第三章
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9.
白い蛍光灯が狭い室内を照らす。
しんと静まり返った味も素っ気もない部屋に、機械の駆動音だけが小さく響く。
コンクリートを塗装しただけの壁も、ガラスを嵌めただけの窓も、冷え冷えと感じていたたまれない。
ゆるりとマグカップから上った湯気だけにあたたかみを感じて、私は耐えきれなくなった。
「すみません!私がやりましたッ!」
「何をだ」
何もしてません。
遡る事半年ほど前…ゲフンゲフン。5分ほど前。
寒かったであろう校内をグルグルしてきた我らが所長サマ(と、リンさん)を労わって温かいお茶を淹れて差し上げたあと。
簡易デスクについて差し出したお茶をすするナル。
お茶を受け取ったあとはPCの前についてサクサク自分の世界に入っていかれたリンさん。
そしてナルの視線にさらされてなお、特に報告するほどの事案は思い浮かばずひたすら何もメモの増えてない大学ノートとにらめっこする私。
この構図によって、三人もいるのに私一人の時より静かといういびつな空間ができあがってしまっていたのだ。
そして一般人の私はそんなひずみに耐えられるわけもなく、虚構の自白に至った。
哀しいかな日本人のサガ、追いつめられるとついスミマセンと口走ってしまう…善良な一般人なもので。
「何をやらかしたのかさっさと吐け。何か見ただとか、どこかに落ちただとか、なにか落ちてきただとか、どこか打ったとか」
「ちょっと待って。なに、私は目を離すと事故に遭うとでも思われてるの?」
「実際そうだろう。で、ないならなんだ。何をやらかした」
「待て待て待てェい!そんなことないよ!何もしてない!」
「何もしてないヤツが謝るか」
「日本人にとってスミマセンは枕詞みたいなモンですし」
三拍ほど、無言で見つめあった。見つめあったが私は素直におしゃべりできなくなるほど口下手ではない。
津波は押し寄せるときよりも引いていくときの方が破壊力が高いと知ってから印象が変わる言葉があったな…
ちなみに、別にサ●ンファンではない。世代でもない。
「それで?」
「と、言われましても」
ハァーやれやれという風情でため息をついたナルに再度問いかけられて、しかたなくざっくりと話の構成を頭の中で組み立てる。
質問に回答するのは意外と難しい。
私が言いたい事ではなく、相手が聞きたい事を答えなくてはならないからだ。
「まず、笠井さんが来ていた理由。居ても立ってもいられなかったから」
「なんだそれは」
「笠井さんが単細胞ということがよくわかった」
なんだと聞かれても、そうとしか言いようがない。
ナルは単純な人間を理解するの無理なんじゃないかな。いや、心理学とか勉強すると統計学上では理解できるのか?
「次に、伝言。産砂先生が手伝えることがあったら言ってくれって。笠井さんもできることがあったらなんでも…だそうで」
「そうか」
「まー、お気持ちだけもらっておこうかね」
事件の当事者っぽい二人に手伝っていただけるようなことは少ない。
データがもし改竄されたら困るし、生徒たちの中でも悪目立ちする。
せいぜい、事情聴取に応じてもらうくらいか。
あとは、えーと…あ、そうそう。まだアウトプットしてなかった私的重要情報。
「被害者の共通点。幽霊が出た、っていう人は大概『超常現象を否定する人』だってさ」
「つまりは、笠井さんに否定的、敵対していた人たち、ということか」
「それがね、ちょっと違うみたい」
笠井さんは、きっぱりと否定していた。
「性格面での対立は問題じゃないらしいの。あくまで、『超常現象の否定』が共通点」
「…なるほど」
「私見だけど、あまりに指向性がありすぎる気がする。思想・思考が共通点なんて…ずいぶんと生臭い話じゃない?」
どこかへ行った。何かをした。それが超常現象を引き起こすのならわかる。
明確であるからだ。
何ものかを侵したのかもしれないし、その現象に所縁を持ってしまったのかもしれない。
この学校の関係者で、超常現象を否定しているということ。
これが超常現象を引き起こすと仮定したら、そこにどんな原因があるのか。
超常現象の否定に対して敵意や害意を持つ存在がある、ということではないのか。
それが例えば、幽霊であるとする。
どんだけ自己主張激しいんだと。
いや、そもそも起こる現象は一つではない。一人(?)の幽霊の仕業とも思えない。
では、複数の幽霊が自分たちの存在をアピールしている?
仲良しか。というかなんで唐突に始めた。
「つまり、お前はこれが生きた人間の仕業だと?」
「上司に習って断言はしないよ。ただ、そんな可能性もあるのかな~って」
進言を吟味しているのか、ナルがこちらをじっと見つめてくる。
やましいところはないのでその目をじっと見つめ返してみる。
証拠や、確固たる根拠があるわけじゃない。
だが、適当ぶっこいているつもりもない。
先に視線を落としたのはナルだった。勝った。
「そも、超能力で呪いってかけられんの?」
「いや、いくらPKでもこんな大人数をどうかしたりはできないだろう。ましてや、被害者のところには霊が現れているわけだから」
ナルが手元の資料をめくり始める。どうやら、事情聴取は終了のようだ。
こちらも大きく息をついて体の力を抜く。
報告でも連絡でも相談でもない、ただのちょっとした雑談のターンだ。
「そうだよね。超能力で霊を使役できるわけじゃないもんね。ほんとに藁人形にクギでも打ってりゃ別だけど」
「……なに?」
「あれ?違った?藁人形に釘を打つって精霊に呪いの履行を依頼するって聞いたことがあったんだけど」
主に漫画で。
目を見開いたナルが音を立てて立ち上がる。
会話の最中にそんなリアクションをされた私の気持ちがおわかりだろうか。
………すいませんワタクシなにか問題発言しましたでしょうか!?
「リン……」
「…その可能性はあります」
いつの間にか背後に立っていたリンさんと通じ合うナル。
まさかの新解釈!?いやいやいや漫画家だって元ネタ調べてから作品に出すんだからそんなことはないだろう。
「なぜ、今まで気づかなかったんだ?」
ナルの表情が険しくなった。…そう、面白い話題ではないようだ。
「これは―――呪詛だ」
***
校内をまわっていたみんなをベースに呼び戻し、ナルがこの状況の原因を呪詛と断定したことを告げる。
それぞれが目を見開き、驚きと疑問を顔に浮かべた。
「つまり、なんだ。誰かがワラ人形に釘でも打ってるってことか?」
「近いが、ちがうな」
ぼーさんの呪いのイメージも藁人形だったらしい。
だよね、呪いと言ったら日本人ならまずそれが出てくるよね。
「呪詛と霊と、なんの関係があんのよ」
綾子が焦れたように続きを促した。が、それを受けたナルがじろりとこちらを見た。なんスか。
「麻衣は知っていたな?」
なのになんで本職(綾子)が知らないんだってか。
即座にホールドアップ。みんなからの怪訝な視線に全面降伏の姿勢をとる。
「日本の作家さんの取材力と下調べ力のたまものです。どこまでがフィクションかわからないのに、ファンタジーを出典に挙げる気はありません」
プロの前で素人の付け焼刃オカルト知識を披露する、いつかの中二病患者の二の舞は御免です。
本気で勘弁してください。
「でも、確かこの間のミニー事件のときに、藁人形の原型はヒトガタだって言ってたでしょ。ヒトガタは陰陽師の術で、呪いに使うものだ、とも」
綾子に確認の視線を送る。あのとき、ヒトガタの解釈に藁人形を持ってきたのはこいつだ。
これはプロから聞きかじった情報だもの。例え間違っていたとしても恥ずかしいのは私じゃない、綾子だ。
都合の悪いことは全部まるっと人のせいにさせてもらう!
「単純な連想だけど、陰陽師って言ったら式神かな、と」
霊的な存在を使役してるイメージがわりかし簡単につくのだ。
せいぜい私の発言の根拠などこんなものだ。
もう勘弁してください。
目で縋れば、ナルはため息一つで視線を戻した。
どうやらお許しがもらえたらしい。
「…式神とは違うが、陰陽道の呪法であることに間違いはないな。これは丑の刻参りの原型、ヒトガタや呪う相手の持ち物を使った呪法、厭魅の法だ」
ナルがいつものスーパー解説タイムに入ったことで、みんなの視線と意識もナルに向かう。
ほっとする私。
…そろそろマトモそうな文献をちゃんと読んで知識を矯正した方がよいのだろうか。
やったとしてもこのプロフェッショナルが集うメンバーの中で付け焼刃の知識を披露する必要があるとは思えない。
陰陽師だってナルの知り合いあたりにいるみたいだし。
頭の片隅でほんのり悩みながら『厭魅』とかいう術の説明に聞き入る。
何作品か丑の刻参りを取り扱ったものを読んだが、いくつかは共通して呪いを代行または媒介する存在を描いていた。
だからおそらく元ネタがあるだろうと思っていたわけであり、ナルの話はまさにその元ネタだった。
「――つまり、呪者は厭魅の法を行うことによって神や精霊…果ては、悪霊を使役することになる」
ベースに沈黙がおりる。誰かが息を飲んだ。
ナルはまったく意に介さずに淡々と説明を続ける。
マイペースなヤツである。
誰かが厭魅を行う。
呪われた相手のもとに悪霊が訪れる。
悪霊はあんまり強力ではなく、何度も訪れて徐々に相手を死に導く。
そして校内で幽霊騒ぎが起こり、思い込みの強いメンヘ…一部の思春期女子が影響を受け、かくして学校を上げての心霊パニック。
以上がナルの口述した仮説である。
すごくわかりやすい。
「つまり、厭魅の呪者をぶっ飛ばせば万事解決ってことだね!」
「どうしたらそんな結論になんのよ!?」
「物理で解決しようとすんな!」
「…信じられませんわ」
「この単純馬鹿」
笑顔で拳を握ればフルボッコにされたのはこちらの方だった。解せぬ。
慰めにきたジョンに「他の解決法の方がよろしいと思います」とトドメを刺された。
何故だ。右の頬を殴られたら左の頬に満開パンチとキリストも…あ、言ってなかった。
もちろん冗談だ。私には殴ったくらいで人間をぶっ飛ばすほどの力はない。
か弱い女性なので、拳よりもキックや肘の方がまだ威力がマシだ。
「呪者にヒトガタを回収・処分させること、二度と行わないと約束させること。それが根本的な解決方法だ」
呆れたようにナルが言う。
なるほど。私は間違っていたらしい。
精神を折らなければ意味がない、と、そういうことか。
「まあ、どっちにしろ呪者をどうにかしねーと霊を祓っても成仏させてもいたちごっこだわな。にしても、いったい誰がそんなことを…」
「そんなもの決まってますわ。笠井さんでしょ」
「いや、それはない」
決意を新たにしているところに真砂子の勘違いした断定が耳に入り、思わず即座に振りむいて、ナイナイと手を振り半笑いで否定した。
「なんでよ。超能力を否定されたうえにつるしあげでしょ」
綾子はむっとした顔で笠井さんが犯人たりえる理由を数え上げる。
「おまけに庇ってくれた先生も冷遇されて、そのうえ『呪い殺してやる』って言ったわけじゃない?言葉通り、実行したわけだ」
「まあ、動機はあるよね」
「でしょ?」
「でも、動機しかないよ」
「はあ?」
意味わかんない、という綾子。そりゃそうだ。
「綾子もみんなも、ナル以外は笠井さんに会って話したことないから、わかんないんだよ」
はは、と笑いが漏れた。
会って話してみればあ、こいつ悪気のない馬鹿だ。ってわかるのに。
ちょっと遠い目をしてちょい馬鹿笠井さんに思いを馳せていると意外なところから反論が入った。
「だが、状況的には笠井さんが一番怪しいな」
ナルである。唯一私と一緒に笠井さんと会話してるのに。
解せぬ。と思うと同時に納得した。
私見を混ぜずに第三者視点から、可能性を完全に潰すか確証を掴むかするまで断定はしないのがこの人だ。
そして私見さえ交えなければ、確かに笠井さんは怪しい。
推理漫画だったら怪しすぎて逆に絶対に犯人じゃないと思うレベルだ。
「お前も言っていただろう、幽霊が出た人のところには共通点があったと」
「おい!初耳だぜ、ナル」
「僕もさっき聞いたばっかりだ」
「ぼーさん、私もそのちょっと前に聞いたばっかだから」
咎めるような視線がこちらに集まってきたので慌てて弁解する。
決してみんなに秘密にしていたわけじゃない。
ナルが情報の共有の前に呪詛の説明始めたから!
ナルをじとっと見やればあちらも同じような視線をこちらに向けていた。
もうナルに説明したんだからナルがみんなに言ってよ!
断る。麻衣がやればいいだろう。
視線で説明役を押し付けあって、結局押し負けて説明した。
たぶん私の私見が入っているからナルは言いたくないんだろう。
ちなみに、『超常現象を否定する人』『笠井さんに否定的、敵対していた人』の違いを綾子が理解してくれなかったのでホワイトボードに数学のベン図を書き込んで説明し、後ろからナルに加筆修正されたりした。
「…まあ、あんたが言いたいことはわかったけど、だからって他に怪しい人もいないでしょ?」
「それは……」
産砂先生。
他に、と言われて唐突に彼女の顔が思い浮かんだ。
しかし、それを口に出すのは躊躇われた。動機が弱い。
笠井さんが攻撃を受けたことは、彼女にとっては報復の理由となりえない。
それだけは確信している。
「…笠井さんは、『ほんとに呪い殺せるわけがない』って言った」
「そんなの、口先だけならいくらでも言えますわ」
「呪詛の手段を具体的に知ってる人間のセリフじゃない。知っていて、そこまで取り繕えるほどの頭は持ってない」
「どえらい言われようだなオイ」
事実だ。
もし具体的な手段を知っていて、行い、それを隠すとしたら「そんなことしない」というような発言になると思う。
そんな言葉の端々まで気を付けて態度にも微塵も出さないようにできるオツムの持ち主ではない。
「そんなに頭がよかったら、そもそも吊し上げなんてくらう事態に陥ってない。あの子はただの無駄に自尊心の高い単純馬鹿。それに、全校の前で呪い殺すと宣言しといて、もし本気で、しかも実行までしたならそもそも隠したりしないと思う」
「わかったわかった、お前が笠井さんが犯人じゃないと思う理由はわかったよ」
参ったな、というような顔のぼーさんにストップをくらった。
まだまだ笠井さんの擁護材料はあったが、そんなに言葉を重ねても解決にはならない。
素直に口をつぐんだ。
「…絶対と、言えるか?」
そこに、少し考えたようなナルから声がかかる。
「絶対に、笠井さんが犯人じゃない、と」
「……」
絶対、という言葉は重い。
そんなことは知らない。責任を持ちたくない。
私は確信している。でも、私の確信になんの意味がある?
もし違っていたら、解決は遠のく。もしかしたら、呪詛が成就し、死人も出るかもしれない。
笠井さんのことなんか知らない。数回会って、ある程度の人物像は掴んだつもりでいるが、絶対といえるほどのものは持っていない。持っていない、はずだ。
それでも。
「言える。笠井さんは、絶対に犯人じゃない」
自分を信じるなんてのは苦手だが
この、答えを知っているかのような確信を信じてみよう。
ナルがひとつ頷いた。
「いいだろう。信じてみよう」
「!」
私はナルを信頼している。
その信頼は確信を持つまでは迂闊なことをしない慎重さであったり、プライドの高さであったり、ストイックさであったり、いろんな要素をもってのものだ。
そんな彼から「信じる」というお言葉をいただいた、今。
「うわ、重い!おっもいですわ~」
「間違っててみろ。酷いからな」
にへら、と表情筋が緩むのにも構わず軽口を叩くと、ナルがニヤ、と口の端を上げた。
「死人が出ても存じあげませんことよ?」
そこは存じ上げてください真砂子さん。
冷やかな視線をいただきましたが何度も言うようにご褒美にはなりません。
だが、真砂子の言う通り悠長にしていられる状況ではないのは確かだ。
「わかっている、呪詛はほうっておけない」
ナルも当然そこは想定済みのようで、二手にわかれることを提案した。いや、提案ではなく指示である。
二手とは、犯人捜しをするナルたちとヒトガタ探しをするその他だ。
「………は?」
「厭魅を破る方法は二つ。呪詛を呪者に返すか、使ったヒトガタを焼き捨てるか…」
ヒトガタは相手の身近に埋めるとか、校内にある可能性が高いとか、ナルは淡々と説明を続けるが、多分ちがうと思う。
ぼーさんは意味が解らなかったわけじゃあないと思う。
「おいおいおいおい!どんだけ広さがあると思ってんの!ぜんぶ掘り返せって!?」
そう、個人宅じゃないのだ。学校の敷地は地図を見れば一目瞭然でわかるほどデカイ。
しかも現象の数から言って一つ二つの話ではないだろうし、更に言えば正確な現象の数…ヒトガタの数もわかっていない。
「少なくとも、麻衣のヒトガタが埋められたのはこの二、三日のはずだ。まだ埋めたあとがわかるだろう」
麻衣のヒトガタ以外は二、三ヶ月くらい前からだから、たぶん埋めたあとなんて全くわかんないだろうけどね!
そして私が個人的に呪われたってこと前提だけどね!
…ほら、もしかしたら例の席に座っちゃったから貰い呪いかもしれないし。
「人海戦術で、生徒たちにやってもらうってのは…」
「呪詛だった、なんて全校生徒に言ってみろ。さらなるパニックを生むだけだ。それに、犯人に先回りされて一時的に隠されたりしたら目も当てられない」
「デスヨネー…。まあ、現象は起こる場所とか起こった相手とかまとめてあるからオノレの足で頑張ろう、ぼーさん!」
体力的に全盛期をちょっと過ぎたビミョーなお年頃であろうぼーさんを励ましつつ、ヒトガタ探しに出ようとしたところでナルに呼び止められた。
「おい、どこへ行く気だ」
「へ?」
「お前はこっちだ。笠井さんが犯人じゃないと言ったのは麻衣なんだから、犯人捜しまで責任もってやれ」
ナルの「僕たち」には私も入っていたようです。
「えーと…頑張れ、ぼーさん!綾子と真砂子とジョンも!」
「せいぜい早く犯人を見つけてくださいまし」
「善処します!」