第三章
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6.
夢をみた。
何もない暗い場所に居たかと思えば、いつの間にやら校舎を見下ろしていた。
ウチの学校じゃない。
だが、ハテ。つい最近、なんだかまじまじと見たことがあるような気がする。
考えるのとほぼ同時に思い出した。
そうだ、湯浅高校だ。あの校舎。
形や間取り、周辺の様子なんかは湯浅高校そのものだ。
ちょっと色が反転していて所々青白く火が灯っていて、ついでにひとっこひとりいないけど湯浅高校。
隣の少年が指をさす。
「あれは、鬼火だ」
「鬼火……」
青白い燐光が校舎の窓に揺れている。
炎が揺れるたびに、心にざわりと不快がよぎる。
少年はそれを、鬼火と称した。
うつしよの炎ではなく、常世のものだと。
私には、その一つ一つが悪意そのものに見えた。
燃え広がることでしか自分を知らしめられない、そんな悪意に見えた。
****
と、いう夢を見た。
悪夢だとか、夢見が悪いだとかそういうものではなく、純粋に不快感を覚える夢。
ベースで今日も一人でお留守番をしながらぼへ~っともの思いにふける。
サボりじゃないよ、考察だよ。脳はお仕事してるんですよ。
…どうしても、不快感が拭えない。
目覚めた後のもやっと感も酷かったが、湯浅高校に来てからがまた酷い。
おそらく、あんな夢を見たから自己暗示のようなものなのだろうけども。
机に両肘をつき、顔の前で手を組む…いわゆるゲンドウポーズでふかーくため息をついた。
頬杖をつく人は、背中から肩の筋肉が弱っているので猫背になりやすいらしいよー………はあ……
なんとなく息苦しいような気持ちを誤魔化そうと深呼吸ばりのため息…は幸せが逃げるらしいので、やっぱり深呼吸をしていると、ドアが小さくノックされた。
ノックするってことは、生徒か教師だろう。
あたりをつけて愛想よく返事をすると、ドアを開けて入ってきた人は顔見知りだった。
「あら、笠井さん」
「…入っても、いい?」
「ええはい、どーぞ」
私は特別だが、良い方向以外の特別扱いはお断りだッ!!な、笠井さんである。
嫌味でも悪口でもなく、ただの正直な印象だ。おバカさんだなぁくらいにしか思っていないので、あしからず。
笠井さんが正面の椅子に腰かけたのでお茶を淹れて勧めておく。
手元の証言メモは、さりげなくひっくり返すことで笠井さんの目から遠ざけた。
一応個人情報だしねぇ。
依頼主と取り交わす契約書の中にも、個人情報の取り扱いについての項目は盛り込んである。
…契約書の文面作成を丸投げされたときには、軽く目玉飛び出ましたけれども。
「………」
「………」
ずずず、と自分の分のお茶をすする。
「で、現象の概要と遭遇した場所を…」
「心霊事件の相談じゃないわよっ!」
「あれ?」
違うんかい。
冷やかしなら帰ってくんなァ!ごめん嘘、気を紛らわしたいからサボりに付き合って!
あ、違うんです。これはサボりという名の情報収集の一環で…
脳内で一人言い訳に勤しんでいると、笠井さんがもじもじと言いにくそうに口を開いた。
「えっと…その……除霊、の方は?」
「はい?」
「進み具合、とか…どう?」
「どう、と言われましても。害虫とかと違うからね~。何パーセント駆除済みです、とかできないし。てか私には見えないし」
掃除機で吸い込んだり、バル●ン焚いたりできればいいんだけどね。それはハンターじゃなくてバスター、もしくはスイーパーの方だからね。
見鬼くんと霊視ゴーグル、あと吸引札が欲しい。お札の方は霊力ないから発動できなさそうだけど。
「視えないの?」
「前にも言ったけど、ただのしがないアルバイターなもんで。正規雇用ですらないんだよ?」
「そりゃ、…高校生でしょ?」
「はッ!そうか、高校生って職業だったのか…!」
本業は高校生、副業はゴーストハンターの助手。
どこのヨコシマに忠実な男子高生かと…しまった、結構状況似てた。雇い主が美人なとこまで。
いやでも、待遇は天と地の差がある。…彼は時給250円で命かけてたからな。
そういえば、あの漫画家さんは超能力者の漫画描いてたな~。ロリコ…もとい超能力バトル漫画。
「笠井さんはさ、超能力者の存在が認められた世界って…どんな感じだと思う?」
「え?そりゃあ、いいんじゃないの?変に騒がれることも、嘘つきだとか、馬鹿にされたりだとか…なくなるし」
「……ま、そうかもね」
漫画の話だ。
力の限界を試すために過酷な実験を課せられたり、
子供でも、凄惨な事件の解決の為に力を使ったり、傷ついたり、
逆に、力があると認められてしまったが故に悪意を向けられたり。
そんなものは、強い強い「超能力」を持った人の話だから、目の前のこの子には関係がない。
この、まったく普通の女子高生には。
「ねえ、それで、誰か見える人はいないの?」
「いるよ、霊媒の子。原真砂子、来てるよって言ったじゃん」
「ああ……。他には?」
「真言宗の坊さんと、神道の巫女さん、それからキリスト教の神父さんがいるけど、霊視できるのは真砂子だけだってさ」
「……すごいメンツね。でもそれだけいてESPの能力者もいないなんて…」
「霊視ってレアなんかね。……うん?ESP?確かに超能力者はいないけど…あ、渋谷氏がそうなんだっけ?」
「そうなんだっけって…」
呆れたような顔をした笠井さんには知らなかったのだと伝えた上で、続きを促した。
いーえすぴー…esp…エスプ…エスパー?
「知らない?霊能力はESPの一種って説があるんだって」
念能力の一種って説なら聞いたこと…というか読んだことあるけども。
「うん?じゃ、笠井さんも視えるってこと?」
「ううん、あたしは無理よ。だってPK……それも、PK-STの能力しかないもん」
「……PK……サッカー?」
「サイコキネシス!」
どうもすみませんね。中途半端な知識しかなくて。
そういえばそうでしたね。旧校舎のときにうちの所長さんが念力のことだ馬鹿めっつってましたね。ああ、サイコキネシスの略でPKなのね。
だいたい、Psy……でサイなんとかって読ませるのやめて欲しいですよ切実に。英語が苦手な日本人には「ピ…ペ…?」ってなりますって。
「身体的な(フィジカル)」の対義語が「精神的な(サイキック)」で、どっちもつづりが「P」から始まるマジややこしいとか思いましたって。
今考えれば、わざわざ「psychic」じゃなくて「mental」でよかったと思う。なんでサイキックで教えたし、当時の英語教師ィ。
ちなみにサッカーもよく知らない。PK戦ってよく聞くけど何の略?ピースしてキック?
「詳しいねぇ。調べたの?」
「ううん、恵先生が教えてくれたの。先生は、超心理学にすっごい詳しいから」
「そっか。超心理学に超詳しいんだね」
「…………」
「…………」
「…………」
「思いついたのでつい…カッとなってやった。今は反省している」
沈黙が痛くて耐えきれなかった。私もまだまだだと思う。
座ったまま深々と頭をさげると、笠井さんがウケていた。
「恵先生には悪いことしたなぁ…」
実にくだらないダジャレに地味にツボっていた笠井さんは、だいぶ警戒を緩めたらしい様子でポツリと呟いた。
そうそう、こうなることを狙っていたわけですよ。年の功ってやつですねふはははは。………。
「あたしを庇ってくれたせいで、ほかの教師とかPTAにまで叩かれちゃってさ。酷いときには完全ハブにされてたもん」
「いやあ、そこは笠井さんが気に病むとこじゃないと思うよ?」
「だってあたしのせいじゃんか。先生は、あたしを庇わなければこんな…巻き込まれはしなかったわけだし」
「言い方悪いかもだけど、産砂先生の意志で勝手にやってることだもの。恩は感じても、気に病むことはないって。それに、大人のやりようってもんが…うんにゃ、大人には大人なりの事情があっただろうからね」
ちょっと落ち込み気味の笠井さんにお茶菓子を勧めながら苦笑した。
産砂先生に思うところは多い。
正直言えば、教師を下の名前で呼ぶその距離感も嫌いだ。
その「お友達距離感」を許す「教師」が嫌いだ。
が、しかし、これはあまりに個人的な感情だし、そうやって仲良くする生徒は教師にも可愛がられる。
教師との良い関係を築き、学生生活のいい思い出とするには悪くない行為だと思う。
捉え方はいろいろだ。
社会人に例えれば「雄太部長(仮名)」とかって呼んでるわけだが、学生生活のモラトリアムを理由にそこを許容したいと言うなら止めはしない。
これは他人に強要することではない。ただ、自分の癪に障るというだけだ。
産砂先生に感謝し、信望している彼女にわざわざ名前の呼び方から偽善者だのなんだのまで、ぺろっと話して激昂させることもない。
学生の世界は狭い。
笠井さんには、学校と、家しか、まだない。
子供の視点からしか、世界を見ていないからまだわからない。
世界がどれだけ広くって、自分の悩みの原因である「周りのみんな」がいかに少人数であり、縁が薄く、そして大人がいかに弱く、矮小で、同じ人間でしかないことが。
「でも、最近はちょっとマシなんだよ。幽霊とか、超能力とかないって言ってた人たちのところに幽霊が出るんだもん」
「ま、ザマーミロってかんじかな?」
「あはは、そりゃ、ちょっぴりはね。こっそり恵先生に相談する人もいるみたい」
「へぇ。で、産砂先生は快く相談に乗ってあげるわけだ。いい人だねぇ」
「そうなの。恵先生は、とっても優しいよ」
おっと。
ちょっと目が死んでたかもしれない。
嫌いなタイプの人を大好きな人と会話するのは、結構心にクるものがある。
「学校中から攻撃されたときも、必死で庇ってくれた…。普通、他人にあそこまでできないってくらい」
「超能力」と「自分」。産砂先生が守りたいものは、その二つだろうな。
笠井さんの「心」だとか「人格」だとかではない。
やってることからすれば、そういうことだ。
笠井さんが言う「普通他人にできない程必死に」というところにそれを感じてしまうのは、さすがにひねくれすぎだろうか。
「ね、笠井さん」
ぽろりと口からこぼれた言葉に、笠井さんがこちらを向いた。
つなげる言葉を頭の中から探し出す、ちょっとした間を置いて
「優しいだけの人なんて、いないからさ。産砂先生も、きっといろいろあるだろうから」
期待しちゃ、だめだよ。
信頼は、危険だよ。
どちらの言葉も反発されるだけだろうから。
「受け入れるだけの余裕は、作っといた方がいいよ」
よくわからないという顔をする笠井さんに、曖昧に笑って誤魔化すしかなかった。
べつに、高校生なんだし、自己責任なんだけど。
素直なこの子が、傷つく気がしてならない。
*****
全員が一通りの調査を終えてベースに集まる。
今日の調査のまとめ会議、のようなものだ。
みんなそれぞれ校内を巡回しているので、それなりに報告することがある。
行った先で新しく聞いた怪談だとか、除霊の(あんまり芳しくない)結果だとか。
私の方は私の方で、ベースに訪れた人のことやいままでの情報をまとめた結果を報告する場である。
が、特に進展はないので報告も特にない。
…ないんだってば。
………。
「か、笠井さんが、来てマシタ…」
お前はこれだけ時間があって何もしていなかったのか?という雇用主の視線に耐えかねて、苦し紛れに笠井さんの話を出した。
うう…だって…私の仕事って、前段階の情報待ちなところが…あ、いえ、なんでもないです…
まあ、笠井さんもキーパーソンではありそうなことだし、もしかしたらこんな些細な情報もナルの特殊加工された脳ミソだと確信にたどり着くための手掛かりになるのかもしれない。
某名探偵とかもよく些細なことを気にしてるしね。アレ、誤魔化しようはいくらでもありそうだよね。
「えーっと、相談、ではなかったよ」
ほぼ雑談だから、大してメモも取ってない。
えーと、どんな話をしたかな…たしか…
「笠井さん、PK-ST…。産砂先生、大スキ…。尊敬、してる…」
「なんで片言なんだよ!!」
「あと産砂先生が超心理学に詳しいんだって。ナルも、詳しいですねって言ってたね、そういや」
「ああ。ユリ=ゲラーをTVで見て知っていても、ゲラリーニ現象やそのトリックのことまで知っているとなると、その分野に興味があるとしか思えないな」
「ですよねー」
うんうん、と訳知り顔で頷いていると両側頭部から圧迫感を感じた。
ツッコミをあえてスルーしたことに対してのぼーさんからの報復である痛い痛いいた…イタタタタタタ!!
よくシンちゃんがミサエさんにやられてるアレだ。梅干しの刑。
ちょっとちょっと、こないだもやられたばっかりなんだけど。
梅干の刑リターンズ!
「でもさあ、結局その笠井って子…どの程度信用できるわけ?」
「どの程度ってイタイタイイタイ…痛いわっ!!」
べしっと振り払ったら「OH…」というリアクションをされた。
ええい、いい加減話を進めるんですよ!
まったく! 会議中にふざけるなんて!やれやれですよ!
真面目にやってください!
…うちの雇用主の目が痛いんで。
「僕は信用できると思っているが?」
「所長がこう仰っておりますので」
こと、超常現象において、私はナルの言うことに主軸をおくことにしている。
それは別に、私がナルを大好きだからでもなんでもない。
いつだってナルは正しいのだと、絶対視しているのとも違う。
「あんたはいっつもそれよねぇ。そのナルの信用度はなんなのよ」
「信頼だよ、綾子」
ぴ、と指を立てて言ってみたが、マイナーネタなので絶対に誰にも通じない。
信用ではなく、信頼。
微妙なニュアンスの問題なのだが、確かに違う。
私はナルの出した結論を信じている。
それは、彼が事実とデータを照らし合わせて出したものだからだ。
この厚い信頼感は多分きっとそこから来ているのだと思う。
綾子は呆れたような顔で、私の指を掌でぐいっと退けた。
「って言ったって、スプーン曲げなんていかにもじゃない。アレでインチキ呼ばわりされなかった人っている?」
「最近は手品とかナントカナントカで主流だよね。スプーン曲げ」
「メンタリズム」
「そうそれ」
ナルが資料をパラリとめくりながらさっくりとナントカナントカを訳してくれた。
…よくわかったな。
そう、手品。
実は、私はマジックが嫌いだ。
タネ明かしを見るのは好きだが、マジックショーを見るのが嫌いだ。
みんな、なぜ嬉々として騙されに行きたがるのか。さっぱり理解できない。
"昔"、マジックバーに連れて行ってもらったことがあったが、もう馬鹿にされてる気しかしなくて腹が立つのなんのって。お酒は美味しかったけれども!
「だからさ、手品とかメンタリズムとかだってペテンでインチキじゃん! なんでみんな歓声上げて見るの? 意味わかんなくない!?」
「麻衣、ズレてるズレてる」
「おっと。…それはともかく、笠井さんはナルの目の前でスプーンをくっつけて見せたよ? インチキやペテンだったら、ナルが騙されると思う?」
視線がナルに集中する。
ナルは机にパサリと資料を置いて、にやりと笑った。
「ないな」
「ないわね」
「無理ですわ」
「見破られるでっしゃろ」
「でしょ」
ご賛同ありがとうございます。本日一番のドヤ顔でお送りします。
なんだかんだ言って、みんなのナルへの信頼は厚い。
ゲージは恐怖とかに傾いてるけども。
「ところで麻衣、PK-STというのは、笠井さんが?」
「ああ、そうそう。産砂先生の受け売りなんだって。超能力にも種類があるんだね」
幽霊・妖怪・怪奇現象に興味はあってもUFOと超能力者にはさっぱり興味がなかったので、そこのところが詳しくない。
「よくTVに出てくるのは透視…あとは、なんだっけ。触って過去を知ったりするの」
「サイコメトリ」
「あ、そうそれ」
ナル、いつから君は私の翻訳機になってくれたんだい。
賞賛を込めてご尊顔を見つめると、嘲笑が返ってきた。さすがナルぶれない。
「物や人に触れ、その思念や過去を読み取るESPの一種だな」
「あ、そのESPっていうの。笠井さんが霊能力はESPの一種って説があるって言ってたけど、そこんとこどうなの?」
「………」
「お前はほんっと、話がポンポン飛ぶな~…」
「うっ…」
すぐに口に出すのも考え物である。
そうだよ、そのためにメモ帳持ってるんですよ。
思いついたことを忘れずメモるために……ネタ帳ではない。
あきれ顔のナルを伺い見る。
呆れた? 終わり? 講義終了のお知らせ?
「……超能力には、大きく分けて二つある」
「!」
しかたないな、ってされた。
このテンションの複雑な上昇をお分かりいただけるだろうか。
いや、この場の誰もわかるはずがない。
私はナルより年上で、大人で。だからと言って彼を下に見るわけではないが、年上としての矜持はあった。一応。
で、今。
しかたないな、って許容されて「マジっすか! やったー!」とテンションが上がる中で一部冷静な精神が「17歳にしかたないなってされちゃった私(中身は成人済み)!!」と地に伏した。
教えを乞うことに躊躇いはないし、尊敬もしている。でもですね…。
「情報の伝達に関する現象をESP、物体に力を及ぼしうるPK、この二つだ。ついでに二つを合わせてPSI…サイ、という名称も使う」
「先生! 板書お願いします!」
「断る。で、超能力と霊能力の関連性だが…」
「ああっ、待って待って! 頭の回転の早いヤツはこれだから!」
つきつける勢いで差し出したホワイトボード用のペンをお断りされ、急いで口頭で紡がれる講義をメモしていく。
余計なことを考えていたらついていけないということがよくわかった。
一説には確かに関連性があるとされ、霊視とサイコメトリの類似性が挙げられているが全ての霊能力がサイ能力で説明がつくわけではないとかなんとかかんとか…
ちょ、頼むからボイスレコーダー貸してくれ。美声講義だって言って売ったりしないからマジで!
いつの間にかホワイトボードにずらっと超能力の種類が並んだあたりで、ぼーさんとジョンが古今東西超能力者談義を始めた。
先生! 英語が読めません!
どうやら、ナルは文字を書くとき英語の方が得意らしい。初対面のときも思ったが帰国子女かなんかなんだろう。
ちなみに語学は堪能でないので、英語かイタリア語かフランス語かドイツ語かなんてさっぱりわからない。
どうしたって読めなかったら「たぶん英語じゃない他の国の言葉かな~」と思うくらいだ。
どうやら簡易講義は超能力の大まかな種類までで終了だったらしく、ナルがペンのキャップを締めてボードに戻した。
こっちは安心してノートに写せるってもんです。泣いてなんかいません。
時計をチラッと見たら、10分と経っていなかったのがまた恐ろしい。
ぼーさんとジョンはPKの能力者とESPの能力者が分類できる話をしているらしい。
ちらっと「ジーン」という名前が出てきたが、ぼーさん曰くの「すげえ予言者」らしい。霊媒ではないようだから、この間ナルが呟いた「ジーン(仮)」とは違う人だろう。
ナルが書いた「PK」の樹形図をぼーさんが指した。
「PK-LTっつったら、やっぱすげーのはニーナ・クラギーナかね」
PK-LTは、生物に影響を与える力らしい。
「手を触れるだけで病気を治すわ、カエルの心臓止めるわ」
「あ、その人の映像、見たことある」
名前は覚えていなかったが、白黒映像でカエル相手に奮闘していたのを覚えている。
ただし、「スッ………カエルはもう、死んでいる」というようなスマートな感じではない。
手をかざしてふぬぬー! ふんぐぐぐー! 止まれー! 心臓止まれー! と念を送り続けた結果のような感じ。
「その人、人間相手にもその実験したよね。確か影響が出てドクターストップが出たんだっけ?ソ連では公式に認められた能力者だとかなんとか聞きかじったよーな記憶がある。ところでこれってSTじゃないの?心臓止めるのとか」
「あー、彼女は確かPK-STももってたんだよ。そうそう、PK-STの大物っつったらイギリスのオリヴァ―・デイヴィスだ」
瞬間、ぼーさんのテンションが上がった気がする。
「この人はすごいぜ! 何年か前の実験で50kgもあるアルミの塊を壁に叩きつけたってよ!」
「えぇっ! 何年か前ってことは最近の人なんだ!」
「そこじゃねーだろ!!」
ごめんね。
逆に超能力を漫画でしか知らない一般人からすると、50kgくらいよゆーかなーとか思っちゃうんです。
だって成人男性が約60kg。
消防士なら担いで避難訓練している重量です。
あ、でも叩きつけたってところはすごいかもしれん。浮かしたとか動かしたとかじゃなくて、だもの。
「デイヴィス博士はPKいうより、サイ研究者の印象が強いですね。あまり表舞台にも登場せぇへんし」
「うんうん。これがまたその博士の論文がすごくてな」
「あ、本人が研究者なんだね」
「ハイ、霊媒の一部はサイコメトリや透視じゃないかっちゅう論文も博士のものです」
能力者であると同時に研究者。
なんだか探求心の旺盛そうな人である。
名前は英語の教科書に載っていそうなくらいありふれてるのにね。
どうやらファンらしいぼーさんの目の前で言ったら、梅干しの刑再び…となりそうなので口をつぐんでおいた。
「…話を戻すが」
雑談終了のお知らせである。
いや、なんかワタクシの無知でお時間取らせてすみません。
「とりあえず重要なのは、笠井さんが自分の能力を信じていたということだ。彼女は、教師の攻撃を非常に不当だと感じていた」
『なんでこんなメに遭わなきゃなんないのかな…』
話していく中で、彼女が漏らした言葉だ。これが彼女の今の本音。
「その結果が…―――」
朝礼の、全校生徒の前で放った無責任な言葉。
『呪い殺してやる!!』
「実際にできるかね?クラギーナぐらいのPK-LTならともかく」
「いや、あの子アレ「言っちゃったんだぜ☆」くらいのノリだよ?とてもその手段を持ってたとは思えないって」
「軽いなオイ」
「本人がカッとなって言ったって言ってた。つーか、PK-LTで相手のところに幽霊を出現させられんの?ネクロマンサーなの?」
ネクロマンサー…死霊使い。某極楽に行かせてあげる漫画やらのファンタジーではたまに出てくる名前である。
PCで変換すると資料使いになりやすい。経理の鬼かっての。
「とにかく、今の状況をどうにかするのが先だ。除霊にかかろう」
「うーす」
がた、と席を立ったナルの号令でみんながぞろぞろと動き出す。
ぼーさんはすっかりナルの年上の部下と化している。が、本人に特に思うところはないようだ。
ちなみにナルは除霊にはいかない。
そういや前の調査でナルの陰陽師疑惑があったな。
もしそうだったらこういうとき一緒に除霊に向かうと思うんだけれど、ぼーさんと綾子はその辺どう考えてるんでしょうねぇ。