第三章
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
13.
本日、我々は病院へとやってきた。当然調査のため、ではなく、救急搬送されて入院と相なった所長を見舞うためである。
リンさんの話では容体はそんなに重篤なものではないらしく、入院も様子見のようなものだということだ。ひとまずよかった。
伝えられた部屋は当然のように個室で、表のプレートには部屋番号のみ。名前は掲示されていなかった。そんなことできるんだ……。
ぼーさんのノックに室内から声が返り、扉を開けるとナルがいた。ベッドの上ではあるが上体を起こしてなにやらファイルを眺めている。心なしか、倒れる前よりは顔色がいいような気がする。
「ちょっと! 黒くないナルよっ」
「……たしかに!」
「不謹慎ですわよ」
綾子に囁かれて気付いたが、病院の入院着を借りているのだろう彼の服色はいつもと違って黒くない。
……だからか? 白い服は顔が明るく見えますってやつか?
「しばらく入院だって? 具合、どうよ」
「問題ない。ただの貧血だ」
「貧血……」
それはもしや、迷走神経反射……とかいうやつでは?
校長先生の長すぎるお話で倒れるときのアレがソレにあたるが、強い痛みやショックでも起こると聞いたことがある。
だとしたら、やっぱりマンホールに落ちたことが原因だろう。大いに反省している。次は絶対に巻き込まないようにする。
「それより、ヒトガタは」
「おお、それな。麻衣」
「うぃ」
ぼーさんの横から顔を出して、ナルに厚みのないファイルを差し出すと、ナルはすぐに開いて中身に目を通した。
「これは……」
「とりあえず、宛先五十音順。データはこっち」
「写真撮った後、ヒトガタは燃やして灰は川に流した。次は犯人捜し、だろ?」
興味を引かれた様子でページをパラパラめくるナルを見て、データ作成にヒトガタの処分に、多大なる労力を払ったぼーさんが得意げに腕を組む。お疲れさまです。
ナルは私が渡したUSBメモリを受け取りつつ、ファイルのページをめくりながら、顔も上げずに応答した。
「ああ、それについては想像がついてる」
「ん?」
「え?」
えーと、とりあえず…………ホウレンソウ食う??
開いた口がふさがらない私とぼーさんをよそに、ナルは一通り眺め終えたファイルをサイドテーブルに置いた。
想像がついてる。
ナルがそう口にするということは、なんだかんだ根拠が出そろっていてあとは本人に確認するだけ、のような状態なのだろう。いつ、どの段階でその『想像がついた』のかは知らないが、つまりこの、犯人捜しの資料にと思って作ったデータは……
「む、無駄足……!」
「まあ、そうなるな」
「畜生!」
指示されたわけでなく勝手にやったことだ。ナルを責めることはできない。できないが悪態はつく。チクショー!
「……犯人には、ぼくが会って話をつける」
「……なに?」
悔しさにのたうち回っていた私は、ナルの言葉に動きを止めた。
聞き返すぼーさんの声も心なしか固い。
「今回の調査はこれで終了だ」
きっぱりとそう宣言したナルの声に迷いはない。彼の中では決定事項なんだろう。
「おれたちには犯人を教えないってことか?」
「みんなには関係ない」
「おいおい!」
おいおい! 関係なくはないだろ!
ぼーさんの後ろでそーだそーだ! と拳を突き上げてみる。
代表者ぼーさん、頑張って交渉してくれ。私は顛末が気になって夜しか眠れないんだ。
というか、曲がりなりにも一応呪われた被害者の一人だぞ。関係ないってことはないだろう。ぷんすか。
「少なくともおれは知る権利があるぜ? きっちり依頼を受けてるんだからな!」
ぼーさん! 裏切ったな!!
「アタシだってここでつまはじきなんてジョーダンじゃないわ!」
綾子も抗議活動に参戦した。
綾子は素直だ。ほんとそれなのだ。それだけ、なのだ。
知りたい理由はただの好奇心、野次馬根性でしかない。権利はどうか知らないが、知る必要があるかといえばそうでもない。
なにより、ナルがこう言っているのだ。ナルが他の人間を介在させないことを望んだ。
それをひっくり返すほどの言い分があるかと問われれば、まあ、ない。
「────……ぼーさんはともかく、あとの人間は外れてくれ」
「ナル!」
少し考える様子を見せたナルだが、ぼーさんの意見には正当性があると判断したようだ。陳情を棄却された綾子が言い募るが、まあ無理だろう。
ナルがちら、とこちらに視線をよこしたので、渾身のしぶヅラで敬礼を取っておいた。
……なあに、あとで笠井さんなりタカちゃんなりから話を聞けば、おおよそのことはわかるだろう。そこでゲットした情報使ってぼーさんにカマかければ……
しぶヅラの下で可愛い悪だくみを巡らせていると、個室の扉がコツコツとノックされた。
看護師さんだろうか、と顔を出すと、そこには先ほど思い浮かべた二人の顔。
「あれっ、笠井さん、タカちゃんも! なんで?」
「えっ」
「えっ」
「え?」
驚く私と、こっちが驚いていることに驚く二人。そしてその後ろには花束を持った産砂先生もきょとんとした顔をして立っている。
なんでここを知って……いやなんで来たんだろ?
「入ってもらってくれ。ぼくが呼んだんだ」
四人そろって首を傾げていると、室内からナルの声がかかった。
来客が、あるなら先に、言ってくれ。心の中で思わずサラリーマン川柳を詠みつつ、無駄に混乱させてしまった三人に頭を下げる。
「すみませんねェ! 報・連・相が生えてない職場で!」
「よかった~。なんか間違えたかと思ったよ~」
「ほんっとごめんね。入って入って。あ、産砂先生、お花どうもです。預かりましょうか」
ほっとした顔で軽やかに笑うタカちゃんと苦笑する笠井さんを招き入れて、胡蝶蘭の大きな花束(おたかそう)を抱えた産砂先生にかけた声に、なぜかナルが反応した。
「産砂先生?」
「あの……ごめんなさい。来てはいけなかったのかしら」
「…………」
振り返るとナルは眉をよせて固い表情をしている。いや、表情はいつも固いか。
どうやら産砂先生はお呼びではなかったらしい。じゃあたぶん、笠井さんがナルに呼ばれたことを産砂先生に話したのだろう。産砂先生が笠井さんを心配してついてくるというのも不自然ではない。不自然ではないが、ナルの表情からは描いた筋書きから外れたらしいことが読み取れた。
それでもここまで来ておいて帰れと追い返すのも気が引けたのか、長考の末ため息をついたナル
の視線を受けて産砂先生を招き入れる。ナルは意外と「来ちゃった♡」に弱い。
さて。
病室に備え付けの椅子は三脚。
ナルの来客であるタカちゃんと笠井さんと、ついでに産砂先生に椅子を勧めて、残りはゼロ。
我々SPRメンバー五人は…………
「……麻衣」
「はい?」
「余計な口を挟むなよ」
「エッ」
ナルにガツンと釘を打たれたので、お口にチャックのジェスチャーをして大人しく壁際に立った。
できれば一時間以内に終わらせてほしい所存。
何が始まるのかな、と壁に寄りかかってのんきに眺める。
ナルはいつもの調子でタカちゃんと笠井さん、産砂先生にいくつか質問を投げかけていた。それぞれから回答を受け取り、「わかりました」と膝の上でファイルを閉じる。わかったらしい。私がわかったのは産砂先生が福島出身ということくらいだが。
「ありがとうございました。現在、学校で起こっている問題は解決できると思います」
ナルがそう口にして、そこでやっと、私はナルの「話をつける」がこの場を指していたことを理解した。
なるほど、90%を100%にするための質疑応答だったというわけか。
ナルは躊躇なく淡々と『解答』を述べながら、まっすぐその人に視線を向けたから。言葉より先に、それが誰を示すのかわかってしまった。
「犯人は、産砂先生です」
驚きや疑問の一歩前に、まるで筋書きをなぞったかのような納得感が先に来たのは……自分でもちょっとよくわからない。はて?
◆
産砂先生の否認も、言い逃れも、ナルは丁寧にひとつひとつ論破した。煽るでもなく、淡々と。単なる事実だけを並べていく。事実に追い詰められて、産砂恵はどんどん足場を崩していく。
私はそれを黙って眺めていた。ボスから余計な口を挟むなと言われているから、ちゃんと言いつけを守って。
ナルから休職とカウンセリングを勧められた産砂恵がその説得を受け入れたその瞬間、話が終わるその時まで、私はちゃんと口を挟まず、大人しくしていたのだ。だから、もういいだろう。
「……ナル、話は終わった?」
「? ああ」
「よし」
頷いて、ぼんやりした様子の産砂恵に向き直る。
いろいろ言いたいことはある、あるけど。
彼女に歩み寄り、とりあえず襟首をつかんで平手打ちをお見舞いした。
あっちこっちからワァワァと声が上がるけど耳に入らない。おおいに腹が立っているのだ、こっちは。
驚いたように目を見開いている産砂恵の目を覗き込む。記憶に刻まれるように。怒りが伝わるように。意識してゆっくりと、はっきりと声を張る。
「笠井さんを裏切ってまで保身に走ったクソダセェ自分を、一生、恥じてください」
「麻衣、よせ」
「や、だってまるで被害者みたいなツラしやがってむかつくじゃん、コイツ」
咎めるようなナルの声に、目線は1ミリも動かさないままそう応える。
ナルへの反論というより、産砂恵に聞かせたいから言っているようなものだ。それを感じ取っただろうナルからは言葉ではなくため息が返ってきた。
「ぼーさん、つまみだせ」
「ウッス」
「ウワーッ」
かと思えばぼーさんを差し向けられた。
背後からガッシと拘束されなすすべもなく、じたばたみょんみょんと暴れて喚く。
「だってあいつ! 誰を呪い殺そうと勝手だけどさあ!! なんっで言い逃れしようとするかなー! 腹立つ~!!」
「口ふさぐ手がたりねーわ」
「保身するくらいならやんなっての! ダッセ! バーカ! ば~~~か!」
「わかったわかった」
拘束にもめげずに喚き散らかし、ぼーさんの雑な相槌を背に聞きつつ、産砂恵を睨みつける。
曲解せずに、きちんと受け取ってほしい。
私はお前をばかでダサくて卑怯でくだらない人間だと批判している。
よりにもよって教え子を身代わりにしようとしたクソだと思っている。
でも、人を呪うこと、あなたの怒り、それ自体は否定しない。
ただもっと堂々とやればいいのにと、そう思っただけで。
その後およそ三十秒にわたる懸命な抵抗むなしく、小柄な女子高生の麻衣ちゃんは長身の成人男性にずるずる引きずられてあえなく退場と相成った。とほほ。
がちゃん、とドアの閉まる音を聞いて体の力を抜いた。ぺちぺちとぼーさんの腕を叩く。別に、これ以上暴れる意味もない。ぼーさんはすぐに察して手を離してくれた。
廊下の壁に背中をつけて寄りかかる。なんだか疲れた。そのままずるずるとしゃがみこんで膝を抱えこむ。
やりきれない。どうしたって。
「どうせやるなら、記事書いた記者とか雑誌の編集部にやりゃあよかったんだよ」
産砂恵もつらい思いをしたこどもだった。守られるべきこどもだった。被害者だった。
でも、だからといって、笠井さんを巻き込んで、傷つけていい理由にはならない。
ナルは正しい。公平で、誠実だ。でも、呪いの主犯扱いされていた笠井さんの、慕っていた師が自分を隠れ蓑にしていたと知って、そのうえ身代わりに差し出された笠井さんの傷の分は、産砂恵が報いを受けるべきだった。そのはずだ。だからせめて。いや、ただ単に私がむかついたから。
「誰にもやっちゃダメだろ」
ぼーさんがとなりにしゃがみこんで呟く。優しい声だ。ぼーさんは優しい。
「それは大前提だけどさあ……だってさあ……」
膝に顔をうずめる。駄々をこねている自覚はあるのだ。
だって、痛い目を見てほしいじゃないか。こどもの心を踏みつぶして、晒して、自分の利益にするような、そんな人間には。
「……因果応報、っつってな。やったことの帳尻はどっかであわせることになるからさ」
「………」
ぼーさんの坊主らしい説教に、私はふてくされた沈黙しか返せなかった。
だって、それは今の生じゃないかもしれない。
この世に麻衣を生んで、育てた母は素朴で、真面目で、穏やかで。
おおよそなんの業も持たなそうな女だったのに。あんな痛そうな死に方をしたのだから。
即死だったとはいうけれど、それが何の恐怖も痛みもなく、穏やかに旅立つことを指しているわけではないだろう。
もし因果応報があるならきっと、前世の業によるものなのだろう。
だから、産砂恵を踏みつけた記者たちが報いを受けることは、残念ながらないのだろう、きっと。
「あ、そだ。校長に報告に行かねーとだったわ」
「……私もいく」
「だな」
さすがに、この後ナルの病室に戻るほどのごんぶとメンタルは持ってない。
ぼーさんに続いて立ちあがると上からわしわしと頭を撫でられた。私は別にかまわないけど、うら若き乙女の髪に触れるのはいちおうセクハラに該当する。ここでガツンと慰謝料請求してやめさせた方がぼーさんの今後のためだろうか。
あーあ、やれやれ。誰かのためってのは難しいもんで。
◆
◆
◆
「麻衣」
「へい」
「これからちょっとした実験に協力してもらう」
「ほう」
事務所でいつものメンバーによる麻衣ちゃんの暴走について苦言を呈する会絶賛開催中に自室から生えてきたナルは、いたいけなバイトちゃんに突然の決定事項を申し伝えてくれた。
拒否権がないではないが、ナルの中で決定事項ならしょうがない。
「痛くない?」
「痛くはない」
「よし」
そういうことになった。
◆
「えっと……なんだっけ………。秋鮭を狩る特訓かなんかだった……?」
「熊か」
ぼーさんのツッコミにボケ倒す気力もなく、ナルが機械を回収してあいたスペースにぐでっと突っ伏した。
ハイスピードでとにかくボタンを押し続けた謎時間だった……。
確かに痛くはなかった。痛くはなかったけど、ものすごく疲れた。シャトルラン系虚無感の疲労だこれは。
途中で脳裏に浮かんだ目的や意義を問うような疑問もすぐに消え去り、とにかく無我夢中で光るはずのボタンを叩いた。迷う隙もなく光るから思考を挟む余裕すらなく直感で。ナルの実験じゃなかったら全部右端のボタンを永遠に押し続けてしのぐところだった。ボスの実験だから真面目にやった。えらいぞ麻衣ちゃん。今日はケーキ買ってよし。やったー!
「やはりな」
「え、熊が?」
「いや、そうじゃない。麻衣は潜在的にセンシティブだ」
真面目に否定するなよ。熊の可能性があったみたいじゃんか。
で、なんですって? せんしてぃぶ……って何? 戦士?
「センシティブぅ? 繊細? 麻衣が!?」
「ないない! ある意味取り扱い注意だけど!」
どっ、ワハハ! と効果音でも入ったのかと思うほどの爆笑。失敬な年長者ズである。
「繊細な麻衣ちゃんの心はいたく傷ついた。賠償を請求する。一人頭二万円で手を打とう」
「地味に払えそうな金額出してくんな。目がマジなんだよ!」
「うわー! 繊細だから折れた!」
ぺしんと払われた手をわざとらしく庇ってみたり、やんややんやとじゃれあっていると、椅子に腰かけて出力された記録を眺めていたナルがはっきりと発音した。
「『センシティブ』」
辞書モードだ。どうやらご説明いただけるらしい。
同時に全員が静まり返るのは調査のときの癖みたいなもので。
「サイ能力者、ESP。超能力者」
なんですと?
みんなから驚きの声が上がる。一番驚いているのは無言の私ですが。
超能力者ってもしや、自覚がないだけで、結構ホイホイいるものなんだろうか。黒田さんも笠井さんも産砂恵も。あれ、でも三人とも……えっと……PK? だったような。
いまナルが言ったのはESP───この間ジョンが説明してくれたと思う。確か、透視だか千里眼みたいななんかアレ。
そんな能力が私にあるって? いやないよ。ないない。心当たりがないもん。
手を振って人違いですをアピールする私をよそに、ぼーさんはなにやら納得したような顔でウンウンと頷いている。
「麻衣はするどいと思ってたぜ」
言われたことないが??
「前回の森下事件でも変な夢見てんだろ」
「…………」
それは見た。そしてその夢が実際の過去に近かったらしいのも事実。
他にもあれだ、そういえばこれだ、とみんながぽいぽい挙げてくる実例には心当たりしかない。
「麻衣は害意を敏感に察知して強く反応するな。自己防衛本能───動物といっしょだ。敵をかぎわける」
心なしか愉快そうなナルがそう言って、にぎやかメンバーがどっと沸いた。
「つまり、カラダは人間でもココロは野生動物ってわけ!」
「や、野生……!?」
野生動物……ってことは、野生を生き抜く力を持っているということじゃん! かっこいい!
超能力者と呼ばれるより野生動物と言われる方がほんのり嬉しいお年頃である。
「じゃあ……これからはワイルド★ハンターとでも呼んでもらおうかな……」
こちらのドヤ顔に一抹の不安がよぎったのか笑いが止まる年長者組。その懸念は正しいと思う。野生でいいならそうさせてもらいますよ。がうがう。
「センシティブはその感覚の繊細さゆえに扱いが難しいぞ。ストレス下だと感覚を誤認することも多い」
「うさぎさんじゃん」
ナル博士の追加解説により、一瞬で野生イメージの爪と牙が引っ込んだ。
「まあどっちかというと被捕食者側の野生だろう」
「ワイルド★ターゲットだった」
鍛えるべきは逃げ足だったようだ。
「ワイルドが泣くな」
「わん……」
「犬じゃん」
「鳴くな」
「野生じゃありませんでしょ」
フルボッコだドン……。
結論。超能力者と判明しても特にいいことはない。
えーん、超能力者はもうこりごりだ~~!
***
第三章 完