第三章
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8.
ベースで今日も一人でお留守番をしながらぼへ~っともの思いにふける。
サボりじゃないよ、考察だよ。脳はお仕事してるんですよ。
ほぼ昨日と同じ状況にある、絶賛ゲンドウポーズの谷山麻衣ですコンニチハ。
昨日と違うのは昨夜微妙な時間に起こされたせいで眠いことくらいか。
否、あの幽霊(たぶん)がまた現れるんじゃないかな~という可能性にドキがムネムネしてるこの心境も追加で。
決して期待ではない。フリでもない。出るなよ。マジで出るな。
昨晩は寝ぼけた思考でちゃんと認識していなかったけれども、私だって普通にオバケは怖い。出てきたらビビるし、呪われたら困る。
ミニーの一件でのラスボスたる母親の霊は強烈だった。
もし昨日、部屋に一人で寝ているところに出てきたのがアレだったらなりふり構わず飛び出してファミレスで夜を明かしていたことだろう………たぶん。いくら寝ぼけてても…さすがに…。
昨日の夜の一件は、さすがに報告した。
おととい見た「鬼火の夢」の件もついでに、だ。
つまり報告は以下の通りである。
**************
ドキッ☆鬼火だらけの湯浅高校!祟りもあるよ!
アンビリーバボー ~放課後の毛~ ロン毛かヒゲか
放課後の毛リターンズ!たぶん丑三つ時くらいの襲撃
「の、豪華でもない三本立てでお送りします」
そう言って微妙に余った時間で大学ノートにまとめた報告を提出したときのみんなのポカン顔である。
ここで「ふざけるのはヨソでやれ」とナルに一蹴されなかったのは二件の事件を通して得た信頼だと思っておこう。
なんとなく受け取って字が書いてあったからその流れのまま何となく読んだとかじゃないよね。ね、所長。
「念のため言っておくけど、うち二つは夢だって言われても否定する材料はないからねっ!」
わざとらしくドヤ顔で胸を張る。が、ツッコミがいまだ疑問符を浮かべたまま再起動しないのですぐにやめた。
ぼーさん、綾子、あとできれば真砂子。誰か再起動早く。
ジョンはツッコミとは違うのでゆっくりしててください。
ナルの指がページをめくる。
報告と言っても大した内容ではない。
認識した日時、概要を箇条書きしてあるような簡易なものだ。
実際に大したことは起こってないし。
「…麻衣、昨日僕が戻った時の妙な反応は…」
「ああ、うん、そのときだね。天井からなんか出てきたな~って思ったらナルが戻ってきて消えた。なんで消えたかは知らん」
自分でも何を言っているんだかわからないけど…はっ!コレはあの有名なテンプレートを使える状況じゃないだろうか。
血迷うくらいには意味不明な状況である。
「お、ま、」
おや、ぼーさんの様子が…
言葉を選んでるのか口をパクパクさせている。
再起動に時間がかかるもよう。
「なんでそーゆーことスグ言わないんだお前はーっ!」
噴火した。
解せぬ。
「しかも案の定拾ってっちゃってるじゃねぇか!!落としてやれジョン!」
「は、はいデス!」
「えー、これってやっぱり取り憑かれた的な状態なの?てか夢って可能性は?つーか真砂子が見てよ。どう?」
霊視ができるのはこの中で真砂子だけだ。
私は深夜に安眠を邪魔されたのを現実だと認識しているけど、脳ミソの記憶なんて曖昧で形のないものに証拠能力はない。だからこそナルはこんなクソ重い機材を山ほど持ち込むわけで。
真砂子は少し驚いたように瞬いて再起動した。
「……ええ、あたくしには何者かに取り憑かれたようには視えませんわ」
「アテになんないわよ。今回ぜんっぜん見えないんだもの」
ツンケンした言いぐさの綾子を真砂子が睨む。
けれど綾子が私の方を心配げに見てたからか、いつものような口喧嘩には発展しなかった。
「…あたくしが視るのが苦手な部類の、霊…という可能性も…。そう、麻衣が言った通り、あるのかもしれませんわ」
「ああ、こないだ言ってた浮遊霊ってやつか」
「ええ。場所や人に強い思い入れがある方はよく視えますし、感じるのですけれど…そういったこだわりのない方とお話をするのは苦手ですの。…全く感じない、ということはないと思うのですけれど…」
「あー、でも確かに…。悪意は感じたけど執着みたいなしつこいものは感じなかったような気もする。なんか、愉快犯みたいな?」
「アンタはのほほんとしてないの!!いいからジョンにお祓いしてもらいなさい!」
そんなわけで、聖水ふりかけられてロザリオ首に下げられました。
ゴッドを信仰したことはないのでなんとなく不安である。
信じる者は救われるってつまり信じないヤツはビッビッ(ハンドサイン↑↓)ってことじゃないんですか。
小耳に挟んだ話では外国の学者の一部では「日本の神はゴッドとは性質が違いすぎる」ということで神を新たな名称KAMIで扱っているとかなんとか?
明治政府も言語体系整えるときにゴタついたんだか、いまだに旧かなの「を(お)」「は(わ)」が残ってるもんな。
唯一神は日本になかった概念だから新しい単語を作るかどうかって話にもなってたらしい。
結局"神"と訳して結果的には"誤訳"となったわけだ。そんくらい性質が違うものらしい。宗教学を学んだわけではないので本当にただの聞きかじりだが。
「ところで麻衣、お前、この校舎を見たのは夢だと確信しているんだな」
「ああ、そりゃ俯瞰だったし、ネガティブだったし透けて見えたしね。あれが現実だったらそれこそ透視とか千里眼とかだよ」
「ネガティブだと夢って、アンタどんだけポジティブに生きてんのよ」
「?」
「?」
「あー、ゴメン。日本だと名詞の使い方あんましないから紛らわしいね。写真のネガの語源の方」
ナルとジョンが綾子の発言に疑問符を浮かべる。
ネガティブには名詞の用法がある。が、日本ではネガティブシンキングの意味で使うことが多いから…
かくいう自分も本来の意味として用法が正しいかどうかは知らない。
ようはネガっぽい映像だったと伝わればいいのである。現ではないという判断材料として頷けるはず。
確かに紛らわしいわね。と頷いた綾子には納得していただけた模様。
「…それで、この夢の中でこれを鬼火と断定した理由は?」
「あ、それは夢の中でナルがそう言ったからそうなんだな~と思っただけで深い意味はない」
「僕が?」
「ナルが」
「行った覚えはないな」
「そりゃそうでしょうよ。夢だっつーの」
やあ昨日は夢で逢ったね☆とか言われたらヒく。
ナルが言ったら問答無用で病院に連れていく。
「おまえ…それはアレだよ…」
「へ?」
深刻そうな表情のぼーさん。
なんだ。アレ、アレな。そうアレ。で会話するとボケの進行が早いんだぞ。
「夢に出てくるってのは相手に想われてるからっていう」
「ぼーさん。万葉集の時代から帰ってきて」
「冷めた視線をアリガトウ。タダイマ」
和歌ネタとは恐れ入る。
お前ナルのことどんだけ好きなんだよ~的な弄りなら予想してたんだけど。
「たぶん、ナルの顔がよっぽど印象的なんじゃないの?」
今回はそうでもなかったが、以前二回ほどキャラクター崩壊激しいというより全くの別人(中身)なナルが夢に出てきている。
説明するほどのことじゃないし、見た目はナルだからナルで通すけど。
美しいと思う顔とはなんぞや、の命題のもとにナルの顔面を観察しすぎなのだろうか。そんなことはないはずだ。しっかり首から下もガン見してる。
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そんなわけで、ちょっぴりお灸をすえられつつもつつがなく報告を終えてなんだかんだでまた一人寂しくお留守番なわけである。
寂しくはないが、相談の波も落ち着いた今頃は暇を持て余している。
もしものために、とぼーさんが貸してくれた法具と綾子がくれたお札をながめる。
胸元にはジョンがお祓いのときに貸してくれたロザリオ。
フッ…この、ものすごい節操のなさに日本の宗教観を体現している気がしてならないゼ。
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私とロザリオと法具とお札。そんな宗教的無法地帯にノック音が響く。
もちろん窓からじゃなくてちゃんと廊下に続く扉からだ。
窓からだったらソッコーでカーテン閉めてる。
「はい、どーぞ」
愛想よく返事をすると、
カラリと扉を開けて顔をだしたのは笠井さんだった。昨日に続き二度目。
「…こんにちは」
「いらっしゃーい」
へらりと笑いながら立ち上がる。とりあえずお茶でもいれてしんぜよう。
「一人なの?」
「うん。みんなは今日も今日とて出払ってますよ~。私は伝言板代わりってとこかな」
「…あの、仕事………」
「うん?」
ポットからコポコポとお湯を注ぎながら答えれば、笠井さんはなにやら口をもごもごさせている。
入れ歯でもつまみ食いでもなく言葉の逡巡である。
「……仕事、はかどってる…?」
数拍のあとに、ぽつりと言った。まあ昨日と変わらない言葉。
ちなみにこちらの状況も変らない。
トト□いるもん!のノリでオバケいるもん!って言ったくらいだ。私が。
昨日の今日でどうってことはない。それは彼女もわかってるんだろう。
それでも言葉を見つけられずにそう聞くしかなかったらしい。
気まずそうに目をそらして、せわしげに長い髪の毛先をもてあそんでいる。
思わずフスーッと口から空気が漏れた。
笠井さんが睨んでくる。めっちゃ睨んでくる。
睨まれれば睨まれるほどに口の両端がふるふるする。下唇噛んでこらえるが、無駄だろう。
鏡を見なくてもわかる。今の自分はまごうことなく笑顔だ。ものっそいニヤニヤしてる。
「……なによ」
「いや……ンンッ……いやね、うん。…笠井さんて、けっこう馬鹿だよね!」
咳払いをして誤魔化そうとして、やっぱやめた。
そういえばこいつ馬鹿だった。誤魔化す必要もない。
開き直って全開の笑顔で言い放つ。はあ!?といきりたつ笠井さんに、くつくつと笑いが漏れた。
「あんまり考えずにやってから後悔するけど、反省しないタイプ。すっごい単純馬鹿!」
「あんたねぇ…!馬鹿にしてんの!?」
「だから馬鹿って言ってんじゃん!」
たまらずゲラゲラ笑う私を見て毒気が抜けたのか、彼女は座ったまま体の力を抜いた。
ふてくされたようにお茶をすすっている。
笑いの発作が落ち着いた私もひーひー言いながらお茶をすする。今ひとことでも変なこと言ってみろ。間違いなく口から出るから。
すすったお茶を飲み込んで、ひとつ息をつく。
相談でもなく、用事があったわけでもなく、彼女が連日ここを訪れる理由なんか一つしか思い当たらない。
「『呪い殺してやる』」
「っ」
「気にしてるんでしょ」
「………当たり前でしょ」
超能力者・笠井千秋の呪い。
校内の多くがそう思っているように、彼女もそうかもしれないと思っているらしい。
自分の言葉で、本当に呪いがかかってしまったんじゃないかと心配しているのだ。
気まずそうに眉をしかめる彼女にちょっと笑って口を開いた。
「笠井さん、"呪い"ってなんだと思う?」
「そりゃあ、ホラ、藁人形に釘打ったり、呪文を唱えたり…」
「したの?」
「してないよ!」
唐突な質問に、なに言ってんの?という表情を隠さず、それでも素直に考えてものすっごくポピュラーなイメージを答えてくれた。
よかった。すごく濃い設定の話とかされないで。
九割冗談で実行したのかと言えばアワアワ慌てて否定するのが本当に面白い。
こんなホニャホニャした知識で呪いがかかったら日本全国…いや、世界中が呪いのオンパレードになってるじゃあなかろうか。
微笑ましい様子に口元を緩めたまま、もう一度お茶を口に含んで一息ついた。
何かで読んだんだけど、と前おいて口を開く。何で読んだかは、まあ、この際いいだろう。
「昔の、今よりもっと迷信とかが信じられていたころの話だけどね」
昔話というほど長くない。説話のようなものだ。
ある村で子供たちが蛇を殺して遊んでいた。ぶつ切りにして、串刺しにして。
とにかく、子供ながらの無邪気な残酷さで生きている蛇の命を奪っていた。
蛇って、執念深いとかしつこいとか祟るとかっていうでしょう?
通りかかってそれを目撃した村長さんはそれをすごく恐ろしく思った。
そしたらね、後日、案の定蛇の呪いが降りかかった。
いったい誰にだと思う?
「それは、信心深い村長さんの身に降りかかったんだって。そういう話」
「なんで?殺したのは子供なのに?」
「……なんでだと思う?」
別に、答えてほしくて投げた問いかけじゃない。
なんで、というところまで語られている話ではなかったのだ。
この話がもつ意味を考えるといくつか切り口があるもんだから、どれが正解かなんてわからないけども。
呪いの原因を考えるなら、ざっと「見たから」「恐れたから」「思い込み」の三つが候補として上がると思う。
笠井さんはしばらく考えていたようだった。
その答えを聞く前に、もう一つ質問を重ねる。
「ねえ。笠井さんはさ、何もしていないのに、どうしてこれが自分の呪いかもしれないなんて思ったの?」
これは純粋な疑問だった。
周りが邪推するのは、まあ、わかる。
けど、さっきも本人が呪いと認識する行為はしていないと確認した。
嘘じゃないだろう。彼女はどストレートだし単純馬鹿だし。おっと、褒め言葉である。
彼女は本当に呪ったつもりはない。
無意識がそれを行ったかもしれないと懸念しているのだ。
私は全く心理学やら超心理学の知識はないけれど、ウチの学校の中二病患者のときにナルは言っていた。
『ストレスはそれを認識した時点で発散になる』
無意識がそれを行うならば、それを意識したときに解消されるものなの、だろう。たぶん。
机の上で軽く両手を組んで笠井さんを見つめる。
彼女は少し言いよどんで、うつむいた。
「全員じゃないけど、幽霊が出たって人は…たいがい、あたしと対立した人だったから」
「対立…それは、性格が合わないとか?」
「ううん。みんな、超能力を強く否定した人ばっかりで、だからこっちもムカついてはいたし…だから、もしかしたら、って…」
「ああ、言ってたね。否定派のとこに幽霊が出るって」
あのときは「超常現象を否定する人のところにも」出ると解釈したのだけれど、正確には「超常現象を否定する人のところに」出る、ということだったのかもしれない。
…これは被害者の共通点、という観点でとっても重要な情報だと思う。
目の前でメモを取るのも気が引けたので、忘れないように容量の少ない脳内ハードディスクに刻み込む。後でできるだけ早くアウトプットしよう。
「ちょっぴりザマミロなヤツね。それじゃ、不謹慎だけど被害内容聞いてちょっとスカッとしちゃうね」
笠井さんは苦笑した。
消極的な肯定。対立してた相手なんだから、まあ当然だと思う。
「ただ、こないだあんたたちが来て朝礼のこと話して、あの言葉の話が出て。あたしが呪ったせいかと思ったら怖くなった」
笠井さんの声は静かだけど、強張っていた。
彼女はお馬鹿だけど、まっすぐだ。
責任を知れば無暗に放り出すことはできないらしい。
被害者の中には精神を病んだ人もいる。体に怪我を負った人もいる。幸い、未だ死人は出ていない。
彼女が負うかもしれないと思っている荷物は、まだとりかえしのつかなくなるほど重いわけじゃない。
自信をみなぎらせて、そう見えるように意識して笑いかけた。
「大丈夫、きっと解決するよ。みんなはプロだし、ナルは負けず嫌いだから」
正直、私には笠井さんが呪いをかけたと思えない。
素人の理論もなんにもないイメージだが、呪いってそんななんとな~くできるもんじゃない。
もっと莫大なエネルギーを、感情を費やすものだ。
呪いの程度にもよるだろうが、心身を害すほどのものになれば呪ってる本人も相当なんじゃなかろうか。
全校集会の「呪い殺してやる」の一言でうっかり呪いがかかっちゃうとか、そんなん伝達力が言霊使い級でもできるかどうか。ステータスマックスですよ。
「…ありがと。あ、恵先生がね、手伝えることがあったら言ってくれって。あたしも。できることあったらなんでも言って、ね」
少し明るさを取り戻したような笑顔に、その『恵先生』がなぁ…と思うヨゴレな私は曖昧な笑みを返すことしかできないのであった。
ちなみに、事件は解決するという根拠のほとんどはナルの負けず嫌いにかけていたりする。悪しからず。
いままで解決できなかった事件はないと豪語する華麗な経歴は、彼の優秀なオツムのみならずその負けず嫌いによって築かれたものであろうと考えている。
そんなこんなでちょっぴり仲良くなれた笠井さんは、戻ってきたナルと入れ違いでベースを出て行った。
会釈して去っていったその背中をナルが目で追っていたけれど、あいにくそこから感情を読み取るほど私のスキルは高くない。
こっちを向いた彼の目が「さあ全部吐いてもらおうか」と語ったことしかわからなかった。