第三章
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11.
音に聞こえた電車遅延発生机と砲丸並べ陸上部室の両方から呪いアイテム、ヒトガタが発見された。
つまりナルの仮説『厭魅という呪詛が原因の騒動』はこれで確定。呪った人間がいるのも確定。あとはそいつの心を折れば事件解決ヤッター!
と、言うわけで犯人捜しのために呼ばれたタカちゃんこと高橋優子さん。カサイ・パニックの情報をくれたのも彼女だし、被害者当人でもない。情報提供者としてはうってつけのポジションにいてくれて助かる。
その彼女の話によれば、呪いの席の使用者として被害に遭った最初の人物は村山という生徒で、超能力騒ぎを疎ましく思っていたらしい。
いや、「いい加減にしてよ」はちょっと気持ちわかっちゃうけどね。いわゆるオカルト系のネタが嫌いな人はいる。それに高校二年生、早い子は進路考えてピリつき始めてもおかしくない時期だ。部活の顧問の――というより笠井さんを変に庇いたてているからだと思うけれど――わざわざ教師の産砂先生にまで文句をつけるくらいだから、相当頭にきていたのだろう。
そして陸上部も顧問が超能力に否定的で、その影響で部員も超能力を否定する側に立っていたという。
そちらは少なくとも部員からは信頼されている顧問のようだ。生物部は部員いなくなったのに。いや、これはマイノリティ側に立ちたくないという心理もあるか。
笠井さんのクラスは引退した陸上部員が多くて、そのせいでいじめられたようだとタカちゃんは言う。
受験真っただ中の高校三年生の中で「カサイ・パニック」とかいう余計な騒ぎ起こしたから嫌われてるだけだったりしませんかね。まあ、それはどっちでもいいことか。
要はどっちも超能力騒ぎを歓迎しておらず、笠井さんに対して敵対的だった。それが事実だ。
「……で、陸上部顧問本人も『車に幽霊が出て』事故を起こしてる、と」
「自損事故でまだよかったよね~」
「……よかったかどうかはともかく」
タカちゃんが帰った後、調査資料から引っ張り出した関係書類を一通り眺めたナルは、ひとつ息をついてその紙束を机に置いた。
「高橋さんの言っていた笠井さんと対立していた……超常現象否定派の人間は全員被害に遭っている」
「うん」
「……これで、笠井さんが犯人である可能性が高くなった」
「うん、そうかもね」
状況証拠だけみたらどう考えても笠井さんが犯人。推理モノだったら一周回って絶対に犯人じゃなさそうなくらいに怪しい。
「それでも笠井さんは犯人ではない、と?」
「ぜ~ったいに違うね」
一度「絶対」と言ったその時よりも、むしろ確信は強まっている。
旧校舎のとき、ジョンはナルのことを「怒ってワラ人形でも作ってる方が似合う」と評したことがあったけど、それで言えば笠井さんは「布団被って泣いてるタイプ」だ。一件くらいならまだしも、こんなにいくつも、何人も、陰湿に呪えるようなタイプではない。
「逆に聞くけど、そのエンミ? とかいう呪詛は、感情的で短絡的なお馬鹿さんでも『呪ってやる~! プンスカ!』くらいのノリでやすやすとできるものなの?」
「……入念な下準備がいる呪詛だ」
「カッとなってできるレベルの手間じゃないと、笠井さんには無理だよ。そんな持久力のある執念持ってるタイプじゃないって。あ、産砂先生がやり方教えて褒めて伸ばして丁寧に指導してあげてたらやるかもしれないけど」
思いつきを雑に投げてみると、意外なことにナルはふむ、と一考する姿勢を見せた。
「厭魅の存在くらいならまだしも、実際効果がある程度に手順を知っているとすると、それなりに詳しく調べる必要があるだろうな。確かにそれは笠井さん一人では難しいかもしれない」
「でしょでしょ」
本当にただの思い付きではあったけど、なかなかいいセンを行っている思い付きだったかもしれない。
機嫌よく頷いて、ひとつ立てた指をくるくると回す。
「なんかあのじっとりした感じ、笠井さんっていうより産砂先生の方がしっくりくるし。本人がやるには動機が薄すぎてアレだけど、笠井さん唆すくらいはしそう」
「それは憶測にすぎないな」
「その通り。笠井さんが犯人だって筋もね。ていうかコレ、証拠って出るもんなの?」
「僕たちは警察じゃない」
「そうでした。ゴーストバスターズでした」
「バスターじゃない。僕たちがやっているのはゴーストハント」
「ハイ」
そこは譲れないらしい。
主張するワリに事務所の名前にゴーストもハントも入っていないのがちょっと謎。
資料をめくって何やら思案したナルは椅子を引いて立ち上がった。
「僕は調べものをしてくる。麻衣はみんなを手伝ってヒトガタを探せ」
「はいよ。気を付けてねー」
いつものやつか。と、いうことはナルには目星がついたのだろう。
いつものパターンならこの後ナルが戻ってきて事件解決、調査終了だ。まあ、いつ戻ってくるのかわからないのが難だけど。
さて、私もお仕事しますかね、と立ち上がって顔を上げると、ナルがまだそこにいた。すごく何か言いたそうな目をこちらに向けている。
真面目で健気な私の就業姿勢にいったい何の文句があるというのか。遺憾である。と目で訴えてみる。うんざりとしたような顔をされた。どうして。
「…………絶対に一人になるなよ」
「え? 別に一人でも……、……アッ」
謎の忠告に首を傾げると同時に脳裏をよぎる毛。そういえばロックオンされていた。
考えるより先に口からはみ出た迂闊な発言を手で止めるがもう遅い。ナルのジト目が雄弁に訴える。たぶん馬鹿とかアホとかの罵倒。
「…………」
「いや、大丈夫だって」
「…………」
「……ハイ、ワカリマシタ」
「よし」
無言の圧に負けて両手を上げた私に軽く頷いて、今度こそ所長はお出かけあそばした。あいつの非言語コミュニケーションの選択肢、「無言の圧力をかける」しかないんじゃないだろうか。
◆
「あなた、危機感ってものをご存じありませんの?」
「馬っ鹿じゃないの!?」
「お前ほんと……ほんっと……!」
「渋谷さんの言うとおり、一人になるのは危ないです……」
言われたい放題である。
メールでみんなにヒトガタ探索に加わることと、一人禁止令が出たこと、合流する旨とどこに行けばいいかを訊いたらぼーさんから即電話がかかってきて、「一旦ベースに戻るから待ってろ」と言うから待っていたらコレ。
「や、一人になってないし……」
「一人でこっちに向かって来ようとしてただろーが! なんでそう無頓着かなお前は……」
「お言葉ですけどぉー、ちゃんともしものときのことは考えてましたしー」
「ほ~~……言ってみ?」
「天井から毛が生えたらダッシュで逃げる」
私以外の四人が顔を見合わせて、それぞれ呆れ返りましたのポーズを取った。非言語コミュニケーションのお手本ですね。仲良しどもめ。
「いやだってあいつ、ゆっくり出てくるもん。廊下だったら走って振り切れる」
「振り向いて霊がいたらどうすんだよ」
「天井から生えながら平行移動してるところ見たかったなって思う」
「アンタねえ! そもそも金縛りにでもあって走れなかったら……」
「威嚇する。ひるんだら負け」
「「野生か!!」」
正直に言えばそんときゃそんとき。どうにかなるか、どうにかならないかのどっちかだ。
勢いよくツッコミを入れて気疲れした様子の二十代二人の背中を労いを込めてポンと叩く。
「まあホラ、遊んでないでさっさとヒトガタ探しに行こ」
「誰のせいだと……」
みんなはそれぞれ手分けして広い学校敷地内を捜索しているらしい。が、いまいち成果は上がっていないようだ。
相談内容を手掛かりにしようにも、いかんせん数が多すぎる。それも、どこまでが本物でどこからがパニックに感化された妄想の産物なのかの線引きもできていない現状では、当てずっぽうとなんら変わりないだろう。
今はとりあえず「埋める」という手順を重視して地面がむき出しになっている部分を優先的に確認しているらしい。グラウンドやら植え込みやら花壇やら。
そして私は対霊攻撃力の高さと素早さを見込まれたぼーさんとセットにされた。綾子はアレだし、真砂子はソレだし、ジョンは長めの詠唱必須だから。
特に文句はない。過保護だとは思ってるけど。まあ、心配してくれているのだから、それを無下にすることもないだろう。
肝心のヒトガタ捜索については、これがなかなか成果が上がらない。
植え込みの根元をざっと見てはみたものの、蟻の巣や蜘蛛の巣やダンゴムシ、せいぜいコガネムシくらいしか見つからない。
一般住宅より何倍も広い学校の敷地内で他人が隠したものをあてずっぽうに探し回って見つけるなんて、それこそ超能力でもないとやってられない。検疫探知犬みたいに呪いの気配を察知してここ掘れワンワンしてくれる子がいないと無理。
「んん゛~~ッ、むりっ!」
立ち上がって大きく伸びをした。地面についた手や膝をぱんぱん叩いて土を落とす。
「おーいこら、諦めんな!」
「やー、諦め! あてずっぽうは、むりー!」
十メートルくらい離れたところからデカい声でケンケン言ってるぼーさんに大きく手を振って、ぐるりと周囲を見渡す。
あてもなく探すにはマンパワーが足りない。ので、アタリを付けてみようと思う。
ヒトガタを隠したのはほぼ間違いなく笠井さんに関係する人間だ。さすがに被害者の共通点が偶然である可能性は低い。
学校関係者だとすれば生徒にしても教師にしても注目を浴びずに行動する時間はそう多くないだろう。だから、大掛かりな隠ぺい工作は難しい。
学校関係者ではなく、例えば笠井さんの保護者だったとしても、学校の敷地内に侵入するのはリスクが高いからまずしないだろう。そもそも笠井さんの両親がそういうタイプだったら、笠井さんは産土先生にあそこまで傾倒しなかったはずだし。
発見した二つのヒトガタは、どちらも場所さえわかれば簡単に手の届く場所にあった。地中深くだとか、接着されてるとか、コンクリートで埋めてあるとか、床板の下だとかではない。
つまり、犯人は回収可能な状態で設置し、かつ”隠す”ことにはあまり手間を割いていない。にも関わらず、学校関係者どころかソレを探している私たちにも見つかっていない。
基本的に人が立ち入らない場所で、地面がむき出しの……そんな都合のいい場所が早々……
「あったわ」
視界に飛び込んできた立入禁止の文字。看板のかかったフェンスの向こうは整地も終わっていないのだろう、雑草が生えている。
フェンスは結構しっかり設置されているが、所詮は仮設だろうからよじ登るのはちょっと危険だろう。きょろきょろと見渡したら数メートル先に出入口が見えた。さすがに鍵がかかっているだろうと思いつつ近寄ってみると普通に開いていた。開くんかい。
ドアをくぐった先、広がる空き地をざっと見渡す。
おそらく以前あった建物の解体撤去が済んでいるのだろう。ところどころに瓦礫が落ちているが、コンクリート基礎もない更地である。
土は掘り放題の埋め放題。いや人間の手で掘れる深さじゃ建設中に即出土する。とはいえ、一応他のヒトガタ捜索チームに連絡して一緒に確認してみた方がいいかもしれない。一人で広めの庭付き一戸建てが二、三軒建ちそうな面積の草の根をかき分けるのはさすがに嫌だ。
携帯を取り出そうとポケットに手を突っ込んだところで、生い茂る雑草に隠れてマンホールがあることに気づいた。蓋がほんのりずれている。
マンホール。……土中……地中、……地下? 掘らなくていいし、掘り返されないし……逆に点検でも入るときがあればすぐに回収しておけるし?
これはもしかして、もしかしたら、もしかするのではないだろうか。
近づいて見ればマンホールの蓋は半分ほどずれていて、その穴は地下に向かってまっすぐ伸びている。
重い鉄蓋を蹴ってどかし、覗き込んでも内部は暗くてよく見えない。はしごがついているということは何かしらの着地点があるだろう。たぶん。
はしごに足をかける。
もう日が落ち始めているし、このまま降りられても中を探索するのは難しいだろうけど、探索の余地があるかどうかくらいは確認してから……───
「麻衣! なにをしているんだ!?」
「びゃっっ!?」
「っ麻衣!」
突然呼ばれた自分の名前にびっくりして飛び上がり、わたわたした結果足を踏み外す始末。
なんとか穴の淵にしがみついて落ちずに済んだが危なかった。なんかすごく間抜けに大怪我するところだった。
声の主、ナルから見たら落ちたように見えたのかもしれない。焦った様子で駆けてくる。
「い、生きてま~す!」
安心してもらおうととりあえず声をかけて、一旦穴から脱出しようと試みる。が、何がどうなったのか足が何かに引っかかって抜けない。
「おん?」
抜けない。
「マ??」
足が抜けないと足がつけない。マンホール周辺には掴まるところがない。詰んだ。
「…………なにをしている?」
「えっと……なんか足が……はまった??」
ナルの沈黙に呆れがにじみ出ているが、体勢的に見えないから何をしているのか自分でもよくわからない。
せめてもう片方の足をはしごに乗せようと動かしてみるもののスカ。どこにはしごがあるかわからない状態。どうして。
「おーい、ナル、どうした?」
「ぼーさん、麻衣が……穴にはまった」
「なんて?」
「うっさい!」
ドジ現場を拡散されて非常に遺憾である。
ざくざくと草を踏んでやってきたぼーさんが私を見て「ほんとだ」と呟いた。うるせえこっち見んな。
「というかお前さん、なーに一人で勝手に行動してるかね」
「げっ。い、いま取り込み中なのであとにしてくれますぅ!?」
「ったく……」
そう言えば危険だから一人になるなと言われていたんだった。忘れていたわけじゃないがうっかりしていた。
「しょーがねーな。とりあえず脚立かなんか借りてくるわ」
「ああ、頼む。ついでにハンドライトも持ってきてくれ」
「これ抜けなかったらもしかして消防とか呼ばれちゃうんですかね……」
「猫とか犬の救出動画みたいな感じでな」
「やだーーッ!」
ぼーさんは私の嘆きをケラケラ笑いつつも小走りで戻っていった。こうして他のメンバーにも私の醜態は拡散されるんですね。穴があったら入りたい。いやまずは出たい。
ふと、自由な方の足が何かに触れた。これは……、いや何? どの部分かよくわからないけど、足をかけられそうだ。足がかけられれば上半身がもう少し自由に動かせるし、はまり込んだ足もどうにかできるかもしれない。
試行錯誤の末、ちょっと無理した姿勢にはなるが足が何かに掛かった。このチャンスを逃す手はない。何かにすっぽりハマった足をもぞもぞさせて脱出を試みる。
「麻衣?」
「待って。もしかしたら行けるかも……」
何度かめのじたばたが功を奏し、ついにずるんと足が抜けた。靴どころか靴下ごと脱皮した勢いで見事自由を勝ち取ったのだ。
「! やっった」
直後、ギリギリはしごに掛かっていた方の足がずるんと落ちた。
「ァァアアー!?」
「っ!?」
安定を犠牲にした姿勢を取っていたせいで淵を掴み損ねて落下する。落ちたら痛い、絶対に痛い!
とっさに広げようとした腕が何かに絡めとられて上を向いた。ウワー! もう駄目! おしまいだー!
見開いた目に、丸く切り抜いたような夕焼けの空と逆光で黒く陰るナルが映った。その白い手が伸ばされて、何かを掴んでいる。何か。腕。私の腕だ。
「───……この……、ばか……っ!」
びっくりした。
心臓がばくばくと音を立てている。
掴まれた方の手が無意識にナルの腕にしがみつく。
「あ……ご、め」
「───いいか、落ち着いて、梯子に足をかけるんだ」
歪んだ表情にハッとする。ナルの腕一本に人一人の体重がかかってるのだ。呆けている場合ではない。
「落ち着いて。……できるな?」
「ん……」
はしごはちゃんと視界に入っている。ナルに負担をかけないようにそろそろとのばした足を、今度はしっかりとはしごにのせて、次は手だ。手、はしごを掴む。そのために足にぐっと体重をかけた、瞬間。
足場が抜けた。うそ、なに、折れた? 落ちる。やばい。手を、────
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