【IF】未来編
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「……おはよ、ナル」
「……おはよう」
挨拶を交わす。お互いにやや呆然とした表情。
こうなった経緯を覚えていないわけではない……むしろしっかりと覚えているからこその反応である。
「……えーと。……どうしようか……」
とにかく事態の収拾を図ろうと麻衣がナルに話しかける。
選択肢は二つ。忘れてなかったことにするか、事実を受け入れるかだ。
「……ああ……」
まだ思考が追いつかないのか珍しく生返事を返すナル。
「……とりあえず、付き合う?」
「……ああ……」
そういうことになった。
◆
◆
ことの原因は二日前の七月二日……滝川がお馴染みのメンバーにとある企画を提案したところから始まる。
「お前らさぁ、明日あいてる?」
何の脈絡もなくそう言った滝川。場所はお馴染み、SPR事務所。
顔ぶれは滝川、麻衣、安原、綾子。更には珍しいことにナルまでいた。
滝川のその一言だけでピンときたらしい綾子と安原は
「もちろんですよ」
「あったりまえじゃない」
笑顔で肯定し、話が読めなかった麻衣は
「え、なになに? なんかあんの?」
きょとん、として聞き返し、ナルはといえば
「……何のご相談か知りませんが、ここを喫茶店代わりにするなと何度言ったらわかっていただけるんですか」
不機嫌そうにお決まりのセリフを言った。
そんな、ある意味定番となっているセリフに効果はなかったようだ。
「お前さんにも訊いてんだよ! 明日の夕方のご予定は?」
「僕は参加しません」
質問を繰り返した滝川は内容も聞かずにスッパリと断ったナルに顔を顰める。
と、そこに質問をスルーされた麻衣が滝川に回答を促した。
「ねぇねぇ、なにかすんの? ぼーさん」
「……なにかって、お前のたんじょーびでしょーが」
・ ・ ・ ・ 。
「ああ!」
「あんた本気で忘れてたの?」
綾子が呆れて麻衣を小突く。そう、七月三日は麻衣の誕生日なのだ。しかも明日で二十回目、つまり二十歳をむかえる記念すべき日である。
「あぁ~、すっかり忘れてた……! 真砂子の誕生日しか考えてなかったよ……!」
「んで、折角の成人記念にみんなでワイワイ飲み会でもしよーかと思ってな」
ニカ、と笑ってぐしゃぐしゃと麻衣の頭をかき混ぜる滝川。が、麻衣が滝川のセリフに異を唱えた。
「ちょっと待った! 真砂子はまだお酒飲めないじゃん!」
「そーなんだけどな。真砂子ちゃんはどーしても仕事の都合でこれそうにないらしーぜ」
滝川は芸能人として忙しい真砂子には事前に連絡をいれたのだ。
しかし夏は怪談の時期である。売れっ子霊媒師の真砂子はどの局でもひっぱりだこでスケジュールに隙間がないそうだ。
『でも、なんとか最初だけでも顔を出しますわ。後は皆さんで楽しんでください』
真砂子は電話口でそう言っていた。彼女も親友である麻衣の誕生日の宴会に来れないのは不本意のようであった。
「そっか~……真砂子忙しいもんね。じゃあ二十四日も無理かな……」
七月二十四日は真砂子の誕生日だ。その話もしたが彼女はその日は休みをもぎ取るつもりのようだった。
だがギリギリまでどうなるかはわからないとのこと。ぬか喜びをさせないために滝川は麻衣に苦笑だけを返した。
「そーだナル、リンはどっか行ってんのか? いねーんだけど」
「リンは出ている。戻るのは五日だ」
「あ、さいで……」
オフィスにいるものと考えていたリンは出掛けていると言う。
当てが外れて滝川は肩を竦めた。しかも帰ってくるのが五日ということは必然的にリンは不参加、ということになる。
「ところで滝川さん、どこでやるんです?」
「おれが予約とっとくよ。駅で待ち合わせよーぜ」
着々と話が進む。結果的に待ち合わせ時間と場所を決めて後は携帯電話でやり取りをすることになった。
文明の利器バンザイ、とは滝川の言葉である。
そこで安原が午後の講義を受けに、綾子もキリがいいから、と帰っていった。
「で、来るんだろ? ナルちゃんや」
「……ですから僕は」
「用事はないんだろ?」
「…………」
一通り話がまとまると滝川は再度ナルの説得に挑戦した。
ナルは自覚こそないが麻衣に甘いところがある。
「(なんだかんだ言って構っているあたり、麻衣はナルにとっても特別なんだろーな)」
内心ニヤニヤする滝川。オヤジである。しかし強敵の所長サマはなかなか素直に首を縦に振らない。
そこに最強の一押しがやってきた。
「ナル、来れない?」
「…………」
もちろん麻衣である。沈黙を貫くナル。しかし麻衣は気にしない。
「うーん……ナルってそーゆーの嫌いそうだもんね。てゆーかお酒とか飲めなそう」
ピク、とナルが反応する。注釈として、決して麻衣は挑発をしたわけではない。
本心からそう思っているからこそナルも反応したのだ。訂正のために口を開くナル。
「……別に飲めないわけじゃない」
「そう? 無理しなくていいよ?」
とどめだった。ダメ押しといってもいい。
麻衣としては“無理して来なくていい”だがナルにとっては“飲めないのに無理しなくても”という意味合いの言葉となったのだ。
ナルとて麻衣がそういう意味で言ったのではないことはわかっている。が、ここで引いたら飲めないと言っているようなものなのだ。
普段ならそんな意地をはるようなナルではないが麻衣が絡むと事情は変わる。
「……無理はしていない」
ナルの負けである。事実上の肯定だ。
「よっし! じゃあこれ、待ち合わせの時間と場所な」
タイミングを見計らった滝川が一応、と言ってメモを渡す。無言で受け取るナル。
それを確認すると滝川は立ち上がり「じゃ、おれはジョンのところに行ってくるわ!」と片手をあげてオフィスを出て行った。
静かになったオフィスに麻衣とナルだけになる。
「……ほんとに良かったの?」
メモをポケットにしまうナルを見て麻衣がそう訊ねた。
ナルは騒がしい場所を嫌う。飲み会なんて言ったらかなり騒々しいこと請け合いだ。
もちろん来てくれたら嬉しいが無理をしてまで来てほしくはない。そう思ってのセリフだ。
「言っただろう。無理はしていない」
そっけなく返すナルだが不快そうではない。その声色に麻衣はほっとする。
“誕生日パーティ”なんて何年ぶりだろう。パーティ、なんて可愛いものではないが……そう考える。
友達に祝われるのとはまた違う。麻衣にとってSPRのメンバーは家族なのだ。その中には当然ナルもいる。
その家族に人生の節目を祝ってもらえることが純粋に嬉しかった。
「……ナル、ありがとう」
祝おうとしてくれる気持ちに対してともう一つ、このメンバーと出会うきっかけをくれたことに対してのお礼だ。
ナルたちと出会った頃より幼さの抜けた顔で麻衣が満面の笑みを浮かべる。
ナルは思った。一晩騒がしいくらいなら我慢してもいいかもしれない、と。……随分角が取れたものである。
◆
翌日、待ち合わせ場所で無事合流して滝川の案内で店に着いた。
貸切だ、と座敷に通される。
メンバーは一応リン以外全員が揃った。ジョンはもちろん、真砂子もだ。
「おめでとう麻衣。……ごめんなさい、皆さんと一緒にお祝いしたかったのですけど……」
「ううん、ありがとう真砂子!」
かなりの無理をして抜けてきた真砂子に麻衣が抱きついて嬉しさを表現する。
抱きつかれた真砂子は照れたように微笑むと手提げから可愛らしいラッピングの小さな箱を出した。
「はい、プレゼントですわ」
麻衣は渡された箱を感動したように見つめて
「ありがと! 真砂子大好き!」
再びぎゅっと真砂子に抱きついた。
戻らなくてはいけないから、と後日の約束をして別れる。まるでカップルのようだ、とは男性陣の感想である。
「麻衣の成人を祝って! カンパーイ!」
幹事らしい滝川の音頭で全員が各々のグラスを掲げた。申し訳程度ではあるがナルも付き合っている。
夕食も兼ねての飲み会である。いつもと同じく和やかな雰囲気の中で酒も入り、次第に賑やかさを増していく。
頃合を見て
「ほい、おめでとさん」
と滝川がプレゼントを渡したので次に綾子、安原、ジョン、とそれぞれが祝いの言葉を言いながら麻衣にプレゼントを渡していく。
「わ、すっごい嬉しい! ありがと!」
と麻衣は始終笑顔で受け取っている。と、安原がビールを飲んでいるナルを物珍しげに見ながら
「あれ、所長は谷山さんに何かあげないんですか?」
と命知らずな発言をした。相変わらず心が読めないニコニコ笑いだ。酔っているのかいないのかをも悟らせない。
ここに来てるだけでも奇跡なのに! いつもならそう思うところだが酒の力でみんなが笑った。
しかしナルが反応を返す前に麻衣が
「今から明日までのナルの時間をくれるんだよねー」
超ご機嫌な笑顔で言い放ち、ナルの腕に軽く抱きついた。
その麻衣も安原と同じく始終ニコニコと笑っているが肌は赤みをまして酔っているのだとわかる。
本人も自覚しているようで「あはは~、いい気分になっちゃった!」などと笑っている。
抱きつかれたナルはといえば麻衣を一瞥したもののなにも言わずにグラスを傾けている。
最初から度数の高めの酒をカパカパあけているわりには酔った様子はない。
麻衣のセリフをきいてメンバーはそりゃ貴重だ! と笑う。そうして始終和やかな雰囲気で飲み会は進行していったのだった。
◆
宴もたけなわ。安原の「そろそろ終電ですよ」の声をきっかけにボチボチお開き、という流れになった。
会計を済ませてそれぞれがバラバラ帰っていく。麻衣はナルと方向が同じなため滝川の「送ってってもらえ」という言葉に従っていた。
大量の荷物を抱えた年若い女の子を終電の時間に一人で歩かせられるわけがないのだ。
人もまばらな駅のホームで麻衣が隣に立つナルに話しかける。
「はぁ~、楽しかったぁ~! ね、ぼーさんあんな酔ってて大丈夫かな!」
「ぼーさんだっていい大人なんだ。大丈夫だろ」
「そかな。あ!ナルって飲める方だったんだねぇ。お酒好きなの?」
「嫌いではないが好きでもない。そもそもワインやシャンパン以外の酒は初めて飲んだ」
酒が入っているからかいくらかナルも饒舌になっているようだ。
到着した電車に乗り込む。最後の一本……ぎりぎりだった。安原の号令に心から感謝する。
「私、ワイン飲んだことないや。おいしいの?」
「……麻衣は好きなんじゃないか?甘めで…ジュースのような風味のものもある」
「へぇ……飲んでみたいかも……。あ、私次の駅で降りるね」
言いながら麻衣のなかのふわふわと気持ちの良かった気分が急速にしぼんでゆく。
落ち込んだ様子の麻衣を不思議に思ったナルが声をかける。
「どうした?」
「ううん……ただ……楽しかったから。こういうとき家に帰るのって、なんかさみしいよね……」
「……」
「こう、終わっちゃうってかんじで……」
子供みたいだよね、と苦笑する麻衣。酔っていて感情が出やすくなっているのは自覚しているのだ。
するとナルが何かを呟いた。聞き取れなかった麻衣が聞き返す。
「え?」
「うちにくるか?と言ったんだ」
「……へ?」
聞き取れはしたが脳が聞き間違いを主張している。
「ワインもある。飲み会の続きといかないか」
ニ、とナルが笑う。
「(これは……もしかしなくても……酔ってる……?)」
ナルはなんともタチの悪い、酔いが顔に出ないタイプだったらしい。
驚きのあまり降り損ねてしまった。
「……あっ!」
「いいじゃないか。僕の部屋に泊まれば」
「……そっか。じゃ、お邪魔しまーす」
へらり、と笑って同意した。麻衣も相当酔っていたのだ。
◆
「おいしかった~!」
結局麻衣はナルの家に上がり、恐らく高いであろうワインをご馳走になった。
飲みやすさに反してアルコール度の高いワインの罠にまんまとかかって呂律もうまくまわらないほどに酔っ払ってベッドにダイブ。
ここで考えて欲しい。一人暮らしのナルの家に寝具のスペアがあるだろうか。答えは否である。
「麻衣、そのまま寝る気か?」
二人分の体重でギシリ、とスプリングが軋む。
ナルが寝転んだ麻衣のパーカーを脱がし、ベルトを外した。ここまではいい。
麻衣も寝苦しくないようにしてくれてるのかな、とされるがままになっていた。
が、だんだんと手つきが怪しくなってくる。ころん、と転がされて仰向けになった麻衣はさすがに声をあげた。
「……なる……?」
非常に近い位置に顔があった。息がかかるほどの距離だ。相変わらず綺麗だなぁと見ているとだんだん近くなる。
あれ、本格的に酔ったのかな。そう思っていると唇にやわらかい感触がした。あ、チューされちった。
ちゅ、ちゅ、と唇をついばまれる。こそばゆくて顔を背けようとしたら固定されて今度は深く口付けられた。
「ん、……ふ、ぅ」
侵入したナルの舌が麻衣の舌を捕らえて絡めるように弄んだ。飲み下せなかった唾液がこぼれる。
さすがに苦しくなってきた麻衣が抗議するようにナルの服をひっぱってようやく開放された。
「っ、はぁっ……」
何度か荒い息をして呼吸を整えていると、いつの間にか馬乗りになっているナルが指で麻衣の口元をそっとなぞった。
「………ナル?」
先ほどまでよりは幾分かスッキリした頭は鈍い警報を鳴らしている。
ナルの指先がこぼれた唾液をぬぐった。ナルは挑発的な笑みを麻衣に向ける。
「まだ明日までは時間がある。麻衣、それまで僕はお前のものなんだろう」
そのまま覆いかぶさってナルは麻衣の耳元で「ハッピーバースデイ・麻衣」と囁いた。
麻衣の頭の中で警報はなり続ける。やばいかなコレ、やばいよねー……
耳から首筋にかけてを舐められる。ぬる、とした感触がなんともいえない。思わず息が漏れる。
ナルの手が服の中に入ってくる。素肌をすべる低めの体温にビク、と身体が反応した。
そっと触れてくるナルの手が気持ちいい……。
火照った身体を滑るひんやりとした温度が熱を煽る。何かを言おうとしても言葉が逃げる。開いた口から声が漏れる。
いつになく懐くように、ナルが麻衣に触れるから。いたずらっぽいその目が楽しそうで、笑いを含んだ声でからかうように囁いたから。じゃれあうようなそれが心地いいと感じてしまって、麻衣はついに諦めた。……まぁ、いいか。と。
「(初めては好きな人と、とかって思ってたわけじゃないし……イヤじゃないし)」
こうなったら徹底的に楽しんでやる。とナルのシャツに手を伸ばしてボタンを外した。
そう、麻衣も十分以上に、酔っていたので。
◆
翌日、意外なことに先に目を覚ましたのは麻衣だった。
カーテン越しに眩い光を感じて目を開ける。
ぼんやりした頭で時間を確認しようと考え、携帯を探して手を動かした。と、そこが自分の部屋でないことに気付いた。
「……?」
「(えーと確か昨日は飲み会があって……)」
直後、そこから連鎖的に全てを鮮明に思い出した。
「(…………えーと……)」
夢だったと思いたい。ぎ、ぎ、ぎ、と錆付いた動きでそっと自分が被っているシーツをめくってみる。
そこには生々しい行為のあとが……そっと戻しておく。
「(あちゃー……やっちゃったよ……)」
思わず額に手をやる。酔った勢いで、なんて自分に限って。と思っていたのが間違いだった。
そういえば色んなところが痛い。あんにゃろう……ハジメテの人間相手に三回もぶっとおしで……
と、隣でスヤスヤ眠っている美人に目をやる。
「(まったくあんなことになるとは……。……あー、しかも避妊すらしなかったよ。大丈夫かな……)」
そんな事を考えながらナルの髪を一房すくう。見た目どおりの指通りの良さに感動して何度も髪をすいているとナルがゆっくりと目を開いた。
「(ありゃ、起こしちゃったか)」
当たり前である。麻衣がその体制のままで見ていると、ナルは麻衣を視認して、……少し考えて固まった。
大分飲んでいたからどうかと思ったが記憶は飛んでいないらしい。沈黙が降りた。
とりあえず。
「……おはよ、ナル」
「……おはよう」
挨拶を交わす。さすがのナルも呆然としているらしい。
「……えーと。……どうしようか……」
黙っていてもどうにもならないしな。そう思って麻衣が口火を切る。
しかし麻衣も十分に動揺しているのでしどろもどろだ。
「……ああ……」
まだ回復していないらしいナルからこれまた珍しく生返事が返される。
どうするか……なかったことにしてしまえば話は早い。
しかし、こうなってしまったからにはきっともう以前のままの関係には戻れないだろう。
なかったことにしたとして、きっとお互いよそよそしくなってしまう。
ナルは同じことが起こらないように二度と一緒に飲んではくれないだろう。ふたりっきりになることすら、避けられるかも。
それは嫌だった。大好きな仲間が、家族が、遠くへ離れていってしまうことは耐えられそうにない。
引きたくはない。だったらあとは踏み込むという選択肢しかないじゃないか。
だから、
「……とりあえず、付き合う?」
「……ああ……」
……ナルの思考が戻ってきていない内に言ったのはちょっと卑怯だったかもしれない。
しかし正気のナルを相手に言いくるめられる自信のない麻衣は、心の中でそっと手を合わせた。めんご。
―――――――――――――
あとがき
夢主:愛情100%、恋愛ではないらしい。純愛ではあるかもしれない
ナル:この展開の場合は無自覚な恋心があったらしい
(過去の自分のあとがきを見ながら)
お酒に飲まれなかったらこういうことにはならなかった二人。
♥コメントでIF未来編の要望があったので再録。この話は載せなくても許されたかもしれない……そこんとこどうなんですか……
全年齢向けのため(という建前で恥ずかしすぎて無理だったため)ナニをしてるシーンをカットしました。
それに伴い文脈を整えるためにちょっぴりだけ加筆しています。
他、字下げ、改行、三点リーダ、数字→漢数字の変換の加筆修正のみ。9割方元データのままです。稚拙がすぎてしにそう。