第一章
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「―――ご覧のとおりですが?」
砂嵐を映すモニタを前にして沈黙する面々。
「――は…、真砂子ちゃん、感想は?」
とぼーさんが切り出した。真砂子は…ショックを受けたような表情だ。
本当に霊的なものを何にも感じないんだろう。うーん…私には経験がないから何とも言えないんだけれども。
「…その方の、気のせいですわ」
「いいかげんに認めたら!?ここにはよくない霊がいるのよ!」
あくまで霊は居ないと主張する真砂子と食って掛かる黒田さん。
…気のせい、か。真砂子いい子だなぁ…黒田さんの言ってること信じてるわけだ。
コイツに関することが全部嘘だって言えばもう少し話は落ち着くんだけど。
決め付けたくはないけれど、彼女の言はどうも矛盾しすぎている。
私たちの怪談話のときに霊が集まっていて頭痛が…と言っていた彼女は霊がたくさん居ると自分で言っているこの校舎の中で平然としている。
彼女の言葉を信じるならめっちゃ我慢強いんだなぁ…もしくはマゾ?とでも考えるところだ。
霊感ネタをやるときはあまり多く語らない方がいいよ。ボロが出るから。経験者は語るぐはぁっ…!!
「もう一度中を見てきますわ」
そう言ってベースから出て行く真砂子の背中に巫女さんが追い討ちをかける。
「素直に『間違いでした』っていえば?」
ちょ、アンタも信じてるんかい!!何で!?データ消すぐらい素人でも出来るでしょ!?
それともここで疑うのはKY!?私空気読めない子!?
いや、てか巫女さんも黒田さんの霊感主張は否定してたよね!!自己顕示欲、とかって言って!!
「…この校舎に霊はいませんわ」
真砂子は最後までそう言っていたけれどどこか自信なさ気だった。
ちょーっとこれは巫女さん嫌なヤツだ。どこの集団イジメだよ。中学生女子かおまいらは。
「…ショックやったようですでんな」
出て行った真砂子を気遣うジョンの変な日本語に癒される。
やっぱり、口はさめばよかったなぁ…口出せない雰囲気と流れだったからつい傍観しちゃったけど。
うーん…傍観もいじめの一環だよね。
「当然だろうな」
「だよねぇ…」
あまりにタイミングよくナルが言ったものだからつい言葉が漏れた。
でも明らかに私の内心への相槌ではないだろう。ジョンの台詞に対してのものだ。
ど、どうしよう…変なところに口はさんじまった恥ずかしい…!!何が「だよねぇ…」だ!!
内心慌てながらも表面上は取り繕う。ここは話がわかってて口出したって顔をしよう…!!
ちら、とナルがこちらに目をむける。彼はやれやれ、とでも言うように目を閉じてため息をつきながら続けた。(ぜ、絶対バレた……)
「ふつうの人には見えない事実が見えるから霊能者なんだ。間違えたらそれはもう霊能力とはいえない」
「え、でも女性の霊能者は好不調の波が激しいってナル言ってたじゃん。なら、今、霊がいるとしても今は不調なだけなんじゃないの?」
こないだそんなことを言っていたなぁ、と思いついた事を言ってみる。ナルは少し考えて肯定の意を見せる。
だよねー。つーか特殊技能なんだから出来ないことは責めたくないよ。出来て当然、じゃなくて出来たら御の字、なわけだからね。
いや、でもそこにアイデンティティを持っているなら出来ないといけないのか…。これはキツイな…。
疑問が解消されたところで思考に沈もうとしていると黒田さんの声で引き戻された。
「ずいぶん庇うのね」
「…え?私?」
「そうよ、わたしの霊感は信じないのに、どうして原さんの霊感は信じるの?」
「そういえばそうねぇ。アンタ、私に失礼なこと言っておいてあの子のことはずいぶん庇うじゃない」
そんなつもりはない。というか、全く意識していなかったけれど…考えてみればそうかもしれない。
黒田さんの霊感は九割九分九厘疑っているし、巫女さんのことも七割五分くらいは胡散臭いと考えている。
でも真砂子の霊感は八割くらい信じている、かな?どうして、か…うーん…
「そうだなぁ…。"いない"って断言したからかなぁ…」
「はぁ?何よソレ」
「見えない人が見えるフリするんだったら居るって言うでしょ、普通。
それをわざわざ居ないって言うんだから信憑性高くない?」
「……どうせ見えないだけよ」
「アンタひねくれてんのねぇ」
黒田さんとはもうすでに意思の疎通が不可能なようです。そして巫女さんは失礼です。
「…あー、あとはナルが信用してたから?」
思いつくのはこれくらいだ。
ナルが真砂子の能力を高く評価していた。
これは信じるにあたってものすごいポイントが高いと思う。というか今思った。
何故ならばナルが学者肌だからだ。さっきからもずっと機械に反応がないことを気にしているように、目に見える結果がないと簡単に結論付けない。
その彼が最初に顔をあわせた時から真砂子を"本物"として扱っていた。
これには噂とか、先入観とかとは全く違う根拠があるはずで、テレビに出ていたということよりもずっと信じられる要素足りうるのではないだろうか。
「と、判断したんだと思うよ。全く無意識だけど」
自己分析の結果デス。と巫女さんに言えば何かしょっぱい顔をされた。
え、何で?と振り返るとぼーさんは生暖かい目をこちらに向け、ナルは無言で、ジョンはニコニコしていた。
え、何この微妙な空気。私なんかKYなこと言った?
「…そうだな。僕は彼女の仕事を知った上で能力を高く評価しているし、それ相応の敬意も払っている」
「うん、ナルがそう言ってることだし本物なんだろーなー、っと漠然と思ってた」
「………」
「………」
「………」
何故か微妙な空気が満ちた部屋に大きく乾いた音が響いた。
全員の意識がそちらに向く。た、助かった…何か知らんが気疲れした…。
二度、三度と先ほどよりは小さな音が続く。ぼーさんがぼそりと呟く。
「…ラップ音か?」
「え、家鳴りでしょ?」
「…嬢ちゃん、いくつよ」
「じゅう……ご!」
「考えるなよ!何で家鳴りなんか知ってんだ」
「江戸時代を舞台にした妖怪ものの小説を読んだことがあるから」
きぃきぃと鳴く饅頭が大好きな愛らしい小鬼として登場してたんだよ。家鳴り。
「……あ、そ」
ぼーさんが呆れたように言う。直後。
ぱき、とまた鳴ったかと思うと次いで背後の黒板に大きく斜めに亀裂が走った。
それと同時にどこかで悲鳴が聞こえた。小さくてよく聞こえなかったけれど確かに悲鳴だ。
「――原さんっ!」
ジョンだ。ジョンはモニタに駆け寄って声を荒げた。
「原さんが二階の教室から落ちたです!」
真砂子が落ちたのは例の椅子がある、西側の教室だった。
雨よけのベニヤ板が真砂子が寄りかかったせいで裂けたという。
真砂子は断じて霊のしわざなどではなく自分の過失だと言い切ったらしい。
確かに録画を見る限り、よろけた真砂子がベニヤ板に寄りかかっただけの事故で、霊障なんてものはなかったように思える。
「真砂子の強がりじゃないの?アタシはここに悪霊がいると思うわ」
と巫女さん。悪霊ねぇ…ガラス撒き散らす割りに椅子は引きずって頑張って動かしても教室の真ん中で力尽きるような?
「お前さんが除霊しそびれたやつがな。こいつは危険だぜ」
「へ?どゆこと?」
「つまり手負いの熊と一緒よ。かなり凶暴になる」
「なるほど。つまり、真砂子の怪我が悪霊のせいなら巫女さんがヘマしたせいだっつーことね」
「なによ!」
「自分でそう言ってるんでしょ。根拠もなく」
自分でも嫌な言い回しをしていることはわかっている。でも…つい、こう、イラっと…。
カチンときたらしい巫女さんが食って掛かる寸前にナルが「納得できない」と零した。
「この校舎はどこか変だ。機械に反応がなさすぎる。
静電気量も正常。イオンの偏りも気温の低下もない。データは完全に正常値を示してるんだ」
独り言のような説明するような…。そんなナルの呟きに黒田さんが霊の仕業だと思われる現象をあげて反論する。
というか、ループさせる。…人の話を聞けーーーー!!!
「だから納得いかないといっている」
「いないフリができるぐらい強い霊かもしれないじゃねーか」
「………」
不機嫌そうに眉を寄せるナル。すっきりしないんだろーなー。
そしてぼーさんの台詞にツッコミたい。揚げ足取りと言われようとも気になったものはしょうがない。
そう思うもののプロの話し合いにあまり素人が口を挟んでもいけないだろう。自重自重。
「麻衣、言いたいことがあるならさっさと言え」
自重ーーーーー!!邪魔しないように自重したのに!
しかし折角なので遠慮しつつも言わせて貰おう。
「えー…、と…いないフリするヤツがポルターガイスト起こすのかよ!わざわざデータいじる意味ねー(笑)とか考えてましたスイマセン!」
「だ、そうだ。で、ぼーさんの意見は?」
言葉を選ぼうとしていたらさっさとしろ、という目で睨まれたので内心がそのまま口から出た。ちょっと涙目だ。
不機嫌なナル怖ぇ。つか人生経験と精神的にに年下なナルの睨みに屈する自分情けねぇ。
少しぽかーんとした様子のぼーさんもナルの言葉に気を取り直して地縛霊だと答えていた。
答えるまでの沈黙から見て一応私の意見を考えてくれたらしい。…スルーしてくれてかまわなかったのに…
続いてナルはジョンに意見を求めた。ジョンの意見も前回と変わらず、わからない、とのことだった。
「そやけど、なんや谷山さんの話聞いとると和みますです」
「ゴメンナサイ…緊張感なくてゴメンナサイ…」
「え、そ、そないな意味ちゃいますぅー!」
にこにこ笑顔で放たれたジョンのセリフを深読みしすぎて(気が抜けるってこと!?)落ち込む私と慌てて慰めるジョンを呆れたように見ながらぼーさんはナルに質問を返す。
「そういうお前さんは?」
「…今のところは意見を保留する。少し調査の角度を変えてみようと思う」
少し思案するようにそう言うナル。…てか、この人一度も自分の見解 言ってなくね?
ナルはこの事件についてどう思っているんだろうか。
記憶を辿ってみると「機械に反応が無い」だとか何だか懐疑的な発言が多い気がする。
黒田さんの「ポルターガイスト」案にも否定的だった。
…と、言うことはもしかしてナルは『この現象を起こす霊の正体』以前に『この現象が心霊現象である』ことを疑ってる?
もしそうならば………ここには幽霊は居ないってことじゃんひゃっほーーい!!
よかったーー!!それなら怖くないね!!うん、たまに急にガラスが砕けたりするけれど!…やっぱ危ねぇ!!
「麻衣、僕は車に戻る。機材を見ていろ」
「はーい…って、え、ちょま!置いてけぼり!?」
考え事をしていたので反射的に返事をしてしまった…!!
見ていろ、じゃないよ!!こんな高そうな…実際高いんだろう機材たちの中に私だけ置いていかないでほしい。
ぼーさんたちがいるとかそういう問題じゃない。もし壊れたら私には責任とれっこないのだ。
ナルはそんな私の反論(置いてけぼり!?としか言っていないが)に眉をしかめる。
頭悪いやつはこれだから、とでも言いたそうだ。…被害妄想が入っていないとは言い切れない意訳である。
「モニタ係がいないと中の様子がわからないだろ。何のための助手だ」
あ、見ていろってそっち。うっかり高価だから、って言う意味かと…。なら管理責任は問われないかな!
いやいや、それにしても知らせろってどうしろと言うの…!!
「モニタ係がいてもリアルタイム中継はできないよ…!!」
ずっと携帯片手にやれっての?タダ友かよ!!スイマセン私の機種、auなんで!
かけっぱって通話料もバカになんねぇ!!という意をこめてナルにそう言うとぼーさんが吹き出した。
笑うな。これは私にとって死活問題なのだ。
声を荒げる私に、ナルは平然と一つのスタンドマイクを示して言った。
「安心しろ、僕はdocomoだ。このマイクが車に通じてあるから通話料の心配はしなくていい。何か変化があったら呼べ」
「あ、左様で…」
ど、docomoなんだ…。何だか気が抜けた。まさかそう切り返されるとは…。
ナルは結構いちいち真面目に返事をしてくれる。
そして嘘をつかない。沈黙と曖昧な言い回しでどうにかしているあたりは…気付いてしまえばちょっと可愛い。
ツンツンしているくせに憎めないんだよねー。顔がいいからかな。
いやいやいやいや!それはどうなのよ!恵子と同レベルじゃん!と自分の思考に内心苦笑しつつ、教室を出ようとしているナルに声をかける。
「何?調べ物でもするの?」
「ああ。今までとは少し違う方向から攻めてみようかと思う」
「ふーん」
学校出るまでガラスのシャワーに気をつけてねー。と小さく手を振るとナルが振り返って私を見る。…え、何でちょっと意外そうなの?
その表情の真意に疑問符を浮かべた私を見て、何がおかしいのかナルはく、と笑った。
「…そうだな」
そう言って今度こそ教室から出て行くナル。うん、やっぱり美人さんの笑顔はいい。
ところで何が彼の笑いを誘ったのだろうか。私のセリフか?私としては結構真面目に言ったセリフだったのだが。
「んでもって」
ボスのお見送りを終えてくるりと振り返る。
そこには陸に上がった魚、もとい、笑いを堪えようとしてますますツボに入り呼吸困難に陥ったらしいぼーさんが。
「……だいじょうぶ?」
声をかけるとなんとか息を整えようとして咳き込むぼーさん。
落ち着いたようでひーひー言いながら目尻の涙を拭っている。
「いや、悪いな…嬢ちゃんにかかればあの澄ましたボウヤも漫才じみたやり取りをするのかと思うと…」
そこまで言ってまたぶはっ、と吹き出す。…箸が転げても笑える年頃ってやつか?若いな。
というか漫才?どこが?何が?怪訝そうな私の視線に気付いたらしいぼーさんは再度 咳払いをして取り繕った。
「ゲフン…いやぁ、あのボウヤもどうなのかねぇ…。大層なモン持ち込んでハデにやらかしてるがホントに有能なのかよ」
取り繕ったあとのセリフが非常に大人気ない。
と思ったが…よく考えてみればこの人も巫女さんもそこまで年上ではない気がするな。せいぜい20代前半だろう。
大して年上でもないのにボウヤ扱いはどうなの。いやまぁ16歳なんて子供ですけどね確かに!
「派手さではある意味、ぼーさんに負けると思うけどね」
頭ではたいしたセリフじゃないのがわかっていながら口からは思わず反論の言葉がこぼれた。
ぼーさんが思わぬところからの思わぬ攻撃的な(軽口程度だ)セリフにお?と驚いたような声を出した。
そこでやめとけばいいのに私の口は止まらなかった。
「有能、の基準が何かは知らないけれど少なくとも解決の為に動いてるって点ではあなたよりは勝っているんじゃない?
そもそも、ここでぼーさんはいったい何をしてるの?そのセリフの意味は何?
なんか若い上司の下につけられた部下みたいなセリフだったけど、不満があるなら好きにしたらいいじゃん。
別にこっちにつっかかってこなきゃ止めやしないっつーの」
そこまで言ってようやく口を閉じる。最悪。これじゃただの八つ当たりだ。
自己嫌悪のあまりに黙り込んで俯く。ぼーさんが恐る恐る、と言った風に私に声をかける。
「…えーと、嬢ちゃん、お怒り?」
心なしかびくびくとしているように見えるのは気のせいだろうか。
「…ううん。ただの八つ当たり。
そう思ったことは本当だけれど、わざわざ言うことなかったよね。なんかイライラしちゃって…ごめんなさい」
「お、おう…」
俯いたままの私のせいか、何とも微妙な空気が流れる。スイマセン。でも今自己嫌悪中なんで。
空気をとりなそうとぼーさんが「もしかしたらここの霊にあてられたのかもな!」なんて言ってすべっている。何でも霊のせいにするの、良く、ナイ。
「…あの、ほんなら今度はボクがやってみますよって」
ジョンが苦笑しながらそう言った。い、癒される…。
「…何か手伝うことある?」
「いえ、よろしいです」
私が申し出るとジョンはキッパリと断ってくれた。…わぁお。
役立たずは承知済みだ。というか本当にやることがないんだろうし、私にはモニタ係という使命もある。
「それより祈祷を始めたら機械に注意せぇやです。なにか反応があるかもしれへんです」
「……わかった。気をつけてね」
ジョンは「おおきに」と笑顔で返事をしてベースを出て行った。い、癒される…。