第三章
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12.
「う、……」
気絶、とまではいかないが、落下に驚きすぎて思考が止まった頭を軽く振る。
心臓はばくばく働いているものの、両手足に異常はない、と思う。頭もぶつけたような感じはしないし、特段血も出ていない。意外と無事だ。人間って丈夫。
「……だいじょうぶか」
「!?」
落ち着きかけた心臓がまた飛び上がった。
思いもよらずかけられた声に振り向くと、そこには見慣れた黒ずくめが。
「なんだナルか……。あれ!? なんでナルが!?」
「……誰かさんが、手を放してくれなかったもので」
そこにナルがいるはずだったマンホールに切り取られた空と、目の前にいるナルとを交互に見比べる私に肩をすくめたナルは、そこはかとなく腕を庇っているように見える。
言われてみれば落ちる瞬間、何かを強く握ったような気がする。ほぼ間違いなく、一度は落下から救ってくれたナルの腕だろう。
「ヒェ……」
理解した瞬間、あまりの失態にさっと血の気が引いた。
地面に震える手をつき、額もつくほど深々と頭を下げる。
「ごめん……すまん……面目ねェ……」
「……謝って事態が改善するのか?」
「しない。それはそう」
がばっと頭をあげて壁を背に座りなおす。
相手が不要だというのをおしてなお謝るのはただのエゴだ。反省は一人でできる。
とはいえ、現状事態の改善のためにとれる行動はない。だってぼーさんが脚立取りに行ってるから。
「ぼーさん戻ってきたら事態悪化しててびっくりするだろね」
「お前に一人になるなと言ったのは、こういう事態を危惧したわけじゃないんだがな」
「ヤだなあ、一人だったとしても携帯持ってるし……ん?」
そういえば、人間ごとあの高さから落下した携帯電話は無事なのだろうか。人間の下敷きにならなければワンチャンある。
ポケットから引っ張り出した携帯電話はブラックアウトした液晶にヒビが入り、フレームは歪んでいた。通電したら発火しそう。
「……」
「…………」
それを見ていたナルも自分の携帯電話を取り出して、一つため息をついて戻していた。何そのリアクション。どっちだよ。
「麻衣は、なんだってこんなところに居たんだ? 一人で」
「あ! そうそう」
「一人で」に若干何かニュアンスを感じるのはとりあえず置いておいて、そういえばそもそもの目的地はここだった。
「マンホールの中って言わば地中じゃん。だから例のヒトガタ、まとめてここに置いてあったりするかもなって思って様子見に来たんだった!」
「…………」
ぽん、と手のひらを拳で打つ私とそれを眺めるナルの間に沈黙が落ちる。
なに……? 何の無言? 何かのダメ出しだろうか。やめてほしい。舌鋒鋭く切り捨てられた方がマシである。
「……なに?」
「……いや。で、ヒトガタはありそうか?」
ナルがそう言って視線を向けた先、空間がありそうではあるそこは……
「……暗くて見えないっスね」
「だろうな」
そこはものの輪郭も掴めないほどに暗く、ヒトガタの有無以前にそこに地面があることさえ視認が難しい。
マンホールから漏れ落ちる光が届く範囲には、ない。その光も刻々と陰りを増し、闇がじわじわと這い寄るような錯覚を覚える。
ぞくり、と肩を竦めた。なにかがぞろりと、首筋を撫でるような感覚が……したような。風、だろうか。
ふと、靴が視界に入った。さっき落とした自分のものだ。靴下もある。その周辺に散らばる瓦礫からは鉄骨が覗く。
おそらく、建物の撤去にあたり重機でコンクリート壁を破砕した際の瓦礫だろう。なんでマンホールの中に落ちているのかは知らないが。
近寄って靴と靴下を回収する。引きちぎられたであろうひしゃげた鉄骨の先はまあまあ尖っていて、瓦礫の上に落ちればそれなりに血を流すハメになっただろうことが伺える。落下地点に瓦礫がなくてよかった。
……いや、なんで落下地点に瓦礫がないんだ?
瓦礫もマンホールの上から落ちてきたはずだ。たとえ私たちが落ちてくる前に誰かがよけていたのだとしても、ついさっき落とした靴はやはり、瓦礫の周辺にあった。
マンホールはそんなに広いものではない。人が縦に通ることを前提に作るものだから、落下地点があんなにズレるほど大きくは……そう、たとえば、直径が2メートルあったりはしない。
ナルは、私が腕を放さなかったせいで落ちた。つまり、前身から、頭から、落ちたはずで。途中で姿勢を変える余裕は、時間的にも、空間的にもないはずで。
「ナル、頭打ってない!?」
「なんだ突然」
今更思い至って思わず詰め寄る。焦りのあまり勢いがつきすぎたのか、ナルは怪訝な顔で少し引いている。
「腕折れてたりしない!?」
「うるさい、響く」
ずいずいと詰め寄る私に対して鬱陶しい、とばかりに手を振るそのしぐさに、違和感はない。
「……怪我、してない?」
「してない」
「そ……っか。じゃあ、よかった」
きっぱりと断言したナルに、私はほっと胸をなでおろした。脱力してぺたりと座り込む。コンクリートが尻に冷たい。
あんな落ち方をしておいて、何をどうしたら無傷でいられるのかわからないけれど。ナルが「ない」というなら怪我はないのだろう。ナルは、嘘は言わないから。
事実を言わないこともあるけれど、嘘は言わない。
だから、とりあえず怪我はないのだろう。安心した。
手段が気にならないわけではないけれど、ナルが言わないのだから聞く必要がないか、言いたくないかのどちらかだろう。だったらまあ、それでいい。
「はぁ………おなか減った」
「………は?」
「あ、いや。安心したらなんかこう……」
軽い空腹感を訴える胃を腹の上から撫でながら、ふと脳裏に何かが引っかかった。
ナルは嘘は言わない。つい最近も、そんな話をしたような……。ええと……
「あ。そういえばさ、ナルって陰陽師っぽいものだったりするの?」
「は?」
「え?」
あまりにガチの「は?」だったものだから思わずまじまじとナルを見つめてしまった。
ナルもまじまじとこちらを見ている。
見つめあう二人。なんだこの時間。
「………」
「………」
数拍待ってもナルからツッコミの一つも入らない。……よっぽどの見当違いだったのだろうか。
私がスベったみたいになるのは御免なので慌てて弁明を試みる。
「……いや、なんか前回ね? ほら、富子ちゃんのヒトガタ作ってたでしょ。あのあとぼーさんと綾子が、ナルは陰陽師だったんだ~って言ってたから……」
「……ああ。あれを作ったのはリンだ」
「リン…………」
長身の、長い前髪で顔を隠した寡黙な男が脳裏に浮かぶ。
なんか睨んでくる。
下駄箱ドミノ事件については誠心誠意謝罪して一応許されているが、それはそれとして普通に嫌われてもいるから仕方ないね。
じゃなくて。
「……エッ!? さらりと明かされる衝撃の事実!」
リンさんが陰陽師(仮)の正体……。
機材系のエンジニアだと思っていたけど、そうか、彼が。
「ハーン……なるほどね……。ああ、そう……」
都合よくよっぽどのご近所にいないと無理だと言ってたぼーさん。ねえ。すっごいご近所にいた。というか一緒に移動してた。
納得感と謎の脱力感に見舞われがっくりと肩を落としていたところに、ふと、何かを感じて顔をあげる。
「どうした?」
「や……なんか……」
”いる”。漠然とそう思った。
そう、この感覚は。夜中、暗闇の中で……なぜかGの気配を察知してしまったときと同じアレだ。
いまは自分の家じゃないからGなら別に構わない。けれど。
立ち上がり、ぐるりと視線を巡らせる。ナルが私の視線を追うのが視界の端に映った。
天井。何かが動いた気がして目をとめる。ナルが私の前に出ようとするのを押し戻して天井を睨む。
くろぐろとした髪の毛がひと房、天井から垂れ下がる。
灯りの一つもないのにそれがわかる。
なんでアイツいつもあの登場なの? 逆さ吊りで死んだ女の霊なんだろうか。
天井から垂れた髪はゆっくりと長さを増し、その生え際、そして限界を超えて見開かれた目が姿をあらわにした。ぎょろりとこちらをとらえた目が、にんまりと弓なりに細められる。
ぐ、と拳を握りこんだ。冷や汗がすごい。あまりに理不尽な存在に対する恐怖心、そして、それを上回る怒りに体が震えた。
笑った。あいつ、嗤いやがった。
私を見て、害意をもって、嗤いやがった。
────ナメられている。
人は図星を突かれるのが一番頭にくるものだ。
ビビるだろうと思われている。図星である。だってオバケだ。そりゃあ怖い。怖いと感じた。だからカチンときた。
オバケがなんぼのもんじゃい! 二回も来といてなんもできないまま帰ったボンクラのくせに何笑ってんだテメー!
「麻衣。さがれ」
「アイツ、あの暑苦しいロン毛掴んで引きずり出してやる」
「届かないだろう。いいから下がれ」
「ぐぎぎ」
雇用主からステイがかかってしまった。確かに届かない。くそ、私の身長が2メートルあれば……!
女はニタリと笑んだまま、少しずつ天井から生えてくる。狂気に歪んだその顔がゆっくりと、少しずつあらわになる。
頬を割くように吊り上がった口元は、笑みというにはあまりにいびつで。おそらく生きた人間であれば頬の筋肉が攣って痛い思いをしていただろう。
その薄い唇が、なにかを咥えている。棒状の、木の……えっと、張り型……ではないと思う。笛でもなさそうだ。咥えるというよりは、口から生えている、と言った方が近いかもしれない。
何かの道具だとは思うが、口に咥えて持ってくるということはもしかしたら両手が不自由な人かもしれない。そう思っていたら後から普通に現れた両手でその棒を握り、口から引き抜いていた。普通に手で持ってこい。
華奢な手に握られた木の棒は、女の口内に隠れたその先端に、薄い刃がついていた。
「……鎌」
緩やかに湾曲した、しかし滑らかな刃が、女の薄い唇をすっぱりと切り裂いている。
流れ出た血が刃を伝い、歯を伝い、その血の気のない肌の上を滑り落ちる。
むき出しの白い眼球を伝い、額を濡らし、髪を伝う。確かな質量を持った血のしずくが、ぽた、と音を立てて眼前に滴り落ちた。
ごきゅ、と唾を飲み込む。
あの鎌で攻撃されたら、すごく痛いだろう。
────覚悟する。
無傷では勝てないだろうが、痛みに怯んだら勝てるものも勝てないだろうから。痛みは後回しにする。そういう覚悟だ。
いつの間にか隣に並んだナルが、私を落ち着かせるようにゆっくりと囁いた。
「……大丈夫だ。一日やそこらで人を呪い殺せるほどには、成長しない」
「……つまり倒すなら今のうち、と」
「大元を叩かなければ一時しのぎにしかならないぞ」
それはそれ。
奴が近寄ってきたらあの鎌奪い取ってロン毛を稲刈りするのだ。文明開化の音をさせてやる。ところで幽霊って掴めるんだろうか。掴めなかったら完全に詰む。
絶体絶命の大ピンチな現状。不幸中の幸いなのは、アレが狙っているのは私らしいということか。
私とナルだったら、ナルが無事な方がなんとかなる確率がずっと高い。なんせ、解決できなかった事件がない大先生だ。
女はもう、膝から上、ほとんど全身を現わしていた。天井からぶら下がるようにして鎌を持ち、愉悦に狂ったその目がてらてらと私を捉えて続けている。あの女の全身が現れたらきっと、私の方にやってくるだろう。だから。
すぐに動けるように少し腰を落とした。足元の砂がざり、と擦れる。
突然。
ニマニマと笑っていた女が何かに反応したようにびくりと震え、動きを止めた。
女はどこか慌てたように体を揺らし、闇に紛れるように、出てきたときの遅さが嘘のような素早さであっという間に姿を消してしまった。
あんまりに突然すぎて理解が追い付かず数秒フリーズ。ハッとしてきょろきょろ視線を巡らせてみても、鎌女らしき気配は見当たらない。
「……え、逃げた……? なんで……?」
もしや殺意が伝わった? もう死んでるのにそれくらいで? そんな馬鹿な。
まさか、消えたと見せかけて突然現れたり……いや、そんなホラー映画じゃあるまいし。
ナルを見上げてみても、そのナルも鎌女が消えたあたりをじっと見ていた。何かしたわけではなさそうだ。
直後、地下に響いた声。その瞬間、私はすべてを理解した。
「ナル! そこにいますか?」
「────リン」
マンホールから覗き込む人影。少し焦ったようなリンさんの声。
あーね! 陰陽師(仮)が来たからか~~!
「お前らなにやってんだ!?」
ついでにぼーさんの声もする。どうやら、もう大丈夫なようだ。極度の緊張から解放された反動で体から力が抜けてしゃがみこむ。
痛い思いをする覚悟を秒で放り出して、痛いくらいの早鐘を打つ心臓をなだめるために深く息を吐き出した。
まったく、寿命が縮んだらどうしてくれる。あ、そういう呪いか。
コンビニ前にたむろすヤンキーのようにしゃがみこむ私に、ぴかっと光が当てられた。
顔をあげると光の向こうにナルがいる。まぶちい。
「ほら」
ナルの手の内でくるりと向きを変えたハンドライトの持ち手を差し出された。
休んでないで当初の目的のヒトガタ探しを続行しろ、ということだろう。
「へ~い……」
ライトを受け取って苦笑する。
不安になる暇もない。
まったく、部下のことをよく理解した所長さまだこと。
さっき暗くて見えなかったあたりにパッとライトを向けたら、こんもりと木片が積まれていた。
近付いて至近距離で確認すれば、案の定ヒトガタである。
あっさり見つかるじゃん。
◆
「……すっげえ。これだけの数のヒトガタを、よくもまあ……」
ベースのデスクにこんもり盛られたヒトガタの山を前に、ぼーさんが感嘆のため息をついた。呆れかもしれないが。
ヒトガタの名前はひとつひとつ違う。ここにあるヒトガタの数だけ呪われている。おそらく、たった一人の手によって。
「……吉野先生のがコレだね。こっちは、相談にきた生徒の子の」
「麻衣」
ナルから手渡されたヒトガタには『谷山麻衣』と書いてある。私宛ての呪いだ。
人を呪うってある意味一途なことだと思っていたけれど、この術者ときたら。業者でもないだろうに、ずいぶん浮気性なことで。
自分のヒトガタを握りこみ、小さくため息をつく。
「で? これで呪詛はパアになったわけか?」
「ああ。あとは水に流すか、焼き捨てればいい」
ぼーさんの問いかけにナルはそう答えて、椅子にすとんと腰を下ろした。
ヒトガタ探しも、闇雲にあたる巡回除霊も、とりあえずはこれにて終了、ってことだ。
ひと段落の目途がたったことでメンバーの空気が緩む。大変だったもんね。
「……そやけど、犯人がこれでやめるでしょうか」
「だな。肝心の犯人もわかんねえし」
ジョンの心配は当然のことで、ぼーさんもそれに同意した。私も同意だ。というか、やめないと思う。
犯人はヒトガタの隠し場所を変えてまたやるだろう。ただのいたちごっこだ。
根本的に事件を解決するなら犯人を見つけて、ポッキリ心を折らないといけない。
「そういやこのヒトガタの字、ど~見ても高校生の字じゃないよね。もっと大人の、ついでに女っぽい字じゃない?」
「あー、筆跡鑑定してみるって手もあるな」
「笠井さんをちょろっと引っかけて、私と吉野先生の名前書かせてみようか」
やいのやいのと和やかなブースの空気を、何かが倒れ込む音とパイプ椅子がひっくり返る音、綾子の悲鳴が引き裂いた。
「ナル!?」
目を向けるとナルが床に横たわっている。すぐに駆け付けたリンさんがナルの上体を起こして脈を取り始めた。
「ぼーさん、119番! 綾子、机どかして、搬送路作って! 私、AED探してくる!」
「え!? お、おう!」
返事を聞く前にブースを飛び出す。
冗談じゃない。冗談じゃない!
なんで倒れたのかわからない。AEDが必要かどうかもわからない。
必要かどうかはAEDが判断してくれるから、とりあえず用意する。無駄でも、そうするしかない。
嫌だ。
死なないでほしい。
死ぬなら私の知らないところで死んでくれ。せめて。
血の気のない母の顔が脳裏をよぎる。心の内で悪態をついた。そんなことにはならない。ならないってば。
◆
ナルを乗せた救急車がサイレンを鳴らして走り去るのを見送って、付き添いのリンさん以外は全員ブースに戻ってきた。
さっきとは打って変わってお通夜の空気だ。
ナルは倒れたけど、自発呼吸がないわけではなかったし、AEDの診断によれば心室細動もなく電気ショックも必要なかった。それはそれで脳が心配ではあるけれど。まあ、とにかく命に別状はなさそうだった。
……怪我はしていない、と言っていたのに。あれは私を安心させるための嘘だったのだろうか。
…………ナルがそんなことのために、わざわざ嘘をつくだろうか? それは考えにくいような……。考えられるとしたらただの強がりとか、そんなところか。
だとしても、AEDのパッドを貼り付けるのに服を剥いだときにも目立った外傷は見当たらなかった。
意識を失ったのは、怪我が原因ではないかもしれない。何か、持病があるのかも。
だとしたら、やっぱりナルが倒れたのは私のせいだ。
あの落下の衝撃やストレスが無関係とは思えない。あのとき、手を離していれば、いや、そもそもあの手を掴まなければ。
やっぱり、他人を頼ろうなんて────。
頭の上にポンと手が乗った。
「だーいじょーぶだって、大したことねーよ。俺らはやるべきことをやっちまおうぜ」
ぼーさんだ。犬のようにわしゃわしゃと髪をかき混ぜられる。
「……そだね」
自責は手を動かしながらでもできる。反省も後悔も、今呆然と立ち竦んですべきことじゃない。
ナルは、私がしょぼしょぼと謝るよりも事態の進展を望むだろう。
「ヒトガタ、処分する前に一つずつ写真撮る。んでリストアップしておこう」
「あ、犯人捜しの手がかりか。そりゃそうだな。よーし、じゃあいっちょやりますか!」
腕まくりをするぼーさんを筆頭に、他のメンツも頷いた。
助かる。みんなでやればすぐに終わりそう。
役割分担をして取り掛かってしまえば単純作業だ。
取り掛かりながらふと、ぼーさんと綾子の顔を見て思い出したことがある。
「あ、そうだ」
言おうと思っていたんだった。いろいろとそれどころじゃなくて、まだ話していなかった。
「ナルって陰陽師じゃないらしいよ」
「は?」
「え?」
「へえ、そうなんですか?」
ぼーさんと綾子の動きが止まる。ジョンはきょとんとしている。真砂子は……なんかじと目。
「富子ちゃんのヒトガタ作ったのはリンさんだってさ」
「はぁぁあああ!?」
「ね。そっちかーい!って感じだよねぇ」
「いやそうじゃなくて! そうだけどそっちじゃなくて!」
ぼーさんと綾子は一通り暴れ、悪態をついて、ぐったりと脱力した。
ナルが元気になったら一言文句を言わないと気が済まない、だとかなんとか、二人でぐちぐちと呟いている。
どうせ言わないのだろうけど。
大人役二人の気遣いにこっそり笑って、ヒトガタの画像データをPCに取り込んだ。いや禍々しいな。