に頭痛を我慢して今までこの校舎に留まっていたクールキャラというイメージを与えてやったのだ。
案の定、黒田さんは気を良くして素直に帰っていってくれた。ちょろ甘!
心の中でガッツポーズをしていると巫女さんがちょっとバカにしたような呆れたような口調で話しかけてきた。
「なぁにアンタ、あの子の霊感ごっこ信じてるの?」
「否定するとムキになるから。テキトーにおだてて乗せて、なだめすかしてコントロールするのが最良。
…ま、関わらないのが一番いいんだけどねぇ。こればっかりは学校って場所の強制イベントかな」
視線をモニタに向けたままそう答える。と、質問に応答する形になってなかったと思い直して
「あ、信じてないよ」
今度はちゃんと巫女さんの方を向いて言った。
巫女さんは変な顔をしている。な、何故私を奇妙なものでも見るかのような目で見るのさ…!
「…あんたいくつよ?」
「じゅうごだってば!!」
「お、今度は考えずに言えたな」
「嘘吐きなさい!!15の子供があんな捻くれたコトいうもんですか!!」
「ひねくれ…ひでぇ!!」
"前"だって15のときはすでにそう思ってたっちゅーの!!この上なく素直な感想なのに…!
ぶちぶちと文句を言いながらモニタに向き直る。
さっきから私に遊んでる暇はないのに…!!こんなたくさんのモニタ見切れないよ畜生!!
その時、突然モニタの映像が消えた。
「え」
ナニコレ。故障?何もしてないのに?むしろこれ異変?報告すべき?
思考が脳を一瞬で駆け抜ける。が、すぐに映像は復活した。
「は、あ?」
しかしちょっと今までのとは違う。
緑がかっていて…画質も落ちたように見える、と…
「あ、…あ~…」
暗視カメラか!なるほどね~…オートで切り替わったのかな…ハイテク…。
壊れたんじゃなくて良かった、と安堵しているとそこに
『どうした?』
ナルの声が…って
「へ!?」
え、スピーカーどこよ!?あっちからも声送れるんかい!…そ、そりゃそうか…。
というか、これ筒抜けだったのか……ちょっと狼狽してしまったのが恥ずかしい。
「や、あの、急に画面が変わって驚いた…だけ。暗視カメラ?」
『そうだ。――様子は?』
「特に何も。ジョンがお祓いをするって…あ、今来たよ。例の椅子の教室」
暗視カメラだから少し見えにくいがジョンは神父さんのような格好をしていた。
もしかしたらエクソシストの正装とかなのかもしれないけれど生憎そこまでコアな知識はない。
彼は左手に持っている聖書(多分)も開かずに聖書の一文を暗唱しつつ、右手の小瓶から横一文字を書くように中の液体を撒く。
次いで、縦一文字に撒いて十字を示した。
あれは…
「…聖水、ってやつ?」
「たぶんな」
ジョンが来た、というセリフに近寄ってきて一緒にモニタを覗き込んでいるぼーさんが答えた。隣には巫女さんもいる。
聖水…聖職者によって聖別された聖なる水、らしいが正直、水道水じゃ駄目なのだろうかと思う。駄目なんだろうな…。
なんというか、人が祈祷した水だから何だよってなるんだよね。
そもそも、水ってそのものに魔除けの力があったはず…。
吸血鬼だって流れる水は渡れない、日本でだって昔から山もそうだけど海は人ならざるものの世界であって、山から海へ流れる川は特別なものだった。
穢れは水で禊ぎをすることによって流れるもので、川に流すのが一般的だった。
日本で神聖視される水は霊峰の湧水だとか、人の意思とは全く無関係の産物だからなんだか神聖に思えるのだ。
ふと、思考の海から意識を浮上させる。いつの間にやら聖書を開いて朗読していたジョンの声が途切れたのだ。
どうやら何かに反応して顔を上げた様子。
「?何だろ」
「音、上げてみろ」
アドバイスに従い集音マイクの音量をほぼ最大まで上げる。すると聞こえてくる乾いた音。
どことなく不吉なその音は、ジョンの反応からして天井の方からしているらしい。
天井…よく見えないが…一部、歪んでいるように見える。…たわんでいる?そう思って聞けば不吉な音は木材が耐える音にも…
「っ、ぼーさんモニタリング頼むっ」
「は?おい、ちょ、嬢ちゃん!?」
立ち上がって、ぼーさんの呼びかけも無視してベースを飛び出した。
あれはまずい。間違っていたらそれでいい。とりあえずジョンを非難させて、それからだ。
もし、間違っていなかったら。私の考えたことが正しくて、かつ、間に合わなかったら…最悪だ!
全速力でジョンの居る教室に向かう。夜の学校の不気味さとか、足首の痛みとかは気にしていられない。
たどり着いた教室のドアを乱暴に開ける。
「麻衣さん?」
「ジョン、出て!早く!いいから!」
怪訝そうにジョンは私を見た。そんなのんびりしている暇はないというのに!!
舌打ちしたい気分でモニタ越しに歪んだように見えた天井に目をやる。
少し暗くてわかりにくいけれど、そこは確かにたわんでいた。
「その天井の下から、早くどけなさ…―――!!!」
言い切る前に、天井が限界を迎えた。大きく音をたてて天井が崩れ落ちる。
間一髪、のところでジョンはこちらによけて無傷。…き、肝が冷えた。
出来れば生きている間に圧死体など見たくはないものだ。それも、顔見知りのものならなおさら。や、水死体とかも嫌だけど。
「ま、にあって…良かった…」
壁にもたれて息を整える。全力疾走と緊張の相乗効果で心臓は激しくビートを奏でている。
ジョンが息を切らす私に気遣う言葉をかけてくれた。それに大丈夫、と苦笑する。
「おおきにさんどした…麻衣さんが声、かけてくれへんかったら危なかったです」
「そう、思うなら…危ないと思ったらちゃんと退こうね…。ホント寿命縮んだわ…」
ジョンのお礼に返事代わりのお説教。
天井の異変に気付いている節があったのになかなか避難をしないジョンには本当にひやっとしたのだ。
「へぇ、気をつけます」
「そうして~」
へら、と笑いあっていると少し遅れてぼーさんたちが到着した。ナルもいる。
天井が落ちたのは一部だったのでカメラに被害はなかったようだ。生き埋めもしくは圧死になってはいないことはモニタ越しに確認できたらしい。
それでも少し焦った様子で安否を問われたので無傷の旨をピース付きでアピールする。すごい呆れられた。
ナルはそんな私たちの横をスタスタ抜けて教室に入り、落ちてきた材木などを手にとって検分し始めた。凄いスルーだ。
それに習うようにぼーさんも教室を覗き込む。
「…なんてこった」
うひゃー…と冷や汗を流すぼーさん。口調は結構軽いが、見える光景はそれなりに壮絶だ。
落ちてきた所は一部だが落ちてきたモノの量が多いものだから広がってしまい、床は結構埋まっている。
ところで何が落ちてきたんだろ。砂とか土に見えるけれど。あと建材。
鉄骨やコンクリがないあたりに旧校舎の古さを感じる。木造建築なあたりですでにアレだが。
「……今夜は引いた方がいいかもしれないな」
落ちてきた天井に何か思うことがあったらしいナルはとりあえず校舎からの撤退を決めたようだ。
…そりゃ寝てる間に生き埋めになりました、じゃシャレにならんわな。
「麻衣、帰っていいぞ」
「了解ー。明日までに機材が潰れてないといいねぇ」
お高いらしい機材の全破もかなり笑えないがデータをとるために残していくのだろう。
巫女さんも後ろの方でわめいているとおり、命あってのモノダネだ。
……だというのに…
「僕はまだ調べたいことがある」
平然とそうのたまうナル。さっき言ってたことと違うやんけ!
「はい?ちょっとナル、自分で引いた方がいいって言っといて何考えてんの!
もう暗いし、視界が悪くて危ないでしょーが!コケて避難しそこねたら埋まるよ!?」
「僕はそんなヘマしない。…誰かさんとは違うので」
「あーのーねぇっ!」
初日にコケた私を揶揄するナルをキッと睨む。
今はそんな話、してないでしょ!
何と言ってやろうかと考えを巡らし始める。そこで、やめる。
「……いや、わかった。残るんなら、気をつけてね。じゃ」
くるり、とナルに背を向けて帰路につく。
ナルは怪訝な顔で私を見たけれど、結局何も言わずに車に戻っていった。
そのことにちょっとほっとしたような微妙な気分で家路を急ぐ。もう、暗い。
夜は好きだ。暗いのも、一人でいるのも、好き。
昼と違って焦燥に追われない。人に対して気張らなくて済む。
それにもう慣れた。"前"だってもう一人で暮らしていたし、今だって。
暗闇は、苦手。思い出さなくていいことまで思い出す。
別に特別なことじゃない。人間生きていれば思い出したくないことのひとつやふたつやみっつやよっつはできるものだろう。
それに
「いっかい落ち込みはじめるととことんネガティブになるんだよ~~~!!!」
いささか乱暴にアパートの扉を閉める。
小声で叫びながらクッションを引っつかんでベッドマットに投げつけた。ばす、と鈍く跳ね返って転がるクッション。
床に直接置いたベッドマットの横に膝をつき、うつぶせに倒れこむ。
イライラとムカムカが混ざった不快な気分を吐き出そうと枕に顔をうずめたまま悪態をつく。
「あーあーあーあー!!くっそ…!!」
対象は、自分だ。
私が巻き込まれていようが、同級生が介入しようが旧校舎の一件はナルの仕事で彼が責任者だ。
そのナルが決めたことに、にわか助手の私が口を出す権利はなかったはずだ。少なくとも、私の認識では。
最初から弁えていたはずのこの境界が見えなくなっていた気がする。いや、見えなくなっている。
さんざん黒田さんにも言っておいて、自分が間違えるなんて最低だ。くぐもった唸りを枕に吐き出す。
いつだ。いつから距離を測り間違えてたんだっけ。
ナルが私の足の負傷を気遣ってくれたときからかもしれない。
もしかしたら、あだ名呼びを容認されて自分も呼び捨てを許容してからかもしれない。
…それとも、この"話"に覚えがあったから?ナルが今の私と年の近い子供だからだろうか。
え、待って。前者ならまだしも、もし後者だったら最低最悪。脳内でデモ隊が行進し出す。
表面の情報で知った気でいるなよ、とかコメンテーターに突っ込んでたくせにやるとか。
子供だからってなれなれしくしてんじゃねーよ、とか周りの大人に思ってたくせにやるとか。
ほんっっっと最悪!!!懐かしの童話のように穴を掘って叫びたくなる。
無意識にでもそんな馬鹿なことを判断基準にしたのだろうか。
考えてみる。…わからない。そうだったかな。そうだったかもしれない。どうだった?
思考がこんがらがる。
ベッドの上で丸くなる。誤魔化すように左足首に触れた。
「…―――あし、いたい…なぁ」
最悪だ。
「さいっあくーーー…」
翌朝目覚めたらベッドカバーがスプラッタでした。言い過ぎか。血まみれでした。
まみれ、ってほどでもないけれど、尻のあったところ中心に結構広範囲。はい、経血です。
自覚するとどっと症状が出る。イライラは抑えられるけど貧血と腹痛と腰痛。うはぁ最悪ー。
ちゃんと着替えてから寝た自分ぐっじょぶ。おかげで制服は無事だった。
ベッドもシーツとタオル生地のカバーのおかげで本体は無事だ。洗濯できる範囲のものしか汚れていなくて胸を撫で下ろしたのがついさっき。
昨日入らなかったしどうせ血ィ落とさなきゃだし、と風呂に入って汚れ物のもみ洗いもついでに済ます。
風呂から上がると洗濯機を稼動させながら朝食をつくる。考えてみたら昨日夕飯食べ損ねてた。
どうりで最近イライラしていると思った。
昨晩も、あのネガティブ思考の原因の大半はこの生理からくる精神の不安定さだろう。
それに夜に考え事すると暗くなりがちだしね。
あと、めまぐるしく変化した日常に知らないうちにストレスを感じてたのかもしれない。
つーか考えてもわからないのは当たり前だろ。無意識ってのは意識してないから無意識なんだし。意識してないんだからわからん。
というか、考えれば考えるほどわからなくなる。思い込みと本心の区別がつかないのだから仕方ない。
よし、諦めよう。人間、諦めが肝心だよね。
たとえいままでそう見てたとしてもこれからそう見なければ万事解決だよね。
基本的に私は一晩ぐっすり眠れば持ち直すタイプなのである。
ポリシーなんてコロコロ変わるもんだよね。うん。
深く考えずに気楽に生きればいいのだと思う。周りに迷惑かからなければ。
ちなみに、私に迷惑をかける人間はその対象外である。
ちょっとばかしスッキリした頭で投げやりな結論を出してテレビをつける。
天気予報と時報が目的だ。テーブルの上に朝食を並べて手をあわせる。いただきまーす。
『…・・・で、震度3前後の地震が観測されました…震源地は…』
今日のニュースは地震速報だった。こっちも少し揺れたという。ぜんっぜん気付かんかった…
日本は地震多いらしいからな。日本人にとっちゃ日常だけど。にしても最近はちょっと大きい地震が多いかも…
富士山なんか噴火のサイクルからしていつ噴火してもおかしくないとか…
火山灰とかすごいだろうな富士山。地震の時は窓開けるって言うけど、噴火伴ってたらどうすんだろ。
つか窓開けようとして近づいた時に窓割れたら災難……ああぁぁあ!!!!
そうだよ!!地震だ!!地震の時の割れ方だよ!!あースッキリしたー。
思い出した。あの校舎で突然割れた窓の破片は被災地の窓ガラスに似てたんだ。
地震で歪んだ建物に耐え切れなくて割れるガラスに似てるってことは…旧校舎は歪んでるのかな。
建設工事のミスってこと?や、でも普通に使えてたってことは昔はそうではなかった?
…よくわからないな。とりあえずナルに報告……って
「やっべもうすぐ昼じゃん!!」
まだ一応朝、と言える時間ではある(私の中では)。ある、が、お昼ご飯を用意すると学校に着くのは11時過ぎだろう。
ナルが潰れてないか確認に行こうと思ってたのに!!
急いで塩むすびを二つ包んで家を出る。化粧しなくていい学生は楽である。
寝癖なんてポニテに縛っちゃえば誤魔化せるしね!!